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#8

 その日の夜、オレは今日の夕方起きたことが自分の中で消化しきれずに、ベットの上で布団にくるまりながら1人悶々《もんもん》としていた。

 まず第一に、美人の上にプロポーションもバツグンというスーパースペックの持ち主であるあの先輩から、この自分がコクられるという事態にまったく現実感が持てない。

 あのケーキのお裾分けから始まった一連の先輩の行動が、まるで夢の中の出来事みたいにパステル調のフワフワしたビジョンに変換されて頭に浮かぶ。

 えー? 嘘でしょ、先輩。 やっぱりからかってるんでしょ?

 ついこの間、夏休みが終わったばかりの頃までは、こんなことで悩むどころか女子達には完全に空気扱いされていたというのに、10月には彼女ができ、11月には美人の先輩から告白されるって…。あんまりと言えば急展開過ぎるよ、コレ。

 それでも先輩に面と向かって言われたあの言葉は、先輩の真剣な眼差しからして、冗談やからかい半分とはとても思えなかった。

 しかも先輩、「宣戦布告」ってハッキリ言ってたし…。

 あれ?でもさ、宣戦布告って、戦う相手にするもんなんじゃないの?

 そんなことを考えながらベットの上をゴロゴロ転げ回っていると、枕の脇に放り出してあった携帯が突然鳴り出す。

 すっかり不意を突かれたオレは、布団にくるまった姿勢のままビクンと飛び上がった。

 しかもこの着信音、メールじゃなくて通話の着信だ。

 恐る恐る携帯に手を伸ばしてディスプレイを確認すると、やはりと言うか当然と言うか、予想と寸分違わぬ名前がそこに表示されている。


「瑞季」


 その2文字を目にしたとたん、急激に自分の呼吸が速くなるのを感じた。

 ヤバい、過呼吸かこきゅうで気を失いそう。…でもちょうどイイかな? いっそこのまま気を失っちゃおうか。

 結局、このまま電話を無視した場合の暫定ざんてい的な安寧あんねいと、明日待ち受けているだろう過酷な運命をはかりに掛けた結果、オレはゴクリと生唾を飲み込みながら震える指で着信キーを押した。

「もしもし?」

 声まで震えそうになるのを必死に抑え、可能な限り平静を装って応答する。

「出るの遅い!」

 開口一番それですか。短気なお姫様ですね、まったく。

「しょうがないだろ。トイレ行ってたんだよ」

「ふーん?」

 納得行っていない様子の瑞季の声が、電話越しに聞こえる。

「まあいいや。それで?今日湖浜先輩と話したんでしょ?」

 声のトーンが落ちた。今日あったコトを包み隠さず話せという圧力だな、コレは。

「うん。明日の大沼先生との話のことでちょっと…」

 当たり障りなくそう言うと、電話の向こうでちょっと沈黙があった。

「…先輩、何だって?」

「最初からそんな気はしてたんだけどさ、先輩、明日1人で大沼先生のトコ行くつもりだったらしいから、部員全員で行くように説得した」

「やっぱりね。そんなコトだと思った」

 溜め息混じりの瑞季の声が聞こえる。

 瑞季もやっぱり気付いてたんだな。ちょっと感心するよ、その勘の良さ。

「それで?」

「…え?」

 瑞季の問い掛けに、咄嗟とっさに反応し損ねた。

「他には? 話、それだけじゃなかったんでしょ?」

 ヤバい、勘の良さがこっちに向いた。

「い、いや。今日の話題としては大体そんな感じだったかな~、みたいな…」

 ああ、ダメだこれ、自分でも分かる。かなりしどろもどろで、絶対誤魔化(ごまか)しきれてない。

「……………」

 案の定、電話の向こうからは無言の圧力。

 はい、ごめんなさい。もう白状します。

「………好きって言われた…」

「………はい?…」

「せ、先輩に、『好き』って言われた……」

 くっそう。何度も言わすな!!!

「……………………………………………」

 長い長い、とてつもなく長い沈黙が、オレの精神力をガリガリと削って行く。

「…それで?」

「へ?」

 思わず声が裏返った。

「それで何て返事したの!!!?」

 瑞季の怒号が、電話越しにキーンとオレの耳を打つ。

 その時オレは耳鳴りが治まるのを待ちながら、先輩とのあの場面を思い出しつつあることに気付いていた。

「………してないや」

 オレは自分で茫然としながら呟く。

「はい?」

 瑞季が呼吸を乱しながら短く言った。…怖い。

「オレ、先輩に何も返事してないや…」

 そう言えば、先輩もオレからの答えを期待するような様子では全然なかった。ただ一方的に先輩の気持ちを伝えられただけで、その後は取って付けたような部の活動内容なんかの話に切り替わって…。

「そこってさ、『僕には彼女がいるんで』とか、ハッキリ断るトコじゃないわけ?」

 瑞季お得意の低オクターブ威圧口調だ。

「いやまあ、そりゃそうなんだけど。オレも驚いて頭の中真っ白だったって言うか…」

 瑞季の威圧に、思わずワタワタとした調子で弁解する。

 暫しの沈黙の後、電話の向こうから瑞季のボソッとした声が聞こえた。

「………そっち行く」

 一瞬、瑞季が何を言っているのか分からなかった。

「え?」

「今からそっち行く!!! 窓の鍵開けといて!」

 え、えええええぇぇぇーーー!!!?

「い、いやマズイだろ、それ!!! もう9時過ぎてんだぞ、瑞季!」

 オレは必死な声で電話口に怒鳴るが、返ってくるのはツーッ、ツーッという無機質な電子音だけだった。

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