攻略~人間たちのダンジョン訪問~
「なんとか着いたな……」
もう喋る気力もない。
筋肉痛を押して歩いたが、筋肉痛を甘く見ていた。
脚が上がらず木の根に足を取られて転けそうになるし、歩幅はどんどん短くなるし。
体力というステータスがあればきっと0だな。
睡眠をとらないと治らない。いや、5日ぐらい寝てないと筋肉痛とれない。
「荒らされてはないな。まあ、こんなところに人は来ないか」
カモフラージュで乗せた草や枝を取り除いて中へ入る。
“お帰り~ってあらあら? 全然レベル上がってない!?”
「うるせぇよ!! どうやって戦えっつうんだよ! 逃げて避けての連続だよ。そのかわり貴重な戦力のゲル君は1体も減らしてないからな!」
“戦力としては非常に乏しいんだけどね。ゲル”
一言多いやつだな。
「疲れた。寝る」
“寝るとこ無いよ”
「……地面の上で寝る」
いくら稼いだと言っても、結局手に入った金額は450円。
あまり贅沢はできない。というか、無くなったらまた売りに行かなくてはいけない。面倒くさ。
寝づらいが、寝れなくはないな。
「おやすみ」
何年ぶりだろう。相手は人ではないが、何かに対しておやすみを言ったのは。
何やらむず痒い気持ちになりながら、疲れた体が勝手に睡眠を求めて意識が無くなっていった。
――――――。
――――。
――。
“起きろメフィスト! 人間が近づいてる!”
球体の鬼気迫る声で目が覚めた。
「なにが? もう一回言って?」
なんなんだ一体。何時間程眠れただろうか。体はまだ全然疲れが取れていない。だるい。
“だから人間! 人間が近づいてるの! ダンジョンに!”
「大丈夫。人間は俺だ」
“寝ぼけてる場合じゃないよ! メフィストは人間じゃなくて魔王だし、攻略されたらメフィストもボクも魔界も全部無くなっちゃうよ!!”
球体と魔界はどうでもいいが、俺がいなくなるのは大変だ。
「どうしよ……どうしよ……」
“今さら慌てても仕方ないよ。さ、奴等が入ってくる前に準備しなきゃ!”
さ、準備準備。って、
「何をどう準備するんでしょうか? 夜逃げの準備でしょうか?」
“バカなの? モンスター作るなり部屋増やすなりしてよ。自分で考えて!”
自分でって言われてもニートに言う言葉かね?
「じゃあモンスター作ろうか、モンスター。メニュー表示して」
“メニュー表示!!”
いつもより気合い入ってるなって、ちょっと待て!
「出しすぎ出しすぎ! そんなにメニュー出されても何を召喚したらいいか分からん!」
“もう! 先に言ってよ! じゃあどうするの?”
どうしようか。
とりあえず10円ぐらいの魔物を10体ぐらい召喚するべきか。
100円の魔物を1体召喚するべきか。
「100円のモンスター表示して」
“はいよ!”
どっかの店かお前は、というツッコミを飲み込み、急いで名前を確認する。
例によってステータスはない。名前だけで判断するしかない。
ガダジゾバビビ レベル1
ゆたたまられろ レベル1
「子供か!!」
“なにが!?”
「ネーミングセンスだよ! なんだこの名前。センスねぇー!!」
名前から読み取れない。なんだこれ。あえてこんな名前付けやがったのか? 最初に付けた奴バカだろ絶対。
全然わからん。が、刻一刻と人間が近づいている。
早く選ばなくては。
「えー、失敗したらもったいないな100円。これハズレとかないよね? 100円っていったらそれはそれは強いモンスターを期待してしまうんですが」
“強いんじゃない? 知らんけど”
知らんのかい!!
カタカナの方が強そうだ。
濁音だらけだし。いや、知らんけど。
「ガダジゾバビビを召喚しろ!」
奴の頭に100円という大金をぶちこむ。
へんなやつじゃありませんように。
“召喚!!”
「ハーイ!」
あ、へんなの出てきました。
「チェンジで」
“一度召喚したモンスターはキャンセルできません”
分かってるよ! ちくしょうめ!
恐竜みたいな見た目を想像していたが、残念。丸い鏡に目と鼻と口が付いた不気味な化け物だ。
なにがハーイだ。一言で性格も変な事がわかるわい!
「ワタシノコト、ワカル?」
「あ、分かりません。今忙しいので後にしてもらっていいですか?」
さて、人間どもが近づいているんだったな。準備を進めないと。
“こらこら。ちゃんと聞いてあげなさいな。メフィストが召喚したんでしょ”
「ちょっと疲れてるんだ。あれを相手にしたら俺の精神が崩壊を始めそうなんですが」
「キイテ。ワタシ、ヨワイ」
「あなた、よわい。おれ、ざんねん」
適当にあしらって、次のモンスターを呼ぼう。
どれだけ強いやつが来てるのかわからない。
魔物の出現する外を歩いてるって事はそこそこ強いんだろう。
少なくとも俺より強いはずだ。
“メフィスト、可哀想だから聞いてあげなよ。泣いてるよ”
「あ、ああ。なんだ。どうした。言いたいことを言ってみろ」
「ワタシ、タタカエナイ。デモ、マホウ、ツカエルヨ」
「おお! 魔法か。うちのメンバーはゲル君3体だけの物理メンバーだからありがたい」
コイツが使えるのはどんな魔法か。
そういえば、この世界の魔法というやつがどんなのか知らないな。
「ゲンジュツ、シカ、ツカエマセン」
「ゲンジュツ? 幻術か?」
片言過ぎていちいち疲れる。
しかし、幻術か。見てみない事にはどんなのかわからんな。
「よし、使ってみろ」
「ナニニ、ツカイマスカ?」
「分からん。どんな魔法か知らんから自分で考えろ」
何かを考えるように口を結んでいる。
人の事を言える外見ではないが、気持ち悪いな。
「ワカリマシタ。イキマス」
何やらムニャムニャ口の中で呪文のようなものを唱えていると、最後に奴の体から煙がボワッと発生した。
煙は奴の体全体を包み込み、中々消える様子を見せない。
「あのー、まだでしょうか? 時間が無いのですが……」
“あ、大丈夫だよ。ダンジョンには近づいていても、真っ直ぐダンジョンへ向かってきてるわけじゃないから、まだ時間はあるよ。あまりゆっくりは出来ないだろうけどね”
「ハーイ!」
またかコイツ。
煙が晴れてくる。
「誰だお前」
もう一人俺がいた。
「しかし、改めて自分の顔を見ると不細工だなぁ。っていやいや、何で俺が居るの? お前さっきの変なやつか?」
「ああ、そうだぞ? 俺だ」
喋りや声まで似てやがる。きめぇ。
なるほど、幻術ねぇ。使えるか?
錯乱させるにはもってこいだが、戦力は0だな。やっぱり。
「変身してる間、ステータスはどうなってるの?」
「ステータス? 変わってねぇよ。そんなんで変わるんだったら最強の勇者でも一見してきて変身すりゃ最強集団の出来上がりだろうが」
「あ、俺が二人居ると大分うざいんで戻ってもらっていい?」
また煙が奴の回りに現れたから、多分元に戻るんだろう。
幻術の完成度が高すぎて気持ち悪いが、俺の身代わりにもなれるし、敵に変身してやり過ごす事も出来るな。
“もう人間達が見つけるのも時間の問題だろうけど、今の戦力で大丈夫?”
「いや、全然ダメだろう。部屋はこのダンジョンマスターがいる部屋だけだし、入り口から部屋まで50メートルしかないし。作戦が穴だらけとかじゃなくて、まだダンジョンですらないし。死ぬしかなくね? 俺死んだ? 戦力ってゲル3体だろ?」
金はない。モンスターもない。部屋もない。腹減った。100円で召喚したモンスターは戦力外。
しかし、腹減った。昨日のステーキから何も食べてない。
「腹減ったなぁ。この戦闘が終わったら俺、洋食のフルコース食べるんだ!」
“いや、フラグ気持ち悪いよ”
ハイハイ。現実逃避はこのぐらいにして、マジでどうするか。
俺が強くなる事はできないんだろうか。
「なぁ、俺が金でスキル覚えたり呪文唱えたりできるの?」
“そりゃできるよ”
「お、マジで!? なになに? どんなの? 見せて?」
俺が火を吹いたり筋力強化して他人を駆逐するなんて最高じゃないか! はっはっは! 今まで俺をバカにしてきたクズどもめ!滅ぼしてやるわ!
あ、バカにしてきたのは元の世界の人間か。まぁ、どっちも一緒だ!
“いやいや、よく考えて。覚える事はできるよ? でもメフィストには致命的な欠陥があるよ?”
「あ? なんだ? 欠陥?」
金が無いことか? それなら仕方ない。確かに100円や200円でスキルや呪文は覚えられないか。
“うん。MPがない。正確には1しかない”
「あ、忘れてた」
そういえば俺、ゴミでしたわ。他の皆さんより俺がクズでした。
「よし、まずはレベル上げよう!」
“うん、まずは今来てる人間をどうにかしようか”
「よし、じゃあ部屋は作ったらいくらかかるの?」
“部屋に50円通路に50円。出口作った時と一緒だよ”
相変わらず高いな!
うーん。今は金を使いたくないなぁ。
「これって、どうなったらダンジョン攻略、というか負けになるの?」
“メフィストが死んだら。だからダンジョン自体はどうなっても大丈夫なんだ。ただ、ボクが壊されるとメフィストだけになるから結局死ぬだろうね。まぁ、ボクはかなりの硬度を持ってるからその辺の人間には壊されないから安心してね”
ああ、俺が死ぬまでか。そりゃそうか。魔王が生きてたらダンジョンが無くてもどうにかなるわな。俺以外の魔王なら。
“あ、もう近いよ!”
「えー、じゃあもう何の作戦もないな。俺、隅っこの方で丸まっとくんで、皆さん戦ってくださいね」
“なんて無責任な魔王なんだ”
無責任結構。こっちは魔物みたいなステータスもない一般人レベル2なんでね。
あ、足音が聞こえてきた。
「助かった! 洞窟がある!」
中に入ってきたようだ。
どうする。……ん? 洞窟? まさかダンジョンを攻略しに来たんじゃないのか?
いや、それはそうか。
ダンジョンがここにあるのが分かってたら総力を上げて潰しにくるか。
ならどうする?
相手は人間だろう。騙せば確実に殺せるんじゃないか?
俺が? 人間を?
いやいや、無いわ。殺せるわけがない。
でも、どうする? 俺は魔王だ。
くたびれた服を脱いで空中に浮いた球体にかける。
これで変な球体を見てビックリはされないだろう。
「お前達。やっぱり手出しするな。俺が相手をする。ガダジゾバビビはゲルに変身。そしてゲル達は水溜まりのふりを部屋の隅で隠れていてくれ。球体は喋るな」
光の源である球体に服をかけた事で、若干暗くなった。
「あ、れ? 先客……ですか?」
貧相な俺の裸を見てだろうか、はたまた誰もいないと思った洞窟に人がいた事に戸惑ったのか、驚いた様子で足を止める青年。
「あ、ええ。なんかねぇ。空いてたから、穴が」
あ、コミュ障発動しました。
後でステータス確認してみようか。スキルコミュ障レベルMAXがあるかどうか。
「あ、そうですよね! 外、雨がすごいから。自分も雨で服がビショビショですよ」
そういってクソ重そうな兜を地面へ置いて、許可も無しに座りやがった。
いや、洞窟ということになってるから俺の許可なんぞいらんが。
今、外は雨が降ってんのか。
ということは、この球体にかけた服は俺もびしょ濡れになって乾かしてる感じか?
「あ、ああ。そうそう。いやー、ビックリしたよ。もう服は大分乾いたけどね」
「どのぐらい前にこの洞窟に入られたんですか?」
「ん? あー、何時間ぐらい前だろう。3時間とか?」
なんだコイツ。面倒くさそうな感じがするぞ。
「あれ? おかしいな。さっき降りだしたばかりなんですけど。雨」
あー、何やら疑われてるのか?
しかし、一体何を疑われているのか。
少なくとも魔王とはわかってないよね?
「いやいや、この辺は降ってたんだよ。どのぐらい前からか忘れたけど。ダンジ……ゲフンゲフン。洞窟の中にまで入ってくるほどね。ほらあそこに水溜まりが」
部屋 の隅を指差してやる。
「あ、本当だ! いや、すみません。先ほど外にガダジゾバビビを一体見かけまして、化けられてるのかと。ハハハ。いや失礼。取り逃がしてしまったので追いかけていたのですよ。そこにこの雨で困ってしまって」
「ハハハ。そりゃ災難でしたな。俺も顔狼に追いかけられて、この辺りを走り回っていてこの洞窟をみつけましてね」
外に顔狼の死骸は捨ててあったので、ソイツは倒しただなんだと適当に話を合わしておいた。
早く帰らねぇかなコイツ。
「しっかし汚いし暗いし、あまり長居はしたくないですね」
うるせぇ! 早く帰れよ! 人のダンジョンけなしてんじゃねぇぞ!
「それにしてもあなたが服をかけてるこのうっすら明るくなってるものなんですか?」
「え? あー、これ? 何だろう。あ、魔法……いや企業秘密ですね」
なんと説明するか考えてなかった。
まぁ、説明しづらい事は全部企業秘密でいいだろう。
「え? いいじゃないですか。見せてくださいよ」
「いや、見せるのはいいけど!何か君ではわからないよ。って名前を聞くの忘れてたな。名前は? 俺はメフィスト・パンデモニウム。しがない行商人だ。君は?」
よし! うまく話をそらせた気がする!
「うわ! 酷い名前ですね。自分は勇者見習いのタリス・パーティー。タリスと呼んで下さい」
「俺はメフィストでもなんでもかまわない」
人の名前をいきなり酷いとか言うか? 普通。
「行商人なんですよね? 何か売ってるんですか?」
「いや、それが今はあいにく顔狼系の商品しか無くてね」
「それって外の死骸の?」
「そうそう。あれだよ」
残念そうな顔をして、薬草が欲しかっただの魔除けがいるだの、だから顔狼系しかねぇって!
「何で何も無いんですか!?」
「いや、怒られても困るんだが。……俺はアレだよ。あのー、現地調達主義でね。そう、自分でその場で手に入れた物しか売らないんだ。ギリギリ食っていけるぐらいで人間十分なんだよ」
さっきから恥ずかしいぐらい腹の虫が鳴いている。
飯が食いたい!!
早く帰れよ!
「うわぁかっこいい。それでくたびれた服装なんですね。装備すらいらないと。うわぁかっこいい」
「まあな」
コイツの性格、球体の奴に少し似てるな。
人の服をくたびれたとか、一言多いぞクソ野郎。
「っと。もういいか。いやー、何も持ってないんですか。残念だなぁ。所持金いくらあります?」
「は? そんなの言うわけ――」
「あーハイハイ。お楽しみというやつですか。わかりました。楽しみだなぁ。だって行商人でしょ沢山持ってるんだろうなぁ」
なに言い出したんだコイツ。きめぇ。特に笑顔がきめぇ。
「あなたがどうやって行商人やってるのかわかりませんが、どうせ聞いても企業秘密なんでしょう?」
「あ、ああ。企業秘密だ」
「ほらやっぱり。まぁいいけどね。どうせ自分よりはるかに弱いでしょ? あなたに負ける気がしないんですよねぇ」
なんだコイツ。本当になんなんだ?
帰り支度を始めたのか兜を装備して立ち上がった。
「じゃあまあ死んでください。勇者になるのにも金がいるんですよ」
モーションなしで剣を振りかざしてきやがった!
はい、死んだー!!
「魔王様!!」
いつの間にか近くまで来ていたゲル君2体。
1匹はタリスに、1匹は俺に飛びかかり、ギリギリのところでかわせた。
奴の振るった刃先がスローモーションで流れていくのが見えた。やべー、走馬灯見るところだったな。
「ぎゃぁ! 魔王様……」
今の一撃でゲル君が 1匹消滅してしまった。
「ゲル君!!」
「なんですかなんですか~? 魔物使いですか~? なるほど。その力で行商人なんてやってられるんですね」
俺の数少ない友達に何て事しやがる!
「貴様!! 許さんぞ!!」
「なんですか? その三流の盗賊みたいなセリフ。大体、もうそのゲル1体でしょ? どんなに優れた魔物使いでも2体が限度なのは知ってますよ?」
「うるせぇ!」
なんか知らんが魔物使いとやらと勘違いしているようだ。
好都合。
やべぇ。剣捌きが全然見えない。
どうする? 物理的攻撃にはめっぽう強いゲル君が一撃でやられてしまった。
俺なんかだったら真っ二つどころか肉片すら残らないんじゃないの? 防御力1だし。
「ハハハ。何を考えてるのか知らないですが、全く無駄でしょう? 時間も無駄になってるんでそろそろ死んでもらっていいですか?」
「いや、ダメでしょう! というかなんで勇者のくせに強盗紛いのことやってんだよ」
「勇者だってね、人間なんですよ。ただの職業ですよ? 勇者。山賊でも海賊でも勇者になれる時代ですよ?」
あ、俺の考えていた勇者と全然違うわ。
そんな感じなんすか勇者って。
とりあえず話で死を先延ばしにはしているが、どうにもならん。喋りながらいい案など浮かぶか!
「あー、後はあのーね? 他には――」
「うーん。自分はもうゴミのようなあなたとのお話に花を咲かせるつもりはありせんよ」
何も気負った様子もなくスタスタと歩いてくる。
奴の剣が降り下ろされる。
「大丈夫です魔王様! 我らが居る限り、魔王様は永遠にやられません!」
そしてまたゲル君が1体切り伏せられた。
何かが、俺の中の何かが壊れた。
どうせ、何もないんだ。元から何もなかったんだ。
俺は球体にかかった服を取り払った。
球体があらわになる。
「うわ! 何ですかそれ!? 高いんですか? お値打ちものですか!? 見たことないんですが!?」
353円、全財産を奴に突っ込んだ。
「タリス君。怒りがどうにも収まらない」
「クックックッ! 何ですか? 奥の手ですか? 弱そうですね、相変わらず」
ケッ! 笑いかたまで変わりやがって。これだからイケメンはダメなんだ。
「可愛いゲル君を簡単に殺しやがって。良いことを教えてやろう。俺は魔物使いなんかじゃねぇ。死んだぜお前」
「あ?」
「300円の魔物メニュー表示!」
空中にメニューが表示される。
変異種・二つの首を持つ顔狼・レベル1
水性種・魚大岩・レベル1
空中種・口翼・レベル1
白の魔法使い・レベル1
巨大刀・レベル1
守りの亀・レベル1
何か見たことない〝種〟ってのが出てるが聞いてる暇はない。ちょっと予想外に魔物が出て来て迷ってしまう。
クソ! できればあれこれ考えたいが、時間がない! よし決めた!
「変異種・二つの首を持つ顔狼、召喚!」
前と後ろに顔がある不気味な顔狼が出現した。
「なに!? 変異種!? どこから出てきた!! 貴様何者だ!」
「ゲルを10体召喚!!」
べちゃべちゃっと床に10個の水溜まりができた。
「バカな! 何て数の魔物だ! 囲まれた!?」
「二つの首を持つ顔狼に変身しろ!」
部屋の隅でゲルになっていたガダジゾバビビも変身させて錯乱させる。
「も、もう1体変異種? 貴様、まさか……」
「そう、俺は魔王。お前が入った洞窟はダンジョンだよ。そしてお前が殺したゲル君は俺の大事な仲間だ」
「こんなところで死ぬのか? まだ勇者にもなれてないのに?」
「お前は簡単に人の命を奪おうとしてきた。多分これが最初じゃないんだろう? 報いだよ。消えな。お前達、一斉に攻撃だ!!」
変異種・顔狼が奴に噛みついた。
タリスの剣が変異種・顔狼の牙に当たるが、弾かれる。
「くっ!」
横へ飛び込みながら転がったタリスは噛みつきをかわしたが、飛び込んだ先にはゲル。
体に緑色のゲルがまとわりつき、タリスの速度が大幅に落ちた。
「クソ! こんなことなら魔法を覚えりゃよかった
」
タリスの後ろからガダジゾバ ビビが変身した顔狼が襲いかかるふりをする。
タリスが反応して横へ飛び込み体にゲルがさらに付く。
腕を上げているのもやっとなのだろう。
肩で息をするほど、疲労が目に見えてきた。
「お前さえいなければ!!」
奴の攻撃の矛先が俺に向いたようだ。
自らの死期を感じ取ったのだろうか。決死の表情で突っ込んでくる。
が、遅い。さすがの俺でも奴の動きが手に取るように見える。
「魔王!! 俺と勝負しろ!!」
「え? 嫌ですけど」
何が勝負しろだバーカ。
レベル2の一般人捕まえて戦えとか頭がおかしいんじゃないの?
「正当防衛ですよね? これ。じゃあやっておしまいなさい。皆さん」
とうとう顔狼に噛みつかれるが、鎧や兜が丈夫で致命傷にはいたらない。
「卑怯だぞクソ魔王! 自分と一対一で勝負……離せ顔狼が! 邪魔だよ!」
「嫌です」
噛みつかれ、身動きが取れなくなったタリスにゲルが襲いかかる。
というか、前回と同じ呼吸を止める地味な攻撃で顔にのし掛かる。
「ぐげぶぶぶぶ! 絶対許さない! ぐっ、がぼぼぼぼ」
「こっちが許さんわ!!」
うわ、こんな奴に350円も使っちまった。
球体の下に散らばった3円をかき集める。
「もう3円しかない。また振り出しって飯が食えねぇ!!」
「ごぽぽぽ……」
最後の呼吸を終えたタリスは息を引き取った。
最初は殺すつもりなどなかったが、あまりにもクズすぎて罪悪感すら湧かない。
これもあれか。適応力レベルMAXのなせる事なのかもしれない。
むしろゲル君の敵が討てて清々しい気分だ。
“初めて人間を倒したね。やったね!”
「確かにやったわ。よし!! メフィストの勝ち!!」
いやそれより腹が……。し、しんでしまう。
「飯……飯くれ……」
“3円しかないんじゃどうしようもないけど、この勇者もどき、金持ってるでしょ絶対。なんかがめつそうな感じがしたし、勇者になるために人を殺してまで金集めてたみたいだし”
「それだ!! コイツ金持ってなかったら切り刻んでやる!」
兜の中や鎧を外してがさがさ調べる。
まだ生きてるんじゃないかと思えるほど暖かい。
死体を触っている不気味さとゲルの残骸が付着してヌメヌメしている不快さで吐き気を催してきた。
「うわ、コイツ生きてんじゃねぇの? きめぇ。なんか……切り刻んだら間違いなく吐く自信があるわ」
追い剥ぎにでもなった気分だ。いや、やってる事は追い剥ぎだから同じか。
ジャラジャラ音がするものが奴の懐から出てきた。
「よっしゃ! あった!! これだ!」
中を開くと100円や10円の塊がひしめき合っている。
中から取り敢えず10円を取り出して球体に投げ込む。
「あー、洋食のフルコースを頼む」
想像できなかった俺も悪いが、ステーキの時に空中へ出現したのだ。
フルコースだろうがなんだろうが空中に投げ出される。
そして地面へ落下しぐちゃぐちゃ。
皿は一緒に召喚されるので全て割れた。
何故 、こうなったのか。そろそろ台を作るべきだと自覚してきたぞ。
「あーあ、隠し味に土を追加したものを食わなきゃならんのか。というか死体のある部屋で飯を食いたくねぇ。外に捨ててこよ」
取れそうなものは全部部屋へ置いて奴を外へ放り投げる。
とりあえず食う。食って食って食いまくる。
「旨い!! ジャリジャリするが旨い!!」
“そりゃよかった”
ああ、食った食った。
嫌いだった野菜も空腹のおかげで全て平らげた。というか旨かった。
カップラーメンばっかり食ってたからなぁ最近。
久しぶりに人の手料理を食ったぜ。
奴の金に手を伸ばし、金を数える。
ひいふうみー……2160円だな。
まあまあ持っていやがったか。さすが勇者見習い。
“そういえばメフィスト。レベル上がったよ。やったね!”
「これまた感動も何もないな。なんだよそういえばって」
“しかも一気に4レベルになってるよ!”
あれだけの強者を死にそうになりながら倒して上がったレベルはたったの2。何が一気にだよ。一気に4レベルぐらい上がれよ!
吐き気を覚えるわい。
「怖いけど上がったステータス確認するから表示してくれ」
“ハイハイ。今はこうなってるよ”
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なまえ:メフィスト・パンデモニウム
レベル:4
HP/最大HP:6/6
MP/最大MP:4/4
残金:2163円
力:1
防御:1
知:1
速さ:1
魔法耐性:3
魔法力:3
魔法回避:3
運:1
スキル一覧
適応力・レベルMAX
武器一覧
顔狼の牙で出来た短剣・攻撃力2・防御力・3
防具一覧
くたびれたTシャツ1枚
くたびれた半ズボン1枚
くたびれたパンツ1枚
親指の部分が破れた靴下1枚
道具一覧
丸まったレシート1枚
自宅の鍵1個
くたびれた財布1枚
携帯電話1個
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「弱!! 貧弱な4レベル。ワロス!!」
“うーん。才能ないよ”
「分かっとるわい。お前に言われんでも!! 最初から無いわ」
弱いなー。さすがは俺といったところか。
もう既にニートだったからでは済まされん弱さだぞ。
「ステータスの魔法関連が上がってるんですが、俺は魔法使いなんでしょうか」
“そうじゃない。知らんけど”
「知らんのかい!」
毎度毎度腹の立つ奴だな。金が腐るほど手に入ったらコイツの性格を絶対変えてやる。
“魔物のレベルも上がったよ。まずはゲル・レベル4が1体!”
おお、ゲル君1体だけ初期メンバーが生きてたか!
さて、どんなスキルを覚えたんだろうか。
「魔王様! 今回は2レベル上がったので2つスキルを覚えました! 今回のスキル一つ目はコチラ!」
またどこかでジャーンと効果音が鳴ったんじゃないかというドヤ声だ。
……ゲル君の体から何が飛んでいる。
液体を大体2センチぐらいの球体にして飛ばしている。
飛距離は……えー、例のごとく10センチ。
何かの役に立つのか。
頭が良ければ役に立つ作戦を思い付けるのか?
「ハァ……ハァ……体が減っていく、どうですか? 役に立ちますか!?」
期待した声で俺に振らないでくれ!
「あ、ああ。いいんじゃないかな。広がるよね戦略。今は、そのー、何に役立つかわからないけど、今後絶対役立つよ! よくやった!」
とりあえずまた親指を立てて褒め称えておく。
「次は4レベルで覚えられる素晴らしいスキルです! 2つ目はコチラ!!」
ビヨーンと床に広がっていく。
どんどん広がる、どこまで広がるのか。
突然止まる。
大体直径3メートルオーバーといったところか。
しかし、やっとまともなスキルだな。
大体の攻撃は窒息させて倒すんだから面積が多いと攻撃の幅が広がるだろう。
「ハァ……ハァ……疲れる。どうですか!? 素晴らしいでしょう!」
「素晴らしい! 役に立つと一目でわかる! よくやった!」
「やったぞ!魔王様にお褒めいただいたぞ!!」
ようやっと手放しで誉める事ができた。
しかし、毎回毎回誉めなくてはいけないのか。先を思うと疲労を感じるぞ。
“変異種の顔狼とガダジゾバビビもレベル3になってるよ”
「ほう」
「ワタシ、アタラシイマホウ、オボエタ」
「見せてみろ」
何だろう。攻撃系の魔法は使えないだろうから、また幻術の新しい魔法ということだろう。
またむにゃむにゃと呪文を唱え、ボワッと煙が奴を飲み込んだ。
また俺に化けやがったらぶん殴ってやる!
煙が晴れてきた。
「コンナモノニ、ヘンシン、デキルヨウニ、ナリマシタ」
「剣?」
「ケン、デナクテモ、モノニヘンシンデキマス」
タリスが使っていた剣に化けたのだろう。
相変わらず再現度は高い。
「ソシテ」
奴がむにゃむにゃ唱えた瞬間、隣にいたゲル君レベル4が煙に包まれる。
「ワタシ、イガイノモノヘ、マホウヲ、ツカエルヨウニナリマシタ」
タリスに変身したゲル君が現れた。
「こりゃすごい。俺をイケメンにしてくれ」
「MPガ、ナクナリマシタ」
「なんでやねん!!」
初めて心の底からなんでやねんがでたわ!
馬鹿にしやがって!
まあ、さすがは100円の魔物といったところか。
「次は顔狼か。お前はなに覚えたの?」
「ぐるるるるりぃいいい!!」
「あ、ごめんなさい。怖い怖い」
何!? 何なの? 怒らせた? 怖ぇーマジで怖ぇー。
牙を剥き出しにして今にも襲いかかられそうだ。
目も血走っている。大丈夫だろうな。バーサーカーだったりしないよな?
「魔王様! 僭越ながら私が通訳いたします!」
「ゲル君、あの言葉分かるの? というかあれ喋ってたの? 奇声を発してるだけかと思ってたわ」
さすがゲル君だ。俺の召喚第1号なだけはある。
「じゃあ、なに覚えたの?」
「ぐるるるるりぃいいい!!」
「うーん。なにやら怖いけど何て言ってるの?」
「え!? 魔王様がまた私に喋りかけて下さったわ!!どうしましょう!? やだ! 恥ずかしい。でもでも、魔王様が見たがってるんだから頑張らなくっちゃ! だそうです」
あ、女!? この変異種の顔狼って女なの!?
それにあの雄叫びにそんな長い意味が込められてんのか。
魔物も奥が深いぜ。魔物の喋る言葉について勉強する気はないがな。
顔狼は勢いよく部屋を転がり始めた。
ぐるぐるぐるぐる。顔面だけが上下に付いた狼がぐるぐるぐるぐる。かなり不気味だ。
「ぐるるるるりぃいいい!!」
「どう? 魔王様、早く移動できますわ! だそうです」
「いいんじゃない? おめでとう!」
移動の仕方はどうにかならないのか。
なんか全体的に思っていたような戦い等は起こらない物なんだな。
窒息させたり移動方法が転がったり。実際はそんなものか。もしかしてゲームとかの魔法使いは浮いているイメージがあるが、MPが切れたら歩いてるのかもしれないな。
「ぐるるるるりぃいいい!!」
「次は聞かない方がいいですわ! 咆哮を相手にぶつけて怯ませるスキルを覚えましたわ! だそうです」
「ああ、それなら喰らったことがある。あれは足がすくんだな」
もう既に喋る言葉が咆哮のようなものだけどね。
そういえば最初に戦った野生の顔狼はレベル4だったな。
あいつも変異種も同じようにスキルを覚えていくのかな。違うか、顔が二つもあるし。レベルがあがったら火とか吹かねぇかな?
前からか火を吹いて後ろから冷気を吐くとかかっこいいな。
“やったね! ダンジョンレベルが3になったよ!”
「今度はなに? 空にも影響を及ぼせるの? 地上エリアの影響範囲でも広がったの?」
“全然違うよ! なんと!”
何も言わなくなった。
遅い!!
「そんなに間を溜める程の事かよ! はよ言えや」
“……ジャーン! なんと、ボクが移動できるようになりました!!”
「くっだらね」
“なんだよー! 酷いなー! 移動できるんだぞ! 動きまわれるんだぞ! 影響の範囲内なら外にだって出られるんだから!”
はぁ、どうでもいいな。
というか、ダンジョンレベル2で広がった地上への影響すら使いこなせてないのに、変な勇者見習いのせいて3レベルにまでなってしまったじゃないか。
なにはともあれ、金がないのが全て悪い!
金さえあればダンジョンを広げることもできるし、地上に城を構えることだってできるだろう。
おっと妄想が広がり始めた。無いものを求めても仕方ない。
貧乏が敵なんだ!! 今はタリスの所持金で潤っているが、なんとか定期的に金を稼げないものだろうか。
ニートには難しい問題だぞ。