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#6

 もう11月も終わりとなると、辺りにもいよいよ冬の気配が漂い始める。

 すっかり乾いて冷たくなった風にちょっと首をすくめながら、オレは湖浜先輩と並んで歩いていた。

 学校を出てからというもの、オレも先輩も一言も口をきいていない。一緒に帰る提案をした以上、オレから話を振るのが当然なんだろうが、ここまで上手く話を切り出せないでいた。

 実のところ、どうしても今先輩に話しておかなければいけない用件がある訳ではない。ただ無理に気丈に振る舞っている様子の先輩を、一人きりにするのが何となく不安だっただけだ。

 オレは時折先輩の様子を横目に窺うが、その先輩もこちらをチラチラ気にしているようで、たまたまお互いの目が合うと2人揃って下を向くということが何度かあった。

「ねえ和泉君、ち、ちょっと時間ある?」

 ふと足を止めた先輩が、モジモジとスカートの裾を弄りながら、オレの顔を横目に見て言う。

「あ、はい。大丈夫ですけど…」

 オレは突然の先輩の言葉に咄嗟とっさに反応しきれず、ほとんど無意識に返事をしていた。

「じゃあ、ちょっと寄って行かない?」

 そう言われてふと顔を上げると、白地に水色の流れるような書体で「メリーディア」と書かれた看板が目に入る。

 毎日学校の行き帰りに前を通り過ぎる割に、自分には縁がないせいで普段は気にも留めない、小じんまりとした町のケーキ屋だった。

 でもここって、ケーキを販売してるお店じゃないの? …まさかこれ、ここでケーキを買って、そのまま先輩の部屋にお呼ばれとかそういう流れだったりする? だったりしちゃうの?

 ちょっと! 先輩の部屋に2人きりとか、ボク困っちゃう! もしかして先輩、意外とダ・イ・タ・ン?

「あ、ここね、店内でケーキを食べられるスペースもあるのよ? …ほら」

 戸惑ったように店を眺める様子からオレの疑問を察したのか、先輩が店のウィンドウ越しに店内を指差す。

 …? あ、なるほど。

 先輩が指差す先には、イスが2脚づつ据えられた小さなテーブルが2つ、店内の片隅に設置されていた。

「あ、ああ、そうなんですね。 って、ていうか、そうに決まってますよね? いわゆるあれですね? 『ゲート・イン』ってヤツですよね?」

 思わずあらぬ妄想をしたことに対する後ろめたさも手伝って、オレはワタワタとどもりながら返事をする。

 先輩はそんなオレの様子にクスリと笑いを漏らし、店のドアに手を掛けながら言った。

「うん。和泉君、『イート・イン』って言いたかったのよね?」

 はいそうです。よく知らないケド、多分それです。



 

 ケーキ屋の店内は予想通り、女性客を意識したカワイラシイ装飾だった。

 向かいに座る先輩はいい。いかにも学校帰りにちょっとケーキ屋さんに立ち寄ったお嬢様という感じで、この店の雰囲気にもよく馴染んでいる。

 問題はこのオレだった。

「むさ苦しい男」の見本、やもすれば標本のようなこのオレが、可愛らしい内装のケーキ屋に座っている図というのは、端から見たらあまりゾッとしない光景だろう。

 しかもこの店の作り、道路側がほぼ全面ガラス張りじゃん。これじゃあ通行人から丸見えだよ。

「ごめんなさいね、和泉君。なにか心配かけちゃったみたいで」

 向かいに座る先輩が上目遣いでオレに謝る。

 その時、視界の端に入った店員のお姉さんが、オレ達の注文したケーキを用意しながらピクンと一瞬固まったのに気付いた。

 何だ? 今の反応…。

「いや全然。ちょっと先輩、元気なさそうだったから気になっただけです」

 店のお姉さんの不穏な動きが気になりつつも、先輩にそう答える。

 …? あの店員のお姉さん、なんかこっちをチラチラ見てない?

「私、そんなに元気なさそうに見えた?」

 小首をかしげながらそう聞き返して来る先輩の様子は、何かいつもと違ってあどけない感じで、ちょっとドキドキさせられた。

「いやまあ…。 あんなことがあった後だから、オレが気を回し過ぎただけかも知れませんけど」

 店のお姉さんがトレイを手にオレ達のテーブルにやってくる。

 先輩の前に「ショコラ・なんちゃら」とかいう名前のチョコレートケーキとダージリンを置き、次いでオレの前にモカのカップを差し出した。

 どうでもいいけど、こういうお店ってどうして世界史の教科書に出てきそうな商品名をつけるんだろうね? 普通に「チョコレートケーキ」じゃダメなの?

「ごゆっくりどうぞ」

 そう言って下がる間際、店のお姉さんがオレにチラリと視線を走らせ、目をちょっと細めながら口元に手を当てて微笑する。

 だから何!? その意味ありげなリアクションは一体何!!!?

「…そっか。なるべくそういう素振り見せないようにと思ってたけど、バレちゃったか」

 ふっ、と笑いながら先輩が漏らした言葉に、オレはハッとお姉さんから先輩に視線を戻した。

 今の先輩の言葉に、オレは一抹いちまつの不安を覚える。

 部室から去って行く時の、あの颯爽さっそうとした足取りと、職員室から出てきた直後の様子の明らかなギャップ。そして更に今の台詞。

「湖浜先輩、まさか全部自分1人で受けて立つ気じゃないですよね?」

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