死の恐怖~新しい村人との接触。魔物使いとの出会い~
飯も食ったので新しい村へ出発する。顔を隠すためにターバンで目だけ出した状態で今回は行くことにした。最悪逃走できる。100円もしたが。
埋葬済みの勇者見習いの骸へ手を合わせて出発した。
今回のパーティーは俺、ゲル君、ガダジゾバビビ、メルマルドリル、溶岩フレアの5名。残りのゲル君達にはお留守番してもらう。
そういえば、球体が言っていたがレベルはダンジョンに帰らないと上がらないらしい。意味はわからないけど、そうなんだと。
「行くか」
メルマルドリルと溶岩フレアは地中に潜った状態で付いて来てもらう。
荷車は俺が押す事にした。顔狼は体が大きく目立つので、今回はお留守番だ。
「とりあえずあっちの方って言ってたけど、ゲル君分かる?」
「はい、魔王様! とりあえずレイヴンの言った方向へ行きましょう! 」
レイヴンのいる村とは逆の方向へと歩き始める。
金を稼ぎたいのに、突発的な収入しかない。なにか定期的に稼ぐ方法はないものか。
長い旅の始まりだな。
道中、ギガントの幻術で弱い魔物を退けながら進む。
何故ギガント級の魔物が出現したのか。疑問が浮かぶ。
レイヴンも疑問には思っていたようだったし、作為的な何かを感じていたようだ。
土人間。ギガント。2種類?
まさか、魔物使いか? あの勇者見習いが喋っていた、どんな魔物使いでも2種類までしか操れないと。
この辺りの魔物は明らかに弱い。下級魔物だろうから、あんなのがいたるところにいれば、直ぐに分かるだろう。
そうなると、なんのために村を襲うような事をしたのか。
略奪でもしようとしたのか?
クソ! 嫌な予感しかしないな。なにかが身の回りで起きているんだろう。が、それがわからない。
「大丈夫です! 魔王様! 我らのいる限り、魔王様は死にません!」
「ん? あ、ああ。ありがとう」
何やらゲル君は心配してくれたようだ。あまり考えすぎるのはやめよう。
あちこち歩いてきたからか、体は筋肉痛に慣れて、歩く事を苦痛に感じなくなってきた。ここに来たばかりの頃は、しんどいと疲れたしか考えられなかったなぁ。
順調に進んでいるが、一向に村は現れない。
レイヴンがモウロクして道を間違えたか、少し離れた場所を歩いてしまっているかのどちらかだろう。
間違いなく近づいてはいるはずだが、どこかわからない。
「魔王様、大丈夫ですか? 私に手があれば荷車を押すこともできたのですが……」
「いや、特に疲れてないから大丈夫だ。ありがとう」
ゲル君という話し相手がいるから、暇潰しにもなるし、体力がついてきたからか疲れてもいない。
あ、重力のローブとかの装備品のおかげか。
足も全然痛くない。
そろそろ人の住んでいる形跡ぐらい出てきそうなんだが。
「あ、あった」
黙々と探していると、戦った形跡が森のなかに出てきた。
魔物の血があちこちの木へ付いている。まだ乾いていないのを見ると、かなり最近のものだ。
「ハハハ、名探偵にでもなったみたいだな」
さて、これだけの証拠を残した犯人はどこへ消えたのか。
名探偵の腕がなるぜ!
「魔王様、メルマルドリルは嗅覚が鋭く、ここに残った香りから人の住む里までいけるそうですが」
「あ、そうなの?」
今からあれこれ証拠を見つけて、獲物を引きずっている! とか言ってその引きずった痕を辿っていこうとやる気を出していたので、テンションの下がった声になってしまった。
「ん? というかメルマルドリルって喋れるの?」
「ええ、超高音帯ではありますが、器用にドリルの回転音で意志疎通をするんです」
「じゃ、また通訳お願いしますね。俺は全然きこえん」
ゲル君とメルマルドリルの案内で、どんどん森の奥へと進んでいく。
「やっと見えてきたか……あれか。水を持ってくればよかった。喉が乾いたぞ」
遠くに村が見えてきた。特に変わったところはない、普通の村に見える。
その時、近くの草むらが音をたてた。
「うひゃぁ!」
そして俺は変な悲鳴をあげた。なんともカッコ悪い。
「だ、誰だ。そこにいるのは……。私も終わりか……」
弱々しい声だ。それも女か。
良く見ると、血が付いた草があちこちに見える。
ガバッと飛び出してきたかと思ったが、草むらから頭だけ出して倒れただけだった。ビビりすぎか、恥ずかしい。
死んだか。可哀想に。ご冥福をお祈りします。
「魔王様、この人間、まだ息があるようですが。息の根を止めますか?」
「可哀想に……え? なにコイツ、生きてんの? うわぁ面倒臭い。仕方がない、見たからには助けようか。寝覚めが悪いし……って息の根!? なにを物騒な事を言っとるんだね君は!」
「え? それは人間ですよ?」
俺も人間だがな。
まったくどいつもこいつも殺伐としている。
すぐ人を殺そうとするからな、コイツら。
「殺すな殺すな。助けるから。ガダジゾバビビは足を持ってくれ。あの村に運ぶから」
草むらから女を出す。
「おおう!」
思わず声が出てしまった。
なんだあの胸は!! けしからん! けしからんぞ!
デカイ! 巨乳というやつか! あれが巨乳というやつかー!!
「魔王様!! 落ち着いて下さい!! どうしました!? やっぱり人間に対しての殺意が抑えきれませんか!? 殺しますか!」
「はぁ……はぁ……。いや、何でもない。気にするな」
いつの間にか鼻息が荒くなっていたようだ。ゲル君がびっくりしたような声をあげている。
ゲル君が思っている危なさと違う意味で危なかったから、止めてもらってよかった。人としての何かを失うところだった。
それにしても何であんなに胸を強調した服を着ているんだ。腹は出てるし、足も出ている。布面積の方が遥かに少ないぞ。
「あのすみません! どなたかいませんか!」
村がずいぶん静かなので、大声で呼んでみた。
とりあえず女は荷車に商品と一緒に寝かせている。
出血等は適当に拭いて止めたが、水もなければ治療も出来ない。
ゲル君達には外で待機してもらった。
たまたま近くにあった村へ連れてこれたのは幸いだ。
好戦的らしいが、話せば何とかなるだろう。
「誰だ!」
既に高圧的なんですが。
筋骨隆々とした姿とハゲ頭に裸ふんどしというファッションセンスが威圧感を増しているのだろう。
「いや、その、村の外にですね――」
気圧されてる感じがある。ま、負けないぞ!
「誰だと聞いているんだろうが!!」
あ、はいそうでしたごめんなさい。
「俺は行商人のメフィスト・パンデモニウム。それで――」
「何を売りに来た」
「いや、違うんで――」
「何を売りに来たか聞いてるんだ!!」
「さっきからうるせぇなボケが!! 聞けバカたれ!! 怪我人拾ったから手当てしろやクソクズが!!」
あ、腹立ってどなっちまった。
いや、俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。
罪悪感はあっちへ飛んで行け~。
びっくりした顔を一瞬だけ見せて、何も言わず家に戻った村人A。
治療してくれる気になったか。
……あ、違いますね。なんか槍を持ってきましたが。
危ない危ない。こっちに刃先を向けて……突っ込んできた!!
え!? バカなの!? いきなり殺しに来た~!!
なんで俺の周りは殺人鬼ばかりなの!
「ちょちょ、ちょっと待って! 話し合おう!」
「……」
ええ!? なんだコイツ! 無言で突っ込んでくる。
ハゲ頭を光らせながら、鋭い槍を持って全力疾走している。
「おじゃましました~!!」
「……」
走る走る。コイツは気が狂ったのか。
荷車を押しているので、いくら走っても追い付かれる。
クソ! 食らえ!
全力で重力の魔法を叩きつける。
浮け! 浮け! 浮けー!!
魔法力8となった俺の魔法を受けて、急に体重が軽くなったからだろうか。足をもつらせ顔面から地面へダイブした。
転けた拍子に槍が折れ、奴の肩を貫通するほど刺さる。
「はぁ……はぁ……。あ、ごめん。違う違う。ちょっと追いかけてきて怖かったからね。まさかこんなことになるとは――」
「さ……さあ殺せ……!」
起き上がった奴は地面へ胡座をかいて、肩に刺さった槍と顔面の鼻血を拭こうともせず、俺を睨み付ける。
なぜ殺さないといけないのか。頭がおかしいのか。
「いやいや、なにもしないしね。誰かいませんか? 治療できる人。こっちには怪我人がいるんですが……」
「え? ……なんだ、早く言えよ。殺し合いをしたいのかと思ったぞ」
「なんで!? 言ったし! 誰も殺し合いなんぞしたないわい!」
なんだ? 言ったっけ? 私は殺し合いを御所望です、とか言った記憶はないんですが。
やっぱりこの村はおかしい。病気だ。好戦的とかのレベルではない。
「お前のせいで怪我人が増えたじゃねぇか!」
知らねぇよ! お前から突っ込んできたんだよ!
「おい、婆さん! 婆さんいないのか!」
さっきハゲ頭が槍を持って出た家まで戻り、ハゲ頭は外から中へ大声で婆さんとやらを読んでいる。
「チッ! いねぇのか仕方ない。ついてこい」
荷車を押して付いていく。気のせいか、荷車の上の女は息が荒くなった気がする。結構揺らしたし、大丈夫かコイツ。
ハゲ頭についていくと、どんどん村の奥の方へ入っていく。
そして、他の建物とは違う丸い形の建物の前で止まった。というかこの人、肩に槍刺さってますけど大丈夫なんですかね?
「マルチ! マルチ怪我人だ! 入るぞ!」
相手の返事も待たずにどかどか入っていく。
「はぃ~」
中からか細い声が聞こえてきた。
「おい! 何してんだ行商人。早く入れ。治療するんだろ?」
「あ、ああ。ただ俺が治療してもらうわけじゃないから、ちょっと待ってくれ。荷車のまま押して入るわけにはいかんだろ?」
意外に重たい女に、あれやこれや四苦八苦していると、中からマルチと思われる全身黄色のローブで身を隠した人物が出てきた。
俺の真っ白な重力のローブと似ているが、違う能力を持った装備なのだろう。
「あ、あまり動かすのはダメですよ。運べる物を持ってきたので、これで中までいれましょう!」
女なのか男なのか良くわからない中性的な声だ。顔は見えない。球体みたいなやつだな。
明らかに力がある風には見えないので、俺が巨乳女を担いで、担架みたいな木で作られたベッドへ寝かせる。
下に車輪が付いているので、そのまま滑らせるように建物内へ入れることができた。
「というか、あのハゲ頭の方が重症に見えるけど大丈夫なの?」
「あ、はい。ってハゲなんか言ったら怒られますよ! あの方の怪我程度ならこの村では日常的なので」
あ、そうですよね。じゃないといきなり殺されそうになりませんよね。
「どいつが怪我して……ってコイツは!!」
ハゲ頭が俺を睨む。殺気がこもった目だ。
なんなんだこいつは。
「お前、コイツとはどういう関係だ!」
「またかよお前。何にもしてねぇよ。落ち着け」
「違う! コイツは盗人だ! 俺らが探していたんだ!」
なんだと。コイツが盗人?
「いやいや、盗んだぐらいでこんなになるのか?」
「こんなに? これだけで済ますかよ。見つけたら殺すのさ」
「は? 盗んだだけで?」
何を言うとるんだコイツは。
特に嘘を吐いていたり、冗談を言っている風ではない。
至って真面目だ。変態の目付きだ。関係ないが。
「いや、別に俺も善人ではないからキツく止めたりはせんが、何とかならんのか、殺すとか殺さんとか」
「ならん。まあ、金を払えばいいが、コイツは1円も金を持っとらん。クズだ!」
「払えばいいんだろ? 払えば。俺が出すわ、そのぐらい」
法外な値段を突きつけられたらここで魔物呼んで大暴れして逃げよう。今1965円しかないし。
ハゲ頭は少し驚いた顔をしている。
「じゃあ、奴の盗んだ食い物、計500円だ! 払えんのか? この女に500円もの価値があんのか!?」
「ない」
「ないんかい!」
「ないんだが、見捨てることもないだろう。俺が払う」
「勝手にしやがれ!」
俺から500円を奪いとる。
無駄に500円は痛いが、仕方ない。腹でも減っていたんだろう。
俺はどうしたいんだろう。魔王のくせに人を助けて。球体にでも言おうものなら叫びそうだな。
「えーっと、マルチとやら。話しは終わったし、治療してやってくれ」
「500円です」
金取るんかい!! ……いや、当たり前か。
この世界で慈善的に動いている人間なんかいないか。戦争中だし。
こんなところで1000円も消費してしまう……。無駄遣いもいいとこだな。
「ほい」
「ありがとうございます!」
俺の大切な500円を持ってマルチは嬉しそうに部屋の奥へと入っていった。
この女に1000円の価値はない。断言できる。ない!
ならなぜ助けた。胸か! あの胸が悪いのかー!
「お待たせしました!」
何やら透明な容器に入った粉を何種類か手にもっている。
冒険に付き物、薬草を粉にしたものか。
違うとすれば、コイツはオンラインゲームで言うところのヒーラー。あの粉は回復力を上げるマジックアイテムというやつだな。
あ、自分で食べた。
ということは、腹が減って間違えて食べたか、マジックアイテムだな。
「はっ……!」
巨乳女に手をかざし、光るオーラのような物で女を包み続ける。
「はぁ……はぁ……ダメです! 私の力が足りないばかりに……」
「え? なに? 死んだの? うわぁ可哀想に。ご冥福を――」
「死んでないです! 治らないだけで、回復はさせました!」
「はぁ、回復したのになにが治らんのだね?」
この世界の言葉は難しいな。変な奴多いし。いや、元の世界も変な奴は多いか。
「僕のせいなのです!」
「は?」
「僕が必要な薬草を持っていないばかりに……。彼女は何らかの方法で命を削りながらMPを消費する技法を習得、もしくは外法を施されています」
それにより、命を削りすぎて衰弱しているとのこと。
通常の回復より治療が難しく、どうしても薬草が必要で、早くしないと衰弱死するんだとか。
「なんか知らんが金を返せ」
「え? いやでも、治療はしましたし、今さらお返しはできませんよ?」
「治療できてないし」
「治療しましたが、治りませんでした!」
え? 開き直られても。お前のせいなんじゃなかったのか。
女一人にどこまで引っ張られれば済むんだ。
クソ! 厄日だ。
「わかったわかった。必要な薬草を取ってくればいいんだろ? どこにある? どこかで普通に売ってるのか?」
「え! 本当にいいんですか!?」
なんて白々しい。なにが〝いいんですか!?〟ウルッ! だよ!
最初っからこの答えを待ってたくせに。金返せって言われて狼狽えたくせに!
だが、1000円も消費して収穫なしでは話にならない。
「丁度退屈していたんだ」
なんだ、俺も訳のわからん臭いセリフが口から飛び出したじゃないか。気持ち悪い。
「では、探していただく薬草は通常売っていません。この島には火山が一つあるのですが、その山に生えてます」
「……頂上付近に?」
「はい。あ、もしかして知ってます?」
知るか! 話の流れ的に山の麓に生えとったら簡単過ぎるだろ!
「薬草の名前と見た目は?」
「名前は龍草と呼ばれる大きな植物です。全長は丁度あなたぐらいの大きさですかね。緑の葉を沢山付けるのですが、中に数枚紫色になる葉があるのです。その葉を手にいれてきて下さい」
「わかった。行くよ」
なにやら妙な事に巻き込まれた気がするぞ。
まあいいや。さっさと行ってさっさと帰ってこよう。
荷車は預かってもらった。最悪盗られてもいいものしか置いてないし。
この世界の特徴かもしれないが、相変わらず方角が漠然とした、あっちの方、としかわからないので、魔物君達に頑張ってもらいましょう。
なんの準備もしないまま出発となった。準備したところで俺のHPが上がるわけでもないので構わないが。
「さて、ゲル君。あっちの方だ」
「了解しました! 魔王様!」
荷車が無い分、体はかなり軽くなった。道中疲れずに進めそうだが、今回は山登りだ。坂道は絶対避けられないし、崖を登る可能性もある。あ、吐き気がしてきた。
あの女が目覚めたらとりあえず金を要求してやろう。
そうでなくてはこちらが助けたかいが無いというものだ。
慈善事業じゃないんだからな。
「あの人間を助けてどうするのですか? 魔王様」
「どうするんだろうね。俺にもわからん。なんとなく助けてしまった。流れでね」
はぁ、ここまできて1円にもならなかったら最悪だな。
しばらく女の事で話しながら、魔物を退けていると火山が見えてきた。
白い煙をうっすらとあげた火山は見るだけで登るのを辞めたくなる大きさだ。心が折れそう。
「麓までくるとさらに途方もないな。帰りたい」
獣道とすら思えない、草の生えきった道の根本に看板らしきものが立っている。が、まったく読めない。
どうせ〝この先火山につき、噴火や落石に注意!! 〟程度なものだろう。
もし〝この先凶悪な魔物が沢山出没!! 今すぐ立ち去れ!!〟だったらちょっと進んで、ちょっと死ぬだけだな。
嫌な予感を感じながらも、山へ足を踏み入れた。
山のなかは見たこともない鳥や虫、魔物かと思うような動物がいるだけで、元の世界の山と特に変わった様子はない。
ジメッとした空気とマグマが近いからか汗ばむほどには暖かい空気を肺いっぱいに吸い込む。自然に来たのなんか何年ぶりだろう。
あれは確か小学校……? やめよう。引きこもりの長さに嫌気がさしてきた。
この辺りに生えている紫の葉っぱをもって帰ってもバレないんじゃないか? 面倒になってきた。
そうも言ってられないので仕方なく足を前へ進める。
そして表れる崖。
いや、予想はしていた。
予想をしていても対策はしていない。帰ろう。
「魔王様! 溶岩フレアが足場を作ってくれるそうです」
「あ、まだ進まないといけないの? いや、行くけどね。せっかく帰る理由ができたのに……いや、なんでもないけど……」
地中から顔を出した溶岩フレアは口から溶岩を吐き出し、崖のあちこちに足場のような石の塊を作っていく。
「魔王……様。どうぞ……お進み……下さい」
「あ、ああ。ありがとう」
あまりにも超低音の声に気圧されてしまった。
初めて声聞いたな。地の底から声を出してるのかと思ったわ。ビビらせるな!
さて、登りますか――。
「熱……!! 熱い熱い!! 火傷したわ! バカたれが!」
「魔王様! 今はまだ熱いのでお気をつけ下さい」
「今触ったから分かってるよ!!」
またHP1になったかな?
冷めるのを待って、ゆっくりと登っていく。
落ちたら死ぬな。
約5メートルほどの崖だが、高さがリアルでニートの俺がビビるのには十分だ。怖い。
ゲル君は壁を登る事ができるスキルをこの間覚えたので、なんの問題もなく登っていく。腹立たしい。
ガダジゾバビビと俺は崖に張り付いて何とか登りきる。
「はぁ、生きた心地がしなかった……」
「魔王様さすがです!」
何がさすがなのかは知らんが、帰りの事を思うと嫌になるな。
道なき道を進む。もうそろそろ頂上だろう。
「ギャオ! ギャオ!」
あ、山と言えば怪鳥ですよね。
明らかに魔物だ。ギガントを出しても逃げない。ギガント3体でも逃げない。化け物だ。
こっちを見てますよね? あの鳥さん。
最悪なのは地中にいるメルマルドリルと溶岩フレアは攻撃が届かないことだ。
「よし、ガダジゾバビビ! あの怪鳥に化けるんだ!」
「スミマセン、MPガナイデス、アト、トンデイル、テキニ、バケルコトハ、デキマセン」
終わった。万策尽きた。策は1個しかなかったけど。
怪鳥は羽を広げるとかなり大きい。5メートルは下らないだろう。近づくなというサインなのか。
「ギャオ! ギャオ!」
怪鳥は空中で旋回を始めた。
バサバサと風を掴む羽の音が、地面へいる俺に刻一刻と近づいている。
「よし、作戦を思い付いた! 誘い込むぞ」
俺の作戦を皆に伝える。
メルマルドリルと溶岩マトンに地面へ大きな落とし穴、できるだけ深く作った落とし穴を一つしていの場所に作ってもらう。
作っている間、敵を惹き付け、攻撃の的になるのが俺とゲル君。ガダジゾバビビはMPも攻撃力もないので後方待機してもらう。
さーて、走るぞ!!
「ゲル君は右へ!! 俺は左!!」
「了解です! 魔王様!」
まぁ、目立つのは俺だよね。怪鳥が狙いを付けるのはわかっている。
メルマルドリルには俺が合図したら俺の進んでいる道の先へ俺専用のスッポリと頭まで入る落とし穴を作ってもらう事にしている。
奴が一度攻撃してから、メルマルドリルは落とし穴作りに入ってもらう。
「キタキタキタキター!! 怖い怖い怖い!!」
鋭く尖った奴の3本の爪が付いた足とクチバシの無い裂けた口が恐ろしさを倍増させる。
あの口なら牛でも一口で入るだろう。
全速力でかける。
そうだ、使えない能力だと思っていたが、あのハゲ頭の足をもつらせる事ができるまでに成長した魔法がある。
あの怪鳥に使ってもクソの役にも立たんだろうが、俺に使えばもう少し惹き付けられる。
この作戦は俺がどれだけやつを惹き付けていられるかによるんだからな。
浮けー!
体重がさらに軽くなるのを感じた。
いける!
「うおおおお! 逃げろ逃げろ!!」
とうとう、奴は地面すれすれを滑るように飛び始める。
食われてたまるかよ!
「今だ!」
地面を何度か踏み込む。
これでメルマルドリルは俺の入れる落とし穴を移動上に作ってくれるだろう。
逃げろー!!
走る走る。食われる瞬間に落とし穴にはまる。
セーフ!!
ここでやり過ごせば……ってすごいこと土が上から降ってく――。
「ぎゃああああ!!」
まだ俺を狙ってるぅううう!!
俺の入った穴を執拗に爪で掘り返そうとしている。
咄嗟にしゃがみこみ、何とかかわす。
顔狼の短剣を抜き去る。
「あっち行け! あっち行け!」
振り回して切りつける。ほとんどダメージをあたえられないだろうが、どこかへ行ってくれい!
足にぶち刺して手を離した。
「ギャオ!」
痛みからか諦めたからか、俺の落とし穴から離れて上空へと飛び立つ。
襲ってこない事を確認できるまで身を潜めて、怪鳥をやり過ごす。
今頃ゲル君は頑張っているだろう。
ガダジゾバビビにはMPが回復次第、ゲル君にギガント変身の幻術をかけるようにいってある。
目立つギガントで惹き付けている間に頂上まで行って龍草を回収して帰還するのが第一目標だ。
俺は穴から飛び出して、頂上目指して必死に走る。
皆も今、この瞬間を俺の訳のわからない命令を受けて命をかけ頑張っているんだ。
俺もすこしぐらい頑張ってないと、皆と対等でいられない。というか俺は皆のトップなんだから、もっとやらないといけない。
皆より強ければよかった。頭がもっと賢ければよかった。チートだろうが補正だろうが、何でもいい。皆のためになれるのなら力がほしかった。
いくら求めてもそんな都合のいいものは存在しない。かっこよくもなければ強くもない。頭もよくないし、身を呈して仲間を守れる程の勇気も力もない。
「魔王様! 頂上はもうすぐです! グフッ……!」
だからだろうか。後ろでゲル君の最後の声が聞こえてきた。でも、俺は振り返らない。見捨てた、と思われても言い訳すらしないだろう。振り向いたところで、俺が怒りに任せて奴に向かったところで、何もできない。脆弱でグズな魔王だからだ。
なんでこうなったのか。
作戦を間違えたのか。
俺がもう少し敵を惹き付けていればよかったのか。
そもそも、俺が赤の他人なんぞ助けなければゲル君は死ななかったのか。
考えても頭の悪い俺には答えは出ない。
命を削って怪鳥を消し炭にできるのなら、俺は怒りに任せて使っているだろう。だが、そんな力すら俺には無いのだ。
考えれば考えるほど、力の無い自分に嫌気がさし、涙が出てくる。
目の前には目標である龍草らしき草が表れた。
あちこちに生えている龍草。その紫に輝く葉っぱだけを千切る。枚数は10枚ほど手にいれておいた。
「ギャオ!」
採取が終わり後ろを向くと、ゲル君を屠った(ほふった)怪鳥が地上から空高く飛び上がるのが見えた。
なるほど。奴には幻術が効かないんだ。間違いない。
ギガントを見て逃げ出さなかったのも、ゲル君を幻術が切れる前にピンポイントで攻撃できたのも、全て説明がつく。耐性というものが、この世界にもあるんだ。知らなかった。
すまん! ゲル君!
俺の無知と見逃しで死なせてしまった。
全て、俺の責任だ。
さて、後は帰るだけだ。
怪鳥がゆらゆらと上空を回っている。
「怪鳥から逃げるだけだな。後で必ず倒しに来るからな」
負け惜しみともとれる呪いの言葉を残して、俺は怪鳥に向かって駆け出す。
頂上にきて驚いたことは、これだけ強い化け物が何匹もいた事だ。藁のような枯れた草や枝で作った巣の上に何匹も。
卵か雛が下にいるのだろう。だが、
「ここにいる怪鳥全てだ」
俺の怒りは雛だろうが卵だろうが、全ての怪鳥を滅ぼさないと気が済まなかった。
奴が俺へ向かって飛んで来る。
自分の体に重力の魔法を使い、全力で横に飛ぶ。
かろうじて奴の3本爪をかわして、奴は地面へ着地した。
しかし、そこは俺とゲル君で時間を稼いでメルマルドリルと溶岩フレアで作った巨大な落とし穴がある。
「うひゃ! いや! うわ! ひぃ!」
死ぬ死ぬ死ぬ!
奴が地面へ着地した瞬間に表面の土が崩れ、落とし穴が表れた。
だが、俺の飛んだ場所もまだ落とし穴の延長にあり、逃げる度に地面が崩れる。
死ぬ。助けて!
バタバタと無様な姿をさらしながら逃げる。
何とか穴のなかに落ちずに済んだ。
いや、穴が大きすぎだろ。確かにどこに奴が飛んで来るかわからんけども。
底が見えないほどに深い穴だ。だが、奴がこれぐらいで死ぬとは思えない。翼もあるんだ。すぐにでも出てくるだろう。
「逃げるぞ皆!」
仲間に声をかけて駆け出す。来たときより少ない仲間を連れて。
帰り道はガダジゾバビビの幻術で敵を退け、村まで簡単にたどり着く事ができた。
もう既に外は真っ暗。時間がかかりすぎたか。
マルチの家に直行する。
「あ、行商人さん! 死んでない!? ということは手に入りましたか! 龍草!」
「ああ、何枚あればいいかわからないから10枚ほど取ってきたぞ」
「1枚で大丈夫ですよ。……何かありましたか? 若干顔色が悪いですが」
「元からだよ」
この女に実際1000円の価値はあったとしても、ゲル君の命と交換する程の価値は感じない。
……まあ、ゲル君は元々5円なんだけれども。
俺に力さえあれば……いや、無いものを考えても意味がないな。
「夜中で悪いが、早く直してやってくれ」
「あ、はいはい! 残りの龍草は……」
「やるよ。俺が持ってても仕方ないからな」
「やったー! わーい!」
龍草を持って部屋の奥へと入っていった。
俺も疲れたので床へ胡座をかく。
ガキかコイツは。……いや、本当にガキかもしれん。顔は見えないし、声は中性的。身長は140あるかどうか。
コイツは子供だ。間違いない。
紫の粉末と紫の液体を両手に持ってやって来た。
女の前に座り、儀式か何かを始める。
俺が戻って来るまでに約半日程かかった。顔色はずいぶん悪くなったように見える。
これで女が死んだら徒労もいいとこだな。
「えいや! ……ふぅ。終わりました!」
「はやっ!」
紫の液体で額に妙な文字を書いたかと思うと、粉を全部上に投げて「えいや!」の一言だけで終わった。
治ったのか? まぁ、治ったならなんでもいいが。
「そういえばハゲ頭は?」
「ハゲ頭じゃありません! オルトルさんです! 村長の息子さんですよ!」
あんな好戦的なやつが村長の息子か。村長も気が気ではないだろう。いや、もしかしたら村長も血の気が多いのかもしれんな。
「オルトルさんは治療が終わったので、家に帰りました」
「ああ、そりゃそうか。待ってる意味はないな。そうだ。今日は泊めてもらえないか? 泊まれる場所を教えてもらうのでもいいんだが」
「100円です!」
金がいるのね。払うけれども。マルチに100円を渡して布団を借りた。
今までゴツゴツした土の上で寝ていた事もあってか、久しぶりの布団に直ぐ眠ってしまった。
「おはようございます!」
「……ん? 朝か……」
まだ外は明るみを帯びてきている程度で明らかに早朝よりまだ早い。
「起こすのはえーな」
「はい! 診療所の朝は早いんです!」
ここは診療所だったのか。知らなんだ。
良く見ると小さいナイフ、多分手術やらに使うんだろうものや、大量の包帯が奥の方に見えた。
今からバタバタ動き出すのでどうせなら俺も起こそうと思ったらしい。
「まあいいや。んじゃ、俺は売りに出かけるかね。商品を」
「はい! 預かっていた品物はあちらです」
勇者見習いの鎧や兜、籠手や具足と顔狼の牙が置かれてある。
いまだに売るものがこれしかないし、売れてもない。
早いとこ売り払って金を稼ぎたいもんだぜ。
最初はやはり村長に挨拶に行くべきだろう。
「ちょっと村長に挨拶してくる」
「あ、はい! この女の方はどうしましょう?」
「あー、もし起きたら待っているように伝えてくれ」
とりあえず、助けた礼の一つも言ってもらわん事には腹の虫が収まらん。
マルチの診療所を出てから少しして、村長の家がどれかわからないことに気付いた。まあいいか、とりあえずオルトルの家へ向かおう。マルチに聞けばよかったな。
「オルトルー! いないのかー!」
家の前で大声を上げるが、一向に出てくる気配はない。というか早すぎて寝ているのだろう。
「500円泥棒ー! 人殺しー!」
……呼び方を変えてみたが、出てこない。
こりゃ本当に寝てるな。居留守使ってんのかと思った。
「ふぇふぇふぇ! わしの――」
「ぎゃああああ!!」
後ろから突然声をかけられて飛び上がった。
見るとしわくちゃの生き物だ。
「ふぇふぇふぇ! 何も驚く――」
「ぎゃああああ!! しわくちゃの生き物怖いー!!」
「なんでじゃ! 話を聞かんか!」
あ、良く見たらただの婆さんでした。
魔物かと思ったわ。
「落ち着いたかのぉ。わしの家に何の用じゃ?」
ん? ここはオルトルの……ああ、婆さんとかって呼んでたなそういえば。
「あ、ああ。オルトルに用事があったんだが、婆さんでいいや。村長の家、知りません?」
「ほっ! ここじゃよ? そしてお前の目の前におるのが村長じゃ」
「え?」
あ、村長にだいぶ失礼な態度とってたけど、あんまり怒ってなさそうだな。よかった。
村長って言うから勝手に男だと思ってた。
「何の用じゃ……いや、よかったら上がっていけ。何やら話があるのじゃろ?」
「あ、お願いします」
なんだ、オルトルの家が村長の家だったのか。
お邪魔しまーす。部屋の扉をくぐった。
部屋の中に入り、御座の上へ胡座をかく。
目の前にはしわくちゃの婆さん、もとい村長が座っている。
「ほっ! さて、お前さん婆さんやらしわくちゃやら失礼なやつじゃのぉ」
「いえいえ、あのなんと言いますか、言葉のあやとでも言いますか……」
「どうでもよいが…………殺すぞぉ?」
あ、普通に怒っていらっしゃいました。
何とかなだめて本題に入る。
やっぱりこの親にしてこの子ありといったところか。血の気の多い家系だこと。
「あの、商売をですね、やらせていただけないかと……」
「嫌じゃ。困っとらん。帰れバーカ」
イラッ!
イラっとレベル1だぞコラ!
「いやしかしですね、私共も食っていくために何とか商売させていただいてですね……」
「お前の事など聞いとらんわい。ゴミが」
……イラっとレベル2だよ。怒るよ。
どんどん顔がひきつっていってる気がするんだが、うまく笑顔できてますかね?
「場所代といいますか、商売をさせていただきますので、売上に応じて料金をお支払……」
「全部じゃ全部。100%わしの取り分じゃクズめ」
イラっとレベル3ですね。イライライラ。
何が100%だよ! クズはお前だよ!
「売り物はほとんど無いのですが……」
「行商人が聞いて呆れる程の少なさじゃな。要らんから帰れ寄生虫めが」
イラっとレベルMAXじゃウジ虫が!!
怒鳴って飛び出してやろう!
「ん? なんだ行商人じゃねぇか。ずいぶん早い起床だな?」
「ああ、ハゲあた……オルトルか。肩は治ったのか?」
オルトルは肩をグルグル回して絶好調だと言っている。この世界の魔法なのか儀式なのかスキルなのかアイテムなのか知らんがすごいな。コイツの肩って貫通してなかったっけ? 槍。
なんとなく怒鳴り散らすタイミングを失ってしまった。
オルトルが婆さんの隣に座る。
「んで。どうしたんだ、今日は。お前が居るってことは龍草は手に入ったのか、って無理か。どうせ逃げ出したんだろ? あそこにはロスアレスの魔物の巣があるからな。お前じゃ見ただけで小便チビって腰砕けになって、顔面蒼白で床を這いずって命乞いして――」
「何で昨日知り合ったばかりのお前にそこまで言われにゃならんのじゃ!! 取ってきたよ、龍草とやらはな。 マルチの治療を受けてあの女は眠ってるよ」
「な、なんだと!?」
「なんじゃと! 貴様! 嘘は吐いとらんな!」
鬼のような形相で詰め寄られる。
ロスアレスとは多分あの頂上にいた怪鳥の事だな。違ったらたまたま出会わなかっただけだ。
頂上にいた奴は確かに巣を持っていた。間違いないだろう。
「そんなに驚く程のこっちゃないだろ? 俺はこう見えて色々秘密を持ってるんだ。あんな山ぐらいは何度でも登れるな」
あ、嘘吐きました。なんか良くわからん見栄が出てしまった。何度でも登れるわけがないだろ!
「いや、驚く。ロスアレスはこの火の連合国に存在する四足歩行で一番強い魔物と言われている。あの速さについていける人間は勇者級でないと見切れないと――」
「待って待って! なに? 四足歩行? そんなやついなかったぞ?」
いたかな? いや、いなかった。途中で出会ったやつも、顔狼やら変な口と翼だけの魔物やら草に化けてる魔物ぐらいなものだったはずだ。
「なに!? 頂上にいただろうが! 四足で牙が口から垂直に突き出してて、黄色と黒の魔物が!」
「いや、頂上にはクチバシの無い口の裂けた巨大な怪鳥が巣を作っていただけだ。そんな奴は見ていない」
「バ、バカな!! クチバシの……ない、口の裂けた……巨大な怪鳥だと!? 婆さん!!」
何やら大変な事が起きているらしい。
「おぬし! それはまことじゃな? 巣があったんじゃな? 何匹いた!?」
「いや知らんよ。数えてないし、こっちもかなり必死だったんだぞ!」
「お前の努力などどうでもよいわ!! 何匹いたんじゃ! 思い出せ!」
何なんだ一体? 何で俺は怒られてるんだ。訳がわからん。
「何匹ねぇ。えー、うん。わからん。とにかく大量だよ大量。火山の火口周辺にずらーっとね。こんな感じで。わかる? ずらーだよ、こうずらーっと」
ジェスチャー付きで教えてやる。大サービスだぞ。まったく無料で情報が手に入るんだからありがたく思いやがれ!
「い、いかん! 村を棄てよ! 村人に直ぐに伝えろ! オルトル急げ!!」
「わかった! 皆を集めてくる!」
騒々しくなってきたな。商売させてもらってもよろしいでしょうか?
「あの、なんか大変な事なんですかね?」
「大変なんてもんじゃない。なぜアードラがここにおるのか。おぬし、よくぞ死なずに戻ってこれたもんじゃ」
というか村を棄てよって言ってたから商売させてもらえないんですね、今回も。
「アードラってなんなんですか? よく知らんのですが…………」
「アードラ、またの名を死の怪鳥というんじゃ。近くにいる生あるものを食らうといわれとる。魔物も、人間もな。まさか……発動しなかったと言われる火の連合国にかけられたメフィスト・デス・カタストロフの呪いか!」
一人で頭を抱え始めた。こりゃ話しかけても無駄だな。
「婆さん! 準備は整ったぞ! いつでも行ける!」
オルトルが部屋の中に飛び込んできた。
「レイヴンに助けを求める! 村の者はついてこさせるんじゃ! もし歩けぬ者がいれば置いて行く! 時は一刻を争うぞ!」
「レイヴン? レイヴンってあっちの村の村長の?」
「なんじゃおぬし、知っとるのか。元気にしとったか奴は」
「いや、元気というかギガントに襲われて村はほとんど壊されてたぞ。あんたらが行っても迷惑なんじゃないの? 知らんけど」
いや、この村の人間が助け合えば復興も早く進むかもしれない。食糧の問題は増えるだろうが。
「ギガントじゃと!? 一体何が起こっとるんじゃこの国に! いや、今は逃げるのが先決。いずれにせよレイヴンとは話し合わねばならん。迷惑だろうとなんだろうと行くしかあるまい」
その時、伝導魔石が反応して、レイヴンの声が聞こえてきた。
『ザザッ……メフィスト殿。聞こえま……ザザッな? 聞こえとったら魔石に魔力を込めて返答をお願いしますぞ!』
なんてタイミングのいい爺さんなんだ。
丁度いい、村に行っていいか聞いてみようか。
「レイヴン! 今、紹介してもらった村に来ているんだが、何やら急用らしい。この魔石って他の人でも使えるの?」
『ん? ああ、使えるが、魔力の無いものには使用できんぞ』
「よし。村長! レイヴンと話ができるんですが……」
「それは伝導魔石じゃな? わしは魔力がない。この村で魔力の使える者はマルチだけじゃ」
ああ、伝導魔石について知ってたら自分で使うか。
という事は俺が伝えてやらんといかんのか。面倒臭い。
「レイヴン。いまからこちらの村人全員でそっちに行っていい?」
『は? 何のことじゃ? 助けじゃったらいらんぞ。わしらはわしらで復興できる。お前さんに連絡したのも、家屋等はまだ時間がかかるが、普通の生活が送れる程度には終わったからお礼をしてやろうと思ったんじゃが』
「ああ、すまん。えーっと、この村の近くにある火山に何だったか、俺も詳しく知らんのだかアードラとか何とか言う魔物がいて――」
『アードラ!? バカな。……そんなバカな! 何匹いた! 規模は! 巣はできとったんか!!』
何なんだ一体。アードラってそんなにヤバイのか?
鬼気迫る二人の村長の圧力を受けてだんだん怖くなってきた。
あのレイヴンが慌てるだと? あのギガントすら一撃に葬るレイヴンが? このアードラという魔物には何かがあるんだな。
「こっちの村長も同じ反応だったよ。それでこっちの村は完全に棄ててそっちの村へ行き、それについて相談があるそうだ。知らんけど」
『わかった。ただ、準備が……物理的な武器や防具の準備と……心の、死ぬ準備が必要じゃ。教えてくれ、アードラはどのぐらいいた。規模は?』
「すまない。俺が見たんだが正確な数はまったくわからん。だが、火口の周辺に密集していた。一人ではとても数えきれない程に。本来そこにいたロスアレスという魔物も全て消えていた。いたのはアードラだけだ」
『…………そうか。わかった。村の全員を連れてこい。作戦を立てる。メフィスト、お前も来い。必ず来い。わかったな? ただ、これはお願いじゃ。命令でも義務でもない。死ぬかもしれん。ただ、お願いじゃ。来てくれ』
何やら緊迫したイベントに巻き込まれました。俺、こんなものに参加して死なないかな? いや死ぬだろ。死ぬわ。
大体俺が行っても役にすら立たんだろう。
相手からの通信が切れたようだ。
「レイヴンはなんと言っとった?」
「村長と同じような事を。とりあえず村に来てくれと言っていた。作戦を立てるようだ」
俺の話を聞き終えてうなずくと、村人に指示し出発の準備を整え始めた。
さて、俺は一旦ダンジョンへ戻るか。
あ、変な女がいたな。意識を取り戻しただろうか。
マルチに話でも聞こうと、村人達の中を探すが見つからない。ざわざわしていて大声をあげても1メートルも声が届かないほどだ。
群衆から離れた場所にいるオルトルに声をかける。
「おい、マルチを知らないか?」
「ん? そういえば姿が見えないな。あの女の側にまだいるかもしれん」
ああ、目を覚ましてなかったら死にかけの人間をほったらかしにして集会に来たりしないか。
「わかった。ありがとう」
マルチの家へ向かう。途中、方向音痴が発動して道に迷いそうになった。
「マルチ~! 入るぞ!」
返事がないので、とりあえず中に入る。
女はまだ床の上へ転がされていた。マルチはいない。
「マルチ! ……いないのか?」
もしかしたら集会に行ってるのかもしれんな。この死にかけの女をほったらかしにして。
まあ、いいや。女を回収してダンジョンに戻ろう。
勝手に担架のような物を借りて、外の荷車まで運んだ。
まったく。この村に来て金が減っただけだ。
今の所持金865円。せっかく5000円を越えていたのに、この有り様だ。この巨乳女に1000円というのがそもそもの間違いだった。巨乳に騙された!
「……あ、誰か……いるんですか? 誰か……」
「ん?」
何やらマルチの声が聞こえてきたような。
部屋の中からか?
「何だマルチいたの……か……マルチ!?」
床を這いながら部屋の奥から出てきたのだろう。
血の引きずった後が部屋の奥へと続いている。
「誰か……」
「どうしたマルチ! ……目も耳も聞こえてないのか? 一体何が……」
明らかに誰かにやられたのだろう。しかし、部屋の中は荒らされていない。
あの女か? あの女がやったのか?
マルチの体を揺する。
「あ、誰かそこにいるん……ですね? そこに……女の方は居ますか? 魔物が……出たんです。逃げれて居ますか? 何とか封じ込める事は……できたのですが、反動で……この有り様です。油断しました」
「どうすればいい。とにかくオルトルに相談だ」
マルチも巨乳女も置いてオルトルの元へ走る。
まだ村人は出発していなかった。よかった。
「オルトル! マルチが大変な事に!」
「なに! 何があった!」
近くにいた村長にも一緒に今の状況を伝える。
村長が険しい顔をしながら口を開いた。
「マルチは棄てる」
「なっ!? 婆さん! そりゃ無いぜ! 俺たちゃあの子に助けてもらってたんだぜ、今まで!」
「ならん! 今は一刻を争う。アードラとは関係ないと思うが、村の中で魔物が出たんじゃ。残念じゃが、あの子の回復を待つ時間は少しも無い。歩けぬ者は連れていけぬ。それにこの村に魔法を使える者が居ないのはお前も知っておろう?」
「クソ! ……あ、アンタ! アンタは伝導魔石を使ってたんだ、魔法は使えるんだろう? マルチを……マルチを治してやってくれ!」
何の力もない俺に懇願してくる。
だが、助けてやることは出来ない。それはオルトルにも分かっているだろう。もし俺が回復魔法を使えるのであれば、最初に女を助けて欲しいなどと村に来たりはしないのだから。
俺は黙って首を横に振る。
「クソ!! 何で今日なんだ! マルチ、すまん!」
「行商人殿、アードラの情報には大変助かった。わしらが何も対策できぬまま、知らぬままに死だけを待つことになるところじゃった。これは村から行商人殿へのお礼じゃ。少ないが受け取ってくれ」
袋に入った金を受けとる。前回のようによだれをたらす雰囲気ではないな。
俺に金を渡すと、村人達を連れてそのまま出発してしまった。本当にマルチを見棄てたようだ。
その他にも明らかに高齢の村人達が残されている。
うーん、高齢の村人はどうにもならんが、マルチならダンジョンへ連れていけば治せるかもしれん。
一旦マルチの家に戻る。
「あれ……誰もいないんですかね? そっか……僕は見棄てられたのか……」
何やら一人でぶつぶつ呟いている。
マルチを抱えて荷車の上に寝かせる。巨乳女と比べると随分軽い。
「あ、あれ? 誰……ですか?」
「どうせ喋っても聞こえないんだから聞くなよ」
荷車を押して、俺も村を出ることにした。
村の外には俺の頼れる仲間達が待ってくれている。……ゲル君はいないが。
「よし、ダンジョンに帰るぞ! ガダジゾバビビは道案内を頼む」
「カシコマリマシタ」
やっぱりゲル君がいいな。ガダジゾバビビじゃ片言で意志疎通がしにくいな。
相談役のゲル君がいないから、仕方なく自分の頭でレイヴンのところに行くか考えながら歩いていたら、ダンジョンに着いてしまった。
「ただいま~」
“おかえり~ってレベルが上がってない!?”
「俺、致命的な事に気付いたんだ。戦闘が嫌いです。レベル上がりません」
人型球体から魔王とはなんたるかのご高説をいただいているが、聞く気はない。
「命のやり取りって柄じゃないし」
“柄とかそんな問題じゃなくてね。……ってそうそう! さっき何だけど、真っ直ぐこのダンジョン向かって人が来てたんだけど”
「そりゃ俺だ」
“だからメフィストは魔王だって”
いつぞやのやり取りになってるな。何度か死にかけたから遠い昔のように感じる。
「いや違う。ほらこの荷車みてみ」
“ぎゃああああ!! 人間!!”
「そんな驚く事じゃねぇだろ。お前勇者見習いの時そんな反応してなかっただろ!」
“だって人間って一応はボクらの天敵なんだから。あの勇者見習いの時だって恐くて声が出せなかっただけだし”
それは知らんかった。俺たち人間が魔物を見て恐怖するのと近い感じか。俺は魔王だから人間じゃないらしいけど。
コイツにマルチの回復頼もうと思ってたんだがちゃんとやってくれるのかね?
「この人間の回復を頼みたいのですが、できるんでしょうか?」
“拒絶反応がでそうだけど、できるよ”
「おいくらになりますでしょうか?」
“は? HP1につき1円だよ”
「あ、俺の時と同じか」
誰だよコイツに性格つけたやつ。普通に無機質な機械音声でよかったのに。相当に機嫌悪いんですけど。
「こっち、この子供の方のステータスって見れるの?」
“うん、あ、メフィストより強いね”
「うるせぇ! わかっとるわい、そんなこと。いいから表示しやがれ!」
―――――――――――――――――
なまえ:マルチ
レベル:12
HP/最大HP:0/80
MP/最大MP:0/155
残金:4532円
力:10
防御:20
知:60
速さ:5
魔法耐性:60
魔法力:60
魔法回避:10
運:20
スキル一覧
薬剤知識・レベル3
魔法陣・レベル1
魔法一覧
水・レベル3
武器一覧
なし
防具一覧
水の下級ローブ・魔法力補正5
きれいな服、下着、パンツ
普通の靴
道具一覧
伝導魔石1個
状態異常
視力消失
聴力消失
出血・レベル1
瀕死
―――――――――――――――――
俺よりレベル高いじゃねえかコイツ。
「え、HP0って、死んでるぅううう!!」
“死んでない死んでない。HPが0というだけで死んでないから”
「あ、死んでないの? ビックリした」
あービックリした。まだ心臓がドキドキいってるわ。
しかも最大HPは80に最大MPは155だと? 俺より強いとかいうレベルじゃないだろ。
「チッ! 80円もかかるのかよ! ……いや、ちょっとぐらい回復しただけでいいか。どうせコイツ自分で治すだろうし。んじゃ1円分、マルチのHPを回復してくれ」
“できません!”
「は? なんだよ。お前できるって……何回このやり取りしなきゃならんのだ。最初に言え最初に!」
“だってHP0から回復しても0だよ。先ずは瀕死のステータスを回復しなきゃ”
「あ、本当だ。何だこのステータス。視力消失と聴力消失やら出血やらついてるけど。まあいいや。回復してやってくれよ」
良く見たら俺よりステータスが軒並み高い。力とか10倍違うんですが、腕相撲したら腕を折られるんですかね?
“はーい、瀕死の回復には1000円かかります!”
「高っ! 高い! 安くならねぇの? そりゃいくらなんでも高いだろ。金を持って無いから払えねぇし」
“あれ? でもメフィストの残金4365円になってるよ”
ありゃ? あ、そういえば変な空気の中で金の入った袋を渡されたな。あの中に入ってんのか。
「わかったわかった。払えるんなら払うわ。仕方ねぇ。ほい、1000円じゃ! 持ってけ泥棒!」
“値切られたのはコアになって初めてだよ。はいはーい。不本意ながら治療しますよ”
1円だけ消費しようと思ったら1000円も使わんといけんとはな。
「……待てよ。瀕死のステータスが回復したらマルチのHPってどうなるの?」
“そりゃ瀕死がなくなるだけだから1でしょ”
「じゃあさ、マルチの状態異常の出血ってどういう異常なわけ?」
“時間の経過と共にHPが減るんだよ? どしたの?”
「どしたの? じゃ、あるかい! 回復した瞬間にまた瀕死に戻るだろうがバカたれが!」
“チッ! 気づいたか”
「だからお前は誰の味方なんだ!!」
何でコイツはこんな性格なんだ! 憎たらしい!
「出血・レベル1の治療には100円必要だよ」
合計1100円を入れてマルチを治療する。
視力や聴力はマルチのMPさえ回復すれば自分で治療すると思うが、時間が経っても治せてなかったら治してやろう。
“見てみて!このマルチとかいう子! 知が60もあるよ”
「そうだね。俺は1だね。すごいね」
“うわぁ頭悪いね!”
「違う! いや、違わんけど違う! この世界の知識が無いから1なんだよ!」
“違うよ。頭が悪いんだよ”
「はいはい。もうそれでいいです。どうせ勉強もろくにしなかったニートの引きこもりですよ」
なんで頑なに頭が悪い事にしようとするんだよ。わかってるよ自分でも。優しさの欠片もないな。
“それで、こっちの胸お化けは?”
「胸お化けってお前……何か知らんが助けてしまったから金だけでも返してもらおうと、とりあえず連れて帰ったんだよ」
“殺して二人とも経験値にするという案は?”
また直ぐに殺そうとする。俺の考えがおかしいのか? 確かに正当防衛ならわかるが、なんで直ぐ殺すんだ。
まあ、球体は他のコアの経験が記憶としてあるらしいから恨みなのかね?
俺もアードラだけは許さん! ゲル君の恨みを思い知らせてやる!
「却下。助けた意味がない」
“でもその胸お化けはお金持ってないよ”
「だろうね。オルトル……ああ、俺が今日行った村の人間だが、ソイツも言ってたな。1円も持ってないって」
どうやってコイツから金を生み出す。装備でも剥ぎ取るか?
「コイツのステータスってどうなってるの?」
“メフィストよりかは遥かに強いよ”
「はいはい。わかったわかった。表示してくれ」
―――――――――――――――――
なまえ:サンドレア・ド・シャルトレ
レベル:23
HP/最大HP:0/180
MP/最大MP:0/480
残金:0円
力:5
防御:40
知:20
速さ:5
魔法耐性:120
魔法力:120
魔法回避:60
運:80
スキル一覧
魔物使いの呪い・レベル2
精神昇華の呪い・レベル3
魔法一覧
身体強化の魔法・レベル1
火の魔法・レベル1
植物の魔法・レベル1
武器一覧
なし
防具一覧
オリジナル魔王のコスプレ(上下)
きれいな服、パンツ
魔王っぽい靴
道具一覧
赤のクリスタル
緑のクリスタル
虹のクリスタル
状態異常
瀕死
―――――――――――――――――
名前がすごい。ってコイツも瀕死かよ! マルチが治したと思ったんだけど、また1000円いるのか……萎えるなぁ。
俺よりステータス高いなぁ。腹が立ってきた。なんて不公平なんだ! この世は不公平な事しかないのか!
……ん? 魔物使いの呪い?
「コイツの魔物使いの呪いってなに?」
“魔物使いの証だよ。レベル2なら2体は使い魔にできるよ”
「やっぱりこういうスキルは修行か何かで手に入れるの?」
“いや、先天的な呪いだよ。数が少なく都市に行って魔物使いであることがばれれば、理解されてないから凄い迫害にあい、殺される場合がほとんどだよ”
危ねぇ。魔物使いだって言い回ってたら殺されてるかもしれなかったのか。今後魔物使いは名乗らないでおこう。
レイヴン達は理解があってよかった。何か理由があるのかもしれないな。
とりあえず回復してやろう。
コイツの服装魔王だったんだ。露出狂かと思ったわ。
1000円を球体に渡す。
回復すると同時に女が獣のような動きで飛びずさり、こちらを睨む。
怖っ! なんすか今の動き。化け物かよ。
「チッ! もう魔物はいない。素手でやれるか……。ん? これは変異種!? 都合がいい。魔王の名の元に命ずる。従え! 顔狼!!」
「なになになに? 突然どうしちゃったのこの子! うちの顔狼ちゃんに何かご用ですか?」
「な、なに!? 従わないだと!?」
“プププッ。そりゃそうだよ。目の前の魔王の所有物に手を出そうとしても無駄だよ”
あ、魔物使いだから従わそうとしたのか。
「ま、魔王……という事は光ったお前が話に聞くダンジョンコアか。やっと会えた。ダンジョンは全て攻略されたものだと思っていた」
何でしょうか? 突然殺されるんでしょうか?
「魔王様! 大変ご無礼を! 申し訳ございません! 我が名はサンドレア・ド・シャルトレ。魔王様にお使いするべくお探ししておりました」
「へ?」
片膝を付いて、魔王のコスプレ女が頭を下げている。
どういう状況なのか。マルチは部屋の角の方でゴロゴロ転がっている。まだMPが回復しないのだろう。
「どういう状況なのか」
“まあ、この女は服装から見ても人間に絶望して、憎んで恨んでる内に滅びればいいのにという思考から、魔王への忠誠を誓うようになったんだと思うよ”
「怖いぐらいに詳しいな。怖っ!」
“昔の魔王が同じような人間に対して信用しきれず、死ぬまで拷問にかけたときの知識があるだけだよ”
「いや、怖いよ!」
そういえば、他の魔王はどんな事をしていたんだろう。……聞く限りは拷問など日常茶飯事だったんだろうな。
「よ、よし、シャルトレ」
「サンドレア、と」
「う、うむ、サンドレア。俺の名前はメフィスト・パンデモニウム。最弱の魔王をやっている」
「メフィスト……パンデモニウム、様! 冗談も冴えています!」
“冗談じゃないけどね”
うむ、冗談じゃない。ここにいる誰にも勝てない。
「マルチはまだ回復しないのか」
“うん、MPはもうそろそろ使えるレベルまで回復しそうだね”
「なんですか? この人間は。戦闘訓練用奴隷ですか?」
「違う違う。見捨てられてたから助けたんだよ。なんだよ訓練用奴隷って。知りたくないから言わなくていいけど」
「なるほど。じゃあ経験値素材ですね」
「なぜ殺そうとする」
俺の周りにいる生き物が全て怖い。なぜ殺そうとするのか。
しかし、このままでは本当にレベルは上がらないな。
「あーあ、レベルは上がらないし、アードラはどうにかしないといけないし……」
考えることは山積みだな。いや、もう何も考えずにニートらしくダンジョンで籠ろうかな。
「……わかりました。無礼のお詫びとして私を経験値にしてください! さあ!!」
「なんで!? どこからそういう話になった。そのままでいいから。経験値なんか考えれば積み方は色々あるから!」
安直というのか自分の命まで経験値にしようとするとは思わなんだ。どうにかしないとこちらの精神が「あ、うん?じゃ殺そ」とか変な事を言い出しそうで怖いな。
「……優しいんですね。私、こんなに優しくされたのは初めてです」
「優しくないからね。普通だから。いきなり命を奪い始めるとか論外だからね」
本当にどんな環境で育って来たんだ。恐ろしい世界だな。適応力レベルMAXがなかったら発狂してるのかな? この状況。
部屋の角の方できらきらと光が輝いた。
マルチが回復魔法を使ったのだろう。
先ずは視力を回復したようで目だけが俺とサンドレアをとらえる。
「あ、行商人さんと……治療中の方!! 治ったんですね! よかったです!」
「……ん? あ!! コイツは私の最後の力で契約してた口翼を倒したやつだ!!」
「お前か!! マルチを攻撃したのは!! 何やってんだ! お前を助けてくれたんだぞ!!」
“うるさいよ!! 皆で叫びあわないでよ! 一人一人消化して! まずマルチは聞こえないだろうから却下ね。サンドレアからどうぞ”
はぁはぁ。何か知らんが皆が大きな声を出すからつられてしまった。
マルチは聞こえないからか人型の光物体があるだの、ここはどこだの好き放題言ってる。
「違うんです魔王様。この者が私の睡眠を邪魔したため万死に値すると――」
「しないしない。万死に値しないから。あと睡眠を邪魔しなければ永眠してたからね」
「……な、なんですって!? ならこの者は無償で瀕死の私を治療して? あのときは確か……体力を削ったため、瀕死ともうひとつ、体力消失だったはず……まさか龍草まで使って?」
いまだに何かをぶつぶつ言ってるマルチを見ている。若干マルチがバカっぽい。
「いや無償ではない。俺が治療費を出して、サンドレアの無銭飲食代を払い、龍草を持っていった」
「……なんたる失態でしょう! 魔王様の手をそこまで煩わせるとは! 死してお詫び――」
「直ぐに死ぬなよ! じゃあもう禁止ね、これから死ぬの! わかった? 死ぬの禁止! 決定だから」
よし、これで死ぬ死ぬ言われなくて済みそうだ。
つ、疲れる。そもそも人と話すのは好きじゃないんだ。オンラインゲームみたいに頭の上に吹き出しでコミュニケーションとれないかな?
「あ、回復しました! お待たせしました!」
聴力を回復させたマルチがとことこと近づいてくる。
「貴様! 魔王様から離れろ!!」
「何を言うとるんだお前は!」
「ま、魔王ですか!? ど、どこに!」
「よもや呼び捨てとは、ふふふっ。我慢ならん、命が惜しくないようだな」
「なんでだよ! 落ち着け、一回落ち着け! 深呼吸だ、まずは呼吸を整えてだね」
「呼び……捨て? ……あ、マ・オウさんですか? という事はこちらの行商人の方がマ・オウさんとおっしゃるんですか。僕はてっきり――」
「違う!」
「いや、そうなんだよ! 魔王じゃなくてマ・オウってね。ハハハ!! アハハ……ハハ……」
もう嫌だ。なんなんだこのカオス状態は。助けを求めようとコアの方を見るが、無表情でボク知りませんから、という顔だ。
「それでは状況を説明する」
仕方ないので、妙な問答を一通り終わらせた。
魔王であることは伏せた状態で話を進める。
今、マルチのいた村の近くにあった火山の頂上にアードラと呼ばれる多分特殊な魔物がいること。
それを聞いて村長は村を棄ててレイヴンのいる村へ対策をたてに出発したこと。
マルチは瀕死でどうにもならなかったから見捨てられたこと。
「僕達も村長に合流しなきゃ!」
「まあ、行きたきゃ止めはせんが」
マルチが何かしら考える素振りを見せた。
……サンドレアはいまから俺と一緒に働いてもらうからいいとして、マルチはいなくなるんだから金を払って欲しいなぁ。