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007 “使徒”はかく語りき



 さて、異世界召喚二日目にして牢獄行きとなった友里であるが、その胸中に特段の動揺はなかった。


 手狭な空間に長時間閉じ込められるのはなかなか息苦しくはあるが、もともとインドア派でお世辞にも活発的とは言いがたい性格をしている友里にとって、静かな石牢の中はゆっくりと自身の思考に埋没できる空間でもあった。それなりに満足はできる。

 

 ーーーー食事が異様に不味いことを除けば。



(この歳でクサイ飯食うことになるとはねー……)



 雑味が多くやたら固い黒パンとチーズを水でなんとか流し込む。栄養学的に考えれば白パンより合理的なのは理解するが、不味いものは不味い。腹は満たされても精神の飢餓感が癒えることはなかった。冤罪にもならない言いがかりが原因となれば不満もつのる。


 さて、どうしたもんかね。腹ごなしがてらに友里は黙考する。



 この国の人間たちが自分をどう取り扱うのか。他の召喚者たちはどう動いているのか。気になることはいくらでもあったが、情報収集すら不可能な現状の友里にできることはほぼないといっていい。

 有り体にいえば、現段階におけるこの状況は完全に“詰んで”いた。


 使徒の天職のチカラを使おうにも、その使う相手も方法もわからない。力業による脱獄はまず不可能。何らかの交渉による変革も、相手の態度からすると望み薄だ。

 友里自身の行動で起こせる変化はほぼない。となると、それ以外の外的要因からの変化に賭けるほかない。


 友里が拘束されたことは多数の生徒が目撃しているし、先生方も把握はしているだろう。しかし彼らは交渉の専門家ではないし、友里のために他の数百名の生徒を危機にさらすことはできないはずだ。いずれ面会をする機会ぐらいはあるかもしれないが、この国の人間たちが友里の命を保証する限りは現状維持につとめるだろう。檻の中から出られるとは思えない。

 下手をすれば、このまま年単位で閉じ込められるかもしれない。それは流石の友里も嫌だった。



 他に変化をもたらせる存在があるとすれば、この世界にいるという“魔族”。


 ジラルが話したように“魔物の使徒”という天職が魔族へチカラを与えることができるのならば、友里は彼らにとって有益な存在としてみられる公算が高い。人間との戦争の最中である今、まず間違いなく確保に動く。だからこそ、この国は友里を幽閉しているのだろう。


 都合よく彼らを引き寄せる手段でもないかと唸って考えてみたが、なにも出ない。とりあえずテレパシー的なものはそなわっていなさそうだ。



(そういえば……魔族、っていったら白神さんとかどうしたかねー)



 ふと思い出すのは、召喚と同時に姿を消した数十名の生徒たち。


 異形と化した彼らの、どこか見覚えのある姿。

 そして“魔の物を呼び出す”という行為が重なって、友里にひとつの発想をもたらした。



「ふむ……」



 正直、通常では意味のある行為とはいえない。しかし突拍子もない状況に立たされていることと、あまりにも手持ち無沙汰な現状が友里に行動をおこさせた。


 ちらりと目をやれば、鉄格子のすぐ外に人影は二つ。友里の監視に立っている衛兵だ。


 どうせ暇なのだから。そんな気持ちから“それ”は始まった。



     ※



 ジラルディーノ・サヴァンスは疲弊していた。一昨日から続く激務によってだ。


 聖ディルムンティナ王国における下級貴族の三男として生まれた彼は、成人した後に王宮へと仕官する道を選んだ。本来であれば中流以上の貴族が優先的に採用されるなか、しかし士官学校で優秀な成績を修めた彼は登用が認められ、またその働きぶりから若くして既に一部の管理職を任されていた。


 ……と、そう言えば聞こえはいいだろうが、実際のところはしがない中間管理職にすぎない。上から押し付けられる無理難題を処理するために東奔西走する毎日である。

 無理を通すには強権だけではどうにもならないこともある。様々な部署に出入りをし、各所に頭を下げて回る日々。“交渉人”とは名ばかりの使い走りだ。下級貴族という王宮内では比較的低い地位の出身なせいか、そうした不遇な立ち位置で使われることが多かった。後ろ楯もない身でありながら彼がこの王宮で働けているのは、そのフットワークの軽さと柔軟性が大きい。


 そんな彼がこのたび任じられたのは、勇者召喚によって現れた危険分子の監視と管理。

 “魔物の使徒”という異端の天職を得た勇者の動向を監視し、必要であれば処断せよーーーーとのことだ。



(まったく無茶な話だ)



 ジラルは自らの置かれた立場の危うさに嘆息する。

 仕事柄顔が広く、身分の高低を問わず様々な立場や異なる宗派の人間とかかわるジラルはこの世界の人間のなかでは比較的思考が柔軟だった。それと同時に政治にかかわる者らしく理想や感情論よりも実利を優先する現実主義者である彼は、この国の現状を正確に把握してもいる。


 元来、王宮とは様々な思惑が複雑に絡み合う魔窟だ。

 己の利益のために。或いは信念、美意識のために。単なる義務のために。その忠誠心のために。

 それぞれがそれぞれの意思でもって国を動かすことを望んでいる。


 そこに降って湧いた“勇者”という劇物は、確実に魔窟のなかを大きな“うねり”を生みはじめていた。


 そのなかでも“魔物の使徒”は、とびっきりの厄ネタ(・・・)だ。



(下手にかかわって親しくなれば神殿に睨まれ、最悪もろともに異端扱い。しかし邪険にあつかえば勇者がたも黙っていないだろう)



 この国の人間の多くは自分達の信仰する神こそが最上と信じて疑わない。それは異界の者である勇者たちに対してもだ。

 神より恩寵を賜り、神の意思の体現者であるからこそ“勇者”なのであり、それを否定する者は異端でしかない。なればこそ、天敵たる“魔物の使徒”は異端なのだ。

 しかしその“神の意思”に人の都合(・・・・)が介在しないとはいいがたく、また信仰の強制はかならず軋轢を生む。神殿の布教……とは名ばかりの強制改宗がどれだけ国内外に敵をつくっているか。

 王公貴族の特権階級がもつ選民意識も似たようなものだ。どんなに外面を取り繕っても、内心で見下されて気分のいい人間はいないだろう。



(今はまだ権力と数の利で抑え込める。しかし勇者たちがいずれチカラをつけたとき、果たしておとなしく協力してくれるかどうか。神代の勇者は世を跳梁していた魔と相対し、かの地よりいずることのないよう封じたと聞くが……)



 現れた者が戦事に長けた武人や理智に長けた学士であればまだよかったが、蓋を開ければ現れたのはジラルから見ても一般人の域を出ない者ばかり。そんな彼らが此方の世界に移りチカラを得て成すことが“善行”だけにとどまるとは思えない。


 問題は山積み、先の見通しは悪し。憂鬱な気分をひきずって牢屋へ向かう。松明に照らされた通路はその心持ちとよく通じていた。暗く冷たい石の床に音を響かせつつ歩いていくと、二人の衛兵が立つ牢の前にたどり着く。


 労をねぎらおうべく声をかけようとしたが、どうにも様子がおかしい。妙に表情が固くひきつっている。現れたジラルにビクリ! と身体を震わせたと思えば、ほっとした様子で敬礼をした。



「あ! ジジジ、ジラル様!」


「おおお疲れさまですっ……!」


「…………なにかありましたか?」



 いや確実にあっただろう。でなければ宮仕えの衛兵がここまで狼狽えるはずがない。

 “使徒”が暴れているのか、と見てみるが特に異常はない。件の少女は檻の真ん中に悠々とした態度で座り込んでいる。



「あー……、っと、ジラルさん? でしたっけ? おはようございます」



 うろ覚えなのか自信なさげに挨拶をしてくる“使徒”の少女。名はヤマモト・ユーリ。女性にしては愛想に欠けているが、その瞳は檻に囚われてなお畏縮したところがない。いたいけな娘と侮れないのはあきらかだが、しかしこの衛兵たちの動揺はいったいどうしたことか。



「あー、あんまりその人たちを責めないであげてください。ちょっと私の話に付き合ってもらっただけなんで」


「話?」



 任務中の私語はいただけないが、しかしそれだけが原因とは思えない。



「いやそれにしてもこっちにはないんですか? 怪談話っていうのは?」


「カイダン……?」



 聞いたことのない響きに首をかしげるジラル。



「要するに、怖い話ってやつですよ。夜中にトイレに行けなくなる系の。理不尽に殺されて怨霊となった女の話とか、裏切られ悲しみと怒りに狂い鬼となった男の話とか。人の世の業が生み出す悲喜こもごもを語らう遊びです」


「……趣味の悪い遊びですね」



 呆れまじりにジラルはつぶやくが、衛兵たちの様子に納得した。怨霊(レイス)(オーガ)。それはつまり、“魔物”や“魔族”に属するものたちの話だ。昨今の情勢下ではそれらが人里に現れる話など、冗談では済まない現実的な脅威である。魔族はどこにでも現れ、人を襲う。それこそ今この瞬間、その部屋の隅から現れてもおかしくはないのだ。その恐怖を煽るような真似は趣味が悪いのを通り越して犯罪的ともいえる。



「人心を乱すようなことを吹聴するのはいただけないですね。処断の理由になりかねませんよ」


「それは失礼。ここじゃあやることもなく暇なもので」



 そこで何故に怪談大会となるのか。その発想は異世界人特有なのか個人的な特異性なのか一度聞いておきたい。



「けど、一聴の価値はある話だと思いますよ?」


「そういった魔族被害の話は聞き飽きるほど耳にしていますよ」



 ここ数年は特にそうだ。


 やれ死霊騎士(デュラハン)が街道に現れ商隊を襲っているだの、やれ人面鳥(ハーピー)の群れが通商航路を封鎖しただの、やれ小鬼(ゴブリン)の軍団を引き連れた豚鬼(オーク)が穀倉地帯を蹂躙しているだの。


 王宮はそういった情報が集約する場所だ。国の外となく内となく毎日毎日毎日毎日……。書き記すのも憂鬱になるほどに。


 そうやって情報を集めるのは、過去の事例と照らし合わせて有効な解決策を導きだすためだ。

 ここ数年はとりわけ魔物の襲撃が多発しているが、それ以前にも魔物の大量発生はおこっていた。十数年に一度あるかないかの頻度で現れる魔物の種類も毎回違うが、その際の討伐記録は魔物対策の重要な資料として保管されている。


 “魔物の使徒”対策に任じられるにあたって、そのあたりの情報はすべて頭に入っていた。



「いやぁでも、異世界の魔物(・・・・・・)に関しては流石に知らないでしょう?」



 ピタリ、とジラルは凍りついたように動きを止めた。



「異世界の、魔物……?」


「とっくに御存知のはずでしょう? 私達と一緒に現れた、彼らのこと」



 こともなげにくちにするユーリであるが、ジラルは背が粟立つのを感じた。衛兵に目配せをすると、堅い顔つきで答える。



「私どもが聞いたのは五つほどでしたが……」


「どれも、聞いたこともない魔物の話でした」



 先の召喚において、勇者たちとともに現れた異形については、王宮内でも意見が割れていた。

 本来、勇者を呼び寄せるはずの召喚陣からあらわれた、あきらかな人外の集団。それも、今までの記録にも確認されていない姿形。

 人のようななにかであったり。

 獣のようななにかであったり。

 はたまた無機物のようでありながら、あきらかに意思をもって動くものもいた。


 魔物や魔族はその危険度から、おおまかにクラス分けがなされている。


 本能のままに人を襲い、能力的にも下位の【下等級(レッサークラス)】。

 集団を統率する知能を持ち始める【中等級(ミドルクラス)】。

 単体で人間の集団を相手どれる【上等級(アーククラス)】。 

 それらのランクにあてはまらない特異な能力をもつ【変異級(ユニーククラス)】。


 種によって脅威の度合いは変わるが基本的な傾向として上位の魔物ほど容姿が人間に近くなっていき、また人語を操るなど知能も高くなっていく。


 召喚時にあらわれた魔物たちは人の姿に化け、紛れ込んでいた。それも単一の種族ではなく、多様な異形たちが集団でだ。勇者たちに情報をあたってみたが、元の世界でも人間として完全に生活にとけ込んでいたという。おまけに一部の魔物は騎士数名を返り討ちにし、城壁を腕力のみで打ち破るなど段違いの戦闘能力をかいまみせていた。クラスでいえば確実に【上等級】、もしくは【変異級】に区分される。


 逃亡したのち、夜の闇にまぎれて姿を消したためにいまだ行方はつかめていない。自在に人に化けて市井にまぎれることすら可能となれば危険度は跳ね上がる。放置すればいずれ確かな脅威となるのは間違いなかった。しかし対策を練ろうにも相手の実態すら掴めていないのが現状だ。



「知っている……のですか。あの魔族たちのことを」


「まぁね。これでも私、“魔物の使徒”なんで」



 盛大に皮肉った口調でユーリは答える。


 そう、この少女は“魔物の使徒”。


 天職の恩恵というのは時に人智を超える。異界から降り立った少女に、今までにない知識を与えるようなことがあってもおかしくはない。いやもしかすれば、知っていたからこそ“使徒”に選ばれたのかもしれない。

 異界より降り立ち、禍つ神の祝福をもって魔のものを導くべき天職をさずかった彼女ならば、記録にもない魔物について知っている可能性はおおいにあった。


 未知の魔族に関する情報。“魔物の使徒”から引き出すに相応しく、最も利のある情報ではないか。


 冷静な仮面の内でいきり立つジラルの心情を置き去りにして、ユーリはしずかに、くちずさむ。

 それは、不思議な唄だった。



「我らの国にて住まうのは♪


 人と鳥獣のみならず♪


 遥かの彼方の昔から♪


 彼らはいつでも其処にいた♪」



 吟遊詩人が奏でる、英雄神話とはまた違う。聞いたことのない、奇妙な韻律を踏んだ唄は、しかし不思議と耳に入り込み、さわさわと全身を這いまわる。



「天照る青空暮れなずむ♪


 月詠み星空覗く頃♪


 草木深しの山の奥♪


 白波返すの海の底♪


 人の世 営み 其の裏で♪


 あるいはそれらの傍らで♪


 成りは見えずも影はあり♪


 形は無くとも声はする♪


 妖しや怪しと畏れられ♪


 語りて紡がれ体をなす♪ 


 異様なるさま その姿♪


 “妖怪変化”と名を謳う♪」


「ヨウ、カイ……?」



 それが、異界の魔族の呼び名なのか。しぼりだすように呟き、そこでジラルははたと気づく。


 いつのまにか鉄格子へと詰め寄り、食い入るようにかの少女を見つめている己に。



(…………油断は、してないつもりだったんだがな)



 あやうく“呑まれ”かけていた心をなんとか落ち着かせる。跳ねる心臓。脈打つ鼓動。じわりと汗が、にじみ出る。


 その様子を見て“使徒”は、はじめて表情を動かした。



 薄く、浅く、浮かべた笑み。


 決して中身を見せないそれは、彼女の肩書きにふさわしい。



「さて、まずは一席。お代は聴いてのお帰りで」



 その口を閉じさせることは、ジラルにはできなかった。





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