占い師の予言
天井の高い宮殿の廊下を歩きながら老人は頭痛の種になっているお姫様の事を考えていた。
「全く、ティファナ様はもう少し姫様らしくなされないものか。」
夢の中で想い人を見るなんてのは年頃の娘によくある話だがどうも今回のお姫様の夢は違うようだった。
「せめて占い師が恋愛方面に話を持って行ってくれると助かるのだが・・・」
そう呟いてパウロ老人は王都一と謳われる占い師の屋敷を訪ねに行った。
占い師の屋敷に着くと、辺りはなにやら慌ただしく駆け回る人間で溢れていた。
「どうしたのだ?」
パウロは走り回る人間の一人を捕まえてそう尋ねた。
「こ、この屋敷の占い師様が戦が起こると言われたのだ。」
その言葉は王宮に勤めているパウロには聞き逃せる物ではなかった。
「詳しく話せるか?」
「俺も詳しくは聞いてないんだ。占い師様に聞いたらいいだろ。」
「分かった。行っていいぞ。」
パウロは男が走り出すのを見送らずに即座に屋敷に入った。
「いらっしゃい。来ると思ってたよ。どっちから聞きたいね?」
占い師の老婆はパウロを見るなりそう言った。実はこの占い師はパウロの祖母なのだ。パウロ自身、結婚の経験があれば孫が相当数居る年齢になっているためこの占い師の年齢はとうに百を越えているのだ。
「戦の方から頼む。婆様は何を見られた?」
「ほほほ。孫の頼みじゃ教えてやろう。モンダルシア帝国は分かるな?」
「勿論だ。先の皇王陛下の時代には何度も戦をした間だからな。今代の皇王陛下は友好関係を結んでいるはずだ。」
「そうじゃな圧倒的に優勢になっておったからの。だが、その優勢もこれまでじゃ。彼の国に軍神が舞い降りたでな。」
「軍神?」
「左様。齢29。今は一地方の軍勢を任されておるだけじゃが、その一軍勢でこの国の国境を越えてローレシア城塞を攻略する。」
ローレシア城塞とはモンダルシア帝国とのかつての国境付近に建っている城塞で守りの要となっていた城塞である。
今では国境がその位置から大きくモンダルシア帝国側に動いてしまったが、モンダルシア帝国の侵攻を幾度となく跳ね返した堅城であり、今でも国境を押し戻された場合の最終防衛線の要としてよく整備されている。
「ありえん話だ。婆様が言うのでなければ信じなかった。」
「ほほほ。じゃろうな。かつて二十万の大軍で攻めたモンダルシアを僅か六万で撃退した城塞じゃからな。儂もその様を夢見で見せられた時は信じられなんだ。だが、あの城塞、此度は陥されるぞ。」
「ではこの国は滅びるか?」
「いや、望みはある。その話は姫様の夢見の話と関わっておるからの。
年寄りにいつまでも話させるな。茶を淹れて姫様の夢の話をせい。」
占い師はそう言って黙ってしまった。
「少々お待ちを。」
パウロは屋敷の厨房に行き、湯を沸かして茶葉を出し、茶の支度をして占い師の元に戻った。
そして夢のあらましを話した。
「ふーむ。やはり儂の夢と姫様の夢は繋がっておったようだな。」
「と言うと?」
「姫様を助けた男と言うのがその軍神に対抗できるただ一人の人間じゃ。剣によってこの国に連れ出され。故郷に帰る事叶わぬ哀れな放浪者じゃ。
じゃが、その者は平和な世に生まれるには過ぎた男じゃったからの。戦乱に呑まれるこの国に呼び出された事は幸運といえよう。」
パウロは占い師の話の半分程が分からなくなっていた。
「つまりその男が見つかれば良いのだな?」
「左様。その男ならば軍神を撃退し、姫様の御命も救う。じゃが、今代の皇王は死ぬ。」
パウロはこの祖母が断言した事は何をしても変わらぬ事を知っていた。
「そうか。良き君主であられたのだが。」
「そうじゃな。平和な世に生まれておれば名宰相として世界中から褒め称えられた人物であったじゃろう。
じゃが、今の世に戦の弱い為政者は害悪でしかない。
パウロや。民の為を思うならば姫様を次の王にせよ。あの娘が先皇の血を最も濃く受けておる。そして当代の皇王の寛容さも持ち合わせている。あの娘がこの国を統べればこの先100年は安泰じゃ。」
そう言うとパウロの祖母は話は終わりだとばかりに口を噤んだ。
「婆様。では、私はこれで。」
「うむ。また茶を淹れに来るがよい。」
「はい。」
パウロは王宮に戻るべく屋敷を後にした。
戦というものは始まるまでに時間のかかるものです。
もうしばらくお待ち下さい。