005 天職の儀
さて、待ちに待ってもいないが“天職の儀”である。
綾華高校の一行は騎士団の訓練所らしい広々とした青草の原に集まっていた。全校集会よろしく全員が整列して座り、前方に注目している。
前に立ったジャージ姿の中年男性、体育科の尾道教諭が声を張り上げた。
「えー! ではこれより“天職の儀”を始める! 人数が多いため三組に別れておこなうそうだ! 一年生は右の円陣で更科先生が! 二年生は前方で姫田先生が! 三年生は左手の円陣で俺が立ち合いのもとにおこなう! 各自順番を守り、係員の指示に従って行動するように!」
生徒たちはそれぞれ返事をしたりしなかったり。しかし学校での集会とは違って移動はかなりスムーズだ。それだけ儀式に対して乗り気の連中が多いのだろう。およそ百人ほどの二年生の集団。友里はその後ろのほうをついていった。
ちなみに今、サバトラはいない。朝食ののち、寮前の陽当たりのいいところで二度寝していた。まぁ猫なので当たり前といえば当たり前である。無理に連れ回す理由もない。
直径五メートルほどの円形陣。昨日の召喚に用いられたものよりシンプルであるが、やはり独特な紋様が刻まれている。その中央に一メートルほどの高さの角錐と楕円球をくっつけたような赤い石のオブジェが据えられていた。
円陣を取り囲む二年全員の視線を受けながら、中央で術者をつとめるらしい神官が朗々と声を上げる。
「では天職の儀をはじめます。これより皆さまひとりずつ陣の中央に立ち、配布するこのカードを石柱に手のひらでこのように押しつけてください」
神官が右手でかざしてみせるのは鈍く光る銀色の板。パスケースに綺麗に入りそうな手のひらサイズだ。
「このカードはこちらの世界で広く利用されているもので、出身・所属などを記録して身分証明としても使用できるものです。紛失しますと再度儀式をおこなわなければならないので大切に管理してください。カードを押しつけますと石柱の球体部分が発光します。場合によっては非常に強く光りますが、そのまま押しつけつづけてください。発光が収束しましたら儀式は完了となります。ではまず、どなたかお一人、中央までお進みください」
神官が視線を送る、が生徒たちは視線を交わすばかりで動かない。簡単なものとはいえ、異世界の儀式に初見で足を踏み入れるのはハードルが高いらしい。
まだるっこしいな、と友里は思った。誰も行かないなら私が行こうかーーーー
「はいはいはーい! じゃあ俺いきまーす!」
と踏み出そうとした矢先に声が上がる。えらく明るい男子生徒だ。見るからに調子のよさそうな笑みをうかべている。
名前は友里の記憶になかった。
「では、お名前と年齢を確認させていただきます」
「朝葉陽平! ピッチピチの十六歳! 先陣切らせていただきますっ!」
なんだその無駄なハイテンション。
友里は辟易とするしかないが、その言動で一気に場の空気がゆるんだ。緊張気味だった全員の顔にわずかながら笑みが浮かぶ。
…………狙ってやったのか天然なのか。まぁ悪いことではないか。
友里は男子生徒の評価をわずかに上方修正しつつ、その儀式を見守る。
説明の通りにカードを手にして、それを石柱に押しつけた。
瞬間、バシュッ! と閃光がほとばしる。
マグネシウム光のように強く明るい青の光に、全員が目をかばい顔をそむける。
元に戻った視界のなかで本人に特段の変化はみられなかったが、かざした銀のカードが閃光とおなじ淡い空色に変わっていた。
「おお……」
おもわず、といった風に誰かが声をもらす。
「お疲れさまです。これにて儀式は完了となります。カードの登録内容に不備はありませんか?」
「んーー……大丈夫ッス! 全部埋まってます!」
意気揚々と円陣の外へと出ていくと、わらわらと生徒たちに取り囲まれていた。カードに記された内容が気になるのだろう。
「では次の方、どうぞ陣の中央へ」
神官にうながされ、目の合った者から儀式をおこなっていく。
友里はその様子を一歩下がった場所から見ていた。
(儀式自体に変化をもたらす作用はなさそう、だね。……っと、人によって発光の色は違うのか)
二人目、三人目と儀式は進行していくが放たれる光の色はそれぞれ違う。
濃い赤。
淡い桃。
暗い黄。
明るい緑。
それが何の違いを示しているのかはわからないが、各人にもたらされた天職はそれぞれ違うようだ。
“槍兵”
“弓兵”
“療術師”
“金属細工師”
“精霊術師”
聞き慣れない役職名も多い。思った以上に天職の種類というのは多いようだ。
(カードに出るのは名前と所属、与えられた天職と、スキル名? 必殺技みたいなもんかな……?)
周囲で交わされている会話を聞き取って情報をまとめると、儀式で与えられるのは“天職”とそれに合わせた特有の“技能”。
“健脚”
“鷹の眼”
“治癒力活性”
“錬金”
“精霊招来”
それぞれの天職で役立つ特殊技能のようなものだろう。表示されているのは各人にひとつかふたつのようだが、おそらくは後々増えていくものかもしれない。
(レベル制、ではないみたいだね。当然だけど)
いわゆるステータスとして全てが数値化される仕様ではないようで、友里は安堵する。優劣があまりにもハッキリしてしまうのはゲームならともかく現実的に考えると気分のいいものではない。さして優秀でもないなら尚更だ。
そうやって友里は周囲のやりとりを盗み聞き、眼を凝らして事の成り行きを見る。
……人の“輪”に入るのはどうにも苦手だが、外側から整理してモノを見るのは大得意だ。人付き合いの悪さから習得した全く自慢にもならない技能である。
ぼちぼちいこうかと列にならび、友里の番がやってきた。
「はい、では次の方どうぞ」
「ん」
銀のカードを受け取り、陣の中央へむかう。赤の石柱は近くで見ると表面に細やかな彫り物が刻まれていた。幾何学的な模様に混じって何らかの生物らしき意匠の造形がある。
竜と、鳥と……人、だろうか? もっとじっくり見てみたいところだが、後がつかえている。今は自重しよう。
さっさと終わらせようと、特に何も考えずカードを押しつけた。
(温かい……?)
ひやりと冷たい感触を予想していたので違和感を覚える。太陽光で温まっているというより、石柱自体が発熱している感じだ。顔の近くを流れる空気もこころなしか熱をおびている。
(…………というか光らないんだけれども)
いままでは瞬間的に発光しはじめたのだが、友里が触っても光を放たないーーーーと、思っていたら、二十秒ほどのタイムラグをはさんで光り始める。
なんだよびっくりさせるなよ、とホッとしたのも束の間、そんな平常な展開は問屋が卸さなかった。
(…………うっわーー……なにこの色と光り方)
光、と言っていいのだろうかこれは。
光というにはあまりにも“暗さ”をはらんだその色は、表するなら、わずかに紫がかった黒。
好天の太陽の元で日光を押し返す“発光”ではなく、むしろ呑み込み“浸食”するような。うねるような奔流をともなって、友里の右手を中心に踊る踊る。
…………あえて言おう。それは不吉な“闇”だった。
(紫は、たしか“あの世”の色だったっけ?)
不要な知識が頭をよぎり、友里は嘆息する。
踊る闇は収束し、友里の手のひらへおさまっていく。それらが綺麗になくなったところで石柱から手を離した。
手にしたカードの色は、紫水晶のような光沢をもつ深く暗い紫。
友里は、そこに記された文面を見た。
※
名前 “ユーリ・ヤマモト”
天職 “魔物の使徒”
スキル “降魔の祝福”
“療魔の右手”
※
(厄介事の臭いがする……)
歩み寄るモノの気配を感じながら、友里は深々と溜め息を吐いた。




