プロローグ
プロローグ
『ジリリリリリリリリリリ!』
「~~~~~~~~~~~~~~!・・・・・・・・・・・」
頭の上から響く音に、ウチは目を閉じたまま右腕を伸ばす。探し当てた目覚ましのスイッチに指を乗せて、力を込める事三回。
『カチ・・・』
やっとスイッチが入って、目覚ましが止まる。なんや最近、スイッチの利きが甘なった気ぃするな~・・・そう思いながら、ウチはやっとの思いで目を開けて、いつもの目覚まし時計と顔を合わす。
「う~~ん・・・・」
時計は狂ってない。それが嬉しいような、恨めしいような・・・とは言うても、にらめっこしたところで、時間が止まるわけでもなし、ウチはノソノソと体の上半分を起こす。
『パサッ・・・』
すると、勢い余って掛布団が体から離れた。途端、寒さが全身を包んできた。
「って寒!」
ウチは思わず、自分の体をギュッと抱き締める。ウチの部屋は西向きやから、冬の朝は特に冷える。ウチは、自分の体を抱き締めたまま、隣のリビングを横切って洗面台へ。顔洗ってリビングに戻ると、
「おはよう。」
料理中のお母さんの背中に声をかける。
「おはよう。羽織の朝ごはん、そっちの机にあるで。」
「うん、ありがとう。」
お母さんにお礼を言いながら、ウチは席に座る。お味噌汁とごはんと納豆。納豆をグニグニと回し始めた時、テレビから聞き慣れたエレクトーンの音が聞こえてくる。
『おはよう朝日です、ただ今の時刻、七時十分。次は、島田アナウンサーの、ニュースヘッドラインです。』
エレクトーンのお姉さんがそう言うと、島田さんがニュースを読み始める。昔は『おっちゃん』って感じやったけど、今やすっかり『おっさん』やもんな~・・・
「ほらほら、よそ見しとったらこぼすで?」
お母さんはそう言いながら、自分の分の朝ごはんを食べ始める。お母さんの名前は、天神登子。年は四十手前。家のすぐ近くの業務スーパーで働いてる。まぁ、年齢の割にはキレイかな~。
「学校、今日で終わりやね?」
「うん。晩御飯までには、帰ってくるわ。」
ウチはそう言うと、納豆を口に運ぶ。大阪は納豆苦手な人が多いっていうけど、ウチは好きや。ただ、お母さんは苦手やから、納豆はご飯にかけられへん。食べた後も、納豆の容器は小さいレジ袋に入れて捨てる。何がアカンねやろ、納豆の?お母さんに言わせると。匂いらしいけど・・・
「ごちそうさま。」
「下げといて。」
「はいはい。」
ウチは食器を台所に置くと、自分の部屋に戻る。ハンガーにある制服を取って、カバンと一緒にまたリビングへ。お天気のコーナーが始まる前に、髪を整えて少しメイク。さて着替えようとボタンに手をかけた時、テレビから聞き慣れた声が聞こえてきた。
『え~、週末の近畿地方のお天気ですが・・・』
おは朝で、お天気コーナーを長年担当する正木さん。島田さんと一緒で少し老けたけど、やっぱカッコエエな~。お父ちゃんも、あれくらいシュッとしとったらな~。
『今夜から明日朝にかけて、近畿地方全般、雪に警戒してください。土日は晴れの予報が出ていますが、気温は平年を下回るでしょう。クリスマスを前に、厳しい寒さとなりそうです。』
「うは~、寒いんはキツイわ~。」
正木さんが悪いわけやないけど、寒いのはな~・・・と、画面に並ぶ雪だるまマークをウチは恨めしそうに眺めながら、制服に着替えていく。制服の上からはお気にのコート。後はマフラー巻いてまえば、準備完了。番組がCM入ったタイミングで、ウチはカバンを持ってお母さんに声をかけた。
「ほなお母さん、行ってきまーす。」
「行ってらっしゃい。気ぃつけや。」
リビングから聞こえてくるお母さんの声を聞きながら、ウチは玄関から廊下に出た。
「うわ、寒・・・」
雲一つない青空は綺麗やけど、アカン、ビックリするくらい寒い。朝は廊下が全部影になるから、余計に寒く感じる。ウチは、早う自転車のとこに行こうと少し小走りする。階段を四階分ダッシュで降りて、鍵の入った上着のポケットに手を入れながら、自転車置き場の方に方向転換。すぐに、ウチの相方が見つかる。中学の頃から使ってる、愛用の紅い自転車。勢いよく鍵を挿すと、『カシャン』と乾いた音を響かしてくれる。
「ほな、行こか?」
ウチは自転車に跨ると、ウォークマンのイヤホンをセット。お気に入りの曲を掛けながら、ウチの学校目指して走り出した。
家を出てから二十分後。ウチは、通ってる芥川高校の駐輪場に着いた。家からそこそこ遠いこの学校を選んだ理由は・・・まぁ、色々あんねんけど。今ん所、この学校にして良かったって思ってる。
ウチの通う芥川高校は、偏差値とかで言うと普通のランクに入る、どこにでもある公立高校。全校生徒は六百人程。部活も割と多い、かな?その割に、野球部とか吹奏楽部とか、どこにでもありそうな部活が無い。野球部無いんは、グラウンドが狭いからやと思う。吹奏楽部は・・・代わりに、和太鼓部と軽音楽部があるから無いんかなと思う。
ウチは駐輪場に自転車を停めると、そのまま体育館とプールの間の通路を通って、少し先に見える下駄箱に向かう。暖房があるわけやないけど、室内に入って、ちょっとだけマシになった寒さに少しホッとした時やった。
「羽織ちゃん、おはよう。」
すぐ後ろから、聞き慣れた可愛らしい声がした。声の主を思い浮かべると、振り返る前から少し頬が緩んでくる。
「あ、おはよう、仁央奈!」
振り返った先には、クラスメイトの大塚仁央奈が、白色のロングコートにいつもの細目笑顔でそこにおった。百四十ちょっとの身長に対し、腰先まで届く長い黒髪。同性のウチから見ても、この子は可愛いって素直に思う。
「おは朝見た?」
「うん・・・正木さん、寒なる言うとったね?」
仁央奈はそう言いながら、ウチの横で上靴に履き替える。ウチはそれを待ちながら、マフラーを取ってカバンになおす。
「なんや、雪降るとか言うとったしな?ホンマに降ってもうたら、仁央奈んとこ、大変違う?」
「う~ん・・・ウチは休みやけど、お父ちゃんは仕事やから・・・」
天気の話をしながら、ウチらは階段を上る。上ってすぐの所にあるんが、ウチら一年四組の教室。ウチらは、前の方の扉から入る。暖房の利いた教室には、クラスメイトがチラホラ。軽く挨拶しながらウチの席の方に目を向けると、その後ろの席にもう一人の友達を見つけた。
「おはよう、和音!」
「・・・ん?あぁ、おはよう羽織、仁央奈。」
ウチの声に顔を上げて、イヤホンを外して返事をするんは、クラスメイトの土橋和音。いつも着てる黒の上着を椅子の背もたれに預け、制服のポケットに手を突っ込んだままこっちを見るその顔は、『天然やで』という長い睫毛に、薄く塗ったリップの光る口元。少し色白で、しかも小顔で、おまけに肩までの長さで揃えた髪の毛もサラサラ・・・ひと言で言って、美人。
「今日は、音楽室行かんの?」
仁央奈が、カバンを降ろしながら質問する。
「今日はエエわ。しばらく冬休みやから、家でたっぷり時間あるし。」
和音はそう言いながら、コードを巻き取るタイプのイヤホンを片づける。和音は、プロの歌手を目指して活動してる。ただ、『一人の方が気楽やから』って、軽音楽部には入ってない。
「ほな、今日は暇?学校終わったら、遊びに行かん?」
「う~ん・・・別に構へんで。仁央奈も?」
「うん、行く。」
「よっしゃ、決まりやね!はよ、放課後ならへんかな~?」
ウチは仁央奈と和音の顔を見ながら、ケラケラ笑う。その頭ん中では、放課後に行く店の事しか考えてない。おまけに、明日から冬休み。クリスマスにお正月と、心が浮つくイベントいっぱいやけど、日常的にはいつもと変わらへん・・・そう思ってた。