その36の4『ブラックホールの話』
キレイすっきりと収納されている押し入れの中を見てみるも、そこにもブラックホールらしきものはありませんでした。どこにあるのか、もうなくなってしまったのか、亜理紗ちゃんが残念そうに押し入れを閉めて振り返ると、ケーキと牛乳が乗っているテーブルの下に何かあるのを発見しました。
「……なんかあるんだけど」
「なにが?」
物を乗せているテーブルの天板の裏側には黒い穴のようなものがあり、ホワイトホールとは相反して黒い光を中に吸い込んでいました。亜理紗ちゃんと知恵ちゃんはトレーに乗っているケーキと牛乳を下ろし、力をあわせてテーブルをひっくり返してみます。
「ちーちゃん。なにか、入れていいものある?」
「ええ……入れるの?」
「何か入れたら、ホワイトホールの方から出てくるかも」
「……うん」
知恵ちゃんは手に持っているメモ帳から1枚だけ引きはがし、それをブラックホールの上に落としてみました。ぷかぷかとブラックホールの上に浮いていたメモ紙は次第に沈んで、中へと沈んでいってしまいます。それにあわせて、ホワイトホールの方から音が聞こえました。
「なんか出たぞ」
「……なに?」
亜理紗ちゃんがベッドの下を確かめ、さっきは落ちていなかったはずの消しゴムをひろって知恵ちゃんに渡します。大きな消しゴムは知恵ちゃんが使っているものであり、それもメモに書いてある失くしたものの1つでした。知恵ちゃんのものがなくなってしまう原因を発見し、亜理紗ちゃんはブラックホールを指さして言います。
「ちーちゃんのものを盗んだ犯人だ!」
「ほんとにブラックホールだったんだ……」
ビックリしながらも顔を見合わせ、2人はお互いにブラックホールの対策案を出しました。
「ふさごう」
「取り返しに行こう」
とりあえずフタをしてしまいたい知恵ちゃんに対して、亜理紗ちゃんは吸い込まれたものを取りに入ろうと言います。ひとまず知恵ちゃんは大きめのゴミ箱をブラックホールの上に置いて、穴が見えないように隠してからテーブルの裏面にケーキのお皿を戻しました。
「もしも戻ってこれないと困るし……」
「でも、ホワイトホールがあるし……」
2人はケーキを1枚ずつ食べ終わったあと、ゴミ箱をよけてブラックホールの中をのぞいてみました。黒い渦巻の中に目をこらすと、その先にうっすらと、どこか知らない景色が見えてきます。亜理紗ちゃんは手をかざしてブラックホールが熱くないことを確認してから、ゆっくりとブラックホールの中へと手を入れました。
「……なんか取れたけど」
「大丈夫なの?」
手の感触を頼りに、亜理紗ちゃんがブラックホールから手を出します。その手には先程、知恵ちゃんが入れたメモ紙がつままれていました。無理やり吸い込まれたりしないことを知って、亜理紗ちゃんはブラックホールに右足を入れてみます。
「アリサちゃん。なにするの?」
「入ってみる」
「ええ……」
「ちょっとせまい……」
右足から始まり、左足、体、腕と亜理紗ちゃんの体はブラックホールを通り抜け、テーブルの奥へと消えていきました。すっかり亜理紗ちゃんの姿が見えなくなり、知恵ちゃんはブラックホールの中に呼びかけます。
「アリサちゃん……生きてる?」
「元気で生きてる」
ちょっとこもった声がブラックホールの中から聞こえ、知恵ちゃんは安堵の息を吐きだします。その後、亜理紗ちゃんはブラックホールの奥からは手だけをぬっと出して、中へ入ってくるよう知恵ちゃんに手招きをしました。
「ちーちゃん。来て来て」
「……私も行くの?」
「怖くないから」
そうは言っていますが、知恵ちゃんはブラックホールそのものよりも、そこから亜理紗ちゃんの手だけ出ている光景に、まばたきを繰り返していました。
その36の5へ続く






