その7の2『木の実の話2』
「ちーちゃん。これ、どんぐり?」
「なんだろう……」
「チエきち。こんなに黒いの?どんぐりって」
「どうだろう……」
どう見てもドングリには見えませんが、松ぼっくりでもありません。リンゴにもブドウにも見えません。亜理紗ちゃんが両手の指先でクルクルと木の実を回転させてみると、実の底に小さな穴が開いているのを見つけました。
「ちーちゃん。何か出てきた!これなに?」
「むし……虫だ!私、帰るから!きゃー!」
木の実から出てきたものを見て、凛ちゃんは泣きそうな声をあげながら逃げていきました。知恵ちゃんもビックリした顔をしていましたが、亜理紗ちゃんが木の実を木漏れ日に当てたのを見て、怖々ながらも改めて虫の姿を確認しました。
穴から出てきた虫は、しゃくとり虫にも似た歩みを見せますが、体はビーズをヒモで繫げたように色とりどりです。その虫は、しばし日の光へと頭を向け、グッと体を縮めます。すると、ベールほどの薄い羽が体からこぼれ、それを羽ばたかせるよりかは揺らす動作で飛び去っていきました。
「虫がチョウチョになった」
「あれ、チョウチョなの?ちーちゃん」
「わかんない」
チョウチョらしきものが日光の中に消えていくと、二人は手元に残った木の実へ視線を戻します。亜理紗ちゃんが穴の中をのぞいてみますが、もう何も入ってはいないようです。
「ちーちゃん。これ、洗ってみよう」
「洗うの?」
近くの公園にある水道で木の実を洗うと、殻のようについていたものがパリパリとはがれ、紫色の皮が現れました。それを亜理紗ちゃんが天にかかげると、ぶどう色の外皮はラメをふるったようにキラキラと光りました。
「ちーちゃん。りんりんにあげようよ」
「あげるの?」
「うん。りんりんにあげる」
亜理紗ちゃんの提案で、木の実は凛ちゃんにあげることにしました。ただでも、すでに凛ちゃんは公園や林にいる気配がなく、もう家に帰ってしまったようです。木の実をあげることに知恵ちゃんは反対しませんでしたが、凛ちゃんの家は歯医者さんを営んでいる理由から、あまり行きたい場所ではない素振りです。
原っぱを抜けて中学校の前を通り、細い十字路を曲がれば凛ちゃんの家があります。しかし、到着するより少し早く、家から戻って来た凛ちゃんと出会うことができました。
「……チエきち。さっきは、ごめんね」
「別にいいよ」
「りんりん、これ」
亜理紗ちゃんが手を差し出します。でも、その中に木の実は入っていませんでした。あれだけ大事に大事に握っていたのに、まるで溶けてしまったかのように木の実は消えてしまいました。
「ちーちゃん。木の実、持ってる?」
「持ってないよ」
「チエきち、何かなくしたの?」
来た道を見返してみても、どこにも木の実はありません。すると、知恵ちゃんは目的がなくなってしまって、からになった亜理紗ちゃんの手を握ったまま黙ってしまいます。その静かな空気の中で、凛ちゃんは声も小さく伝えます。
「……ドングリはいらないけど、また遊んでね」
「「うん」」
それだけ言うと、凛ちゃんは嬉しそうに顔を上げます。そして、ドングリ探しを手伝ってくれた二人を自分の家へと誘いました。
「じゃあ、これから家にこない?ママが蒸しパンを作ってくれたの!虫のお詫びだからね」
「「……今日はいいや」」






