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#5

 平岩先生が出て行った後の部室は、まるで人っ子一人居ないかのようにしんと静まり返っていた。

 ついさっきまでのお祭りムードがまるで嘘みたいだ。

 くたびれた部室のヒーターが時折たてるスズメバチの羽音のようなモーター音が、静寂の中でやけに耳につく。

 オレ達は誰も、何も喋らないにも関わらず、かと言って誰一人席を立つ訳でもなく、ただただ黙って座っているだけだった。

 そんな沈黙を、唐突に湖浜部長の深い溜め息が破る。

「みんな、今日はもう解散しましょう」

 その声にオレ達3人が一斉に顔を上げた。

 窓から差し込む夕陽に照らされた先輩の顔は、笑っているにも関わらずひどく寂しげだ。そんな先輩を見ていると、オレの胸もチクリと痛む。

「部の設立承認が保留ではどのみち活動もできないし、明日以降はあらためて私から連絡するまで参加も不要よ」

 先輩はそう言いながら自分の荷物をカバンにしまい始めた。

 それを見たオレ達も、銘々(めいめい)帰り支度を整えて席を立つ。

 重い足取りでたどり着いた扉に手を掛けてガラリと開け放つと、廊下のしんと冷えた空気が足元から這い上がって来た。

「私は鍵を職員室に返して来るから、皆は先に帰ってて」

 全員が廊下に出るのを待って部室に施錠した先輩が、オレ達にそう言って笑い掛ける。

「はい。じゃあ先輩、お先に失礼します」

 瑞季もいつになく殊勝しゅしょうな様子で先輩に挨拶した。

 先輩は微笑みながら頷くと、クルリとオレ達に背を向けて廊下を歩き去って行く。

 胸を張り、颯爽さっそうとした足取りで遠ざかって行くその後ろ姿は、本来ならば頼もしく感じていいはずだが、なぜかその時のオレには逆に幾ばくかの不安を感じさせた。

「なあ」

 オレの呼び掛けに、やはり何故か不安げな顔つきで先輩を見送っていた瑞季とユウが、ビクッと反応しながらオレに向き直る。

「オレ、ちょっと先輩に言い忘れたコトあんだ。悪いけど、先に帰っててくれるか?」

 そのオレの言葉に対し、瑞季は細めた目とへの字に結んだ口で無言の抗議を示した。

 あ、さてはこいつ、またなんか変に勘ぐってんな?

 まったく困ったもんだ。ここで瑞季に変にゴネられたら、先輩と話すタイミングを逸してしまう。

 焦ったオレが頭の中であれこれ瑞季の疑惑をぬぐう算段をしていると、突然瑞季がはぁっと溜め息をつき、意外な言葉を口にする。

「しょうがない、今日だけは許してあげる。あんなコトがあった後だしね」

 ジトッとした目で口を尖らせながらも、瑞季はオレに先輩の後を追うことを許可した。

 拗ねたような顔をした自分の彼女を見て、オレは思わずニッと笑う。

 やっぱ、こいつイイとこあるよな。さすがはオレの自慢の彼女。

 いや、誰かに自慢したことは1度も無いけどね。

「うん、それがいいね。きっと」

 オレの意図を最所から正確に掴んでいたユウも、ニッコリ笑いながら同意する。

「サンキュ。また明日な」

 そう言って瑞季とユウに背を向けると、オレは先輩の後を追って廊下を歩き出した。

「ちょっと克之!ホントに今日だけだからね!!!?」

 背中に瑞季の声がグサリと刺さる。

 ああ、「釘を刺す」って言い回し、あながちまったくの「例え」ってワケじゃないんだな。




 1階にある職員室の前で、オレは先輩が出て来るのを待っていた。

 1階の廊下は3階に比べてさらに寒く、オレは思わずブルッと体を震わせながら首をすくめる。

 余りに時間が掛かるため、もしや先輩と入れ違いになったのかと疑い始めた頃、やっと職員室の扉が開いて先輩が姿を見せた。

 失礼します、と挨拶をしてから扉を閉めると、先輩は俯いてふぅっと溜め息をつく。

 やはりさっきの颯爽さっそうとした様子は、1年生に心配をかけまいと無理をして装っていたものだったらしい。

「先輩」

 扉の前で俯いたまま固まっている先輩の背中に、オレはそっと声を掛けた。

「きゃう!?」

 まるで仔犬のような甲高い声を上げて、先輩がビクッと肩をすくめながら振り返る。

「い、和泉君?」

 オレがこの場に居るのがよほど意外だったのか、先輩の目はほぼ限界まで大きく見開かれていた。

 先輩、そんな街中でサル見掛けたような顔しなくても…。

「あの…。一緒に帰りませんか?」

 オレの言葉に、先輩の目がほんのちょっとだけ細くなる。

「い、…池中君と川原さんは?」

「先に帰りました」

 それが意味するところを理解したせいなのか、先輩の顔に戸惑いの表情が浮かんだ。

「え、えっと…、つまり、2人…きりで?」

 なんか改めてそう言われると、ついこっちまで意識してしちゃうんですケド…。

「あ!いやその…。先輩が嫌なら別に」

 自分の顔がちょっと火照ほてるのを感じながら、オレは目線を泳がせつつボソボソと言った。

「え!? い、嫌じゃないわよ?もちろん!全然!まったく!」

 胸の前で両手をパタパタ振りながら慌てた口調でそう言い募る先輩は、普段の物静かな雰囲気からは想像も出来ないほど可愛らしく見えて、やもすると自分より年下の印象を受けるほどだ。

「じ、じゃあ、かえりまし…」

 オレが口を開きかけた瞬間、職員室の扉が突然ガラリと大きな音を立てて開き、仁王立ちする教頭先生の姿が現れた。

「こらお前ら! 何をそんな所でごちゃごちゃやってる!? 用がないならさっさと帰宅せんか!!」

 その声に2人揃って飛び上がったオレと先輩は、一目散に昇降口の方へ駆け出した。

「す、スイマセンでした! 失礼しまーす」

 並んで走るオレ達の背中を、教頭先生の声が追いかけて来る。

「お前らー!廊下を走るんじゃなーい!」

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