表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

旅立ちの日

「おお、流石、伝説の再来たるアイバ様、良くお似合いですね。流石ですっ」


 翌朝、ジャンが調達した旅人用の服に着替えた俺を見て、テファーヌが称賛の声を掛けてくれた。


 何だか照れ臭い。


 新しい服を着ただけで褒められたことなど、小学校の入学式以来のことだ。


 俺はローランド大陸の各地を巡る冒険の前に、旅装を整えて貰った。

 この世界に来た時は、部屋着にしていたTシャツとジャージズボンという格好だったが、今の俺は大麻で織られた長ズボンと牛皮のロングブーツ、そして長そでのシャツに、上からフード付きのマントを纏っていた。

 どこからどう見ても、この世界に準じた旅人の格好だろう。


 しかし、服を着ただけで、何が流石なのだろう。

 首を捻りたくもなるが、褒めてもらえることは素直に嬉しいので、微笑みを返した。


「まあ、馬子にも衣裳、というところでしょうか」


 一方、ジャンは、テファーヌとは違って厳しいご意見。


 ちなみにジャンの恰好は、俺やテファーヌに比べると重装備だ。衣服の上から銀色に輝く甲冑を身に纏っている。まさしく騎士といった風体だ。ジャンが本当は女性であるなど、一体誰が気付くだろうか。




 俺が異世界に来てから、一週間が経過した。

 テファーヌ達と旅に行くことは決まったものの、すぐに出立はしなかった。


「これから先の道に、大きな街はほとんどないので、ここで必要な物を買い込まないといけないのです」


 というジャンの意見に従い、食料品や薬品などの準備に費やすことになったためだ。

 そしてようやく本日、出発の時を迎えることとなった。



 この旅路で主に使う足は、馬車である。


 木製の四輪車で、周囲はテントのように布で覆われた造りになっている。馬車を引くのは、栗毛色の馬だ。知識のない俺からすると立派な馬車のように見えるが、これはこの世界では旅商人などでごく一般的に使われているものらしい。


 俺達はこの馬車を使って南下し、ドワーフ達が暮らす地域『デュランダル同盟』へと向かう。


 馬車を運転するジャンが衛兵に通行許可の手形を見せ、門をくぐる。


 オリヴィエの街から出て、街道をしばらく進むと、ようやくテファーヌは大きく伸びをする。


「うーん、良い風ね」


 馬車の前部に腰かけて馬を操っているジャンの隣に座り、全身に風を受けている。


「ええ。しばらくは天気も良さそうなので、落ち着いた旅になりそうです」


 テファーヌの横顔を見つめるジャンが、姉のような優しい微笑みで言った。


 髪と目の色がまるで違うのにも関わらず、姉妹と見紛う程の仲睦まじさだ。ジャンはオリヴィエ公爵に仕える騎士の家系に生まれ、テファーヌの遊び相手として育ったらしい。だから二人の関係は姫と騎士という以上の、強い繋がりがあるようだ。


 俺にも、あんな風に気を置けずに話せる幼馴染がいてくれれば、少しは違ったかもしれない。


 テファーヌとジャンにとって、お互いが『きよしこ』なのだろう。


 そんな二人の間に割って入るわけにもいかず、俺は馬車の隅っこで胡坐を掻く。当面の食料が詰まった木箱の山の中から、書籍が積まれた箱を見つけ出し、中から一冊取り出して眺める。


 どうやら俺が千言万語の紡ぎ手と同じ能力を持っていることは間違いないらしく、ローランド大陸の存在する文字で読めないものは一つとして無かった。だからドワーフやエルフが書き記した本も、日本語を読むような感覚でスラスラと読めてしまう。


 活字を読むのが好きな俺にとっては、かなり嬉しい能力だ。こんな感じで、元の世界でも英語やフランス語が読めたら、お気に入りの洋書の原作を楽しめただろうな。


 これから向かう先である、デュランダル同盟について書かれた書物に眼を通すことにした。


 デュランダル同盟。

 オリファン王国の南に位置する、複数の都市国家が集まって形成された同盟であり、一つの巨大な国家として運営されている。

 連邦制国家のようなものだろう。


 住民はファンタジー世界ではお馴染のドワーフ族。背格好は人間よりもやや低いが、頑強な肉体を持つ。また器用な手先と職人気質を持つため、鉱物を加工して鉄製品を作ることに長けているようだ。

 ドワーフは人間と感性が近いので、オリファン王国の金貨や銀貨が通貨として通じる。そのため国境沿いの村々では商取引も行われ、国内にもたらされたドワーフ製の鉄製品は、高値で取引されているという。


 つまり、ドワーフは人間にとって比較的話がしやすい相手ということだ。


 そう思うと、少し肩の荷が下りる。


 俺達三人に課せられた使命の重さが少しでも軽くなるのならば、それでいい。




 テファーヌが俺に語った、旅の目的を思い返される。


「今や形骸化しつつある『ローランド大陸憲章』を、各国家に再認識させる。それが私達の目的です」


 あの切羽詰まったテファーヌの表情が、今でも忘れらない。


「……それって、必要、な、ことなの?」


 この世界の世情に疎い俺は、そう言葉を返した。

 『ローランド大陸憲章』によって、この大陸の平和が長い事守られてきたという話を聞いたばかりだ。それを再認識させるとは、どういう意味だろう。


「ええ、残念ですが、憲章の成立から数百年が経ち、今やその意義が薄れ掛かっています。デュランダル同盟では国境沿いの都市に大軍を待機させると共に、大量の武具を生産しているという話がありますし、また、北のエルフ達のヴェイヤンテフ王国でも不穏な動きがあります。

 ……そしてお恥ずかしいことに、我がオリファン王国でも武力による大陸の統一を主張する者達が、王宮内で勢力を広げています。このままでは再び大陸は戦乱に陥るでしょう」


 まあ、考えてみれば、それは当然の話かもしれない。


 数百年前に決められたルールを、その後も律儀に守り続ける方がどうかしている。

 地球の歴史だってそうだ。ヨーロッパの秩序を保つため、17世紀に締結されたウェストファリア条約による体制も、その後に起こった様々な戦争を経て、最終的には二百年後のナポレオン戦争によって崩壊したのだから。


 そうなると、テファーヌの危機感も何となく理解できた。

 中世から近世にかけてのヨーロッパ大陸が戦乱続きの暗黒時代だったことを考えると、ローランド大陸も同じような道を進みかねない。


「憲章の意義を取り戻すため、各国を啓蒙して回る必要があるのです。ですが単なる使者では話を聞いてもらえないかもしれません。……だからこそ、私の出番というわけです。王族の使者ならば、他国も無碍には扱わないでしょうし、話を聞いてもらえる可能性があります。それに王位継承権の最下位である私なら、仮に道半ばで死んだところで、オリファン王国の損失にはなりませんから。……この役目は私にしか出来ないのです」


 そう胸を張って言い切ったテファーヌは、眩しいほどに気高かった。


 テファーヌは王族でありながら、かなり不遇な立場にあるらしい。


 彼女は他の王族のきょうだい達と同じ王都ではなく、血の繋がりのないジャンの実家であるゲクラン公爵の下で暮らしていた。今回、ジャンと共にオリファン王国の各地を巡る旅に出ることになったのも、その辺りの事情が関係しているらしい。


 そんな立場でありながら、国のため、世界のために、自らの命すらも厭わない。そのあり方はとても美しいが、それ故に危なっかしくも思えた。


 そんなテファーヌの隣で静かに話を聞いていたジャンが、一歩前に踏み出し、俺を真剣な眼差しで見つめる。

 何だか心の奥を覗かれているような感覚だった。


「……テファーヌ様が使者として赴くことは、王族の中でもテファーヌ様と同じ考えを持つ反戦派の一部しか知りません。……が、いずれは主戦派の耳にも入ります。……また他国でも同様に平和を望む者もいれば、戦を主張する者もいるでしょう。……そうなった時に、テファーヌ様の命を狙う輩も現れるはずです。それを私と共に、お守り頂きたい……。その、無詠唱魔法の力で……」


 それが、新しい千言万語の紡ぎ手である俺の役割、ということらしいだ。


 改めて考えると、随分とんでもないことに巻き込まれてしまった。


 国使として、ローランド大陸を別つ他の国々に向かい、『ローランド大陸憲章』の意味を改めて説き、両国の和平を誓うという密命。

 そして、大陸に散らばる千言万語の紡ぎ手の物語を紡ぎ合わせ、俺が元の世界に帰るための方策を探す。


 いやはや、前途多難だ。


 だが不思議と、恐怖心は薄い。

 むしろ冒険心にどこか胸が疼いている。心臓の高鳴りが、始動したばかりのエンジンのように小さく震えている。そして、その震動は少しずつ大きく、強くなっていた。


 自分が、誰かに必要とされている。ただそれだけのことで、俺の気分は高揚していた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ