その35の3『ホットケーキの話』
おねだりしても知恵ちゃんの願いは叶わず、結局のところホットケーキは1人2枚となりました。2枚しか食べられないとなると、どんな味にして食べるか悩んでしまいます。そうしている内にもお母さんがフライパンを揺すって、ホットケーキをパタンと宙返りさせています。
「すごい!プロみたいだ!」
「焦げ付かないからね。するっと返せるのよ」
知恵ちゃんのお母さんがフライ返しを使わずホットケーキをひっくり返したので、それを見た亜理紗ちゃんがお母さんの後ろに走って行って、その様子をもう一度、近くで見ようとうかがっています。ただ、もう両面が焼けてしまったので、ホットケーキをひっくり返す必要がありません。
「知恵。先に亜理紗ちゃんにあげていい?」
「いいけど」
「じゃあ、ちーちゃんと半分にするね」
お皿にホットケーキをもらって、亜理紗ちゃんがテーブルへと戻ります。ホットケーキの表面には色の濃淡がほとんどなく、まるで茶色い水が張っているようにツルツルしています。その出来栄えにしばし見とれた後、亜理紗ちゃんはフォークを持ってホットケーキへ刃先を入れました。
「ふかふか!ちーちゃん。これ、もうパンだよ!」
「パンなの?」
フォークに力を入れずとも、線を引いていくだけでホットケーキは真ん中から2つに分かれました。その半分を知恵ちゃんのお皿によそいます。お皿にのっているホットケーキの位置をフォークで直し、2人はお皿の前で手を合わせます。
「いただきます」
「いただきます」
どの味付けでホットケーキを食べるか選び始めたところで、知恵ちゃんのお母さんはバターの箱を開けました。そして、それをホットケーキに乗せるか2人に聞きます。
「バターのせる?」
「マーガリンじゃないの?」
「今日はバター」
「乗せたいです」
亜理紗ちゃんも知恵ちゃんもホットケーキにマーガリンしか塗ったことがないので、箱から出てきた四角いものが気になってしまいます。亜理紗ちゃんがバターを乗せるというので、そちらにあわせて知恵ちゃんも乗せてみる事にしました。
バターを厚めにスライスして、ホットケーキの上に乗せます。薄黄色いブロックがホットケーキの上に乗った姿を見て、亜理紗ちゃんは絵本や写真に載っているホットケーキを思い出しました。
「ちーちゃん。バターが乗ると、なんかホットケーキっぽいね」
「元からホットケーキだけど……そんな感じもする」
ホットケーキらしさが増したホットケーキを見て、亜理紗ちゃんは嬉しそうに知恵ちゃんへと小声で言います。お母さんはホットケーキを焼きにキッチンへ戻り、亜理紗ちゃんは迷いなくハチミツの容器を手に取りました。しかし、まだ知恵ちゃんはチョコとマーマレードで悩んでいます。
「ちーちゃん。なにつけるの?」
「チョコクリームかマーマレード」
「どっちもつければ?」
「洗い物が増える……」
ハチミツは押せば出てくる容器なのでスプーンを使いませんが、チョコクリームとマーマレードはスプーンですくって塗らないといけません。そうすると、たくさんスプーンを使うので、お母さんの洗い物を増やすのが知恵ちゃんはイヤなのです。そこで、亜理紗ちゃんは別の案を出します。
「使ったら水ですすげばいいんじゃないの?」
「ついてるのを水に流すのがもったいない……」
「ちーちゃん心、難しい……」
その35の4へ続く






