稼ぎ~世界とこの場所~
「金がいると思うんだ」
“相変わらず唐突だね。ボクが移動できることについてはスルーだし。まぁいいや。金よりも何よりも寝るところはないし、テーブルや椅子もない。部屋は最初からあるマスタールームしかないし、壁もいまだに土。通路は一本道だし魔物は全然足りな――”
「ごめんなさい。痛いです。あなたの言葉は私の心に深く刺さりました。もういいです。私がわるぅございました」
“まだまだ言いたい事だらけだよ! もう2日も経ってるのにここまでなにもしない魔王は今までいなかったよ! まぁ、ここが平和である証拠なんだろうけど。風呂ぐらい作れ! 臭いよ!”
はぁ、確かに。
球体の言っている事はわかるが、部屋や家具に執着がないから、無いなら無いで生活はできる。
命がかかっているから無駄遣いをしたくはない。
このダンジョンマスターというやつは金が無くなると後は死を待つだけだ。
どこからか金を捻出しないことには話にならない。
腐るほど金があれば家具だろうが魔物だろうが好き放題大量に作って、伝説的な勇者が現れてお望み通り討伐されてやる事もできるだろう。
いや、討伐されてどうする。
しかし、それだけ強い魔物を大量に召喚すれば嫌でも世界に噂が広まるだろう。
外に野生の魔物がいるということを考えると、こんな辺境の地にまで魔物をはびこらせる事ができる魔王が以前居たことになる。
そんな無敵ではないかと思う魔王ですら討伐されてしまったのだ。
俺などが噂になれば、勇者・レベル1にすら簡単に滅ぼされてしまうだろう。見習いであの力なら当然だろう。
……ダメだ。全然自分が世界を征服している構図、シナリオが見えてこない。
どこをどう通っても死んでしまうんじゃないの?
無難なのは行商人としてあちこち練り歩くのが簡単だろう。
老人勇者レイヴンとも知り合えたことだし。
ただあのときより多い魔力を持ってしまった俺は、何か不審がられてしまうかもしれない。
まだ魔法力3しかないけど。
老いても勇者。相手にはしたくない。
ただ、行商人として稼ぐには色々と準備が必要だし、魔王直々に行商人というのもどうか。
“何を難しい顔して考えてるんだい”
「うーん。いい稼ぎかたはないものかと、ね」
“村を支配下において、搾取すればいいんだよ。年貢を納めろ!! ってね”
それはそれで問題が山積みだ。
敵の戦力がわからない、一般の人を侵略というこちらの一方的な理由で殺す覚悟がない、こちらの割ける戦力もなけりゃ作戦もない。
うむむ。
第一先程も考えたが、噂になれば潰されるだろう。
それではダメだ。
“ダメなの?”
「うーん。ダメだろ色々と」
“じゃあ村を滅ぼせば? 金銀財宝ザックザク、とまではいかないけどそれなりに潤うよ”
「いや侵略と何ら変わらんぞ」
コイツの頭の中はダメだ。殺伐としている。
もう少し穏便に事を済まそうという気はないのだろうか。
コイツの頭に穏便な答えが無いということは、今まで穏便に済まそうとする魔王が居なかったということだろう。
ということは自分で考えるしかない。
ゲル君に相談してもダメだろう。同じような答えしか返ってこない自信がある。
なら、この世界の情勢とはどうなっているのだろう。
俺のやりこんだオンラインゲームでは、人間の国の三竦み状態。
いわゆる、王が全ての権力を握る王国。民が国権を握る民主国家。絶対宗教を掲げる法王を主体とした法国。
そんな国同士の戦いを、各プレイヤーは勢力を選んでプレイするスタイルだった。
王国のメリット、民主国家のメリット、法国のメリット。
色々あったし、交渉や戦いかた、各戦力など全然違うものだ。
この世界を知っておくべきだろう。俺の持っている知識などゲームしかないのだから、フル活用する以外にないだろう。
「この世界ってどうなってるの?」
“だから、唐突だなぁ。自分で完結させて質問するのはいいけど、質問の意味が漠然としてて答えようが無いんだけど、なに?”
「人間と魔王との戦いなの? 戦況は前聞いたけど、俺以外のダンジョンマスターがこの間死んだから俺だけなんだろ? 人間達は仲良しこよし、手を繋いで俺、って今は魔王だけど、攻撃してきてるの?」
“一番最初に説明したんだけど、メフィストが聞いてなかったんだよ! 人間と魔王の戦いだった。過去形かな。およそ60年前にものすごく強い魔王がいてね、その魔王の時代に各国同士で争っていた人間達は停戦協定を結んだんだ”
睨んだ通り、複数の国がある。国があれば不満が出て、争いが起こる。人間とはそういう生き物だ。
「そして、過去形ということは」
“そう、絶対の力を持つ魔王。メフィスト・デス・カタストロフは勇者と名付けられた軍隊によって滅ぼされて――”
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってちょっと待って! え? メフィストなの? 名前? しかもミドルネーム付き? バカだー!! 俺と同じ痛ネームじゃねぇか! バカだー!! ゲラゲラ! もしかして本当に同じなの? 最初に登録した名前間違えたの?」
もしそうだとしたら親近感を激しく覚える。
俺も敢えてこの名前にしたわけじゃない。事故でなったんだ。絶対の魔王も俺の世界の人間ということになるだろう。
ただ、名前に驚いたレイヴンの意味も分かった。
難儀な名前だ、確かに。
“いや、本名だよ”
「は!? 本名でそんなやついんのかよ!!」
“うん、魔界の者だし”
「あ、親近感も何もなくなったわ。続けてどうぞ」
はしゃいだ自分が恥ずかしいじゃねぇか。
何で魔王の候補で俺を呼んじゃったの? 魔界があるんなら魔界から呼べよ!
“ホントに話をボキボキ折るね。まったく、それで、滅んだ後は絶対的な魔王は現れる事がなかったんだ。というのもダンジョンが出るそばから勇者軍に攻略されてしまっていたから。そうこうしているうちにメフィスト・デス・カタストロフが世界にはびこらせた魔物達の軍勢は少なくなり、人間達に余裕ができた。余裕があれば欲が産まれ、争いが起こる。そうして今は、各国の有り余った戦力、いわゆる勇者をぶつけ合い領土戦争の真っ只中というわけさ”
なるほど。およそ予想通り。争いがある。後は国の数が気になる。
そして各国の特色を調べて、どこから攻撃するのか取り入るのか、戦力を見ていかなくてはならないだろう。
ここがどこの国に属するのかも。
「分かった。じゃあ人間の国はどんなもので、いくつあるの?」
“まずはメフィストがいるこの島、ここは小国の集合国家。赤の連合国。何かの行動を起こす時は各国の代表が集まって話し合いで決めるようになっていて、小国の数は10。戦力は一番少ないけど、資源も乏しく攻める側も島が多く攻めづらいので、連合国から攻撃をしかけない限り戦争は激化しない国だよ”
最初に言っていた一番人里から離れている安全な場所にダンジョン~と言っていたのはこのことか。
戦力が乏しければ戦いやすいだろう。
それに国内に陣取れたのはデカいな。
“そして、連合国に隣接する国。竜王の国。名前は昔竜を一人で殺した王の血脈が代々王となっているからそのまま竜王になったみたいだね。戦力としては2番目。魔法を専門とする勇者を多く輩出している魔法国家でもあるんだ。クリスタルなど魔法に関する資源は多く、各国からよく攻められているんだ。ただ、山岳地帯が多く、容易に攻められる国ではないよ”
竜王か。そっちのほうが魔王だろ。いや、メフィスト・パンデモニウムのほうが魔王っぽいか。
クリスタルってなんだろ? 話の邪魔をしたら怒られるから後で聞こうか。
“そして、赤の連合国、竜王の国、その隣にある国家。一番の戦力を持つ大国、英雄大国。過去メフィスト・デス・カタストロフを倒した英雄を輩出した国でもあり、いまだにエリート勇者をどんどん軍隊として作り上げてる最強の国だよ。資源は豊富だけど、豊富なのは戦闘用、いわゆる鉄鉱石、魔鉱石の類いだけで土壌が前魔王の呪いによって汚染されて植物がほとんど育たなくなってるんだ。この国が戦争を起こす一番の原因が飢餓だね”
なるほど、戦争の原因が見えた。
この国には戦力はあるが無いものがある。しかも致命的な食料。
停戦や冷戦は起きないな。どこかの国が滅びるまで戦いを続けるだろう。
「じゃあ、3つ? 三竦みか」
“違うよ。最後は天空に浮かぶ国、絶対鉄壁の浮遊独立国。元々戦争をしていないし、メフィスト・デス・カタストロフの時代にも、どの国とも停戦協定は結んでいない。同盟もね。必要無いんだ。攻撃手段が限られてるから。だからこの国についての、なんの情報もないんだ。メフィスト・デス・カタストロフも接触はしていない。ただ、人間が暮らしているのは間違いないよ”
なんだそりゃ。
ヤバそうな臭いがプンプンしてるじゃないか。
絶対なんか病的に強い奴がいるんでしょそれ。
ゲームだったら間違いなくラスボスがいるパターンだな。ただ、それまでに死ぬ自信があるから大丈夫か。
「なるほど、絶望的な事が分かったよありがとう」
金を稼ぐ方法は全然思い付かないが、とりあえずこの世界の事を少しだけ分かった気がする。
そうだ。
「クリスタルってさっき言ってたけどなんなの?」
“魔法を補助する物。通称クリスタルだよ。火を使うものは赤のクリスタル。風は青、土は黄色に植物は緑。水は黒、重力は透明、身体機能の強化は虹色ってね。まぁ覚えられないだろうから手にいれたら都度聞いてよ。名前の通り補助する物だから、MPを抑えたり強化したり範囲を広げたりと補助するだけだよ。今のメフィストには関係ないけど、相手が身に付けているのを見つけたら逃げる事ぐらいはできるでしょ”
うん、全然覚えられない。
しかし、球体の言うとおり逃げる事ぐらいはできるな。魔法を使うやつに勝てる事はないだろう。
そうだ、まずは村へ足を運び、視察しよう。
信頼関係を築いていけたらいいんじゃないか?
外見的には人間なんだから、下手を打たないかぎり魔王だとバレることはないだろう。
村へ行くとなれば、魔物との戦いは避けられないだろう。
前回は逃げ切れたが、今回も逃げ切れる保証はない。
自分の身を守れるぐらいには戦えるようにならないと。
無駄にゲル君を死なせてしまい、若干の罪悪感が頭をよぎる。
「せっかく魔法力上がったから魔法を覚えたいんだけど、MP4もあれば何か使えるだろ?」
“うん、そうだね。何にする?”
メニューが空中に表示された。
赤・火・レベル1
緑・植物・レベル1
青・風・レベル1
黄・土・レベル1
透明・重力・レベル1
黒・水・レベル1
虹・身体・レベル1
「ゴメン。全然わからんなにこれ。何も書かれてないけど」
“操作系だよレベル1は全て”
「操作って? 火だったら火を動かせるみたいな?」
“そうそう。だから火を起こすことはできないよ。火があれば操作できるよ”
「この身体というやつは?」
“身体強化だよ。脚力や腕力を増やしたりね”
なるほど。大体分かった。
脚力強化などの身体強化系はやっぱり強いだろう。
「じゃあ、虹色のレベル1で」
“2000円になります!”
「高けぇ!! バカじゃないの? 買えねぇよ! 全財産クラスじゃねぇか!」
“うん、やっぱり身体は高いね”
「ん? 他のやつは値段違うの?」
“うん、その他は1000円だよ”
高い。
しかし、絶対に必要だとは思う。
買えなくはないし。
身体の魔法が欲しかったが仕方ない。
まずは火は論外だな。起こす方法が必要になる。
となるとそのあたりにあるものがいいな。
土か植物? 水は限られるな。
あ、重力でいいんじゃないか?
どんなのかはしらんが。
「じゃあ重力で」
“1000円、お買い上げぇ~”
「お前は何キャラなんだよ、時々分からなくなる」
奴に1000円を入れ込む。
何か透明で蜃気楼のようなオーラがまとわりついた。
しかし、何か特別変わった事はない。
最低ラインが分かった。
ゲームならこの島か小国の一国を乗っ取って、魔王ではないふりをしながら戦争という名目で人間と魔物、両方で攻めていくような感じか?
さて、目的は決まった。行動だ。
村を攻めるにしても軍隊が必要だ。
それにむやみやたらと殺すわけにもいかない。
なんとかならないか。
ん? というかゲーム感覚と自分の生活費と感情であれこれ考えていたけど、俺の目的はなんだろ?
世界を征服して元の世界に戻ることなんだろうか?
俺の人生とも言えるオンラインゲームの終わった世界に? 少なからず、今の生活の方が面白い。
友達とは言えないだろうけど、信頼してくれている仲間達がいる。パソコンもゲームもテレビも本もない。だけど、必死なのもあってか今まであったものが無くても不思議と苦痛を感じない。
せっかく世界の頂点を掴む切符を持ってるんだ。
クソニートだった俺にはもったいないぐらいの出来事だろう。
もしこの世界が夢で、現実の俺は今テーブルの角に頭をぶつけたまま倒れているとしたら、起きたとき普通に働けるようになっているかもしれない。
そのぐらい、あの頃の俺とは気持ちの持ち方が少しずつ変わってきてるのを感じている。
まあ、今は答えが出ないだろう。
もう少しコイツらとこの世界に付き合って答えを出すのもいいのかもしれない。
“また難しい顔してー。今度はなに?”
「いや、今度は球体に聞いても仕方ないことだよ。さて稼ぎかたを考えなきゃな」
“だから村を支配下において搾取するんだよ!”
「だからダメだって……いや、待てよ。支配下か」
何も軍隊を作る必要は無いんじゃないか?
「よし、村に行くわ」
“は? 突然どうしたの? まあいいけど行ってらっしゃい”
「荷車が欲しい。いくら?」
“200円だよ”
「相変わらず高けぇな! 金は払うが、入り口の近くに召喚してくれよ」
200円をやつの頭にねじ込む。
車輪が付いた木製の荷車が外に現れた。
丈夫そうでもないが、ボロでもない。いい感じの荷車だ。気に入った。
「顔狼とガダジゾバビビとゲル・レベル4は俺についてこい。顔狼は悪いけど荷車引っ張ってね、俺足腰弱いんだ」
「ぐるるるるりぃいいい!!」
「任せて下さい魔王様! 私がお役に立ってみせますわよ! だそうです」
勇者見習いから剥ぎ取った装備品を乗せ、顔狼の死骸から取った残った牙も乗せて出発する。
場所は全然わからんからゲル君に任せる。
とりあえず向かう先はレイヴンの居た村だ。
あ、顔狼って回転するんだっけ。どうやって引っ張ってもらおうか。いや、引っ張るのは無理だな、押してもらおう。
「っと、ちょっと待ってよ。魔法ってどうやって使うの?」
肝心な時に使えず死亡というシナリオだけは避けなくては。
なんだろう。特に何か使える感じがしない。
無難に念じるのだろうか。
そういえばガダジゾバビビが呪文のようなものをむにゃむにゃ唱えていたな。
という事はかっこいい決め台詞があるのかもしれない。
“念じるだけだよ”
移動出来るようになった球体が見送りに入り口まで出てきていたようだ。
「念じるだけなの? じゃあガダジゾバビビが唱えてるのってなんなの?」
「ワタシ、ヒトリゴト、ヨクイウ」
紛らわしい!! なんなんだよ! 雰囲気作りか!
“分かりづらいかもしれないけど、ちょうど良かった。メフィストの能力は重力だから何かを持ち上げればいいんだ。そうだな。葉っぱでいいんじゃない?”
それはいい考えだ。
俺はそのへんに生えてあった葉っぱを千切って荷車の上に置いた。
「浮け!!」
“あ、声は出さなくていいです”
「分かってるよ! 雰囲気だよ、雰囲気!」
念じる。浮け浮け浮け浮け!!
フワッと浮いて舞い上がって行く。
全然簡単じゃない。疲れた。
「ゼェ……ゼェ……なんだこれ。めちゃくちゃ疲れるぞ」
“あーあ。MP0だよ”
「たったあれだけで0になんの!? 舞い上がったっただけだぜ? ただの葉っぱが!」
“そりゃそうだよ。魔法力3しかないし、MPは4だしそんなもんでしょ、どう考えても”
魔法、使えなくていいや。今は役に立たないし。
「とりあえずMP回復してよ」
“ハイハイ、4円ね”
なんかコイツ回復のとき態度悪くねぇか?
回復も終わったので、ようやく出発だ。
“行ってらっしゃい!”
ゲル君を案内人にして、球体に見送られながらレイヴンの住む村に出発した。
移動しながらゲル君に聞いたが、MPは自然に回復するのだそうだ。
一々回復していたら、金がもったいないらしい。
言えよ! クソ球体が!
あっちは危険、こっちは危ないと右へ左へ魔物を避けながら進む。
索敵能力はゲル君の能力なのだそうだ。
ゲル君の攻撃自体、罠のような戦いかたしか本来しないそうで、そういった能力があるのだそうだ。
決して俺が鈍感で気づかないわけじゃないようなので安心した。
だが、ゲル君も完璧でなければ、今回は荷車で音が立っている。
避けきれずに目の前へ顔狼が現れてしまった。
「ぐるるるるりぃいいい!!」
「ぐるるるるりぃいいい!!」
うちの顔狼と敵の顔狼がにらみ合う。
変異種であるうちの顔狼の方が強いとは思うが、球体がいないので敵のレベルが未知数だ。
よし、ここは俺の魔法で奴を浮かせてやろう!
浮け!!
奴の毛がフワッと動いた。
……終わった。
バカじゃないの? クソの役にも立たねぇな!
「ハァ……ハァ……よし! 皆、やれ!」
結局何の役にも立たない俺。
魔王弱っ!!
戦いが始まった。
「ガダジゾバビビは変異種・顔狼に変化して翻弄してやってくれ」
俺が指示できるのはここまでだ。
ガダジゾバビビが変異種に変化した。
そうだ。他人にも幻術を使えるっていってたな。
「ゲル君にも変異種に変化してもらおうか。二人は撹乱させるだけで、攻撃は本物だけでいこう」
3匹の変異種が現れた瞬間、顔狼は逃げ出した。
追おうかと思ったが倒す必要はないだろう。
なるほど。魔物といえど、勝てないと思ったら逃げるらしい。
「MPガ、ナクナリマシタ」
二人の幻術が解けた。
ガダジゾバビビに話を聞くと、他人への幻術は維持に大量のMPが必要だとのことだった。
今回はうまくいったが、使いどころが難しい能力だな。
ゆっくりと確実に進んでいき、村に着いた。
荷車もあってか、前回の訪問より半分以下の時間で来れた気がする。
前回は拘束された感じで拉致されたので村を見る心の余裕などなかったが、いま改めて見てみると古くさい印象を受けた。
江戸時代より前の日本といった風景が広がる。
とりあえず、魔物達には村の外で隠れてもらい、ガダジゾバビビには必要に応じて幻術を使い人間に化けて無駄な争いを起こさないように命令しておいた。
「すみませーん。パンデモニウムですけど、レイヴンさん居ますか?」
なんかバカっぽいな。友達の家に遊びにきたような呼び方になってしまった。
仕方ない、マナーや礼節などニートの俺は知らない。
当たって砕けるしかないのだ。
荷車を脇に止めて返事を待つ。
……誰も出てこない。
「すみませーん! パンデモニウムですけど――」
「おい! 今はレイヴン様はいらっしゃらない」
誰だ?
ああ、俺を拘束していた一人。確か名前はリーダーのクロウだったか。そんな名前の奴だったな。
「何で居ないの? 人がせっかく売り物を持ってきてやったのに」
「なんだその上から目線は! レイヴン様は今、土人間の大群が近くに出現したという目撃情報が入り、討伐に向かわれたばかりだ」
なんだ? 土人間って。なんか気持ち悪いな。
「魔法勇者レイヴン様のいる、このアヴェンの村の近くに現れたのは運が良かった。土人間は魔法でないと倒せないからな」
自分の事のように誇らしげに胸を張っている。
「あ、じゃあいいです。次行くんで」
「まてまて。何もせず帰したと聞いたら俺が怒られる。なんか知らんがレイヴン様に好かれているからなお前。俺の家で茶でも飲んでいけ。話ぐらい聞いてやる」
断ろうと思ったが、強引に腕を引っ張られたので仕方なしに奴の家だろう建物に一緒に入る。
「で、今日はなんだ?」
「いや、見ればわかるだろ。金を稼ぎにきたんだよ。売り物。外の荷車」
旨そうな匂いがする茶と茶菓子も一緒に出てきた。
腹がなった。そういえば、移動してたから飯を食えてないな。
「なんだ? 遠慮せず食えよ。毒なんか入ってねぇよ」
「すまんな。腹が減ってたんだなぁとしみじみ思ってただけだ。いただきます!」
悪いとは思ったが、旨そうな茶よりも茶菓子を先に食う。
ああ、この絶妙な甘さがいい!
茶をすする。旨い! こんなにほのぼのとしたのはいつ以来だろう。
「旨いだろ! 俺の茶畑で取れた茶だ。茶菓子は街に行った時に少しだけ買ってくるんだ」
「旨い! 憎々しいぐらいに旨い!」
なんとなく悔しい思いがしたが、これは旨い!
来て良かったと心から思う。
「ああ、それで――」
俺が他の村を知らないか聞こうと思ったところで、外から爆音と悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ!?」
「あっちの方は!! ニンバ! サンタ!」
なんだなんだ!?
めちゃくちゃ大きい音だったぞ! 耳がまだキーンと言っている。
クロウは振動でこぼれた茶も気にせず、外へ飛び出した。
ニンバとサンタ。ああ、俺を拉致した三人組か。
ただならぬ様子だ。いまだに悲鳴があちこちから聞こえる。
「まて、クロウ! なんか知らんがヤバイぞ!!」
飛び出したクロウを追って外に出た。
「お母さん! お母さーん! 嫌だー! 助けてー!」
「グフッ……! 誰か……誰かいないか……何も見えない……聞こえない……」
「ギガントめ! 私の家族をよくも!!」
「畑がめちゃくちゃだ……明日からどうやって食って行くんだ」
「レイヴン様がいないときに……クソ! 俺達の運がなかったか!」
混沌だ。
クロウは既にいない。
あるのは子供の叫ぶような助けを求める声。
血を流し目が見えないのか、ふらつくようにあちこち歩く大怪我をした人。
絶望に膝を付き、床を見てぶつぶつと呟く人。
家の瓦礫を必死に取り除こうと奮闘している者。
そして、極めつけはそのあたりの家の上から肩まで見える程の大きな巨体。
緑の肌、大きなこん棒に筋肉質な人間質の体。裂けた口、そこから覗く二本の鋭い牙。
「なんじゃあれぇええ!!」
あまりの絶望に声を張り上げてしまった。
皆が口々にギガントとと言ってるので、およそ奴の事だろう。
ギガントが振り上げていたこん棒が地面へ降り下ろされた。
先程の爆音がまた起こる。
ひどい土煙が巻き起こり、立っていられない衝撃を受けて座り込む。
「うわ! 危ねぇ!」
さっきのギガントの一撃でだろう。
地面に亀裂が入り、先程まで俺のいたクロウの家を飲み込み崩れ去る。
「あ、無理無理。なにあれ。逃げよう」
爆風だけでHP削られて死にそうだ。
クロウはいないし、無理だから逃げよう。
「あ、メフィスト殿! クロウの兄さんを見なかったか?」
誰が殿だ誰が!
俺を厄介毎に巻き込むのは辞めろ!!
「あ、ああ。一緒に先程までクロウの家で茶を飲んでいたんだが、ニンバとサンタを探しに……ってあんたら探しに行ったんだよ! 多分あの巨人めがけて!」
「なんだって! 兄さん!! 俺達はもう戻ってるのに!」
二人とも、いや三人ともか。可哀想に、死んだな。
あの巨人めがけて走っていく。
さて、逃げよう。死ぬ死ぬ。
「貴方はレイヴン様が噂していた、不思議なお方。身なりを見て間違いあるまい! 明らかに弱いはずなのに顔狼を倒すというあなたの非力な戦いを見せてくだされ!」
あー、逃げようと思って振り返ったところで俺は村人の壁を見た。
人が壁のようになって俺の行く先を塞いでいる、というかだんだん近づいてきている。
非力やら弱いやら失礼な奴らだ。だが、今回は揚げ足を取ってそれに乗ってやろう。
「あー、諸君。残念だが、明らかに非力なのだ。戦える筈がないだろう。みたまえこの貧相な体。魔力の無さ。死にそうな体力に健康を害していそうな顔色。どれを取っても勝てはしない」
決まった。さ、解放してくれ。ダンジョンに引きこもらなくては。
「おお! そこまで弱さを強調する手腕、お見事です。ささ、追い払ってくだされ!」
バカじゃないの? 話聞いてたの? コイツら耳が爆音で壊れたんじゃないの?
ズザザザザーっと、上半身だけの死体が滑ってきた。
あまりにも皆の顔が悲痛なので、死なない程度になにかしてあげようかと思ったけどやめた。
戦意喪失しました。
「あ、本当に無理。マジで。冗談じゃなく。ゴメン」
「え? 本当に?」
「無理」
皆が残念な顔と絶望の顔色を全面に出して、明らかにがっかりしましたオーラを出している。いや、俺へぶつけている。
悪くないだろ! 俺は何にもしてないし! なんで俺が悪いみたいな雰囲気出してんの?
「おい! メフィスト! 悪いが手伝ってくれ!!」
腕をがっつり掴まれると、引きずられる。
「お前はクロウ!? なんでここに!?」
「あっちでニンバとサンタが引き付けてくれている。俺達じゃダメージすらあたえられない。メフィストならいけるだろ?」
「いやいやいやいや、なんなのお前ら! どう見たら俺が強く見えるんだよ! どう考えてもいけねぇよ! なーにが〝いけるだろ?〟キリッ! だよ! 絶対バカだろ!」
引きずられる、引きずられる、ああ、引きずられる。バカに引きずられる。
死への近道をひた歩く。
「さあ、倒してくれ」
「お前が倒せ! バカが! バーカ!」
何か脳味噌が小学生にでもなったかのように低年齢化してしまったが、もうどうでもいい。
走る。掴まる。
「どこへ行くんだね?」
「帰るんだよ! なんだよ! 俺は関係ねぇだろ! もう帰してくれよ頼むから……俺、自慢じゃないがHP6しかないからな!」
頭が悪いようだから、あまり言いたくなかったがステータスを一部だけ伝えて懇願する。
「な、なに!? 6? ハッハッハッ! こんな非常事態に嘘はいいから」
「……」
無言の圧力をかける。睨んでやる。
「 ……え? 本当かよ……嘘だろ……そんな、村人より弱いのか……」
「そうだ。悪いが力にはなれん」
やっぱり村人より弱いんだ俺。
ドカーン!! とこん棒がふるわれる。
さっきより近くにいたせいで耳がダメになった。音が聞こえない。
小石や小さな木片が飛んできて、あちこちに切り傷ができた。
砂煙が晴れてギガントを見ると、目が合う。
明らかに俺を見ている。蛇ににらまれた蛙の気分だ。視線を外せない。
ロックオンですか? そろそろ死亡推定時刻突入ですか?
こん棒がゆっくりと上がる。
ん? 何かが俺をつついている。
奴ばかり見ていて上を向いていた俺は下を向いた。
「ガダジゾバビビか! すまん! 今俺は耳が聞こえないから何も言わず俺の指示だけ聞いてくれ!」
ガダジゾバビビが何をいいながらうなずいたのを確認した。
「よし、OKだな? 聞こえんからOKという事にした。まずは奴に変身しろ! できないではすまされない! わかったか!? そのあと、俺にも術をかけて奴にしてくれ! 聞こえてるか!?」
耳が聞こえないのがこれほど不自由なこととは思わなかった。
自分の喋っている言葉がまともに喋れているか、音量がどのぐらいなのかもわからない。
ガダジゾバビビは何も言わずうなずいてくれた。
いいやつだ! 最初邪険にしてごめんなさい!
まず、ガダジゾバビビが自らをギガントに変える。
続いて俺にも呪文をかけた……らしい。
特に何かが起こったとは思えない。煙は身体中にまとわりついたが、煙が晴れても何も変わった様子はない。
奴のこん棒がふるわれる。
死んだ!!
死を覚悟し、来るべき衝撃に目を閉じた。
……ん? 衝撃は一向に来ない。
ゆっくりと目を開けると、大分滑稽な姿が写っていた。
ギガントが何か知らないが、後ずさりしながら空中へこん棒をふるっている。
……俺の幻覚を殴っているのか?
ならば!
「ガダジゾバビビ! このまま一気に奴に近づいて出来るだけ村の外へ追い出すぞ!!」
仲間の返事を待たず、奴へ向かって走る。
ガダジゾバビビのMPはそれほど持たない。
切れるまでが勝負だ。
「うおおおお!」
走る。走る。走る。
ステータス、速さ1の全力疾走。明日、生きてたら筋肉痛だな、こりゃ。
ギガントは後ずさりを止めた。
後ろを向くと奴はこん棒を捨て、その巨体を揺らしながら逃げ出した。
勝った……のか?
隣にいたガダジゾバビビのギガントの幻術が解けた。
という事は、俺にかかっていた幻術も解けているだろう。
奴の巨体を眺めていると、立っていられない衝撃が体を襲ってきた。
また、ギガントの攻撃かと思い、辺りを見渡すが何もいない。
クソ! 何が起こってる!
耳が聞こえないので状況がわからない!
ギガントから煙が出始めて、倒れた。
何が起こってる。死んだのか?
まさか、レイヴン!?
ギガントのいた方角から見覚えのある人影がゆっくりと歩いてくる。
およそ一撃で仕留めたのだろう。ギガントの攻撃と同じだけの衝撃を作り出したのだ。
もしレイヴンだとしたら、老人勇者なんかじゃない。現役の勇者だし、既に人間を越えた化け物だろう。
レイヴンが俺の前まで来て、何かを言っている。
俺は耳に指を持っていき、聞こえないアピールをした。
白い光がレイヴンを覆うと、その光を俺へ向ける。
すると、突然失った音を取り戻した。
「あー、あー、聞こえる! 聞こえるぞ!」
「ほっほっほっ! いかがかな? 英雄メフィスト殿」
「いや、素晴らしい! ……って、は?」
誰が英雄だ誰が。俺は魔王だ。
「メフィスト。さすがだな。まさか魔物使いだったとは」
耳は聞こえない、魔物は俺をロックオンするで命の危機過ぎて、周りも気にせず魔物に指示を飛ばしてしまった。
あ、クロウ生きてたんだ。てっきり死んだのかと思った。というか、人を死地に送り出しやがって、死ねば良かったのに。
「あ、そうそう。それだよ、魔物使いとかいうやつ」
「ほっほっほっ! なるほどの。それで行商人などをやれておるのか。秘密を知ってしまったの?」
「レイヴン様! 土人間はもう殲滅されたのですか!?」
そういえば、土人間の討伐に出ていたんだっけ?
「いや、1体しかおらなんだ。情報が誤っておったか……作為的にわしを村から追い出してギガントをけしかけたか、どちらかじゃな」
「そんな! 作為的に? 一体何者が?」
「それは分からん。じゃが、もし作為的であったとしても、こうして村は滅びず、ギガントは討伐できた。全ては魔物使いメフィスト殿のおかげじゃ。本当にありがとう。お主がおらなんだら間違いなく村は滅んでおった。悔やんでも悔やみきれぬところじゃった」
「いや、何か逃げようと思ったんですけどね? ここにいるクロウとかいう人が俺を引きずってギガントの目の前まで連れていって殺そうとしたんですよ」
「ほっほっほっ!」
いや、ほっほっほっじゃなしに。マジで。人殺しだぜ? 俺じゃなかったらボッコボコにされてるぞ。
「しかし助かったぞメフィスト殿。このお礼は必ずせねばなるまい。しかし、今は復興が先じゃ。すまんがまたこちらから連絡しよう。お主、魔力はあるのじゃから伝導魔石は持っておるの?」
「は? 何を持ってるって? 電動……ん?」
「なんじゃ、持っとらんのか。そうじゃな、確かわしが現役時代のがあったと……ちょっと待っとれ」
電動ノコギリかなんか知らんが、いただける物は遠慮なくいただくのが俺の主義だ。
流石は村長の家だ。あれだけの衝撃を受けても半壊程度で済んでいる。
壊れかけの家にレイヴンが入っていく。
「しかし、ガダジゾバビビを使い魔にしてるとはな。運がよかったぜ。ギガントなんか並大抵の魔物や勇者じゃ倒せない。ニンバとサンタもお礼を言っていたぞ」
「俺はお前と村人に不信感しかないがな。よってたかって殺そうとしやがって。あ、言っとくが俺、心かなり狭いからな。根に持つからな絶対」
「ハッハッハッ! なにいってんだ。茶と菓子を振る舞ってやっただろうが。それでチャラにしてくれ」
「そんな命と同等の茶と菓子があってたまるか!」
なんてやつだ! 反省の色は全く見えない。
もし俺が世界を滅ぼす覚悟と力を得たら最初にコイツを殺そう。うん、そうしよう。決定だ。
「まあ、もしまたこの村によってくれたら茶は飲み放題で構わんぞ。菓子はそうそうないがな」
丁度いいタイミングでレイヴンが小さいペンダントを持ってきた。
「これじゃこれじゃ! 数十年前のじゃから古くさいデザインで悪いが、これを使ってくれ。壊れとらんし、まだまだ現役で使えるぞ」
「いただきます!」
何かしらんが、電動なんちゃらを手に入れた。
「……で? 何するんですかね? これで、何か叩くの? 振り回すの?」
「なんでそうなるんじゃ? 普通に魔力を込めりゃいい。そうすれば、お前の思った相手と通信できよう。ただ、相手も伝導魔石を持っている必要があるがの」
はぁ、便利なもんだな。
いや、俺、MPも4しかないけど魔力込めて4秒しか持たないとかないよね? 大丈夫だよね? なんか皆の中で俺の評価が勝手に実物より大きくなってね?
なんか嫌だな。この村から離れた瞬間から噂話に尾ひれに背びれに色々ついて無敵人間がいるとか、変な話にならなければいいけど。
「後、これをもらってくれ。今回は大規模なお礼はできぬが、次に呼ぶときまでには必ず良い宴を用意しておく事を村を代表してこのわしが約束しよう」
手渡してくれた袋はじゃらじゃらしていて、ずっしり重たい。
重たい。間違いない。金だ! うひゃひゃ! 金だ!
「ありがだく、いただいておきましゅ」
嬉しすぎてよだれをたらしかけた。最後、なんか言葉が潤った感じになったが、どうでもいい。
「さて、クロウ! ニンバとサンタを連れてこい! お前たちの家は後回しじゃ! わしらも復興を手伝うとするかの?」
「はっ! 既にニンバとサンタは村人達の家を優先するために向かっております」
あ、ここへ来た目的の一つを忘れるところだった。
流石にここまで来たら売り物を持っていっても買い取ってはくれないだろう。
他の村がどこにあるか聞かなくては。
「あ、ちょっと待って! この辺りに他の村はありますかね?」
「ん? この辺りとなると、少し歩くことになるが、あっちの方へ歩いて行くと村が見えてくるじゃろう。ただし、そこの村の者は大変警戒心が強いし、好戦的じゃから気を付けなさい」
あっちの方角かずいぶんアバウトな感じだな。
まぁ、ゲル君達が覚えているでしょう。
それよりなにより、好戦的なのが気になる。気になるというより嫌な予感がひしひしとするんですが。
「他にはあるんです?」
「他はこの辺りには無いんじゃ。後はこの森から出て少し歩いた場所に街がある。そこはこの島で一番大きい都市になるぞ」
「何から何まで助かります」
「何を言う。わしらの方が遥かに助けてもろうとる。我々の命を救ってくれたのじゃ。ありがとう」
互いによく分からない礼の言い合いを終えて別れた。
落ち着いたらレイヴンから連絡があるだろう。
さて、次の村へ行って持ってきた物を売り払う算段をたてるのもいいが、好戦的らしいので戦力を強化しておきたい。
無駄に商品を持ってきた事にはなったが、行商人なんぞ、そんなものだろう。一度ダンジョンへ戻ろう。
「ゲル君、ガダジゾバビビ、顔狼! 戻るぞ」
運良く荷車は破損していなかったので、そのまま顔狼に押してもらいながらダンジョンへ帰ることにした。
帰りは楽だった。
何故かと言うとガダジゾバビビがいるから。
奴はギガントへ変身できるのだ。
魔法使いだろうが、顔狼だろうが、一目見て逃げていく。
強くなってはないが、自分が強くなったような気がしている。
“おっかえり~!”
「ヘイヘイただいまっと」
“どうだったどうだった!? お! レベルアップ!!おめでとう!”
「は?」
レベルを上がるような事をした覚えがない。
何だろう。人助けするとレベルが上がるのだろうか。
「人助けってレベル上がるの?」
“魔王が人助けって……気持ち悪い事を聞くなぁ。大体そんなことで上がるわけ無いだろ。魔物を倒したからレベルが上がったに決まってるじゃないか? 覚えてないの?”
「全然覚えがない」
何した?
最初顔狼を脅かして逃げられて、その後ギガントを脅かして逃げられた。その後も逃げられて逃げられて……。
倒してない。
「やっばり倒してないわ」
“うーん。おかしいな。ゲル君達が倒したんじゃないの?”
「ゲルよ、何か倒した?」
「いえ、何も。ただ、魔王様はギガントと戦っていらっしゃいました。奴は後ろを向いて逃走中に勇者レイヴンによって殺害されました。まだ魔王様と戦闘中であると判断された可能性が高いですね」
「的確な分析をありがとう。一家に一匹、ゲル君ってね」
“なに言ってんの?”
まあ、とりあえずはレベルアップだ。漁夫の利だろうが何だろうが、俺の勝利って事だ。
「メフィスト、レベルアップ!! メフィストはレベル99に――」
“ならないから!! 今回は一気に6レベルまで上がったよ。やったね!”
また地道だな。あんな大災害みたいな奴を倒した事になっても2レベルしか上がらないのか。
いや、レベル4からレベル6まで上がるのとレベル2からレベル4へ上がるのとでは全然違うか。
“これでやっと歴代魔王召喚時初期レベル最低値に達したね!”
「レベル6が今までの最低かよ!!」
もうお家に帰してもらってもいいですかね? 死にそうだよ。
“ステータス見る?”
「どうせゴミみたいなものだろうけど見るよ」
“ほーい。表示~”
―――――――――――――――――
なまえ:メフィスト・パンデモニウム
レベル:6
HP/最大HP:10/10
MP/最大MP:15/15
残金:5835円
力:1
防御:1
知:1
速さ:1
魔法耐性:8
魔法力:8
魔法回避:8
運:1
スキル一覧
適応力・レベルMAX
武器一覧
顔狼の牙で出来た短剣・攻撃力2・防御力・3
防具一覧
破れたTシャツ1枚
破れた半ズボン1枚
くたびれたパンツ1枚
親指の部分が破れた靴下1枚
道具一覧
丸まったレシート1枚
自宅の鍵1個
くたびれた財布1枚
携帯電話1個
伝導魔石1個
状態異常
臭い
汚い
―――――――――――――――――
あ、金が増えてる。数えてないのに自動計算してくれたの? ありがとう。
HPやMPはゴミほどしか上がってない。いつもの事だ。MPがやや増えたというところか。
力等の物理的なステータスはいまだに1。ただ、魔法関連のステータスは極少量上がっているな。
あれ? ……ああ!! 服とズボンが破れてる!!
ギガントの小石や小さな木片が飛んできた時に破れたんだな!? クソー! 服は一枚しか無いのに!
あ、電動かと思ったら伝導かよ。なんかおかしいなと思ってたんだよ。話が繋がらないし。
「誰が汚いんだ誰が! 臭いだと!? バカにしてんのか! お前のさじ加減でこのステータス付いてんじゃないだろうな!」
“違うよ! ボクの一存でステータスを変えたり出来るわけ無いだろ! まったく、風呂に入れよだから!”
……本当に臭いわ。金も出来たし、そろそろ考えようか。
「じゃあ風呂一つ」
“風呂はありません!”
「もうなんなんだお前は! お前が言ったんだろうが! 出せよ風呂!」
“面倒臭いな。風呂釜が10円に湯沸し器が10円、水が50リットルで10円で、湯沸し器用油が5リットルで10円。風呂というものはありません! 残念でした!”
バカじゃないのか? かち割ってやろうか!! 面倒臭いのはこっちの台詞だバカ野郎!
まあ、口には出さないでおこう。何倍にもなって返ってきそうで怖い。
「しかし安いな。なんでこんな安いんだ? 使い捨てですか? すぐに故障しますか?」
“違うよ。食事と一緒だよ。最低限のものは安いんだ”
まあ、何でもいい。風呂に入れると思うと体が、というか頭が特に痒くなった。あー、痒い痒い!
「じゃあ買うから、出して。水を入れる場所がないから風呂釜から先に出せよ。お前指示しなかったら絶対ダンジョン内に水をぶちまける気だったろ?」
“チッ! バレたか”
「お前は誰の味方なんだよ! もったいないだろうが、金が! 油は風呂に入れるなよ絶対に! 容器も買ってやるから。洗剤も一緒に買うわ。水はとりあえず150リットルで。全部でいくら?」
“80円だよ”
奴に80円を投げ入れる。
ダンジョン内に風呂が設置された。
これで状態異常? なのかなんなのか知らんが、臭いと汚いは解消されるだろう。
湯を沸かし、風呂へ入ろうとしたところで視線を感じる事に気づいた。
「見るなよ」
“見えるよ! 頭が悪いの!? カーテンでも衝立でも何でもいいから仕切りを作ってよ! まったく気持ち悪いなぁ”
「気持ち悪くはねぇだろ! じゃあ衝立を3つ出してくれ。囲うから」
一枚20円の計60円をぶんどられた。風呂に入るだけで文字通り必死になって稼いだ金を取られる可哀想な俺。
「はぁ、全ては貧乏が悪いんや!」
“なに? また突然独り言を言う病気? いいから早く入れよ風呂に!”
「ヘイヘイ、うるさいな。まったく」
湯船に浸かりながらまったりする。
“じゃあ、湯船に浸かってたらメフィストはおとなしくなるだろうからそのまま聞いてて。色々レベルも上がったから”
「どうぞどうぞ~お好きに~」
はぁ、ぬくぬくですな。このスペースだけは殺伐とした世界から切り離された俺だけのエリアだ。
なにやら、皆のレベルも上がったとのこと。
ゲル君がレベル6になってスキルを覚えたらしい。
壁を移動できるのと浸透、いわゆる水分を通す物質を移動できるようになったんだって。すごいね。
ガダジゾバビビと顔狼がレベル5に上がってこちらもスキルを覚えたらしい。
ガダジゾバビビは対象を自分を含めて3人まで幻術を使えるようになったのと、敵の使った幻術を見破れる反幻術魔法を覚えたといっていた。俺は弱いのに君達だけ強いね。
顔狼はまた移動速度が上がったのと、毛皮を硬化させる事ができるんだって。コイツら俺を殺そうと思ったら2秒で殺せるんだろうなぁ。怖いなぁ。
そして、ダンジョンレベルが4に上がったんだが、まだレベル2の地上への影響支配もまともに使えてない。本当にレベルばかりがインフレ化してきたな。
金がないからこんな変な事になるんだよ。その辺りに1億円ぐらい落ちてないかな?
で、レベル4はとうとう空への影響か、地上エリアの拡大かと思ったら全然違った。球体が人型になれるんだって。相変わらずくだらねぇ。人型になれるんなら背中でも流しやがれってんだ。今までの労をねぎらってな。
体を洗って髪も洗って超絶清潔人間へと変貌した俺には状態異常などあり得んだろう。
「ふっふっふ。我にステータスを見せなさい」
“ほーい”
…………なんでステータスに汚いがまだ付いてるんだ?
さっきの超絶清潔人間の自信は音もなく崩れ去った。
「俺って、存在自体が汚いんですか? 汚物ですか? ニートだからなんですかね? 差別ですか?」
“メフィストの存在自体が汚物かどうかについてボクには否定できないけど、ただ単に服が汚いからでしょ。何でそんなボロボロの装備をして何も気がつかないのか、逆にこちらが聞きたいよ”
「否定しろよそこは! ……泣くぞ? いいのか? 大の大人が大泣きするのを見たいのか貴様!!」
まぁ、それは置いておいて、服か。そうか! 俺が汚いんじゃないんだ! やったぞ!
じゃなくて、俺の一張羅は見事にボロボロのぐちゃぐちゃ。
新しい服を手に入れる必要があるな。
「勇者見習いの着ていた服を剥ぎ取るのは流石にな……服って売ってないの?」
“そりゃそれぐらいあるよ”
「そうだな。じゃあ200円ぐらいの服が欲しいなー」
ちなみに勇者見習いの装備していた金属製の装備品一式(武器含む)はクソ重たいので俺には装備できなかった。厳密には装備できるが、歩けなくなる。
メニューが空中に浮かび上がった。
木の装備・兜・鎧・具足・小手・各1個
各属性の下級ローブ・火・土・植物・風・重力・水・各1個
貴族の服
魔王のコスプレ(上下)
動きやすいジャージ(上下)
高性能運動靴
「魔王のコスプレというやつがかなり気になるが、今はやめておこう。ジャージと運動靴に靴下とパンツを頼む」
ちなみに靴下とパンツは生活必需品扱いで10円だった。
これで全身新品だ。
「後、木の装備は着け心地悪そうだからどうでもいいけど、ローブの各属性はなんなの?」
“ローブは属性毎に上昇する能力が違うんだ、火が攻撃力上昇、土は魔力耐性上昇、植物は防御力上昇、風は魔力回避上昇、重力は速さ上昇、水は魔法力上昇。まぁ、魔法使い用の装備だよね。メフィストにはちょうどいいかもね。重くないし”
「うむありがとう。さて……何がいいか。せっかく重力の魔法を覚えてるんだから統一させるか」
オンラインゲームでも装備等は統一させたいタイプだったなそういえば。
重力ローブを出してもらって装備する。
装備した瞬間から、体がふわりと軽くなった。
ヤバい。こんなに効力があるものなのか。
体重が20キロぐらいは軽くなったんじゃないか?
……いい。いいんだが、筋力が落ちそうだな。魔法使いというやつは筋力の無いやつが多いイメージだが、こんな重力に逆らうような事ばかりしているから筋力が衰えていくんだな。真理に近づいた気がするぞ。
だが、一度着けたらやめられない素晴らしさだ。
改めてステータスを出してもらう。
―――――――――――――――――
なまえ:メフィスト・パンデモニウム
レベル:6
HP/最大HP:10/10
MP/最大MP:15/15
残金:5075円
力:1
防御:1
知:1
速さ:1(+8)
魔法耐性:8
魔法力:8
魔法回避:8
運:1
スキル一覧
適応力・レベルMAX
魔法一覧
重力・レベル1
武器一覧
顔狼の牙で出来た短剣・攻撃力2・防御力・3
防具一覧
重力の下級ローブ・速さ補正5
動きやすいジャージ(上)・速さ補正1
動きやすいジャージ(下)・速さ補正1
きれいなパンツ
きれいな靴下
高性能運動靴・速さ補正1
道具一覧
丸まったレシート1枚
自宅の鍵1個
くたびれた財布1枚
携帯電話1個
伝導魔石1個
―――――――――――――――――
速さがかなり上がってる。通りで体が軽くなるはずだ。今まで1だったから9倍か? 速いぞ!
しかし、金が少なくなった。無駄遣いをしてしまっただろうか?
「はぁ、せっかく稼いだ金がどんどん無くなっていく……」
“まぁ、仕方ないでしょ。それよりボクが人型になれることに一切触れないんだけど、見たいでしょ! ねぇ”
「いえ、別に」
“酷いなー。見ろよ!”
勝手に変身してください。
幻術みたいに球体の周りを煙が覆う。
175センチの俺より大分低い影が煙の中に見える。
150センチぐらいか? 球体なんぞに興味ないけど。
「……お前、男か? 女なのか?」
現れたのはなんとも中性的な顔立ちの人型球体だ。
白に近い金髪に、真っ白な服。空中に浮いた体。
結局浮いてるのかコイツ。
“もちろんどちらでもないよ。子供作るわけじゃないんだから”
「ま、どちらにせよお前は敵だがな! イケメンや美少女の類いは俺の敵だからな! お前は明らかに俺の正反対の位置にいる!」
ケッ! 世の中はおかしい。なんで俺の顔面は崩壊しているのだ。奴は球体だぞ?
“メフィストは人間っぽくないよね。どちらかというと魔界の生き物って感じだね”
「誉めてないからなそれ、けなしてんのかてめえ」
クソー! なんであんなに可愛いんだ! 腹立たしい!
ふわふわ浮いてんじゃねえよ!
「バーカバーカ!」
“なんなんだよ! 子供っぽいなぁ。世の中は理不尽なんだよ”
「世知辛い(せちがらい)ねぇ」
はぁ、世知辛い世知辛い。世の中はなんとまぁ不公平に出来ているんだ。
「まあ、顔面談義はこのぐらいにして、モンスターを召喚してだね。戦力を増やしておきたいのだよ」
“うん、どこ行くの?”
「今度は別の村だよ。そこの人たちは何やら好戦的で疑り深いらしいから、出来るだけ戦力を上げて行きたいんだ。最悪抗争になるだろ」
さて、どんな魔物をどれだけ作るか。
また新しい魔物にでも挑戦するかね。
そういえば、〝種〟ってのがあったな。
確か、変異種と水性種と空中種だったか。
ありゃなんだろう?
変異種はなんとなく分かる。
突然変異系ということなのだろう。
その他は分からん。
「そういえばさ。変異種とか水性種やら空中種って前に召喚するときにあったけど、あれはなんなの?」
“あれは中級魔物に付いてる種類分けだよ。変異種は、野良で突然変異した魔物だね。基本的に基となる魔物がいて、その魔物に外見的だけじゃない能力的変化等をもたらしたものを変異種と呼ぶんだ。もちろん外見だけ変化をしても変異種なんだけど”
一見同じ魔物かと思いきや全然違う能力を持った魔物でした、という可能性もある、ということか。
魔物、面倒臭いな。ゴチャゴチャした遺伝子とか配合とか、そういうのが好きな人には面白い話なんだろうが、俺は嫌いだ、面倒臭いから。
“水性種は水中でしか生きられない魔物だよ。ただその分、水中での力はかなり特異なものがあるんだ。空中種はボクみたいに浮いてる、空中にいる魔物をそう呼ぶんだ”
「じゃあ、お前は空中種か」
“ボクは魔物じゃないよ。ダンジョンコアだもの”
誰が付けたか、そんな感じで名前の前を〝種〟で区分しているのだそうだ。
異世界って奥深いのね。知らなかった、というか知りたくなかったなぁ、疲れただけ。
「なるほどね。お前の顔面以外はとりあえず納得だわ」
“別に顔面はいいだろ! 納得しようがしなかろうが変わらないよ!”
ダンジョンを作って勇者を呼び込むなら間違いなく沢山の魔物が必要だろう。
ただ、まだダンジョンを作れるほどの資金はない。必要なのは資金集めのための戦力だ。
強い魔物を数体連れた状態が一番望ましいだろう。もし大量の魔物を連れた人間がいたら、たとえソイツが善人だとしても殺されるだろう。
「1000円……いや、1500円の魔物を見せてくれ」
“表示!”
土中種・メルマルドリル・レベル1
土中種・溶岩フレア・レベル1
土中種・蟲・レベル1
土中種・卵の成虫・レベル1
えーっと、土中種しかいないんですが。
“土中種は土の中に潜れる種の事だよ。敵から極めて感知され難いから、中級魔物のなかでも魔王に人気の一品だよ。特に土中種系は火の連合国ではかなり珍しく、警戒している人はまずいないだろうね”
何も言ってないのに説明ありがとう。コイツもわかってきたな、俺の事。俺が何も知らない頭カラッポだって事だが。
「商品みたいに言うなよ。いや、お前からしたら商品なのかもしれないけど」
そういえば、コイツ金を手にいれて、何で魔物を召喚とか空間なんかを変動させたりできるんだろうか? もうコイツが魔王やればよくね? 人型になってある程度自分で動けるんだから。
後で時間のある時に聞いてみるか。あんまり興味ないけど。
しかし、どれを召喚しようか。
1500円出すんだ。しっかりと見極めていきたい。
一番最初に目についた〝卵の成虫〟ってなんなんだろう。既に名前が矛盾している。卵なのか、なんか産まれるのか、成虫だが卵の形をしているのか。
無いな。即戦力っぽくない。却下。
蟲。虫じゃない。蟲。なんだろう? 勝手な俺のイメージとしては小さい虫が沢山寄せ集まり、塊のような……想像したら吐きそうなほどにグロテスクだ。コイツもやめよう。
後は男の子大好きのドリルが名前に付いたメルマルドリルか名前が既に強そうな溶岩フレアだな。
子供の時に好きだったなぁ。ドリル。
溶岩フレアってなんだろ? やっぱりゴツゴツしてんのかな?
よし! 2匹召喚しよう。
「よし! メルマルドリルと溶岩フレアを召喚だ!」
この世界には何故か硬貨しかないようで、3000円ともなると入れるのが大変だ。
“ほーい。召喚!”
何も起きない。
いや、俺にはわかってる。この変態球体野郎は土の中に召喚したんだ。
そして下からドーン!! と出て来て俺が「わあぁ!」と驚くのを待ってるんだ。
「ぎゃぁあぁ!!」
恥ずかしながら驚いてしまった、というか叫んだ。
ここはダンジョン。天井も地中だ。上から落ちてきた。
クソ、やりおるわ。球体風情が!
“ぷぷぷっ!”
「思い通りに言って楽しいかい? 本当にかち割るぞ! まったく、いつか仕返ししてやるからな! 物理的にかち割って!」
目の前の奴は多分メルマルドリルだな。だって両腕と両足と頭にドリル付いてるし。しかし、大きい。
奴の体の中に俺の体が5体ぐらいは入りそうだ。
そして、顔がありそうな場所には顔はなく、全身ドリルだ。なんかここまでいくと変身できそうだな。幻術とかではなく、物理的に。
そして、その後ろにいるのが溶岩フレアだな。
今は立ち上がっているのでお腹部や顔が見えるが、形状から見て間違いなくダンゴムシ的な動きをしそうだ。
体は岩。名前通りで岩の隙間から赤い光が見える。恐らくは溶岩と言われる所以だろう。
手はかなり大きく、あの手でもって土の中を自由に泳ぐのだろう。
体の大きさとしてはメルマルドリルに比べやや小さい。
顔は小さいが、目や鼻、口などしっかり揃っている。
メルマルドリルは喋れないだろうが、溶岩フレアなら口が聞けそうだ。