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ローランド大陸憲章

 

 みすぼらしいテーブルの向こうに座るテファーヌが、桜色の唇を重々しく開いた。


「まず、大昔まで話は遡ります。数百年前のこと、と言われてはいますが、正確な数字は伝わってはおりません。

 とにかく大昔、当時のローランド大陸は、現在と同様にここオルファン王国を含め、五つの国がありました。そこに住まう種族は、エルフやドワーフなど人間とは異なる見た目をしています。それは今も同じです」


 でた、ファンタジー世界お約束のエルフ・ドワーフ。ちょっぴりワクワクする。


「現在と同じように五つの国がありましたが、今とは違い明確な国境が定められていませんでした。その原因は、言語が違うこと。エルフもドワーフも、もちろん我々ヒューマンも独自の言葉の体系を持っており、それを互いに完璧に通訳できる人物がいませんでした。

 ……結果、国家間の領土の明確な取り決めはもちろんのこと、通商すらままならず、言語の違いが文化の軋轢を生み、血で血を洗う戦乱の世界となっていました。しかしそれを解決したのが、ある時別の世界からやって来たという人物。今ではその方の本名は忘れられてしまいましたが、人々が呼んだ二つ名は残っています。それが『千言万語の紡ぎ手』なのです」


 と、一息にここまで述べて、いったん言葉を区切るテファーヌ。

 少し溜めを作ってから話を再開させた。


「千言万語の紡ぎ手は、この世界で唯一、無詠唱魔法を使うことが出来る存在でした。魔法は強力ですが、本来呪文詠唱が必須で、詠唱中には無防備になります。魔法使いは戦局を左右する重要な兵士ではありましたが、同時に守るべき必要もあり、戦場での扱いが難しかったと当時の記録には残っています。しかし千言万語の紡ぎ手にはそんなデメリットなどありません」


 何となくイメージは掴める。

 本来は数ターン待ってMPを貯めないと魔法を使えないのに、そいつだけは初っ端から打ち放題ということだ。ゲームではどんなに役に立つ役職だろう。

 いや、ここまでチートだとゲームバランスを脅かすバグと言った方が正しいかもしれない。


「そんな千言万語の紡ぎ手が戦場で活躍したのは言うまでもないことでしょう。オリファン王国は彼の力によって、劣勢を逆転し失地を回復することに成功しました。

 ですが彼の真価はここからでした。

 彼は他の四か国に和平を呼びかけたのです。

 ……彼の力は無詠唱魔法だけではなく、この世界に存在するあらゆる言語を理解し、話すことにもありました。彼は五人の王の仲立ちとなって和平交渉を行い、互いの国境を定めた証書をそれぞれの言語ごとに作成しました。

 それらは、『ローランド大陸憲章』と呼ばれ今日まで守られることになりました。そのため今まで小規模な諍いはあれど、国家間の戦争は起こらず、平和な時代を過ごすことが出来たのです」


 そんな長々とした昔話を、テファーヌは何も見ずに諳んじた。

 彼女にとっては、幼い頃に散々聞かされた童謡のようなものなんだろう。


 そして彼女が瞳を輝かせて語った伝説的存在、その後継者なのが……。


「アイバ様、あなたこそ、この地に再来した千言万語の紡ぎ手です」


 と、いうことらしい。そんな馬鹿なと言いたいところではある。けれど。


「先程あなたに見せた書籍は、エルフやドワーフの言語を貴族の子らが学ぶための教本です。それを、あなたはいともたやすく読み上げました。ですから、もはや疑いようがないのです」


 やはりあの時、頭に翻訳が思い浮かんだのは、千言万語の紡ぎ手の能力と同等のものだ。


 ……何となく、状況の理解は出来た。


 別に俺が伝説の後継者だったところで、どうでもいい話だ。異世界に飛ばされた人間が特殊な能力を持つなんて、珍しい話じゃない。

 問題なのは、これから先のこと。


「……その、せ、せん、ぺぺ……。さっきの話の人は、最後どうなったんですか?」


 そう、もし千言万語の紡ぎ手とやらが俺と同じように地球からやって来たとして、その後ちゃんと元の世界に戻られたのかどうか、それが問題だ。


 テファーヌは興奮気味だった表情を移転させ、しゅんと大人しくなった。


「……ごめんなさい、分かりません。吟遊詩人などで語られる話は、いつもローランド大陸憲章を作り上げたところで終わってしまうので。千言万語の紡ぎ手がこの世界で平和に暮らしたのか、あるいは故郷に戻られたのか、誰も知らないのです」


 なんてっこたい。

 思わず悪態をつきそうになったが、どうせ口にしたところでまともに発声できないので、心の内で叫んだ。


 千言万語の紡ぎ手が元の世界に戻った方法が分かれば、それを真似することで俺も帰れたかもしれないのに。だが肝心なところで英雄譚は終わっている。


 ああ、俺はこの地に骨を埋めることになるのだろうか。


 別に、地球に未練があるわけではない。嫌なことばかりだったし。ちょっぴり異世界転生に憧れていた部分もある。


 けど、いきなりはいそうですかと受け入れられるものでもない。せめて帰る手段がちゃんと判明してから、このローランド大陸をのんびり堪能したい。


 俺の絶望的な内情を読み取ったのか、テファーヌとジャンが顔を見合わせ、そして同情するように見つめてきた。


「……あ、あの、どうか気落ちしないで。……この辺りの吟遊詩人が知る物語では最後まで語られませんが、他の土地には口伝として残っている可能性もあります。千言万語の紡ぎ手の物語は地域によって内容に多少の違いがあると聞きますし、大陸中を探し回ればあるいは手がかりが……」


 俺を必死に励まそうとしてくれるテファーヌ。その気遣いはとても嬉しい。


 だが、ローランド大陸が一体どれだけの広さを持つのか俺には分からないが、遠足気分で方々へと行けるものではないはずだ。


 考える度に、俺の顔に浮かぶ縦線がますます増えていく。


「……もしあなたがローランド大陸中を巡り、千言万語の紡ぎ手の物語の断片を集めたいのならば提案があります、アイバ殿」


 テファーヌの横に立つジャンがそう言って一歩前に進み出ると、灰色の瞳に俺を写した。


「……私達と、旅をしましょう。ローランド大陸の各地を巡るのです」


 冗談でも、元気づけるための方便でもない真剣さがあった。ジャンが嘘を言う性格ではないことは、その屹然とした立ち振る舞いから何となく理解できる。


 その申し出は願っても無いことだ。

 光明が見えたような気がする。


「で、でも、君達は……いいの?」


 テファーヌは王女らしい。旅費の心配はいらないのかもしれない。けれど、自動車も飛行機も無いこの世界に、大陸中を回る旅路はそう簡単なことではないはずだ。


「……もちろんです。そもそも、これは善意ではありません。……従者として、あなたを雇い入れる、契約なのです」


 ジャンの静かな声が部屋に響いた。


「けい、やく?」


 俺は問い直す。


「実は、私達もローランド大陸の各地を巡る旅をしている最中なのです。この街にも道中で立ち寄ったまでのこと。そしてあの地下闘技場に向かったのも、旅のお供を見つけるためでした。つまり私達とあなたの目的は合致しているというわけです。……まさしく運命的な出会いです」


 テファーヌがそう説明して微笑む。


「私の申し出を受けて頂けないでしょうか? 新たな千言万語の紡ぎ手、アイバ様」


 机の向こうから、テファーヌの白魚のような手が差し出される。


 テファーヌ達の事情はよく分からないが、協力を得られることは間違いないようだ。この国の王女が仲間になる、これほど心強いものはないだろう。


 元の世界への帰還のため、彼女達と行動を共にする。

 俺が持つという、千言万語の紡ぎ手が彼女達の役に立つのならば、使ってくれて構わない。俺だって、彼女達の知識や立場に頼る場面もあるだろう。


「わか、分かりました。一緒に、旅を、しましょう」


 俺は、テファーヌの手を少しだけ躊躇いつつも、握った。

 握り返された柔らかい手の体温は、驚くほどに温かった。



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