#13
「大丈夫なの?和泉君」
職員室前の廊下で、先輩が小声でオレにそっと尋ねた。
「何がです?」
先輩の心配している内容にある程度の心当たりがありながらも、オレは敢えてそう聞き返す。
瑞季はオレと先輩の後ろを何も言わずに付いてきており、逆にユウは鼻歌まじりでずっと先を歩いていた。
「何がって…。 その、大沼先生のテストというか、…コイ釣りのこと!」
湖浜先輩にしては珍しく、かなりテンパッたご様子だ。
こうやって感情を露にした先輩って、ふと年下みたいに感じられてカワイイんだよな。
「何も心配要りませんよ。今回の件は、ドンとユウに任せちゃいましょう」
オレはニッと笑って見せながら先輩に言う。
「池中君に?」
すっとんきょうな声を上げたのは、先輩ではなく後ろを付いて来ていた瑞季だ。
振り返ると瑞季も先輩に負けず劣らず、不安そうな顔でオレの顔を見返して来る。
「あのね、2人とも…」
オレはチラリと前方に目をやり、既に昇降口で靴を履き替えるユウを見ながら先輩と瑞季に声を掛けた。
「…もしかしたら忘れてるかも知れないケド、ユウは男の子だよ?」
その言葉を聞いた女子2人の、「あまりバカにするな」と言わんばかりのオッカナイ視線にちょっとたじろいでいると、靴を履き終えたユウの声が廊下の向こうから聞こえて来る。
「みんな! ボク、今日買い物頼まれてるから先に帰るね。また明日!」
「おう!また明日な」
元気よくこちらに向かって手を振るユウにそう返事をすると、オレは女子2人に向き直って言った。
「この後、2人とも時間ある?」
この2人、ユウやオレとは小学校が違うから、ユウのことがよく分かっていないんだ。いい機会だし、少し話しをしとこう。
オレの質問に女子達がコックリ頷くと、オレは既にユウの姿が消えた昇降口に向かって歩き出した。
何て名前だったっけ?この店。
よく覚えていないけど、つい昨日「2度と行かない」と誓ったケーキ屋のテーブルに、オレは今何故か再び座る羽目になっていた。
話す場所の選定に際して、オレの儚い抵抗も空しく、女子2人の投票による多数決の結果この店が選ばれた。
この2人、いつもは何かと言えばいがみ合ってるのに、こんな時だけは息ピッタリなんだよなぁ。
本来2人掛けのはずのテーブルには、店員のお姉さんの計らいで椅子がもう1脚追加されている。
椅子を運んで来た時のお姉さんの顔ときたらそれはもう、オレの顔をちらちら窺いながら、世にも嬉しそうな表情をしてた。
どうせ「両手に花ね」みたいなコト、勝手に考えてんでしょ?あるいは修羅場でも期待しているのか?
まったく他人事だと思って、いい気なもんだよなぁ…。
そんなオレの憂鬱な気分などどこ吹く風と言った様子で、女子2人は目の前に並んだケーキと紅茶にご満悦の表情だ。
オレはカップからコーヒーを1口啜ると、それぞれのケーキに対する襲撃を開始した2匹のモンスターに向かって話を始めた。
「2人が心配してるコトについてだけど…」
オレの言葉に2人が同時にケーキから顔を上げる。
み~ず~き~、口にクリーム付いてる。子供か、お前は。
「2人とも、ユウのことはどの程度知ってるの?」
オレの問い掛けに、瑞季も先輩もキョトンとした顔でオレを見返して来た。
「…どの程度って…」
瑞季が戸惑った様子で言葉を濁す。
なあ瑞季、クリーム拭けよ。カワイイけど、オレ以外のヤツが見たらきっとアホの子だぞ、お前。
オレは瑞季に向かって、自分の唇を指差して見せた。
オレの言わんことが伝わったらしく、瑞季が慌ててペーパーナプキンで口の周りを拭う。
「和泉君とは幼稚園からの友達で、小学生の時はよく一緒に釣りに行ったってことは本人から聞いてるわ。でも逆に言えば聞いているのはそれくらいかしら」
先輩が子供みたいに口を拭う瑞季を横目に見ながら言った。
「私もそんな感じかな。あんまり池中君と2人で話したことも無いし…」
瑞季が畳んだペーパーナプキンをティーカップのソーサーに置きながら先輩の言葉を補足する。
オレは頷いてコーヒーをもう1口啜ると、2人に向かって話し始めた。
「2人の言う通り、4年生で絵画教室に通い始めるまでは、ユウはよくオレと一緒に雅川に釣りに行ってた。雅川は小さいのに色んな魚が釣れる川だけど、中でもユウが得意なのが、実はコイ釣りなんだ」
オレが説明すると、2人はほえ~、という感じで目を丸くする。
「仕掛けやエサもよく研究してたし、コイ釣りに限定すればオレより上手い。ユウに釣りを教えたオレの父さんもよく言ってたよ。『あの子はことコイ釣りにかけちゃ、ちょっとした天才だな』って」
「和泉君のお父様が…」
先輩がまるでうわ言のように呟いた。
「克之のお父さんがそう言うくらいなら、かなり上手だよね」
瑞季も情報源に対する信頼度のせいか、ユウの釣りに関する技能に実感が湧いたみたいだ。
「な?ユウは外見があの通りだし、大人しい性格だからイメージが湧かないだろうけど、今回の件に関しちゃオレ達4人の中でも1番適任なわけ」
オレは飲み終えたコーヒーカップをテーブルに置くと、2人に笑い掛けながら言う。
「どう、ご安心頂けた?」
瑞季と先輩は示し合わせたようにコックリと頷いた。




