006 魔物の使徒
そこから先の展開は怒濤のように早かった。
どこから湧いて出たのか十数名の騎士団が友里を取り囲み、流れるような動作で拘束。鉄の手錠と鎖を取り付けられた。そのまま周囲が止める間もなく引っ立てられて、連れていかれた先は当然のように檻の中。
暗く湿った石の床に座り込み壁に背中を預けて、ようやく友里は一息つけた。
「さて、どういう展開かな。これは……っ痛……」
拘束される際にちょっと左肩を痛めた。動かすとズキリときしむ感じがする。冷たい壁に触れていると、少しはましになった。
痕に残らないといいんだけどなー、と思いつつ考える。
この扱いの原因は、間違いなく“天職の儀”の結果によるものだろう。
この国の、もしかすればこちらの世界にとって都合の悪いなにかがあったのだ。
(ま、十中八九コレだろうけど)
手に握られたカードを改めて見る。
変わらぬ文面がそこにあった。
※
名前 “ユーリ・ヤマモト”
天職 “魔物の使徒”
スキル “降魔の祝福”
“療魔の右手”
※
所属が明記されていないのはともかく、問題なのは天職である。
(魔物使い……とは違うんだよね)
ニュアンスからいえば『魔物“の”使い』である。“使徒”というのは職業といえるのか疑問だが、まぁそこは突っ込むまい。返答してくれる者がいるわけでもない。会ったこともない存在の使いに抜擢されても何もしてやれない現状である。
さらにそれと同時に得たスキルとやらがまた輪をかけて意味不明だ。
両方とも“魔”が入るあたりは天職ゆえと納得できるが、その効果のほどもわからない。“療”というからには治癒系統のチカラと予測はできるが使い方もわからないのだ。試しに右手で左肩を撫でてみたが痛みがおさまることもなかった。
溜め息をついてカードの端を手のひらに押し当てる。すると皮膚に刺さる感触が消えて生命線の隣に吸い込まれていった。マジックよろしく手の甲にすり抜けるでもなく、手の内側に入っていく。
どうやらこのカード自体も地球の既存技術とはかけ離れた手順で制作されたシロモノらしい。説明を受けた同級生たちがやっているのを真似てみたが、友里にも問題なくできた。出てこい、と念じればそのまま再び手の中にカードは現れる。肉体そのものに収納できるというのは紛失の心配がなくて非常に便利だ。
そのまま出したり引っ込めたりして手持ち無沙汰な空気を噛み潰していると、ふと気配を感じた。耳を澄ませばカツンカツンと歩いて近寄ってくる音が聞こえた。人数は複数。迷いなく一定のリズムを刻む、綺麗な歩き方の音。
(来たか)
友里は体勢を整えて鉄格子の端に視線を送る。
やってきたのは鎖帷子で帯刀した衛兵らしき二人を引き連れた、豪奢な服を着込んだ中年の男。それと従者らしきインテリ風な眼鏡の優男の四人だった。
…………豪奢な服の中年を一目見て、友里は判断を下す。
コイツは“ロクデナシ”だ。初対面でもわかるぐらい、端っから見下す眼をしている。
「この者が、そうか?」
「ええ、そうです」
インテリ眼鏡が首肯すると、ふむ、と中年は顎に手をあてて無遠慮な視線をむけてくる。値踏みをする、“物”を見るような眼。
不愉快極まりない。よって友里も遠慮なく睨み返しておいた。
「“使徒”、という割りに品がないな」
「所詮は“魔物”の側の者です。それも当然かと」
「……随分な言い草ですねぇ」
呆れも含めて友里は返す。礼節のなってないのはどっちだよ、と内心では思ったが言わないでおいた。変に逆らうと余計に面倒なことになりそうだ。
返事をしたのが意外だったのか、中年は悦に入った笑みを浮かべて口を開く。
「いい格好だな使徒殿。寝心地はどうだね?」
「悪くないですよ。ひんやりしてて背筋が伸びる。これでご飯が美味しければ言うことないです。で、貴方がたはどちら様で?」
しれっと堪えた様子を見せずに問えば、肩透かしを食らったような間抜け面をさらす中年。
貴族というからには海千山千の論客揃いだと思っていたのだが、案外そうでもないようだ。少なくともこの程度で論調を崩すようなら大した人物でもないだろう。
中年はひとつ咳払いをして名乗りをあげた。
「私はマルティン・プレシフィーズ。この聖ディルムンティナ王国で侯爵の位に就いている。この度、貴様の監視と管理を任されることとあいなった」
「副官を勤めております、ジラルディーノ・サヴァンスです。以後宜しくお願い致します」
中年は横柄に、インテリ眼鏡は慇懃に。しかし聴いておいてなんだが友里は覚えられる気がしなかった。多分、小一時間もしたら忘れるであろう確信がある。横文字の名前は耳への馴染みが悪い。馴染んでいても忘れるものは忘れるのだが。
「そうですか、私の名前はヤマモトです。宜しくお願いします、えーと……マルチンさんとジラーノさん?」
「マルティンだ」
「ジラルでいいです」
顔をひきつらせて苛立ちも露な中年。手っ取り早く覚えやすい呼び方を許容するインテリ眼鏡、いやジラル。いちいち目くじら立てないジラルの対応が友里は好ましく感じた。
好ましい人間のほうが当然、記憶野には刻まれやすい。ジラルジラルと頭のなかで復唱し顔をよく見て覚える努力をする。本当に覚えられたかは時間が経過しないとわからない。いま覚えても忘れる可能性がある。
「とりあえず確認したいんですけど。私、なにかやらかしましたか? 使徒がどうとか言ってましたが」
とりあえずそこだけは早急にハッキリさせておきたく、友里は問いかけたが返ってきたのは脂ぎった中年の嘲笑と侮蔑の視線だった。
「ふん! 白々しい! 存在自体が穢らわしい“魔”の使徒の分際でなにをぬかすか」
少なくともお前の皮脂アブラよりは綺麗だよ。
(とか言ったらぶん殴られるよね絶対)
罵詈雑言を吐き出すのみの話にならない中年はまるっと無視して、友里はジラルに視線をおくる。駄目上司のサポートお疲れさまですという慈しみと憐れみを込めて。
伝わったかどうかはわからないが、ジラルは鉄面皮をわずかにひきつらせて語り始めた。
「……異界の民である貴女は御存知ないかと思いますが、こちらには“使徒”と呼ばれる天職が存在します。数ある天職のなかでもとりわけ異質なチカラを発揮するものです。“炎神の使徒”、“水神の使徒”、“剣神の使徒”、“農耕神の使徒”……。種類は様々ですが、そのチカラの本質は『縁ある対象へ加護を与える』というものです」
「縁?」
「“炎神”の加護ならば『火』に。“水神”の加護ならば『水』に。“剣神”の加護ならば『刀剣』に、“農耕”の加護ならば『土壌』、農作業に用いる『器具』、はてはそこで生まれる『作物』や働く『人間』に。その範囲は様々ですが、自分以外の何物かに超常のチカラを与える。本来、天より賜るはずの恩恵を天に代わって世にもたらす……。“使徒”と呼ばれる由縁です」
本来、天職のチカラというのは一部を除いて、その多くが所有者自身の肉体に宿るものである。生産職が補助能力をもつアイテムを製作することはあれど、既製の品を含めた広範囲の対象に直接チカラを与えることができるのは“使徒”だけ。
そしてそのチカラ……“加護”のもたらす恩恵もまた強力だ。
加護を得るだけで、ひと山いくらのナマクラが伝説級の神剣に。ただの平民が屈強な兵士に。たった一人で精強な軍勢をつくることすら可能になる。
「それゆえ“使徒”の天職を得た者は例外なく国、もしくは神殿への帰属が求められます」
個人が持つのに過ぎたチカラは、必ず世の中に波乱を生む。望む望まざるにかかわらず、周りがそれを放ってはおかない。そのチカラが本当なら下手をすれば国ひとつひっくり返せる存在だ。既存の国家や宗教が囲いこんでおきたいと思うのも道理だろう。
「そのわりには随分な待遇ですねぇ」
じゃらじゃらと鎖を鳴らし友里は手錠を見せつける。
この場合、囲いこむというより“飼い殺しにする”といったほうが正しかろう。
「……使徒にも、色々あります。地水火風の四大神をはじめとした数多の神々よりその御寵を賜るのが通例ーーーーなのですが、ね」
「その例外が、私ってことですか」
存在自体が穢らわしい“魔”。
先ほど中年が口にした台詞から察するに、この世界において“魔”というのはそれほどまでに忌み嫌われる存在らしい。宗教色の強い世界のようであるし、言うなればそう、“神の敵対者”ーーーつまりは“悪魔”といったところか。
“神”と対なす存在である“魔の物”が、使徒をもたない道理もない。そしてそれらが宗教の世界でどういった扱いを受けるかは、想像に易い。友里は“魔の物”の使徒。すなわち、“魔”に携わるものにチカラを与えることができる。敵対存在にチカラを与える使徒を、黙って放っておく馬鹿はいないだろう。
(なるほど、それでこの扱いと、その態度ね)
どうにもチグハグな取り扱いに戸惑っていたが、ようやく友里は得心がいった。
「まったくふざけた話だ! わざわざ“魔”の使徒を幽閉など……。早々に首でもはねてしまえばよいものを!」
「今更でしょう。既に決まったことです。それに今は時期が悪すぎます」
激昂する中年と冷静に問答をするジラル。そのやりとりが、この国の内実をそのまま表していた。
感情論でいえば友里は彼らにとっての怨敵に利する異端者。早々に始末したいのが本音だろう。だが己の正義と信仰に従う彼らにも自覚はあるのだ。自分たちがどれほどの理不尽を友里たち異世界人に強いているのか。
価値観も育った環境も違う存在を本人の意思を無視して拉致してきておいて、それが彼らの思惑通りに動いてくれると考えているなら思考回路がお花畑としか言いようがない。行動の制限ならまだしも同郷の人間を殺す殺さないの話となれば、反発する人間は必ず出てくる。強権を奮って押さえ込んだとしても後々の火種になるのは確実だ。
始末するのなら相応の理由が必要になる。それもその場しのぎのでっちあげではなく、全員が納得ずくで友里を殺せるような。
(信仰心と打算の板挟み、か)
神がどうの天がどうのと口にしても、結局は目先の欲から離れることができない。清廉潔白を謳いながら都合の悪いことは内輪の理屈で覆い隠す。
実に歪で人間らしい理由で延命されていることに友里は舌打ちする。これだから人間は嫌なんだ。改めて深く、そう思った。
「……それで、これからどうするつもりですか?」
もう少し嫌味でも吐いてやろうかと思ったが、不毛になりそうなので要点だけを問う。
「わざわざ貴女に教える必要があると?」
「さいですか」
そっけなくあしらうジラルに、さほど期待していなかった友里もさっさと引いた。
「要はとりあえず、ここでおとなしくしてろ、ってことで」
「そういうことだ。言っておくが、逃げようなどと考えるな? 態度次第ではその場で処刑する権限が我々にはある」
「三食昼寝付きを保証してくれるなら、そうしときますよ」
そう軽口を叩いて友里は寝転がる。石牢の床は固いが、普段昼寝している学校のベンチと大差はない。風邪を引くかもしれないが、それはそれでその時に考えよう。とにかく今は、酷く疲れていた。
目を閉じて数十秒。鉄格子の向こうから人の気配が遠ざかるのを感じつつ、友里は意識を眠らせる。
こうして山本友里の異世界ライフは、二日目にして獄中生活へとシフトチェンジすることになったのであった。




