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001 ざっくり異世界召喚(猫付き)

 何故こんな状況になってしまったのか。あまりにも展開が唐突すぎて彼女自身も理解しきれていない節がある故、ここは第三者視点から物語を語り直そうと思う。


 それはさかのぼること三日前。友里がまだ普遍的いち高校生として生活していた場面から始まった。




     ※




(……めんどくさい)



 いつものように友里は思考していた。


 昼休み。束の間の開放時間になるやいなや、生徒たちは一斉に動き出す。


 そうそうに食事を片付けて、校庭へとくり出す者。雑談をする者。忍んで持ち込んだ携帯ゲームに興じる者。


 やっていることはひとそれぞれだが、共通しているのは“誰か”と“何かをしている”ことだ。



(めんどくさい……)



 場所は中庭。古ぼけたベンチにひとりで腰かけ、もそもそとコロッケパンをかじりながら友里は心のなかで繰り返す。


 校庭でスポーツに参加するほど活動的ではなく、さりとて雑談に参加するほどの話題があるわけでもなく、流行りのゲームやドラマにも興味がわかない。


 特段にやりたいこともやるべきこともなく、ただ悠々と流れる雲を眺めていた。






 山本友里という少女に対する周囲の評価をまとめると、少しばかり変わった少女だと大抵の人間は答えるだろう。


 教室では誰かとつるむこともなく、基本的にあまり喋らない。しかし引っ込み思案なのかというとそうでもなく、問われれば答えるし理不尽に責められれば反論もする。


 いつだったか、授業中の教師との雑談から始まった昨今の政府の方針と教育現場の実情の歪みについて一歩も引かない喧々顎々の議論を交わし、一時間授業を潰してみせた逸話はクラスメートの間では有名だった。


 無関心、というよりも確固とした価値観と自己を有しているために、必要以上に他者とかかわりを持たないのだ。


 なんとなくで徒党を組み、そこからはみ出すことを過度に恐れ、周りと同化するを旨とする普遍的な現代の高校生のなかでは、十二分に変人といえた。



(別にひとりが好きってわけじゃないんだけどなー)



 ただ、誰かといると、どうしても感じてしまうのだ。


 自分が見ている世界と、周りの見ている世界は違うのだと。


 テレビで流れるドラマの内容や華々しいアイドルのことを話すよりも、ここでこうして空を見ている時間が、どうしようもなく心地いい。


 話すべきことは話すけれど、興味のないことにまで無理に目を向けて、わざわざ時間を割いてまで話したいとは思えない。



 語るべきときに語れる自己さえ理解できていれば、あとは別段、どうでもいい。



 そう、どうでもいいーーーーーーーーと、割りきれていたなら簡単だった。



 しかし、それなりに聡明な彼女はそれでは世の中を渡っていけないことを理解してもいた。

 変人、というレッテルがどれだけ生きづらいものであるかも、実感として知っていた。


 せめて、自分と同じペースで、同じ方向に目を向けている誰かがいてくれたらーーーー。そんな風に考えなくもない。



 居るかもしれない。

 ならば探すべきだろう。


 しかし、居ないかもしれない。

 ならば探しても徒労にしかならない。


 居ると確信できれば歩く気にもなるが、あるかどうかもわからないものをわざわざ探すのも面倒臭い。


 そうして思考するうちに、悩むこと自体が億劫になってにっちもさっちもいかなくなる。



 そうやって自問自答を繰り返しながら、中庭から見える人の動きを観察するのが友里の最近の日課だった。




 ふと、目についた人物を目で追う。


 中庭の隅。植え込みの陰でうずくまる、女子生徒がひとり。

 陽のもとで艶やかに光る漆黒の髪。背中のなかほどまで伸ばしてひとつに括ったスタイルには見覚えがあった。


 なにしてるのかな、と思った友里は静かに背後から近寄ってみた。


 二年三組、白神(しらかみ)沙雪(さゆき)。友里とはクラスは別であるが、整った容姿と立ち振舞いから何かと話題に上がっているのを又聞きしていたので友里も覚えていた。


 横顔を覗いてみれば、キメの細かい白い肌に涼やかな目もとが印象的なクール系な美少女は、熱心な視線をある一ヶ所に送っている。

 その先、植木の陰を見てみると、そこには一匹の猫がうずくまっていた。灰色縞のサバトラ猫だ。どことなく萎縮した様子で身を屈め、じっとこちらの様子をうかがっている。



 庭の片隅で見つめ合う猫とクールビューティーは、なかなか画になっていた。



「…………」



 友里は無言で制服のポケットをさぐる。取り出したのは密封された小袋。魚のすり身シートでチーズをはさんだ食品、いわゆるチータラである。

 なんで女子高生がそんなもんを持ち歩いてるんだ、という言葉には“好物だから”としか答えようがない。友里の今日のおやつであった。


 友里は小袋の封を切りチータラを一本取り出すと、地面近くにぶらさげてチッチッ、と舌を鳴らした。

 サバトラと沙雪が一斉に振り向く。クール少女は少し眉を動かしただけだったが、サバトラのほうは友里の手にしたものに目を輝かせた。ぴょいぴょいと動かしてみせれば爛々とした瞳で立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってくる。やがて友里の足元にまで到達し、かぷりとチータラにかぶりついた。

 もちゃもちゃと咀嚼するそのさまを、友里と一緒になって沙雪は見ている。


 表情の動きはあまりないが、友里にはどことなく羨ましそうに見えた。



 チータラを食べ尽くして満足したサバトラは、ちゃしちゃしと口を開け閉めして友里を見上げる。じっとこちらを見つめるサバトラに、友里は手を伸ばした。


 猫に触るときは、下から手を差し出すのが大切だ。上から頭を直接触ろうとすると、猫は本能的に恐怖を感じてしまうから。


 喉元に軽く触れると、心地よかったのかそのままサバトラはすりよってきた。友里のローファーに首の後ろを擦り付けてくる。そしてなにかをうったえかけるように友里の脚にしがみついてきた。

 随分と人馴れした猫である。首輪はしていないが、おそらく元は飼い猫なのだろう。友里がそっと抱き上げても、抵抗せずにおとなしくしていた。


 友里は腕のなかで丸まったサバトラを沙雪に差し出す。



「触る?」


「……いいの?」



 友里が頷くと沙雪はおずおずと手を伸ばす。ほっそりとした指先が頬の毛に触れると彼女の小さな口元がほころんだ。



(あーー……なるほど、結構な破壊力だね)



 いつだったか写真部の男子が、あのクールビューティーの微笑みが激写できたなら一枚数千円でさばけるとかなんとか言っていたが、確かにそれぐらいの値打ちはありそうな気がした。

 スマホで一枚撮っとこうかと一瞬だけ思ったが、さすがに自重する。両手もふさがっていることであるし。



「山本さんは、猫、好きなの?」



 猫の耳をやさしく撫でながら沙雪は聞いてくる。静かだが風鈴の音のようによく通る声だ。



「ん、まぁ動物はなんでも好きだよ」



 それこそ犬猫から女性には敬遠されがちな爬虫類系や節足動物軟体生物までなんでもござれだ。マイペースな気質と波長が合うのか、友里は昔から動物にはなつかれやすい。過度に猫可愛がりする趣味はないが、気まぐれに餌をあたえたり隣人として気安く迎えられる程度には動物好きだ。



(……ていうか知ってるんだ、私のこと)



 全校規模の有名人が自分のことを覚えていることに友里は驚いた。よほど印象的な相手でもないかぎりクラスメートのフルネームすらおぼつかないことがある友里とは雲泥の差である。

 まぁどうせロクな評判ではないだろう。こちとら見た目地味中身偏屈のパンピーである。



「昼休みは、いつも此処にいるの?」


「ん、そうだけど」


「……ひとりで?」


「ん、ひとりで」



 遠慮がちな問いかけに頷く。取り繕う気もない。友里自身も自覚している厳然たる事実なのだから。直す気もないのだが。



「そういう白神さんは鞍馬たちとは一緒じゃないの?」



 常にほぼワンセットで行動している二人を引き合いに出して訊ねる。



「今日は、二人とも用事があるって」


「ふーん」



 まぁ、友里にはどうでもいいことである。


 よほど居心地がいいのか微睡みはじめたサバトラを抱いたまま空を見上げた。青雲のもとで腕のなかの温もりを感じていると、この上ない幸せを覚える。このまま午後の授業はサボりたくなってきた。



 そんな徒然とした思考に身を任せていた、そんな時だった。



 友里は足元がグラリと揺れるのを感じた。



「ん?」


「地震……?」



 じっと身構えて様子をうかがう。近頃は小さい地震が多い。巨大地震の前触れではないかと噂されていた。逃げるべきか否か、身構えたところに予想だにしないところから変化が現れた。


 視界が急激に暗くなったのだ。



 見上げれば、頭上に太陽は出ている。雲に隠れてもいない。


 しかし一瞬前の昼の青空は、見たこともないような深紅に染まっていた。



「な、なに……?」



 呆然と、友里はつぶやく。腕のなかのサバトラが、異常なまでにぶるぶると震えていた。


 ふたたび大地が揺れ動く。立っているのが困難なほどの横揺れ。バランスを崩して倒れかけた友里を沙雪が支えた。


 歪みに耐えかねた校舎の窓ガラスが割れる。崩壊する破片の向こうで、外壁にも亀裂が入るのが見えた。



「校庭に避難を!」



 沙雪の言葉に頷いて、転ばぬよう慎重に移動する。先行する沙雪が手を引いてくれていた。


 パラパラと、破片が頭に降りかかる。崩れるのか。安全確認に上方を見上げる。


 そこで、友里は見た。


 校舎全体を包み込むように、赤い光の線が空から降ってくるのを。


 放射状に広がる赤光のドームの中心に、白い光の固まりが浮かんでいる。それが弾けるように輝いて、友里の視界を白に染めた。






     ※



 視界が復活するのに、数十秒。


 その間、繋いだ沙雪の手と抱いた猫の感触だけが頼りで、友里は身を固めて不安に耐えた。

 少しずつ回復する視力とともに、落ち着きはじめた思考が周囲の音を拾いはじめる。ざわざわと、喧騒。大勢の人の気配。


 すん、と嗅いだ空気の匂いが数分前と明らかに違う。屋内の、こもった空気だ。



 開いた眼が映し出したのは、大理石のように艶やかな石造りの床。周囲に焚かれた篝火に照らされる鏡面のように磨き抜かれたそれには、見れば不可思議な紋様が細やかに描かれている。



(魔法、陣……?)



 ただ一部を見ただけなのに、何故かそう思った。異常事態の連続に、なにかしら予感めいたものがあったのかもしれない。


 その予感は、低く響いた声によって確信に変わった。




「ようこそおいで下さいました、勇者様がた。我等、聖ディルムンティナ王国一同は貴殿らへの歓迎の意を示します」



 少し離れた場所にある、雛壇の上。たっぷりと白い髭をたくわえた、いかにもな老人がローブを纏って現れた。

 彼は友里たちを見下ろしながら、朗々と語っている。



 異常事態ではあるものの、おおむねの状況を察した友里は周囲を見回し、とりあえず一言。



「……多すぎじゃないかな。いくらなんでも」



 右を見ても人。左を見ても人。


 いまだ事態が伝わりきらずにざわめくのは、友里と同じ制服に身を包んだ同級生、先輩、後輩。さらに混ざるは教師陣。


 全校集会の直前のような雰囲気が妙に緊張感を削ぎ落とす。






     ※



 男子生徒 百四十三名。

 女子生徒 百三十八名。

 男性教諭 六名。

 女性教諭 四名。



 県立綾華高等学校の総勢二百九十一名はこの度、こうして異世界へと召喚された。



     ※



『なーぅ』



 俺もいるぞ、といわんばかりに。友里の元でサバトラが鳴いた。




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