老勇者の大魔法~代償の大きさと、真実を知る者~
「お世話になりました! 僕は合流してきます!」
「死ぬなよ。無理だろうけど」
マルチはどうしても行くと言い張るので、見送りを済ませる。
マルチに使った金だけは請求したので戻ってきた。
さて、我々はどうするか。
「魔王様。アードラが現れたとか……」
「ああ、そうなんだよ。大量にいたのを見たんだ」
「なるほど。ただ、憎きレイヴンが解決してしまうでしょう」
まあ、確かにレイヴンなら何かしら策はあるかもしれない。化け物みたいな人間だからな。
「憎きってなんだよ。知ってるのか? レイヴンのこと」
「この島には10日ほど前に来たのですが、人間を滅ぼすべく私の契約した強い魔物、ギガントと土人間を一撃のうちに殲滅させられたのです! 憎い、憎すぎる!!」
確かギガントは大災害級の強さの魔物だったな。
そんな強い魔物を倒されたらそれは怒る。俺もせっかく召喚した強い魔物がやられたら怒るぞ。
なるほど、そのギガントと土人間をねぇ。
ギガントと土人間って!
「それもお前か! 謝れ! 説明するのが面倒臭いからレイヴン達には謝らなくていいから俺に謝りやがれ! ビックリしたんだぞあれ」
「え!? まさかあの村に魔王様がいらっしゃったのですか? 重ねての非礼申し訳ございません」
そんなに直ぐ謝られても、なんか違うな。
まあ、そういう性格なのだろう。仕方がない。
「そういえば球体よ。アードラについての情報はないの?」
“あるけどメフィストはダンジョンも作らず外にばかり足を運んで――”
「……その話はあとで聞こう。アードラの話を頼む」
まったくもって小言の多い奴だ。
“わかった。それじゃあアードラは死の鳥と呼ばれてるのは知ってるかな? そして、生あるものを食らいつくすとも言われてる所以は、その繁殖力にあるんだ。野生化したアードラは1匹で繁殖できて、1日で卵が孵り、10匹の子供が生まれ、その日の内に繁殖できるまでに成長する魔物なんだ。もちろん空気中から栄養素を摂取したり、植物から栄養素を摂取して間に合うほどの成長速度ではないから、生きた魔物や人間を丸のみして、余すことなく栄養にしてしまう必要があり、死の鳥と呼ばれるようになったんだ。過去、姿を見たのは100年以上前、メフィスト・デス・カタストロフの時代より前になるんだ”
「うん、アードラについては1割ほど理解したよ。倒しかたは?」
“敵になってしまうと厄介だね。1匹見かけたら直ぐに倒す。巣を焼却する。人海戦術。一帯、全て、植物に至るまで生き物という生き物を消して餓死させる。ぐらいしかないよ。一対一でもかなりの戦闘力を持つからね”
だよな。一度戦闘した俺が一番わかってる。
クソ! なんとか倒す方法はないのか。ゲル君の仇をとりたい!
「魔王様。アードラなど放っておきましょう。この島の人間を殲滅するまでダンジョンでも作り、人間が居なくなってから滅ぼせばいいのです」
サンドレアは俺と一対一で喋る時には必ず片膝を付いて頭を下げた状態なのが気になる。
まさに魔王とシモベという感じだな。服装もコスプレ(オリジナル)だし、形から入るタイプなのかもしれない。
「君がどれほど俺が強いと思ってるのか知らないけど、メチャクチャ弱いからね。アードラが人間を殲滅するほど蔓延ったら、俺ではどうすることもできないからね」
この世界の人達は殺伐としている割に、人の事を過大評価してきて死地へ追いやるから先手をどんどん打っていかないと。
俺って強面だったっけ? 鏡は無いので仕方なく顔を触ってみる。
いやいや、これはブサイクで痩せてるいつもの弱面だよ、絶対。ガタイも悪いし髪も伸ばし放題。強い要素はないはずなんだが。
“でも、サンドレアの言うとおり、ここは様子見がいいでしょ。既に人間が動いているんでしょ?”
「まあね。ただ、今回はゲル君の弔い合戦なんだ」
“あ! 本当だ! ゲル君がいない。死んじゃったんだ~。でも5円だし。召喚する?”
「確かに、確かに5円だけれども。あのゲル君は最初に召喚したゲルだった、いわば初回限定ゲル君なんだぞ? そんな後から何度でも召喚できるゲルと一緒にしないでくれ」
5円じゃないんだ。初回限定ゲル君と俺は5円の関係ではなかったんだよ!
“初回限定ゲル君? 変な言葉作らないでよ。無いからそんなもの!”
あるんだよ! 俺の中ではな!
「とりあえずレイヴンの話だけ聞いてくるわ」
俺が立ち上がると、サンドレアも一緒に立ち上がる。
おしりに付いた土を払いながらサンドレアの方を見た。
「ん?」
「……」
なんですか? という意味を込めて「ん?」と言ったんだが、無表情だ。
まあ、いい。たまたまだろう。
「ガダジゾバビビ! 顔狼! 溶岩フレアにメリマルドリルは付いてこい! ガダジゾバビビは道案内頼むぞ!」
「カシコマリマシタ」
「ほらチンタラするな! 魔王様の命令だぞ貴様ら!」
新参者が何を言うとるんだ、という顔で魔物達がサンドレアの横を通りすぎていく。
「なんでお前がついてきとるんだ、ややこしいだろうが連れていったら。俺の名前をまたマ・オウにするつもりか?」
危ないだの、魔王様の盾になれますだの、あれやこれや食い下がってくるが、すべて却下した。
ただ、話を聞きに行くだけだと言うとるだろうが。
「私では力不足ですか……」
「だから……いいから留守番ね。わかった? 留守番。レイヴンに会ったら直ぐに殺そうとするでしょ、どうせ。止める方の身にもなってね」
それだけを言い残してダンジョンの外に出た。
レイヴンの村は、以前ギガントにやられた家屋の傷は完全に残っているようだが、どうやったのか地割れや波打った地面は全て元通りになっているようだ。
多分レイヴンの土の魔法というやつだろうが、さすがだな。
村は、簡単な魔物が侵入できないように木の杭で柵が出来たようだ。
中へ足を踏み込むと、オルトルのいた村の住人とレイヴンの村の住人が全て村の外で何かしらの作業をしているので、ごった返している。
「レイヴンはどこだ、レイヴンは。……あ、マルチじゃないか」
「あ! マ・オウさん! どうしたんですか?」
「ちょっと待て。マ・オウはやめようか。あれは、そのー、アダ名というやつでね、本名じゃないんだよ。俺の名はメフィスト・パンデモニウムだからね。マ・オウはやめようね」
ふぅ。先にマルチに会って誤解が解けて良かった。
皆にも説明したりしなかったり面倒なことになるとこだったぜ。
マルチにレイヴンのいるところまで案内してもらうことにした。
近くに知り合いもいない事だし。
「レイヴン、話だけ聞きに来たぞ。俺では何も出来んから力にはなれんだろうが」
丁度、オルトルとその村長、レイヴンとクロウ、ニンバ、サンタに知らない顔が数名広場のような場所で座りもせずに話し合っている最中だった。
俺がマルチ付きで登場したことで、皆の視線がこちらに向く。あまり視線に慣れてない俺はその目の数だけで若干圧倒されてしまう。
「おお、メフィスト殿。すまんのぉ。本来は宴を開いてメフィスト殿の歓迎を行う予定じゃったが、事情が変わった」
「それはいいけど、アードラの対処は話し合われてんのか?」
「うむ。何度考えても最後の一手がどうにもならんのじゃ」
「最後の一手って?」
通夜でもやってんのかと思う程に皆の顔が暗い。レイヴンだけマトモな感じで話しているので逆に違和感がすごい。
「火山が大噴火してしまう。これを止められん」
「うん、そりゃ火山の噴火なんぞ止めることが出きる奴はいないね」
何を真剣に考えとるんだ。無理だよ無理。バカじゃないの?
「いや、わしなら止めれるんじゃ」
「止めれるんかい!」
「しかし、火山が噴火するまで事が進めばわしはもうそこにおらん。わし以外の誰かが止めねばならんのじゃ。でないと参加したものは一人残らず死ぬじゃろう」
「じゃあ、レイヴンが噴火を止めて、レイヴンがやらないといけない事は他の人がやれば?」
「できればやっとる。わしがアードラに全力の大魔法を叩き込んだ後の話じゃ」
つまり、レイヴンはアードラに大魔法を食らわせ全滅させる。その魔法の反動で間違いなく噴火が起きて参加した人間は全て死ぬだろうとのことだ。
「レイヴン以外が行く理由はあるのか?」
「わしを守ってもらわねばならん。わしが若ければ呼吸をするように大魔法を使ってやったが、今はそうもいかんからな。ほっほっほっ!」
どこまで本当か知らないが、あれだけの数のアードラを全滅させるほどの大魔法を呼吸するように使われたら魔王もお手上げだろう。レイヴンならあながち冗談ではないかもしれない。
とにかく、今では大魔法を使用するのに時間と全ての魔力を使わなくてはならないので道中、必ず護衛がいるのだそうだ。
「しかし、策が無くて手をこまねいていてもアードラの数が増えるだけじゃ。わしが打ち漏らしてしまう可能性が高くなる。出発は今日中に行うから皆のもの、そのつもりでの」
マルチにMPが回復するような薬草とか無いのか聞いてみたが、無いらしい。厳密に言えばあるのだが、レイヴンほど大量の最大MPを持っている人にとっては、回復させたところでゴミほどにしかならないらしい。
皆があれでもないこれでもないと話し始める。
その輪から離れて、一人佇んでいる俺にレイヴンが近づいてきた。
「メフィスト殿」
「ん?」
「これを。本来ならメフィスト殿の宴や御礼の品を購入しておこうと思ったが、それもできなくなりそうじゃ。受け取ってくれ」
大きめの皮袋に入った多めの金を受けとる。
「ハハハ。できなくはならんでしょう。これはこれで頂きますが」
懐に金をしまいこむ。かなりの量だなぐへへ。
「……メフィスト殿だけには伝えておきましょうか。今回、皆には伝えておりませんが、アードラの数から考えてわしがそれほど広範囲大魔法を使用するとなると、反動でわしは死ぬでしょう」
「な、なに!?」
いやいや、聞きたくなかった。
なんだその重い話。俺にすんなよ! 他のやつにしてやってくれ。
「皆に伝えると止められるのは目に見えとるし、打開策はない。これはいいんじゃが、その後じゃ。わしが死んでしまっては皆が動揺するじゃろう。その頃には火山も噴火を始めとる。その時に皆を束ねて脱出する役をお願いしたいのじゃ」
「こんな何の力もない貧弱な人間には、誰もついてきてはくれんでしょう」
何を真剣に言い出したんだ。またレイヴンの中での過大評価が独り歩きしていく。
どうしたレイヴン。冷静になれ。俺はこの村と最近知り合ったばっかりだし、弱いし、まだ参加するとも言ってない。死にたくないしね。
これを俺が引き受けようものなら参加した村人の命は全員消えてしまうだろうな。
「頼みましたぞ」
「いや、聞けよ」
レイヴンが皆の輪の中に戻っていった。
……アホらしい。どうせここにいても解決策は何も出てこないだろう。
俺は俺で球体にでも相談するか。
一人輪から外れていた俺は誰にも気付かれる事もなく村を出ることができた。決して悲しくはない。むしろあれこれ説明しなくてすんで嬉しいぐらいだ。
「マオウサマ、ナミダガ……」
「……ゴミが目に入ったようだ、気にするな」
大丈夫、俺には魔物達がいる。
精神安定剤のように頭の中で繰り返し唱えていると、いつの間にかダンジョンまで着いていた。
「魔王様! お怪我はありませんか!? 人間に何かされませんでしたか? 人間に出された物を口に入れませんでしたか? 人間の――」
「大丈夫! 大丈夫だから! よくそんな口をついて出てくるなぁ、ビックリするわい」
“おかえり~”
そういえばサンドレアの部屋を作ってやらにゃいかんな。
同じ部屋で着替えやら寝泊まりやらするわけにはいかんからな。
レイヴンからもらった皮袋を取り出した。
「人間どもから奪ったんですね!? さすがです!」
子犬のような嬉々とした表情で俺を見ている。
「何故そう思った。部屋と通路を作ってくれ」
特に金を手に入れた理由まで話す必要はないし、説明が面倒なので否定だけしてスルーしておこう。
“と、とうとうダンジョンを作る気になったんだね? お母さんは嬉しいよ!”
「誰がお母さんじゃ、誰が。部屋を1つ作るだけだよ」
このコアも突然変になるな。病気か?
「人間どもに恐怖のダンジョンがあることを宣伝して参ります!!」
「やめろ。何にもできずに死ぬぞ? 1人や2人みたいなパーティーで来てくれると思うなよ。軍隊連れてこられたらプチッと潰されるだけだぞ? 考えろ。できるだけ人間にはダンジョンがあることを隠して生活するんだ」
「えー、地味ですよ。魔王様なら大丈夫ですって! やりましょうよ!」
「やらねぇよ。なんだ地味って。……え? お前なんか最初に会った時とキャラ違くねぇ? なに? そっちが本物なの?」
サンドレアが人間に喋った瞬間死ぬな。何の対策も出来んぞ。
えー、確か部屋に50円、通路に50円でよかったな。
コアに100円を渡して部屋と通路を作ってもらった。
「どんな魔物を配置するんですか?」
「お前の部屋だよ。さすがに1つしか部屋がないのは色々不味いだろ」
「……私のために部屋を用意して下さったんですか? まだ何もしていないのに。ありがとうございます!」
大袈裟に後退りしている。着替えとか寝床とか色々困るから分けただけなんだけど、そこまで喜んでもらえたら悪い気はしない。
「何か欲しい物があったら言ってくれ。無駄遣いはできんがある程度考慮しよう」
“え? これだけ? もっと落とし穴とか釣天井とか火炎地獄の付いた部屋とか作ろうよ!”
「誰も来ないのにそんな恐ろしいもの作っても仕方ないだろう。そうだコアに聞きたい事があったんだ」
“なに?”
噴火を止める方法は無いものか。コアに方法を聞いても仕方ないかなぁ。
「何かさ噴火を止めるような方法って無いの?」
“自然現象を止める方法はあるよ。火の魔法と土の魔法で止めればいいんだ。火の魔法はレベルが上がればマグマまで操れる、土の魔法はレベルが上がれば噴火そのものの活動を停止できる。ね、できるでしょ?”
「確かにできるが、俺にはMPの関係で出来なさそうだな。何か使い捨てで魔法が使えたりする道具ってないの?」
クソ! またしてもMP不足か。
レベルが上がればって言ってるが、マグマを操るレベルまで金を払わないといけないし、却下だな。そんなに金はないだろう。
“あるよ。魔法玉。使い捨てタイプの魔道具だよ。もちろん中に込められた魔法レベルに応じて値段が跳ね上がるからね”
「なんだ、そんな便利な物があるのか。噴火を止められる奴をくれ。火と土のやつ」
“噴火を止められるとなると5レベル級だから10000円だね、1つ”
「1つ10000円!? ねぇよ! そんな金ねぇよ!!」
“じゃあダメだよ。こっちもお金払ってもらわないと出したくても出せないよ”
1つレベルを下げて使えなかったら諦めよう。バイバイレイヴンと村の人々。俺では何の力にもなれません。
「レベル4だとどうなるの? 全くダメ? 噴火を止められない感じか?」
“レベル4だと噴火を止められはしないだろうけど、一時的に停止させることはできるだろうね”
一時的か。なんだ、その間に村人を誘導して逃げてもらえばいいんだ。
「あ、じゃあもうレベル4でいいや。それで十分です」
“1つ5000円です!”
「高いな! くそー! レイヴンからもらった金が無くなっていく」
レイヴンからもらった皮袋の中には丁度10000円入っていたようで、それらを全て渡して火と土の魔法玉をゲットした。
「結局行くのか俺は」
“自分の事なんだから自分でわかるでしょ”
確かにそうなんだが、無駄に金を使うし何を考えてるんだ、俺は。
はぁ、風呂に入って寝よう。疲れた。
「明日は早いからもう寝るわ。風呂に入るから皆部屋から出てってくれ」
「背中を流して――」
「いらんいらん。サンドレアも自分の部屋に行ってくれ」
ゆっくりと湯に浸かり、明日の作戦を考える。
そして少し考えたところでやめた。
何もわからないからだ。敵の数、仲間の数、レイヴンの使う魔法の威力、発動までの時間、発動後の皆の動き、噴火の力、魔法玉で抑えておける時間。何にも分からない。
作戦の立てようがない。
ダメだったら自分だけ逃げよ。レイヴンの魔法に頼りすぎた作戦だし、失敗したらダンジョンに逃げよ。
風呂から出て汚れを落とした俺は、何も考えずに眠った。布団はまだないので固い床の上で。
「メフィスト殿、来てくださいましたか」
迎えてくれるのはいつもレイヴンだけ。俺、なんか悪いことしましたっけ?
あ、コミュ障だからか。俺から話しかけたら普通に話してくれるし。
かなりの行列になった。100人近くは居るのではないだろうか。
アードラのいる火山へ向かって全員で歩く。
荷車程度はあるようだが、車や自転車といった乗り物の類いは技術的にないみたいだ。ガソリンなどの資源をこの世界の人間は知らないらしい。
火山が近づいてくると、俺が昨日来た時より明らかに変わっている。
麓からでもアードラの姿が確認できた。それほど数が増えたということだろう。ゲル君の仇め! だんだん怒りが沸いてきたぞ。
「さて、やるか」
オルトルがなんとも気の抜けた声を出したとたん、オルトルの村の戦士達だろう奴等が一斉に駆け出した。
全員手には槍を持っている。飛んでいるアードラに対抗するためらしい。
アードラ1匹に対して槍を投げたり突いたり切ったりしながら倒していく。なんとまあ原始的な方法だ。
あちこちで死傷者がでているのだろう。助けてくれや救護できるものを呼ぶ声が聞こえてくる。
俺は戦いに参加したくても出来ない。
顔狼の牙の短剣は前回のアードラとの戦いで無くしてしまったし、使える魔法は重力レベル1。使ったところで人の邪魔にしかならない。
連れてきているメリマルドリルと溶岩フレアを使って攻撃しようとしたが、味方に攻撃されそうになったので土の中から出るなと指示しなくてはならなくなった。
俺はレイヴンの護衛という名目で何かしら集中しているレイヴンの近くにいさせてもらっている。多分、レイヴンには護衛はいらない。
アードラ自身がレイヴンから放出している膨大な魔力を感じてさっきから近づいてきていない。
出発前にアードラを倒す必要はないとの指示がレイヴンよりあった。レイヴンの魔法によって倒すからであって、槍などで戦っても無意味だとの事だ。
倒さないで良いので、いくらか被害は少なく済んでいるのだろう。
火口はもうすぐだ。レイヴンの集中ももうすぐ終わりなのか、先程から閉じていた目が、今は見開いて、眼前の頂上を睨み付けている。
火口へ向かうに連れ、空を飛ぶアードラの声が鼓膜を裂かんとばかりにうるさくなってきた。
「……着いたか。……皆よ! 聞け!」
火口まで近づけたレイヴンは皆に向かって声を張り上げた。
全員には聞こえていないだろう。アードラの鳴き声でさらに聞こえは悪くなっている。
皆はアードラとの戦闘中だ。戦いの手を止めて聞くことなどできない。彼等は俺と違って戦いながら聞くしかない。
「お前たちの次の長はここにおるメフィスト・パンデモニウムじゃ! 聞け! 次の村長はこのメフィスト・パンデモニウムじゃ! わしはこの魔法を使えば死ぬ! さらばじゃ!!」
「……は!?」
横にいる俺が一番驚いた。死ぬ間際で頭がおかしくなったんじゃないか? 何を言うとるんだレイヴンは。
レイヴンは肩の荷が降りた顔で俺を見た。
その荷を押し付けた奴をそんな顔でよく見れるな。いや、そんな目で見てもやらねぇよ? 村長なんか。
聞こえた者も少なくはないだろうが、手を止めることはない。いくら驚いても戦いに集中しなくては命が無くなるのだ。
「すまんなメフィスト殿。頼まれてくれるな」
「いやいやいやいや、順序逆じゃね? 聞いてからじゃないの? 宣言してから聞くとかおかしくね?」
「ほっほっほっ! 死にゆく者の頼みじゃ。断れまい。メフィスト殿なら引き受けてくれるじゃろう」
自分で言うかそれを!
溜めに溜めた力を解放したのか、レイヴンの体を薄く青い光のオーラが包み込む。
そのオーラが空に向かって勢いよく上がり、空の雲を全て取り払った。
レイヴンの元々細い体が、見る見る骨と皮だけの恐ろしいものへ変わっていく。特に顔が恐ろしい。
「……実はな、お主が魔物使いでない事は分かっとった」
「は?」
「最初に村へお主が来たときに能力を勝手ながら見させてもらったんじゃ」
あ、そんな魔法があるのか。そりゃ魔法勇者のレイヴンがいて、そんな魔法があるのなら使われているだろう。
あの頃は確かレベル2? だったかな? そんな弱々のステータスを見られたのか恥ずかしい。
確かに俺のステータスには〝魔物使いの呪い〟というステータスはない。それを見られたか。
「なら、俺は何だと? 魔物を使ってるんだ、魔物使いだろ?」
「……ほっほっほっ。もう隠さんでもよい。魔物使いの呪いがない魔物使いはおらん。ギガントの災いの時にお主が魔物を使っていて、魔王であることは直ぐにわかった」
バレた!?
いや、バレてたのか?
じゃあなんで俺を村長なんぞにするんだ?
殺すだろ普通。俺なら間違いなく殺すぞ?
「安心せい。誰にも言うとらん。それにわしを見ろ。もうすぐ死ぬ。お主を最初に見たとき、能力値が全て1で驚いた。そんな奴は見たことがなくてのぉ」
……死ぬ間際にバカにしてんのか?
空へ上がったレイヴンのオーラが雨のようになってアードラ目掛けて降り注ぎ始めた。
そのオーラの雨に当たったアードラは、そこに何も無かったかのように蒸発していく。
「そんな奴が魔王と知って驚いた。この歳になってこんなに驚ける事があることに嬉しさを覚えたもんじゃ。そして、お主に希望を見た。魔王でありながら行商人をしとる。魔王でありながら人間の助けを聞く。魔王でありながら人間味がある。魔王でありながら謙虚じゃ」
「何か知らんが過大評価も甚だしい。いつ心変わりするとも分からんのだから殺した方がいいだろ絶対」
「そこじゃ! お主の謙虚さこそが他の魔王にはないお主に見えた希望じゃ! 今、世界は戦争に飢餓、奪い合い殺し合い、混沌と化しとる」
デカイデカイ。話がデカイわ!
何で突然世界の話になってんの? 俺がそこまでやるの? やらねぇよ!
「お主が変えてくれると、勇者でもない、人間でもないお主が変えてくれると、そう思ったんじゃ」
いや、人間ですけど。
どんどん干からびていくレイヴンは、喋りに衰えた感じは受けない。むしろ力が沸いてるように言葉に力が入っている。
「お主に世界だなんだと言っても、自分はやらないと思っとるんだろうが、それは間違いじゃ。お主が魔王である限り、世界が変わってしまうのは紛れもない事実じゃ。お主が何もしなくても周りが許してはくれんぞ?」
「特にレイヴンが俺を村長にさせたりな! 他の村人も俺がどれだけ弱いか知らずにギガントの前まで連れて行って殺そうとしたりね!」
「ほっほっほっ!」
いや、ほっほっほっじゃなしに。
「わしの物語はここでお仕舞いじゃ。後は若いもんに任せようか。分かっておると思うが、既に火山がわしの魔力と鳴動して活動を始めとる。わしの命はもう残り少ない。アードラの残りももうすぐ殲滅できる。村人を連れて逃げるんじゃ! 今なら間に合う!」
レイヴンは目も見えず、耳も聞こえなくなったのだろう。俺ではないほうへお辞儀をすると、干からびた両手を天高く掲げた。
残っていた膨大な魔力がオーラとなって空へ上っていった。
俺は俺で頼まれた仕事をしよう。皆を逃がさなくては。
さて、用意してきた奥の手を使うときが来たか。
アードラにレイヴンの魔法が当たり戦わなくてよくなった者達がその場に座っていたり、怪我人を手当したりしている。
地面が音を立てて揺れ始めた。
「な、なんだ!?」
「火山だ! レイヴン様の仰っていた通り、噴火が始まったんだ!!」
大きめの揺れの後、火口から黒い煙が立ち込める。
「落ち着け!! 今から俺が噴火を一時的に止める! その間に動ける者は下山しろ! 余裕のある奴は怪我人を背負って下山しろ! わかったか!? 聞こえていない者にも伝えろ!!」
大声を上げながら火口へ走る。
顔さえイケメンならめちゃくちゃカッコいい所なんだがな。
風向きが逆で良かった。多分ガスとかそんな諸々を受けていたらガスだけで皆死んでたな。
火の魔法玉レベル4をポケットから取り出して魔力を込めた。
それを火口へ投げ込み念じる。
噴火よ止まれ!
煙は見る見るうちに鎮まっていく。
ただ、地面の揺れは収まらない。
土の魔法玉レベル4を取り出してありったけの魔力を込め、地面へ投げつけて割った。
揺れよ止まれ!
ただそれだけで自然現象が止まる奇妙な感覚が体を襲う。
魔力を使い果たし、俺はその場に倒れた。
あー疲れた。とりあえずうまくいったな。
アードラ戦では役に立てなかったから、いい気分だ。
俺はメリマルドリルと溶岩フレアを呼んだ。
「よし、俺は疲れて動けない。溶岩フレアは俺を背に乗せて引きずってもいいから下山してくれ。メリマルドリルはレイヴンを持って下山してくれ」
指示を飛ばして辺りを見渡すと、何故か皆動いていない。半数以上は下山しているのだろう。数はかなり減っているが、元気な者がまだ何人も残って火口の方や俺の方を見ている。
何で? バカなの? はよ逃げろやバカたれが!
「なにしてんだ! 早く降りろ! 一時的に止めてるだけだぞ! 逃げろよ!」
「いや、もう噴火の活動は終わったようだし、怪我人は動かさない方がいいでしょ。助けが来るまで怪我人とここで待ってることにしたんだ。俺たちも戦闘で疲れてんだ」
「俺の魔力で一時的に止まってるだけだぞ? 死にたいんならそこで死ね。俺は命を粗末にするやつまで助けるほどお人好しじゃないんでね!」
イラッと来たのでもうどうでもいい。
全員の命を救いたいとか思わないし、警告はした。
もしかしたら本当にレベル4の魔法玉で鎮まったのかもしれないしな。
ニートで魔王の俺が博愛主義であろうはずもないので、さっさと下山を始める。というか溶岩フレアの背中に乗せてもらって下山する。
捨て台詞を吐いてみたが、あまり意味は無かった。残った者達は誰一人として動こうとしていない。もうどうでもいいけど。
「レイヴン様……? レイヴン様!」
どこに行っていたのかクロウ達三人が走り寄ってきた。
面倒臭いな。噴火するから下山してからにしてくれ。
「おいメフィスト! レイヴン様はどうしたんだ! なんでこんなお体に……生きてるのか?」
多分レイヴンを探していたのだろう。かなり息を切らしている。
「死んでるよ。見たらわかるだろ? 色々考える事や聞きたい事、言いたいこともあるだろうが、先ずは下山しろ。俺の使った魔法がどこまでもつか分からん」
口を開いているので何かを言いたかったのだろうが、クロウ達は呑み込んでくれた。
とりあえずは逃げよう。
クロウ、ニンバ、サンタは近くの怪我人を担ぐと俺と一緒に下山を始めた。
山を降りるまでに何度か地震が発生したが、噴火は起きなかった。
山の麓には村の人間達が集まっている。
「メフィスト様、まだ山に残った者がいるんです!」
「誰が様だ誰が! 自分で好き好んで残ったんだろ? 俺たちが奴等にすることは何もない」
下に降りた者でレイヴンの言った戯言を聞いていた奴がいたのだろう。様付けで呼ばれても気持ち悪いだけだ。
体力は大分回復したので、溶岩フレアの背中から降りて自分の足で立った。
メリマルドリルに連れられたレイヴンを背負う。体の水分量が全然無いからか、ものすごく軽い。
「レイヴン様……変わり果てたお姿になってしまって……」
「おい! メフィスト! どういう事なんだ! 何故レイヴン様が死んでしまった!?」
レイヴンの亡骸を村人の前に連れて寝かせる。
後ろからようやくクロウ達が下山してきたようだ。
「あれだけの数いたアードラを1匹残らず倒して、さらに俺達に当たらない大魔法を使ったんだ。レイヴンは死ぬ気だったんだよ最初から」
「……貴様! 知っていたならどうして止めない!」
やはり俺のせいになるのか。なんとかく分かっていたよ。
「知ってるかどうかまだ何も言ってないだろ?」
「貴様ならわかったはずだ! 俺達は魔法には疎い。魔法が使える貴様は知っていたはずだ!」
「はずやらなんやら、何にも確信無いのかよ。まあ知ってたけどね」
なんの作戦も思い付かない俺に止める事などできるはずがない。どれだけ重大な事件かも判断できてないのだから、そんな部外者が口を挟む事などできないだろう。
「やっぱり! アードラの殲滅とレイヴン様の命では天秤にかけることなどできないほどの差がある! 国に討伐依頼をするべきだったんだ! レイヴン様がいなくなってこれからどうすればいいんだ!」
「国になど依頼している時間はなかった。アードラとはそういう魔物だ。レイヴン様は命をかけるほか無いと判断されたのだろう」
「オルトル、生きていたか」
村人の集団から折れて短くなった槍を持ったオルトルが出てきた。
「レイヴン様……」
クロウ達三人がレイヴンの亡骸の前に膝を折る。
「なんなんだコイツは、女々しい奴だな」
「酷いなオルトル。俺も同じ事を思ったが口には出さなかった」
「いや、そりゃもう口に出したのと一緒の事を言ってるぞ」
あ、本当だ。クロウがこっちを睨んでいる。
いやいや、オルトルを睨めよ。俺は悪くないだろ。
「メフィスト様、これからどのようにすれば……」
村人の一人が俺のほうへ近寄ってきた。
「そうだな……って俺に聞くな! なんだ? 誰か指示を出せる奴はいないのか? 何で皆俺に寄ってくるんだ! あっち行け! シッシッ!」
オルトルが辺りを見渡しながら口を開いた。
「そういえば、お前が村長になるとかなんとか。皆が噂していたぞ」
「レイヴンの戯れ言だよ。死ぬ間際に狂ったんだ。あ、オルトルが村長やれば?」
「バカ言うな! 俺は俺で一応こんなんでも自分の村の村長代理だからな。別の村の村長などできんよ。第一村人の事を何も知らん」
「俺も知らん。という事でクロウに決定だな。クロウ、お前が村長だ」
「は?」
話を聞いていなかったクロウが俺を睨み付ける。
そんなに怒るなよ。なんで俺ばっかり損な役回りなんだ?
クロウの顔を見ていると、レイヴンの死に悲しみで虚ろになっていた目に力が戻った。
やっとまともな話ができそうだ。
「お前が村長だと!? 俺は認めんぞ!!」
「どうしたどうした!? 聞けよ一旦。俺が村長するなんか一言も言うとらんがな。お前がやれお前がな」
話が理解できたのかと思ったが全然ダメだった。
何か余計ややこしい感じになったなこりゃ。
錯乱してますな。
今までの経緯を何度もクロウに説明する。
「なるほど」
「わかったか? という事で村長はクロウに――」
クロウは頷きながら後ろにいる村人達に向き直った。
「わかった、村長はメフィストだ。皆!! ここにいるメフィスト・パンデモニウムがこれから村長になる。これからは彼の指示で動き、彼に頼れ!!」
「お前はバカなのか? 何を宣言しとるんだ! 村人達が期待した目で俺を見とるぞ? どうしてくれるんだこの空気!!」
キラキラした瞳が俺を見つめる。そんな目で俺を見ないでくれ! 俺には導くほどの力がない!
「レイヴン様がお前に託したんだ。お前以外にいないだろう」
「だから、錯乱してたんだよ! 俺がなれるわけないだろ? 誰も俺になんぞついてくるかよ!!」
「俺はついていくぞ。ニンバ、サンタ。お前たちはどうする」
「レイヴン様が決めたことなら」
「俺もメフィスト殿についていく」
「な?」
クロウお得意のどや顔だ。なーにが〝な?〟だよ!
「いや、な? じゃねぇよ! お前らがついてきても村人がついてこないと意味ねぇだろうが!!」
「は? ついてくるに決まってるだろ? まあいいや。皆!! メフィストが村長でダメな奴は前に出ろ!!」
誰も出てこない。
いや、たとえ俺が嫌でもこんな空気の中で前に出れる奴は少ないはずだ。
うわぁ面倒臭い。俺が村長になる流れだこれ。