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冬の成長 あるいは成長しないおこげ

「おい、最近、二丁目の旦那が死んだらしいぜ」

「あのたぬきジジイ、みんなに恨み買ってたからな。俺もせいせいする」


 この真昼間から、用心もなしに食糧など持って歩くのが悪いのだ。

 私は彼らを後ろから殺そうとした。5秒で片方やれる。もう3秒あれば……そう確信し忍び寄る。

 だが、二兎を追うものは、と言うようにどちらも仕留め損ねるのだった。


 気がつくと、私は格子に囲われていた。



「……なんなんだ」

 私は思わずつぶやいた。

「おい、あんた無事か?」

 先程、私が襲おうとした奴の声だ。だが姿は見えない。

 すると、サッと何かが落ちる音がして辺りが真っ暗になった。

「君、今何が起こっているかわかるか?」

 私は問いかける。先の問いなど私の声で答えになるだろう。

「わかるわけねえよ。緊急事態ってこと以外にはなァ」

 若造のくせに。そう思った。身体は私よりふた回りも小さかったではないか。


「眠くなってきやがった。読めたぞ、地主だ。あいつの仕業に違いねえ」


「違いない。だとすると君が持っていた飯は!」

 返事は返ってこなかった。


 河川敷の隠居に聞いたことがある。

 ここの地主は我々の仲間を餌でおびき寄せ、しこんだ薬で生け捕るのだ。

 仲間が神隠しに会うとまずは地主を疑うが、彼の屋敷は警備がとても厚いので誰も忍びこもうとしないのだ。


 ガタンガタンと音がする。機械の音だ。

 独特な感じがした。私たちの格子は車によって輸送されているのだ。


 私はこの揺れを知っていた。幼い頃に体験していたのだ。

 全身の毛が逆立った。ああ、どうにも気持ちの悪い揺れだ。


 私の周りを囲う忌々しいものは、どうやら金属でできていて、破って外に出るにはかなわなかった。


 グルグルとおぞましい鉄の化け物の唸り声は止まない。私は、不思議なことに、この状況で睡魔に襲われる。


 夢を見た。幼き日の、道ばたに捨て落とされた時の。


 私にとって初めての冬だった。雪の降る中、プラスティックの籠に毛布と包まれて捨て落とされた。


 隣町を仕切ってる男が私を拾い、面倒を見てくれたのをよく覚えている。

 当時の彼はその辺のゴロツキをまとめて更生させていた。荒っぽい連中に離乳食を食わされたのは印象深い。

 育つ環境のせいもあり、狩りと喧嘩はその辺の若造どもには負けないつもりだ。


 思い返すだけで厳しい寒さなど忘れてしまいそうな、温かい冬であった。


 私は目を覚ました。郷愁に浸っていた意識は一気に現実に戻る。

 あれから6度は季節が回った。また雪が降る頃だろうか。ああ、あの街が恋しい。


「はあ……」

 憂い。溜息を吐いた。

 地主に捕まり、外に出た者を見たことはない。きっと私もそうなるだろう。雪を見ることはもうない。


「ここはどこだ」

 どこに届くでもない問いかけ。先ほど私が襲撃対象にした若造の片割れだろう。


「捕まったんだ。きっと地主だよ」

 黙っていればいいものを、私は親切に応じてしまった。


「そうかい。誰だかしらねえが、ありがとよ。それじゃあもう手遅れだな」

 諦めている。まだ若いのに地主の元でいいよつにされるのだ。

 こいつらにも帰るべき場所があるのだと思うとやるせない気持ちになる。


「どうやら、まだ地主の屋敷にはついていないようだな」


 奴が起きたようだ。


「なあ、君たち。地主の元から逃げ出さないか?」


 年甲斐もなく無茶な提案をした。


「おいあんた、地主のこと知らないのか。あれは人間の中でも最も恐ろしい部類だ」


 若造が驚きを隠しきれていない声色で言う。


 きゅっと車のブレーキがかかる音がした。長いこと発進しないので、どうやら屋敷に着いたようだ。


「そうだ、あれは恐ろしい。あんた知らないのか?連れ去られた仲間が誰1人戻らないんだ。きっと残酷な目にあっているよ」


 若造は怯えながら言う。しかし怯えているのは、私もだ。


 ……否! ここで私が折れてどうする。元より捨てられ死んだはずの身なのだ。最後だけ都合よく人間のものになってたまるか。


 それに私は少なくとも、彼らより知っている。人間の殺し方も。姿の晦まし方も。


「なあ、君たちは未来有望な若者と信じて教えたいことがある」


 石川県田野村にて殺人事件が起きた。現場に加害者の痕跡はなかったが、3種類の猫の毛が発見された。

 しかし、被害者宅に猫を飼っていた様子はなかったという。

 その日、田野村では初雪が観測された。

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