003 初日の夜 とりあえず一息
「やっぱりテンプレはテンプレだったかーー……」
割り当てられた部屋のベットに寝転がり、友里は呟いた。
現在居るのは城と同じ敷地内にある木造三階建の寮のような建物の一室。トイレ・風呂は共同で広さは八畳間ほど。ベッドと照明のランプぐらいしか家具はないが、掃除は綺麗に行き届いている。シーツも干したての太陽の臭いがした。
しかし召喚された数百人全員に個室が与えられるってどんな規模の城だとツッコミたいところだがとりあえずベッドの柔らかさはいい感じだ。地球の実家では布団派の友里だがまぁたまには悪くはない。右にごろごろ左にごろごろ、ひとしきり転がって堪能してから「はぁ……」と溜め息を吐いて脱力する。
「マジで異世界かぁ……。帰れるのかな、日本に」
『なーぅー』
一緒になって寝転がるサバトラが鳴く。どことなく抗議の声のような気がした。
「いやそーはいってもさー。これは私のせいじゃないでしょ。巻き込まれたクチだからね私も」
『なぁう』
「あーそうだね、食べたいよね。どーせこっちにはないだろしね。鰹節も醤油も」
『んーなっ』
「いやイチから作るとか無理無理。アレ作るのに一年以上かかるらしいし」
徒然なるままに意味のない会話をしているようでその実、意思の疎通は一切できていない。当たり前である。猫と会話などできるわけがない。要は独り言を言っているだけである。
友里もこう見えて、かなりテンパっているのかもしれない。
(いや…………あれだけ色々あって混乱しないわきゃあないんだけども)
ざっくりとあのあとの出来事を語ると、友里たち被召喚者一同は彼の国の王から今回の召喚の経緯について説明を受けた。
といっても、今さら語ることすら面倒になるようなありふれたテンプレな話である。
やりとりを再現すると長いので要約すると、
1、人類の天敵たる魔族の襲撃増加
2、主要拠点や重要人物をピンポイントで狙われて国の運営ガタガタ
3、新たな人材の調達をしたいが通常の方法では間に合わない
4、そんなおり神殿に神託が下り勇者召喚の決行が決定
5、神の使徒たる勇者にはそれぞれに加護が与えられておりそのチカラは一騎当千
6、国としても全力で支援を約束する故是非ともそのチカラを貸してほしい
と、そんな感じの話であった。
「気に入らないねぇ……」
『にー……』
一人と一匹で仲良くダレていると、部屋の扉がノックされる。入室をうながすと入ってきたのは見知った顔だった。
「何の用ですか、姫田センセー」
「ちょっとした連絡と、確認よ。いまの状態で、全員を一ヶ所に集めるのは難しいでしょうしね」
平時ならいつでもパリッと張り詰めた空気を纏っているパンツスーツ姿の若手女教師は、やや疲れた様子で答える。
国語科教師・姫田麻代は手にしたメモ帳に文字を書き込んでいく。
「二年二組の、山本友里さん。出席番号は三十六でよかったかしら?」
「人員の確認ですか? 大変そうですね」
「まあね。けれど、そうもいってられないわ」
召喚されたのは友里の通う綾華高校の関係者であるが、その全員が召喚された訳ではない。なんの基準で選ばれたのかはわからないが教師含めて千人以上はいたはずの人間のうち現れたのは三百人あまり。誰がこちらに来ていて誰がいないのか、把握している最中だということだ。
「もう五十人ぐらい見てまわったけど、猫と一緒に来たのは山本さんだけよ?」
「しょうがないじゃないですか。ちょうど昼休みだったし、抱きかかえたところで召喚するほうが悪いです」
『にー』
猫を引き連れて王様の説明をうける珍景に好奇の視線が大分集まったが、そんな程度で参るほど友里もヤワではない。
ちらり、と扉の方をみる麻代。
扉の外には衛兵らしき男が二人立っている。この状況でひとりで歩き回らせるわけもない。妥当な対応だろう。
麻代は扉を閉ざすと、なるべく小さな声で話しはじめた。
「……説明にあったように、明日は全員“天職の儀”っていうのを受けることになってるわよね」
「それぞれに与えられた職能を確認するための儀式ーーーーでしたっけ?」
理不尽というか都合がいいというか、こちらの世界には“天職”なるシステムがあるらしい。
ある一定の素質のある人間へ神から与えられる加護か何かのようなもので、それによって使用できるスキルだのなんだのがあり何ができるかおおよその方向性が分かるのだとか。
くわえて、神の使徒たる勇者に与えられる天職は常人のそれと一線を画すチカラを秘めているらしい。
「どこのゲームシステムだって話ですよねー」
「ええ、先生もちょっとついていけてないところがあるわ……」
真面目堅物を絵にかいたような大人には受け入れがたい部分が多量にある。思考停止に陥っていないだけ麻代は柔軟なほうだろう。
そうでなくとも現代日本人がいきなり神様云々と話されても「あ、うち仏教なんで」と反射的に門前払いしたくなるのが実状だと友里は思う。
「それで、その後はそれぞれの天職に合わせての指導に入る予定になっているけれど」
「向こうの人たちの指示にキチンと従うように、って話でしょう? “刺激するな”って言ったほうが正しいですかね」
「……話が早くて助かるわ」
先んじた友里の言葉に麻代は苦笑する。
ーーーー勇者召喚だかなんだかわからないが、現代地球の、至極真っ当な感性から今の状況を分析するなら、要は“拉致監禁”、そして“未成年者への労働強制”である。法的に考えれば立派な犯罪だ。
おまけに帰還の方法はあるのか、と聞けば、
“全ては神の御心のまま”
“来るべき時がくれば、必ずや神託にてその時を知らせていただけるでしょう”
との返答である。要するに、現状では帰す気はないということだ。
ならば反目するべきか、というと、それも今の状況では良手とは言い難い。
異世界というのが真実であるなら、こちらには自分達の生活を守る基盤が何もない。すべてを召喚者たるこの国に依存していると言っても過言ではないのだ。
いたずらに反抗すれば、おそらくは切り捨てられる。どこぞのロープレよろしく“ぬののふく”と“ひのきのぼう”装備で追い出されかねない。
「王様も色々言ってたけど、要するに“こっちで良い暮らしがしたけりゃ自分等の所で働け”ってことですもんね」
そして、この場で教師陣が教師として動くならば、とるべき行動は可能なかぎり生徒と自分達の安全を確保すること。
拉致監禁のテロリストを相手にしている、と考え直すとわかりやすいだろう。一介の教師が成せることとしては妥当なところだ。こちらの世界における自分達の立ち位置や世界の情勢がわからないままでは、迂闊な行動はとれない。
いまは大人しく従って、期を待つのが得策だ。
「……つくづく思うけど、山本さんもクールよね。やたら落ち着いてるというか」
「無意味に老け込んでるだけですよ」
ここで慌てるなりなんなりすれば年相応なのかもしれないが、そういう気にはならない。なぜなら面倒臭いからだ。
「他の人たちの様子は?」
「おおむね二通りね。精神的にかなり参ってる子と、やたら乗り気で危なっかしい子とで半々、といったところかしら」
「……乗り気の連中が馬鹿やらないといいんですけどね」
そういう連中が“俺TUEEEEE!”とか調子こきだすと、大抵ロクなことにならないのが目に見えている。いちおう釘は刺しているようだが、どこまで機能するか。
「山本さんは、大丈夫? 勇者とか、見た感じだとあまり興味なさそうだけど」
「……そっちは、そうですけど。それよりも気になることがあるというか」
自分達の安全もそうだが、それよりも友里を混乱させているのは別のことだ。
「いなくなった…………逃げた人たちの扱いは、どうなってるんですか?」
召喚直後、訳もわからないままに逃亡した生徒たち。いや、アレを生徒として扱っていいのか否か。
どんな理屈か知らないが、唐突に異形と化した彼らが何なのか。なにもわからないのだ。
「…………こちらの、神官の話では、魔族の一種だと言われてたわ。勇者に紛して召喚にまぎれこんだに違いないって」
「けど、むこうで普通に暮らしてたじゃないですか。私、直前まで一緒にいましたよ?」
沙雪とは仲がよかった訳ではない。話したのだって今日が初めてだ。しかし学内で何度も見かけたことはあるし、召喚直後の様子からしても異世界云々に関して何か知っていたとは思えない。
一緒に愛でていた猫まで召喚されているのだ。あれが夢幻とはとても思えない。
「もしかして、むこうで正体を隠して暮らしてた、何か……とか? 先生がたは、なにか知らないんですか?」
「ごめんなさい。先生も、その辺りに関しては何も知らなくて……どう対応するべきか悩んでいるのよ。あの子達が、その……人間じゃない何かだ、っていうのは認めざるをえないと思うし、そうなると……。それに、神殿のほうも逃げた子達を討伐するために探しているそうなのよ」
正体がなんなのかはともかく、この国の人間にとって問答無用で殲滅するべき対象としてみられているのは確かだ。下手にフォローしようとすれば、自分達の立場まで危ぶめる結果になりかねない。
「とりあえず、これまで聞いてまわったところでは居なくなったのはおよそ三十人ぐらい。いまは何処にいるのかもわからないし、様子を見るしかないわ。山本さんは、いなくなったのが誰だったか覚えてる?」
「…………一緒にいた白神さん以外だと、心当たりは二人ほど」
宙を舞い退却の号令を下した鳥人。そして退却の突破口に壁を破壊してみせた、こめかみから二本の角が生えた男。
鳥人のほうは声に聞き覚えがあった。角の生えた男は他にくらべて顔立ちの変化が少なく、その面構えに見覚えがあった。
それらを麻代に伝えながら、友里は考える。
……実を言うと、あのときに逃げ出した彼らの姿に友里は少し覚えがあった。それは“人としての彼ら”の姿ではなく、“異形と化した彼ら”の姿にだ。
ただ、それを口に出して麻代に伝えるのは、はばかられた。
(あり得ない、と、思いたいよね。異世界召喚に勇者サマとかで、もういいかげんにお腹一杯だってのに)
それを認めてしまうと、既にキャパシティが限界に近い友里の一般常識的世界観が根本からひっくり返りかねない。それが現実逃避に近い行動だとしても、独力でそれら全てに折り合いをつけて全面肯定するのは流石の友里にも無理があった。
考えるにしても短時間に色々なことがありすぎて、少し間を空けないと頭のなかがパンクしそうだ。
(いっそ本人から話が聞ければ早いんだけどね)
いまはどこで何してるのかねぇ、と友里は遠い目で宙をあおいだ。
そんな友里の様子を察してか、麻代はぱたんとメモ帳を閉じて仕舞った。
「それじゃあ、今日のところはゆっくりと休んで。なにかあったら、先生のほうにも伝えてちょうだい。もうしばらくしたら食事が届くと思うわ」
「はーい。あ……、こいつの分も用意してもらえますかね?」
友里と麻代が話している間も悠々自適に昼寝中のサバトラを指さす。
「……そういうのは、使用人の人に直接頼んでみてちょうだい」
「了解でーす」
疲れた背中に鞭うって退出する麻代を敬礼で見送り、友里はふたたびベッドへと身を横たえる。
疲れたときは寝るに限る。食事の時間までは眠って過ごそうと決め込んで、友里は意識を手放した。