002 勇者召喚with魔物?
変化の口火を切れる人間は英雄に成りうる。
浮わついた雰囲気のなか、周囲を取り囲む異人たちへ一歩歩み寄る猛者が一人いた。
「ここは、何処ですか? というか……貴方たちはいったい……?」
混乱しながらも周囲を警戒しつつ、必要な情報を集めようとしている男子生徒。すらりとした長身と薄いフレームの眼鏡には見覚えがある。
(会長か。流石だねぇ)
友里はその背中を眺めながら感心する。皆が混乱するなか、敢えて先陣をきるのは並の人間にはできないことだ。
とりあえずのファーストコンタクトは任せて友里が見守っていると、不意に隣から人影が倒れかかってきた。青い顔をした沙雪であった。
「どうしたの白神さん? 気分悪いの?」
「……っつ……う、ううん。大丈夫。ちょっと、立ちくらみしただけ……」
自力で立ちなおる沙雪だが、あきらかに顔色が悪い。友里は沙雪に身体を寄せて、掴まるように促した。沙雪は友里の肩に手を添えて息をととのえる。
「これ……いったい、なにが起こっているの……?」
沙雪が問いかけるが、友里にもそれはわからない。いやなんとなく理解はしているが、あまり認めたくはない。
(とはいえ、改めて確認するまでもなさそうだけど……)
会長と、遅れてやってきた教師陣が合流してあちらの人間、どうやら王族らしい着飾った髭の男と女性が話すのを聞き流しながら友里は考える。
細かい事情はわからないが、大筋の状況を友里はなんとなく察していた。
地面に魔方陣、それを取り囲む中世欧州を彷彿とさせる様相の集団、くわえて先ほどの口上で言っていた“勇者”云々。
そう、つまりこの状況はーーーー
「テンプレ来たああぁぁぁぁぁッ!! ってヤツだな!」
友里から少し離れた場所で男子生徒のひとりが雄叫びを上げていた。
たしかにそのとおりだがもう少し落ち着こうよ、と内心でツッコミつつも友里は考える。
……友里もそのテの創作は割りと好きだから、ある程度のお決まりの流れは知っている。それとまったく同じになるとは限らないし、そもそも勇者云々などというのもハッキリ言って気乗りしない。どちらかというと友里は特に目的もなく異世界を漫遊する方向の作品が好きだ。
しかし、現状であまり目立つ行動をするのは得策ではなさそうである。
改めて周囲を見回してみれば、甲冑と槍で完全武装した騎士の集団やら統一された白のローブと杖を装備した見るからに魔法使いか神官かなにかのような一団が目を光らせていた。
その幾人かは、敵意満々の目でこちらを見てーーーー
「お待ちください陛下!」
不意に、慌てた様子で飛び出してきた。白のローブの集団、その中でもひとり突出して風格のある女性が会長たちと王族との会話に割り込む。
「ジブリール殿! 会談中に不敬ですぞ!」
側近の宰相らしき男に諌められるが女性は首を振って答える。
「召喚された者のなかに……紛れています! 人ではないモノです!」
ーーーーは?
友里の思考が一旦停止する。
ざわっ、とその場の全員が騒然となるが、いち早く混乱から復帰した騎士団たちが友里たち被召喚者全員を包囲した。鋭利な槍先をちらつかされて、会長も教師陣も身動きを封じられる。
抗議の言葉を放つ暇もなく、ジブリールと呼ばれた女性は手にした杖をかかげて叫んだ。
「……“我は光の使徒。光は我の道標。其れは業を照らし偽りを消し去る導きの灯”! 異形なる者よ、姿を現せ!」
杖の先に光が現れ、詠唱が終わると同時に解き放たれる。目も眩むような閃光で友里はとっさに眼を守ったが、身体に特に異常は感じなかった。一瞬、春の陽気のような暖かさを感じた程度だ。
しかしそれによる変化は上がった叫び声ですぐに理解できた。
「う、うああぁぁっ!?」
男子生徒の叫び声。そちらに目をやって、友里はぎょっと目を見開いた。
一瞬前にただの男子生徒が立っていた筈のそこに居るのは、身の丈四メートル近い大男。浅黒い身体でぼろ布のような着物を纏い、ボサボサの髪を長く伸ばしている。眼が隠されて表情はうかがえない。
あきらかな異形のモノであった。
「きゃああああ!」
「な、なんだぁぁっ!?」
あちらこちらで同様に、現れた異形の存在へ悲鳴が上がる。
それらは獣ような何かであったり、無機物のような何かであったり。あまりにも怪しく、異質なものだった。周囲の生徒たちが一斉に飛びすさり距離をとるほどに。
だがしかしーーーー、なぜだろうか。友里には“彼ら”もまた、折り重なる状況の変化に混乱しているように見えた。
そんな戸惑いをよそに、号令がかかる。
「浸入した魔族を討伐せよ!」
「神の使徒、勇者たちは保護だ! 間違うなよ! 心してかかれっ!」
騎士団と白ローブの集団が突撃してくる。一気に混乱の極致となるなかで、友里はとっさに沙雪の手をとった。とにかく、身を守らなくては。そう考えて、振り向きもせず一番近くにいた者に手を伸ばしたのだ。
しかし触れた瞬間に思わず友里はその手を放した。
「冷たッ!…………い?」
指先に伝わった情報に頭が混乱する。人の手に触れて、感じるはずもない感覚がした。
まるで、そう。氷に触れたような冷たさが。
そして、振り向き、友里は息を呑んだ。
そこにいたのは、“白”。
白磁のように白い肌。
新雪のように白い髪。
この場に不釣り合いな、真白の和装に身を包み、ゆらり幻影のように立つその姿。
彼女本人の名を呼ぶよりも、自然と友里の口に出た。
「雪女……?」
「……っ……」
髪色と装いは変われども、変わらない沙雪の顔が一瞬だけ悲痛にゆがむ。
呆然とする友里だが、不意に肩を掴まれ押し退けられた。
「死ね! 魔族!」
騎士のひとりが剣をふるう。その光る刃が沙雪にむかう。
「待っ……!」
友里は沙雪に手を伸ばす。届かないのは判っていても、それは反射に近い行動だった。
事情もなにもわからないままの現状で、見知らぬ騎士と姿が変わったとはいえ同級生のどちらを選ぶか。友里にとっては考えるべくもなかった。
しかし、それは杞憂に終わる。
《チリーーーーーーーーン!》
そんな音が聞こえた気がして、友里の頬に冷気が届く。
目の前には、一瞬にして半身を氷漬けにされた騎士が固まっていた。
「………………」
静静と、その場に立つ沙雪と友里の目が合う。
雪と氷に満ちる一画のなか、一体の氷像をつくりあげた沙雪はいつものように、文字通り涼しげな顔をしている。
しかしーーーー友里にはその顔に、怯えた野良子猫のような空気を感じた。
幻想的にも思える光景に喧騒を忘れかけるが、それも一瞬。矢継ぎ早に襲いかかっていく騎士たち。
しかし構える沙雪に触れることなく、今度は上方から吹き荒れた風に全員がはね除けられた。
沙雪を中心として開いた一画に、舞い降りる影がひとつ。
それは人の身体に漆黒の翼、そして鳥の頭部をもつ異形。
「烏天狗?!」
おもわず叫ぶ友里。それを烏の異形は一瞥し声を張り上げる。
「全員逃げろ! どっかに身を隠せ!」
聞き覚えのある声で出された指示に、異形のモノたちは一斉に動き出す。
そのうちの一体が部屋の壁へと突き進み、拳を振り上げる。轟音とともに、その拳のひと振りで石造りの壁は崩壊した。ぽっかり開いたその穴からは、星の輝く夜空が見える。
その穴から、異形の集団は一目散に逃げ出した。
一体また一体と吸い込まれるように出ていく異形を見送って、最後に残ったのは鳥の異形と雪の異形。
鳥人は沙雪の身体を抱き寄せると力強く羽ばたいて飛び上がった。
「ま、待って!」
友里は、離れていく彼らに手を伸ばす。それは周りの騎士たちのように、彼らを討ち取らんとする敵意からではない。
何故かはわからないが、このまま彼らと別れるのは良くない気がしたのだ。
しかしその手は空を掴み、二人の異形は去っていく。
後には氷像と、白い雪が残るだけだった。




