プロローグ
今思うとその日は運が良かったと思う。
登校中一度も信号に引っかからなかったし、授業で教師に当てられることもなく、昼には購買の売り切れ必須のパンも手に入った。
え?言うほど運がいいわけじゃないって?
いやいやー、些細な幸運にも喜べるって幸せなことですよ?
いつもならことあるごとに信号に引っかかってタイムロス、教師には目をつけられてんじゃないかってくらいよく当てられるし、昼の購買には俺が行くときに限って不味いパンしか残ってないですし。
そのくらい俺は普段運が悪い、そうでもないなんて異論は認めない。他人はどうとかそんなの知らん。唯我独尊。我思うゆえに我あり。アイム、オンリーワーン!
・・・はい、すみません。調子のりました。
それはさておき、その後も俺の幸運(笑)は続いたんですよ。
バイトからの帰り道、今日一日のことを思い返していた。
今日はなんかツイてたなー。
まあ、たまにはこんな日があってもいいよな。
帰ったら美羽に教えてやるかな。あ、美羽ってのは俺の妹ね。
俺の家は今俺と妹の美羽しか住んでいない。両親は俺たちが小さい頃は一緒に住んでいたけど俺が高校に入学してから美羽のことを俺に任せて仕事先にほぼ住み込みで働いている。家に帰ってくるのは年に数回ってとこかな。
なんだかいい匂いがする。家の前まで来ると美味しそうな匂いがしていることに気づいた。美羽が夕飯を作ってくれてるんだろう。
昔は俺の方が料理の腕は良かったのになぁ。中学生になってから美羽は料理の腕をメキメキと上達させていった。高校一年生の今ではとっくに俺なんか追い越している。
他にも美羽は勉強やスポーツ、その他の才能をどんどん開花させていった。
それに比べて俺は特に出来ないことはないけど上達もしない。いわゆる器用貧乏といった感じだ。
そりゃ周りから言われますよ。妹の方は凄いとか、凡兄賢妹とか。
でも俺も美羽も特にそのことは気にしてはいなかった。周りが俺たちのことをどう言おうと俺たちの関係は変わらない。兄であり妹だ。
そんなこと考えてたら俺の腹が鳴った。胃袋が家に入ることを急かす。
なんてことはない普通の日常。今日はちょっとツイてたけど。
ふと頭の中にあることが思い浮かぶ。
それはどっかの誰かが言っていたこと。
幸運と不幸にはサイクルがある。幸運の後には必ず不幸が来るということらしい。その逆も然り。
まあ、そりゃそうだよな。ずっと幸運な人はいないし、逆にずっと不幸な人もいない。世の中バランス良く出来ているんだろう。
今日の俺はずっと運が良かった。ということは次は何か不幸なことが起きるんじゃないだろうか。運のバランスってのが本当にあるならね。
そんないつ来るかわからん不幸なんて考えるの無駄だよねー。いきなり不幸のどん底に叩きつけられる、なんてことはないだろうし。
さーて、今日のご飯はなにかなー♪
ドアを開けて玄関に入りたった一人の妹にただいまと言う。そして妹がおかえりと言って出迎えてくれる。
そんな日常。
明日も明後日もその先も変わることのない不変の日常。
のはずだった。
そもそも玄関にすら入れていなかったのだ。俺は。
ドアを開けて俺が足を踏み入れたのは闇。
そして虚空に投げ出された俺の体は落ちる。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
なにかを叫んでいたと思う。
突然の事態に驚く叫び。この先俺を待っている未来に対しての恐怖の叫び。そしてこの世界にたった一人の妹の名。
頭の理解が追いつかない超現象に見舞われるなか、俺の頭に浮かんできたのはある言葉だった。
幸運と不幸のバランス。
そう、まさに俺は幸運から不幸に叩き落とされたのだろう。文字通りに。
落ちる。
落ちる。
さらに落ちる。
そしてその時は来た。
俺の体は何かに叩きつけられた。心臓が止まった。呼吸も止まった。おそらく脳も働きをやめた。
こうして俺、立川航也は十六年という短い生を終えた。