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#9

 ああもう、どうしよう!

 午後9時の暗い町中を、中学生の女の子が1人で出歩くなんて!

 …迎えに行かなきゃ。

 至極しごく 当たり前の発想が頭に浮かんだものの、すぐに次の疑問に突き当たる。

 一体どのルートを辿って?

 オレと瑞季の家を結ぶルートは、大きく分けただけでも3つある。しかもどのルートも所要時間はほぼ一緒だ。

 つまり、瑞季がどのルートでオレの家を目指すか、まったく予測がつかなかった。もし行き違いにでもなったら、オレが居ないこの家の前で待ちぼうけを喰わせるという最悪のシナリオになりかねない。

 オレは携帯で再度瑞季を呼び出すが、何度呼び出し音が鳴っても応答はなかった。

 とにかく分かれ道の手前まででも迎えに行こう。

 そう決心して、こっそり玄関から取ってきたくつを手に、オレは2階の自分の部屋の窓からベランダに出た。

 玄関から出たら、気配で家族に気付かれる。ここはこっそりベランダから庭に飛び降りるしかない。

 2階から庭を見下ろすと、想像以上の高さに思わず足がすくむ。

 この高さ、ちょっとヤバいかな。オレ、五点着地とか出来ないし。

 ええい、ままよ!

 覚悟を決めて手摺てすりから身を乗り出す。

 その時、暗さに慣れてきたオレの目に庭でうごめく黒い影が映った。オレは予想外のことに、ピタリと動きを止める。

 目を凝らしてじっと見つめていると、その影は家の庭に置かれていた庭木の剪定せんていに使う脚立きゃたつに手を掛け、ズルズルとオレの部屋の真下に引っ張って来ようとしているようだった。

 あれってまさか…。

「おい…」

 オレは庭でうごめく人影に小声で呼び掛ける。

 その人影はピクンとオレの声に反応すると、恐る恐るといった様子でこちらを見上げた。

「克之?」

 やっぱりだ。ささやくようにオレの名を呼ぶその声は、瑞季のものに間違いない。

 オレは思わず安堵あんどと怒りが半々の溜め息を漏らす。

 瑞季は何とかオレの部屋の下まで運搬してきた脚立きゃたつを180度開いて梯子はしご状にすると、家のベランダの手摺てすりに立て掛けた。

 オレは瑞季が登るときグラつかないよう、上から梯子はしごを掴んで固定する。

 オレが上から支えていることを確認すると、瑞季はおっかなびっくりといった風情ふぜいでゆっくりと梯子はしごを登り始めた。

 どうでもイイけど、夜中に人の家の2階に忍び込もうとする女子中学生ってどうなのよ?

 オレは何とか登り切った瑞季の身体をかかえると、音がしないようそっとベランダに下ろす。

「か…」

 瑞季が何か言いかけるが、オレは軽く瑞季の頭にゲンコツを喰らわせてそれを遮った。

「痛っ!」

 その声のあまりのボリュームに、頭を抑える瑞季の口を慌てて手で塞ぐ。

「こんな夜中に出歩くなんて、一体何考えてんだ!」

 瑞季の口を塞いだ手はそのままに、オレは小声で瑞季を叱った。

 オレをじっと見つめ返す瑞季の目に、じんわりと涙がにじみ始める。

 オレがそっと口を塞いだ手を離すと、瑞季が震える唇から言葉を絞り出した。

「だって…」

 瑞季の両目から涙がポロポロと零れ出す。

「だって克之が悪いんじゃない。先輩にコクられてハッキリ断らないんだもん!」

 それで不安になって、こんな時間にオレの家まで来たってワケか。

「だからそれは、オレもあんまり驚いて返事するどころじゃなかったって…」

 今度はオレがオロオロと瑞季をなだめる番だった。

「克之のバカぁ」

 瑞季が迷子になった子供みたいに手放しで泣き始める。

 オレは慌てて瑞季の手を取ると、自分の部屋に引き入れて窓を閉じた。




 オレのベットに座った瑞季の嗚咽おえつがやっと治まってくる。

 オレは立てた人差し指を自分の唇にあてがいながら、瑞季に隣の部屋との壁を指差して見せた。

 隣は父さんの寝室だ。もし声が漏れて、瑞季がこんな時間にオレの部屋に居るなんてコトがバレでもしたら、まず間違いなく八つ裂きにされる。オレが。

 オレの無言のゼスチャーに頷きながらも、瑞季はまだ鼻をスンスンさせている。

 オレは瑞季の隣に腰掛けて、ささやくような声で話し掛けた。

「あのさ、この際だからハッキリ言っておくけど、オレの彼女はお前で、オレは先輩のコト何とも思ってないぞ?」

 瑞季は膝の上に視線を落としたままじっと座って、オレの言葉に何の反応も示さない。

 参ったね。歯が浮くような台詞の後って、こういうノーリアクションが一番困るよ。

 つまりこの沈黙はアレかな?言葉じゃなくて行動で示せ、みたいな? まあ言葉で気が済むなら、わざわざこんな時間にオレの家までやって来ないだろうしな。

 オレは瑞季の頬に手を当てると、そっと自分の方に瑞季の顔を向き直させる。

 オレの手に従って、まったく抵抗も無しにこちらに顔を向けると、瑞季は口をへの字に結びながらもそっと目を閉じた。

 ちょっとドギマギしながら瑞季に顔を近づけたその瞬間、

「おーい、克之」

 ドアの向こうから突然父さんの声がする。

「何?」

 電光石火、オレは瑞季をベットの上に倒すと同時に素早く掛け布団で覆い、自分を誉めてやりたくなるほどの平静な声で答えた。

「勉強、根詰めすぎるなよ。あんまり夜更かししないようにな」

「分かった」

 ドア越しの父さんの声に、バクバクいっている心臓をなだめながら乾ききった口で何とか返事をする。

 父さんの足音が廊下を遠ざかって行くのを確認すると、オレは瑞季を覆う掛け布団に視線を戻した。

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