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#11

 翌日の放課後、オレはホームルームの後、委員会の用事を一つ済ませてから部室に向かった。

 昨夜は瑞季の来訪らいほうで気が高ぶり、あの後もなかなか寝付けなかったせいで寝不足気味だ。

 トロンとした目を擦りながら階段を3階まで登りきると、なぜかユウが廊下に立ち尽くしたまま部室の扉に耳をあてているのに出くわした。

「ユウ、どうし…」

 オレが声をかけようとすると、ユウは素早く自分の人差し指を口の前に立てて見せ、無言で扉を指差す。

 その仕草に、オレはそっと音を立てないようユウに近づき、扉越しに中の様子を窺った。

 扉に耳を近付けると、中から女子2人の声が聞こえる。


 ─克之言ってましたよ。自分の好きな女の子は私だけだって─

 ─そんなことは分かっているわ。でも、それはあくまで現状の話よ?─


 扉の向こうから、微かにそんな会話が漏れ聞こえて来る。

 うわ~。コレってもしかしてアレ? 修羅場ってヤツ?

 オレが泣きそうな顔になっているのを見て、ユウが小声でそっとささやいた。

「ユキ、急にモテ期が来たね」

「モテ期って、こんなに胃が痛くなるもんなの? そんな過酷かこくな現象なの?」

 オレの魂の慟哭どうこくを耳にしても、ユウは顔色一つ変えない。

「そんなことでどうするのさ、ユキ。ユキを好きになる女の子だって、2人だけとは限らないんだよ?」

 そのしれっとしたユウの言葉に、オレはブンブンと勢いよくかぶりを振った。

 冗談じゃない。これ以上オレを好きだなんていう奇特きとくな女子が増えてたまるか。もしそんなことが起こったとしたら、この世界は何か間違っている。

 ユウはやれやれと言わんばかりの表情で溜め息をつくと、小さな声でオレに指示する。

「ボクが先に部室に入るから、ユキは少し待ってから入って来てね」

 扉を軽くノックすると、ユウは何食わぬ顔で部室に入って行った。多分、オレが入室するまでにあの2人をクールダウンさせようとしてくれているのだろう。

 ユウが部屋に入って行ったのをきっかけに、あの2人の会話も当たり障りのない内容に変わる。

 それを聞いたオレはほっと安堵あんどの溜め息を漏らし、扉を開けて部室に入って行った。

 これから職員室に乗り込んで大沼先生を説得しなきゃならないのに、こんなチームワークで大丈夫なのかな?




 放課後の職員室というものは、生徒から見ればあまりいい印象はない。

 そこに足を踏み入れる理由自体が、教師のお説教を頂戴したり、授業中に没収された私物を引き取りに行ったりと、大概たいがい嬉しくない内容だと相場が決まっているからだ。

 そんなありがちでつまらない理由と比べれば、GIJIEBUメンバーが職員室を訪れた動機は真っ当この上ないはずだ。それにも関わらず、オレを除く3人の表情はまるで追試の結果を知らされる直前みたいに緊張しきっていた。

 まあしかし、その気持ちも分からないじゃない。

 職員室の一角にパーテーションで区切って作られた面談ブース。そこに据えられたソファーに、大沼先生は腕を組んでデンと座っていた。

 その顔は「眼鏡をかけたオニオコゼ」とでも言えば分かりやすいか。体格も非常に恰幅かっぷくがよろしく、存在感が半端ない。

 確かにこのプレッシャーに晒されれば、ほとんどの生徒はカチコチになるだろうな。

 先生とテーブルを挟んで向かい側の3人掛けソファーには、真ん中に部長である湖浜先輩、その左に瑞季、先輩の右側にユウが座っている。3人とも、まるで棒を飲んだみたいな座り方だ。

 オレは敢えて腰掛けず、3人が座るソファーの後方、先輩と瑞季の間くらいに立っていた。

「それで、話というのは何だ」

 先生は、これまた外見に負けず劣らず威厳のある低い声で、オレ達を威圧でもするかのように話を切り出す。

 オレの耳にまで、先輩がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。ガンバレ、部長。

「私達の部の設立承認が差し戻された件についてです」

 先輩が少し上ずった声で絞り出すように話し始めた。大沼先生の顔にはまだ何の反応も現れない。

「差し戻しの理由については、大沼先生の反対意見があったためと平岩先生から聞いています。その先生の意見について、詳細を伺いたいと…」

 先輩が言葉を切り、大沼先生の様子を窺う。

「その点なら平岩先生にも説明したが…。 ルアー釣りをする人達のマナーの問題だ。後から釣り場に来たにも関わらず、他の釣り人の仕掛けのすぐ傍にルアーを投げ込んだり、大声で騒いで周囲に迷惑をかけるといったならず者ばかりだ。そんなルアー釣りを目的とした部など、とても認められん」

 先生は腕を組んだまま、吐き出すように言った。

「そんな! 偏見です!」

 湖浜先輩が強い口調で抗議する。

「偏見ではない。私も釣りをするが、今言ったのは私自身の体験談だ」

 その平岩先生の重々しい言葉の響きに、先輩がぐっと言葉に詰まる。

 瑞季もユウも反論の糸口が掴めずに押し黙ってしまっているし、トラウトの管釣りに特化したキャリアを持つ先輩には反論の材料すらない。

 この雰囲気、一見手詰まり、防戦一方に見えるが、オレにしてみれば平岩先生の主張は予想の範囲内でしかなかった。

 さて、じゃあそろそろ副部長の務めを果たしますかね?

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