#2
今週の月曜日、我が部の第1回目の活動が非公式ながら行われた。
その時の議題は部の名称決定。
いや、あれはヒドかった。あのやり取りを思い出すと、実際今でも軽い頭痛を覚えるくらいだ。
「釣り部」
「湖浜清美と愉快な仲間たち」(部長交代の際には部名変更届要提出)
「三好フィッシングクラブ」
「楽釣会」
「三好ルアーズ」
部室の黒板には、延々30分にも及ぶブレーンストーミングの結果が、湖浜先輩の手によって書き出されていた。
管理釣り場の名称みたいなのから、少年野球チームと間違われそうなもの、果ては広域指定暴力団かと勘違いしそうな案まで含まれている。
個人情報の流出に繋がりかねないようなのもあるし…。
「何か、どれも決め手に欠けるわね」
ちょっと疲れたような顔で湖浜先輩が溜め息をつく。
いや先輩、「決め手に欠ける」以前の問題ですよ、多分。
「ルアーを専門にやる部ってことでしたし、『三好中ルアー部』でいいんじゃないですか?」
ユウが長引く話し合いを憂慮したのか、いつもの周囲を否応なく納得させる笑顔を見せながら安定志向の意見を出した。
「悪くないけど、もう一捻り欲しい感じ…」
瑞季が顎に手を当てて呟く。
ユウの笑顔も、瑞季にだけは効果を発揮しないらしい。
いやいや、お前が何か一捻りするとロクなことにならないよね? オニギリに砂糖使うとかさ…。
「…いっそ、和のテイストを狙ったらどうですか? 全部漢字にしちゃうとか。『ルアー』って、日本語で何て言うの、克之?」
急に瑞季から話を振られたオレは、一瞬詰まってから脳内英和辞書のページを急いでめくった。
「えーっと。たしか『疑似餌』って言うんだ。似せるって意味の『疑似』に『餌』って書く」
先輩が試しに黒板に漢字で書き付け、ちょっと迷った後に「部」をお尻に付け足す。
…“疑似餌部”???
あらためて字面を見るとスゴいな。
…いや、ない。ないって、これ。なんか、大正浪漫な雰囲気プンプンじゃん?
オレ以外の3人も同じ印象なのか、皆一様に首を捻りながら黒板を凝視していた。
「やっぱ漢字は無理があるかな? …あ、アルファベットで書いてみたらどうだろう!」
瑞季の行き当たりバッタリ感が半端ない提案が、さながら地対空ミサイルの如くにポンポンと飛び出す。
おい、ちょっと待て! 「和のテイスト」は一体全体どこへ行ったんだ!?
“GIJIEBU”
半ば飽きれ半分で先輩が黒板に書き付けた7文字は、もはや感覚の麻痺のせいか無意味な記号の羅列にしか見えない。きっと今のオレには、聖刻文字の方がよほど親しみのあるものに感じられると思うぞ。
「ぎじえぶ…」
瑞季がまるで怪しげな呪文か何かのようにぼそっと呟いた。そして突然、天から何か降りてきたかのようにパッと顔を輝かせると、あらぬことを言い始める。
「…“ぎじえーぶ”っていう風に、ちょっと伸ばすと外国語っぽくない!? …えっと、ラテン語とか!」
お前! 英語すら怪しいクセにラテン語だとぅ!? オレもラテン語なんか分からんから突っ込めないケド。
そもそも伸ばす必要性がドコにあんだよ!
「何かよく分かんなくなっちゃったケド、川原さんがお気に入りみたいだからこれにしよっか?ユキ」
「和泉君がよければ、私はもういいわ」
ユウも先輩も、もはや諦めモードに入った挙げ句、オレに最終判断を委ねて来た。
いやいや2人とも、それ絶対夜中にお笑い番組見ると何でも笑えちゃうっていうアレと同じだよ? 絶対騙されてるよ?
恐る恐る瑞季の顔を見ると、案の定「克之はもちろんいつでも私の味方だよね?」と言わんばかりの笑顔でオレをじっと見つめている。
長い話し合いによる疲労と、色々なコトに対する諦めで長い溜め息をつくと、オレはぼそっと先輩に向かって言った。
「じゃあ、それで…」
オレの宣告をうけて、湖浜先輩が黒板に書かれた7文字のアルファベットの上に、赤いチョークでキュッと丸を重ねた。
湖浜先輩の提案で部のプレート作成作業を一休みし、ユウが差し入れてくれたお菓子とジュースを囲んでのブレイクタイムとなった。
「やった! ずっと作業ばっかりで疲れてたんだよね」
瑞季がポテチの袋を勢いよくバリッと開けながら言う。
お前、何もしないで全部オレに押し付けてただろうが。
冷たいダイエットコークをグビリと飲み下しながら、オレはパリパリとポテチを食べる瑞季を睨んだ。
「あら、プレートを彫っていたのは和泉君だったみたいだけど、川原さんはどんな作業を?」
脚を組んでベットに腰かけた先輩が、オレンジジュースのペットボトル片手に瑞季に質問する。
さすがは先輩。よくぞ訊いてくれました! …でもその姿勢、オレのトコからスカートの中見えちゃいそうでヤバいです。
「わ、私だってレタリングの下書きしてましたよ!」
痛いところを突かれたせいか、瑞季の反論もいつもの勢いがない。
「それって、昨日の時点でほとんど終わってなかったかしら?」
「修正と仕上げをしてたんです!」
女子2人の応酬が続く中、オレとユウはこっそり視線を交わして互いに苦笑いする。
まあ表面上の小競り合いはともかく、わがGIJIEBUも何とか活動を開始した。
オレの中に、まだごくささやかではあるが、この部に対する愛着のような物が芽生え始めていた。