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015 酔狂なる鑑定士の道楽

     ※



 日影街の非正規自治組織『組合』の大旦那・ラモンドは“鑑定士”である。


 それはいわゆる流通する品々の値打ちを判定する職業としての意味合いではなく、天から授かりし“職能”を有するが故の肩書きだ。


 その職能は、万物の認識とそのものがもつチカラの数値化。

 およそこの世界にあるすべての事象と物品を、様々な基準をもとに具体的な量や数値にあらわすことができる。


 たとえば“金銭”を基準にして食物や工芸品をみれば、それが市場においてどれぐらいのを値段で取引されているのか一瞬でわかる。

 ヒトをみれば、その者がどれぐらいの金銭を稼げるか、どれだけの“価値”を生み出すかがわかる。それが何故かーーーー身体の強靭さか、その容貌か、あるいは特異な技能からか。数値に変えればその理由もわかる。


 むろん、数値化されたとてそれは常に変動するものであり、かつラモンド自身の見知らぬ対象までは鑑定できない。


 しかし若かりし頃から見聞をひろめ様々なヒトや品物に触れてきたラモンドには、およそ視界にはいる全てのものの価値が息をするも同然に理解できる。

 モノの価値を鑑定し適正な取引をおこない、ヒトの価値を鑑定し適材適所の仕事を割り当てる。

 ラモンドはそうしてこの職能を活用し、日影街の流通の大部分を取り仕切ってきた重鎮である。


 そのラモンドをもってして、鑑定ができない相手(・・・・・・・・・)というのは随分と久しぶりだった。



「なるほどな……。近ごろ上街の連中が騒がしいと思ってたが、そういう理由かい」



 聞いた話を唸って咀嚼しながら、相対する者たちを見渡す。

 男二人に女二人。全員がせいぜい十五かそこらの若者でありながら、その実態は未だ見通せず、ただ語り、ひけらかしてみせた事実があるのみ。

 それが真か偽りか。ラモンドとて伊達に長く物も人も見てはいない。虚実の見極めぐらいは素でできる。



「こちらまで話は広まっていませんか」


「箝口令でも敷いたんじゃろう。勇者召喚をするとは噂になってたが、それに混じって魔物まで呼び込んだとなっちゃ醜聞も醜聞だ。そいつらの使徒のおまけつきとなりゃなおさらな」



 “情報”もまた売り物だ。素早く正確な事態の把握は身の安全にも金儲けにもつながる。顔役をかたるからには表となく裏となく根を張るのは当然だった。

 それに引っ掛かっていないのをみると、相当に本腰を入れて情報統制に動いている。



「ったくご苦労なこった。わざわざ他所から引っ張ってこねぇでも使える奴ァいるじゃろうに」


「アンタは召喚否定派なのか?」


「あんなもん神殿とお偉いさんの都合でやってるこった。無駄とは言わねぇが、もっといいやり方は幾らでもあるじゃろうよ」



 日影街の住人ならば口を揃えてそう言うだろう。よくも悪くも、この“光の国”から切り捨てられた暗部の連中だ。国の世話になっている実感は少なく、ただ強権をふるう面倒な相手という認識が強い。



 ーーーー半年ほど前のある日、この国から世界にむけて一つの報せが出された。


 光の神の主導による、異界の勇者召喚決行の宣言。


 それは各地の歴史のなかに息づいてはいるが、暗黙の禁忌にされている場所へ手を伸ばすことの表明だった。



「お前さんらの、チキュー、だったか? それは聞いたことはないが、ここじゃあない別の世界についてはチョイチョイ話に出る。大昔のどこぞのハンターが異界出身だとか異界の英傑が魔物退治に尽力したとかな。なぁヘッジ?」


「うぇっ!? あ! あー、そう! そうすね! 神殿の連中が話してるのは聞いたことがありやす!」



 早口で、微妙に距離をとったまま答える部下の男。ヘッジは完全に腰がひけていた。

 ……これでも見込みがあると重用している男なのだが、どうにもまだ肝心なところで肝が細い。



「ビビり過ぎだヘッジ。そんなんじゃナメられちまうじゃろうが」


「……旦那が落ち着きすぎなんですよ。なんでそんなフッツーに話せるんですかい」



 ヘッジの反応は別段、おかしなことではない。むしろこの世界の人間としてはまともな反応だ。

 魔族とは人間の敵であり、人を憎み殺したがっている。それが常識である。

 実際、ラモンドもかつて各地を放浪していたころは何度も魔族や魔物に襲われた。人の言葉を操るものもいたが、交渉の余地もなく唐突に殺しに来るような連中だった。


 だが、それはそれで、これはこれだというのがラモンドの持論だ。



「お前が連れてきたんだろう? なら危険はねぇはずだ」



 きっぱり断言してやる。ラモンドがヘッジを最も買っている点は、危険への察知力だ。本当にヤバい事柄に関しては誰よりも敏感で、逃げ足も早い。

 魔族とは気付かなかったとはいえ、もしも敵意や害意があれば真っ先に気付いた筈だ。ならこちらが気を張っても無意味だろう。



「そんなん言われたら何もいえねえですよ……」



 渋い顔で溜め息をつくヘッジにラモンドは呵々(カカ)と笑った。そんなやりとりを客人たちは眉尻をさげて見ている。



(……異世界の魔族、“妖怪”か。たしかにこっちのとは違うようだ)



 三人の内のひとり、クラマと名乗った男が正体を露にしてみせたときは流石に息を呑んだ。

 漆黒の翼と烏の頭部。

 自在に宙を飛び、風を操り、炎すら吹いてカラカラと笑う。眼を見開いて驚くラモンドたちが、愉快で愉快で仕方がないという顔で。


 聞けば妖怪なるものは、人間が己にむけてくる感情……恐怖や驚きなどを糧に存在しているという。そこに物的な被害の有無は関係なく、如何に人間からの感情を集めているかが力の有無に直結しているそうだ。

 故に彼らは数千年もの昔から人におそれられる術を研鑽しつづけてきている。その数々の異能をもって如何に人の心を沸き立たせ、惹き付けるか。それを命題にする種族だという。

 本当だとすれば実に酔狂な化け物がいたものである。



「タチが良いのか悪いのか、傍迷惑な愉快犯、って所か」


「駄目か?」


「はっ、悪かねぇさ。この街でやってこうってんなら多少悪タレなぐらいでちょうど良い」



 悪びれもせず訊ねてくる鞍馬にラモンドも不敵な笑みで返す。


 もともとこの日影街にいる時点で世間様……特に上街に住んでいる小綺麗な連中からみれば、犯罪者予備軍のようなものだ。“咎持ち”を相手にするのとたいして変わりはしないだろう。

 すくなくともラモンドはそう思った。



(問題は、あっちの嬢ちゃんか)



 一行でただひとり、人間だという少女。異界より召喚された勇者のひとりでありながら、咎持ちとして追われる身となったという。



「天職の儀を受けたんなら、カードはあるか?」



 見せてみろ、と手を伸ばすと友里は手のひらから紫色のカードを取り出した。

 その文面に改めて頭痛を覚える。



「“魔物の使徒”ねぇ……。また難儀な咎持ちがいたもんだ」


「咎持ち?」


「ああ。一部の、世間で害悪とされている天職をもっている連中をそういうんだ」



 この世界における一般市民はかならず“天職の儀”を受けるが、この日影街では受けずに生きている者が多い。

 窓口は主に神殿。お布施を納める必要はあるが、よほどの貧困層でもまず受けるのが通例であるのにだ。

 というのも、それと同時に発行されるカードは身分証明の品として扱われていて、正規の商いや国への住居の登録などに際しては提示が義務付けられており、一般市民が“真っ当に”生きるには必要不可欠であるからだ。

 しかも勇者とは違い、もとからこの世界に生きている原住民は必ず天職を授かっているわけではないから、天職の儀は一般的には“身分証明書の発行”という側面のほうが強い。


 しかしこれと同時に表面化する天職には問題もあった。



「お前さんの“魔物の使徒”以外にも、“暗殺者”だの“盗賊”だの、そんな天職も世の中にゃある。だがどんな天職をもってるかは受けてみるまではわかりゃしねぇ。カタギの世界の住人がそんな天職持って、真っ当にやっていけるとおもうか?」



 天職とは、その人間がもっている素質の表れだというのが一般論だ。

 種類は完全にランダムで、親兄弟で天職が似通うこともあればそうでないこともある。ごく普通の一般家庭から“騎士”がでることも“殺し屋”がでることもあるのだ。

 天職とは、天から定められし命運のカタチ。悪しき職を定められたのはその者が生まれながらにもつ咎ゆえだと言われている。

 そんな肩書きの載った身分証明書をぶら下げて、真っ当な生き方ができるわけもない。


 有益な天職であれば国をあげて囲いこむが、危険な天職であればつま弾くか、最悪の場合は“居なかったこと”にされて存在ごと抹消される。ある意味で非常にリスキーな儀式でもあるのだ。



「随分とまぁ……支配者に都合の良いシステムですね」



 天職というある種の“素質”を判定する儀式で初期段階から人の選別がおこなわれているのだ。

 樹木を剪定するように危険人物となりえる素質のものを切り捨てて残ったものを育てていけば、それはさぞかし綺麗なかたちにおさまるだろう。


 しかし、その傍らには切り捨てられた者たちによる集団ができることになる。それがこの日影街なのだ。



「切り捨てられた連中と、その家族だの恋人だの、一緒になって追い出された連中。それが集団となりゃあそれを相手に商売をする連中もでてくる。それがまとまって暮らし始めりゃ、あっという間に非合法な裏社会の出来上がりってわけだ」



 後ろ暗い天職を持った連中がつくった、世間には認められない場所。

 そんな場所だから、異端の使徒だの妖怪だのが転がり込んだところでなんだというのかーーーーと、ラモンドは思うのだが。



「……ラモンドさんみたいなのは、少数派でしょうね」



 友里の言葉は正鵠を射ている。“鑑定士”は表の世界でも充分にやっていける天職だ。それをわざわざ日影街に居を構えてやっていこうなど、まず普通は思わない。



「お行儀のいい連中よりアクの強い問題児どもを相手にしてるほうが愉しいもんでな。こうしてるのも道楽みてぇなもんだ」



 愉しいのが一番。金儲けは、そのついで。



「俺らといい勝負かもしんねぇな」


「誉め言葉として受け取ろう」



 鞍馬とラモンドはいっしょになって腹黒く笑った。


 こほん、と友里が咳払いをして。



「……越後屋と破戒の権化が意気投合したところで。なんですが、では。よろしいですか?」


「ああ、いいじゃろう。ウチで面倒見てやる。お前さんらの仲間捜しもな。そのかわり、キチッと働いてもらうぞ?」


「当然です。バリバリ働きますーーーー鞍馬が」


「俺だけ!?」


「……む」


「私たちも働きます。けど、どんな仕事になるんでしょうか……?」


「ふむ、そうだな……」



 ラモンドは改めて、四人をじっと見る。


 本来なら“鑑定士”の職能をフルに使って査定し、その能力を活かせる場を考えるところだが、妖怪と異界の勇者という未知の存在が対象なせいかうまく鑑定できない。

 よって自己申告の能力から仕事を割り当てるほかないのだが、荒事でも対応できそうな妖怪三人はともかく、友里の扱いが問題だった。

 内面こそ並々ならない豪胆さをそなえているが、身体的には若い娘だ。荒事はまず無理。なにより話の様子では王宮に顔も割れている。不用意に外をうろつかせるのは得策とはいえない。


 ラモンドとしても代価ーーーー未知の存在を理解するための“情報”が完全な後払いでは不安も残る。



「まずは、もっとお前さんらの世界の話が聞きたいところだな。何ぞ商売の種になるかもしれんし」


「そうですね。我々もこの世界の仕組みについて、知らないことが多すぎる」



 それを学ぶに座学で学ぶか実地で学ぶか。ここは効率を重視しつつ、二手に別れるべきだろう。



「んなら俺と鋼夜で外を捜してまわって、その間に山本たちと旦那で色々話し合ってもらう感じでどうだ?」


「……ん」



 鞍馬の提案に鋼夜も同意する。友里も沙雪も異論はなかった。



「よし、じゃあヘッジ。ちょいと案内がてら見廻りに連れてってやれ。ついでにここ二、三日でおかしなことでも起きてないか調べてこい」


「…………了解しやした」



 物凄く、なにか言いたそうな顔でヘッジは了承する。大丈夫なのかよと本音が漏れてみえたが、そこは敢えて触れないでおいた。

 男二人組を引き連れて出ていく部下たちを見送って、ラモンドは席を立つ。



「では、立ち話もなんだ。ついてきな」



 黒の天幕のさらに奥へと友里と沙雪を連れていった。




次話はほぼ出来てるので二、三日中には投稿します。

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