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#15

「お早うごさいます、先生」

 少し強張った表情で、湖浜先輩が部を代表して先生に挨拶する。

「ああ。お早う、みんな」

 先生が鷹揚おうように答える間に、オレとユウは開いた車のトランクから先生の釣り道具を運び出した。

 いやいや、決してゴマスリとかじゃない。単なる年長者に対する思いやりですって。

「先生、道具はこれだけでいいですか?」

 オレが確認すると、「おお、済まんな」と大沼先生が戸惑ったように答える。

 もともとルアーマンのマナーに懐疑かいぎ的な先生のイメージを払拭ふっしょくするためには、こういう小技も必要だ。

 あ、やっぱりゴマスリか?コレ。

「先生、釣り座はどこにしますか?」

 全員で土手を下りると、オレは先生に声を掛けた。

 不公平がないよう先生が着いてから互いに納得の上で場所を決めようと、オレ達はタックルを用意せずに待っていたのだ。

「私が先に決めていいのかね?」

 そう言う先生の顔は心底意外そうだ。

「どうぞ。ユウとオレは子供の頃からここで釣りをしてますから、場所はどこでも大丈夫です」

 いちいちイヤらしいかも知れないが、これも大沼先生に対するエサ釣りのキャリアのアピールだった。

 今日の目的は先生との勝負じゃない。オレ達のエサ釣りに対する姿勢と理解を示すことだ。

「じゃあ、私はそこに入らせて貰っていいかな?」

 先生は水門のすぐ下流側、小さな滝の落ち込みが淀みになっている場所を指して言った。

「どうぞ」

 そう答えつつも、オレとユウは思わず顔を見合わせる。

 エサ釣りの部なら顧問を引き受けたいくらいだ、と自ら言うだけあって、大沼先生の釣りの腕前はなかなかの物みたいだ。即断即決の今の場所選びにしても、釣りの長いキャリアが伺える。

 先生が選んだ場所は、滝の落ち込み+淀みという条件のため、コイのみならず、弱って上流から流されて来る小魚や昆虫などを狙ってシーバスを含む様々な魚が滞留たいりゅうする。

「じゃあボク達は少し下流に入ろうか」

 先生の場所決定を受けて、ユウがオレ達を促す。

「あいよ、隊長」

 オレは地面に置かれていた道具を持ちながら、おどけてユウに返事をした。

「何でボクが隊長なのさ、副部長」

 むうっとした顔になってオレに絡むユウに、湖浜先輩が優しく声を掛ける。

「ううん、池中君。今日は池中君が指揮を取ってくれない?」

 その言葉に、ユウのみならずオレも一緒になって先輩に向き直った。

 ふむ。先輩、ユウに任せておけば大丈夫というオレの言葉を信頼してくれたみたいだ。

「ボクが指揮…」

 心底困ったように呟くユウに、先輩は優しく微笑みながら頷いて見せる。

「お願い。和泉君も、コイ釣りなら自分よりあなたの方が上だって…」

「何でそんな根拠のないコトを吹聴ふいちょうすんの? ユキ」

 あ、ユウがちょっとムクれてる。ユウってオレと同じで、目立ったり、先頭に立って集団を引っ張ったりみたいなコトが余り好きじゃないからな。

「オレじゃない。オレの父さんが言ったんだよ」

「うう…」

 オレが提示した最後の切り札にユウが口籠ごもる。オレの父さんは、釣りに関してはユウの師匠みたいなもんだから、こう言われればユウとしては反論出来ない。

 スマン、ユウ。今日はどうしてもベストの布陣で行きたいんだ。

「分かった」

 ややあって、ユウが諦めたような口調で言った。そして今日のリーダーに相応しく表情を引き締め、オレにテキパキと指示を出す。

「ならユキ、今日はその浅瀬の所に1本目を出して。エサはこれを使ってね」

 そう言ってユウがオレに差し出したビニールに、瑞季がピクッと反応する。

 ああ、まだ覚えてたのか。

 瑞季の弟の智也に初めてコイ釣りを教えた時、瑞季はオレが用意したサナギ粉入りの特製ネリエサの臭気に辟易へきえきしたことがあったっけ。

 しかも今ユウから渡されたこのビニール、その時オレにが作ったネリエサ以上にスゴい臭いがする。

「なあユウ。これってやっぱり…」

 十中八九じゅっちゅうはっく間違い無いことでも、念のための確認は必要だ。

「そうだよ、ユキ。だから少し柔らかめに練ってね。分かってるだろうけど」

 オレは黙って頷くと、ネリエサを作る為にビニールバケツを取り出した。

「2本目は5メートルくらい下でね。エサは1本目と同じでいいや。少し固めに練って」

 ユウ、子供の頃2人でよくやった()()をする気なんだ。

「川原さんと部長はコレを使って下さい」

 そう言ってユウが取り出したタックルを見て、オレはギョッと目を見張った。

 2人にユウが差し出したのは、何とオレの父さんのシーバス用ルアータックル。

 瑞季には9フィート、先輩には9フィート3インチをあてがっている。

 なるほど。昨日父さんに借りに来たのはコレだったのか。

「これを使うの?」

 先輩がロッドを組み立てながら、不思議そうにユウに尋ねた。

 先輩の質問に、お馴染みのニッコリ笑顔でユウが頷く。

 さすがはユウ、女子に対する配慮もバッチリってわけだ。

 オレやユウが使う振り出し式のロッドは、かなり重量があって女子が扱うには結構キツい。そこで軽くて強度のあるシーバス用のルアータックルを使うことを思い付いたんだ。

 しかもあのタックルのリールは両方とも、32ポンドのPEラインが巻かれているはず。

 それだけ強度があれば、かなりの大物が来ても耐えられる。

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