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その1『森の話』

全編、完結済みです。



 知恵ちゃんは小学3年生です。亜理紗ちゃんも小学3年生です。二人は家が隣同士の幼馴染で、帰り道も全く一緒です。ただでも、今日は少しだけ違ったことがあります。それは知恵ちゃんが不思議なキーホルダーをランドセルにつけていた事。もう一つは、亜理紗ちゃんが寄り道をしようと言い出した事でした。

 

 「アリサちゃん……戻ろう」

 「戻ろう。ちーちゃん」


 家に帰る道の奥には細い路地があって、そこに何かが入っていった気がしたのです。亜理紗ちゃんに手を引かれながら、知恵ちゃんも見知らぬ道へと入っていきます。通学路ではない道は少女にとって異世界のような場所で、初めて見た曲がり角の先は真っ青な森の中でした。すると、怖くなって知恵ちゃんは道を戻ろうと言いました。

 

 しかし、振り返ってみると、今まで道を区切っていたブロック塀や家々は姿も形もなく、ボロボロの木々が目の前をさえぎるように立ち並んでいました。樹皮には引っ掻いた後がありありと残っており、何か少女たちの短い人生の中では見たことのない、異質な違う存在の証明をしています。

 

 「どうしよう」

 「……手を繋ごう。ちーちゃん」

 「うん」

 

 足元には崩れた葉っぱが積もり、雪の上を歩くように足が沈みます。知恵ちゃんも亜理紗ちゃんも体は震えていましたが、お互いの小さい手を握っているだけで、どんどんと先に進むことができました。

 

 「そのキーホルダー、どうしたの?ちーちゃん」

 「おばちゃんにもらったんだ」

 

 知恵ちゃんのキーホルダーには紫色の石が入っていて、それが歩くたびにランドセルの横で輝いています。それが欲しいだとか、そのような気持ちではありません。ただ、亜理紗ちゃんは石に声をかけられているような、不思議な感覚にかられて質問したのでした。


 「なんだろう。あれ」

 「どれ?ちーちゃん」

 

 霧の深い森の中で、ゆらゆらと真っ赤なものが動いています。亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの指さす方を見つめ、ぎゅっと手をつないで先に進みます。すると、赤い毛並みを持つネコ……はたまた犬か、うさぎのような一匹の生き物と出会いました。


 「怖い……」

 

 知恵ちゃんは見たことのない生き物を見つけ、亜理紗ちゃんの腕に胸を押し付けました。亜理紗ちゃんも同じ気持ちでしたが、それよりなにより、その綿あめにも似た柔らかそうな毛に触れてみたかったのです。


 「怖いけど、かわいいよ。ちーちゃん」

 「……」


 亜理紗ちゃんは知恵ちゃんの肩をさすりながら、一歩一歩と謎の生き物に近づきました。生き物は亜理紗ちゃんの方を見ないで、でも牙をむかずに足元へ歩み寄ってきます。燃えるように揺れる毛は熱いのか、それか涼しいのか、毛先をなぞりながら亜理紗ちゃんが手を伸ばします。


 「やわらかい!かわいいよ!ちーちゃん!」

 「そうなの?」

 「モモコちゃんと同じくらい、やわらかいよ。ちーちゃん」

 「……そんなわけないけど」

 

 モモコというのは知恵ちゃんの家にいるプードルの名前です。それと同じくらい柔らかいと聞けば、知恵ちゃんだって自然と手が出てしまいます。


 「モモコの方がやわらかいよ……」

 「そうかなあ。ちーちゃん」

 「そうだよ」


 遠く遠く、頭の中に響く鐘の音。その音に驚いて、生き物は森の中へ消えていきました。気づくと亜理紗ちゃんと知恵ちゃんは家の近くにある曲がり角に立っていて、行けども行けども続いていた森は目に映りません。今度はハッキリと、近くにある高校よりチャイムが鳴り響いていました。


 「モモコちゃんに触って帰りたい。いい?ちーちゃん」

 「うん。行こう!」


 その日から2人の、ちょっと変わった放課後が始まりました。それは、夢や本には存在しない、誰も知らない世界との出会いでした。


                                 


Copyright(C)2018-最中杏湖

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