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013 ロクデナシたちのロクでもない一幕

     ※



 彼らは真性のロクデナシだった。


 定職に就いている者はひとりもおらず、勤労といえる勤労もしていない。日影街のあちらこちらでたむろしては適当な獲物を取り囲み、金銭をせびりとっては酒や女に消費していく。

 なにひとつ生産性のない、ただ何者かから搾取するだけでなにひとつ還元しない、社会の底辺と呼ぶことすら生温い、そんな存在。



 で、あるからして。



 彼らがどれほどの目に遭ったとしても、同情の余地はほぼないーーーーーーということだけは、前もって御理解いただきたい。











 それは彼らにとって、いつものことだった。


 今日の獲物は、日影街へとやってきたばかりとおぼしき相手。

 男二人、女二人。

 見慣れない装束からして、おそらくはどこからかの移民。身なりが小綺麗なところからして羽振りはよさそうだ。無警戒にこの辺りをうろついていて、おそらく土地勘もない。獲物としてうってつけだった。


 見張りを残して人員をかき集め、配置につく。場所は人が三人も並べば道のふさがる手狭な街道。合計十二人が前後に分かれ、まず背後から奇襲をかけて男をひとり仕止める。後方へ注意を引き付けて前方へ逃げようとしたところをまとめてフクロにする。

 男はともかく女はあまり傷つけたくないところだ。そのほうが高くさばける。片方はぼちぼちだが、もうひとりはかなりの上玉なのが遠くからもうかがえた。

 白磁のような白い肌に、目の覚めるような銀の髪。白を基調とした異国の民族衣装もまた、この日影街では異質ともとれる美しさ。

 売るのは多少楽しんでからでもいいかもしれない。そんな下衆な考えをよぎらせながら、彼らはいつものように背後から強襲する。

 狙うのは男の片割れ。根暗そうな黒髪の男の頭部を、叩き割るつもりで棍棒をフルスイング。


 ゴッ! と鈍い音がしてーーーーしかし、相手は倒れなかった。



「あ?」



 棍棒をふるった男が間抜けな声をあげる。木製とはいえ、ひとかかえもある堅い丸太から削り出したもの。それを仲間内でも一二をあらそう腕っぷしの男がふるったのだ。まともに喰らえば三メートルは吹っ飛んで事切れる。


 それを平然と直立不動で受けきった男は、ぐるりと振り返ってチンピラたちを見た。



「ーーっ!」



 男たちが一瞬、総毛立つ。

 振り向いた男の両目をおおう、闇のごとき黒の前髪の向こう側を見て。


 その双眼は、“赤”。


 不吉な夜の赤三日月か。

 血のしたたる処刑鎌か。

 はたまた、夕闇にはゆる“鬼火”か。


 怨み辛みを煮詰めたような、どろどろとした赤黒い眼が、見据えている。


 数秒間、固まった彼らを置き去りに、赤目の男は振るわれた棍棒をひっつかみ、腕をふった。持ち主の手からあっという間に奪われたそれを持ちかえて、因果応報とばかりに、振り抜く。

 逆襲を受けた男は、ぱぎゃ!と間抜けな音をたて、腰から横に『く』の字に曲がり脇の壁に突っ込んでいった。

 崩壊寸前の板塀と舞い上がる土煙に愕然とするチンピラたち。赤目の男はぼそりと口にする。



「釣れた、っぽい……ぞ」


「おう、案外遅いな」



 先頭を行くもう一人の男が軽薄な笑みを浮かべた。ちょいちょいと指をふって挑発してくる。沸点の低い連中が一気に逆上した。



「て、てめェッ!」



 後方での騒ぎを察して前方の待ち伏せ組が飛び出てくる。ふりかざすナイフと角材が先頭の男に迫る。

 構える手と刃が触れ合う、寸前、轟ッ!と音をたて風が吹き荒れた。


 瞬間、襲撃者たちが重力から解き放たれる。



「ーーへっ?」


「ーーはっ!?」



 廻る視界。消えた己の体の重さ。太陽が眼下に見える矛盾。

 

 上方数メートルにまで投げられたのだと当人が理解するより早く、ふたたび重力が彼らを支配する。

 受け身もとれず、脳天からかなり危険な墜ち方をした。落下先が廃材置場の上なのが救いか。頭から廃材の山に突き刺さってピクリとも動かない。



「……死んだか。あれ」


「どっちでもいいよ。とりあえず二、三人だけでも。ぎりぎり生きてれば」



 あちゃあ、と気まずげな顔をする男に連れの女が返す。顔立ちこそまだ幼さの抜けない造形ながら、不相応なまでに目付きと発言が荒んでいた。

 このあたりで見定めた獲物が脆弱な兎ではなく狂暴な猪のような相手であると多くの者は察していたが、まだ逃げに転じる者はいなかった。

 こちらから喧嘩をふっかけておいて逃げ出すなんて情けない真似ができるか、というのもあるが。武器らしい武器も所持していない、成人もしていないような男女四人組相手に手も足もでなかったでは、今後の彼らの面子にかかわる。まだ自分達に倍以上の人数の利があるのも確かだった。


 膠着状態で睨み合うなか、男二人に守られた女の片割れ……荒んだ目をした少女が周囲を見渡す。

 自分達を取り囲むものたちを、ひとつひとつ、丁寧に。

 瓶の底をさらうように、奥深くを覗き込まれる。


 やがて出たのは、嘆きの溜め息。



「駄目だ。三下しかいない」


「……ああ゛!?」



 投げ込まれた言葉は、一気に気炎を燃え上がらせる。



「鞍馬ー。もう適当に吹っ飛ばしちゃってよ。この作戦やっぱ無理あるって」


「もう少し大物が引っ張り出せるとおもったんだがな……。しゃあねえか」



 気負うこともなく、そう返答した青年は手のひらを軽く開閉して具合を確かめ、そのまま一足跳びに前へ出た。瞬きの間に懐の内。



「うわっ!」


「えぇっ?!」


「ああぁっ!!?」



 その両手がふるわれるたび、冗談のように“人が飛ぶ”。

 童児が人形をもてあそぶが如く、高く宙を舞い、受け手もなく地に墜ちる。

 くるりくるりと大の男を舞い上げるさまは、旋風さながら。注文どおりにおもうさま吹き飛ばす。



「な、何者だあの野郎!」


「冗談じゃねぇぞ……!?」



 一気に混乱の局地となった前方。それに触発されて後方のゴロツキたちも飛び出した。

 後方にて相対する赤目の男は奪った棍棒を横凪ぎに振るう。数人がまとめてすっ飛ばされるが、先程の一撃よりもキレがない。

 凪ぎ払いを掻い潜った二人が中央の女二人に差し迫った。

 女を人質に取れば逆転の目はある。下卑た視線の先におどりでたのは、異装束の銀髪の女。もうひとりの少女を守るようなふるまいに違和感を覚えーーーー


 そこが思考の終点となった。




《チリーーーン》




 鈴鳴りのような音。頬を撫でる冷気。

 その眼に写るのは、女がいつのまにか手にした白刃が振るわれるさま。



「へっ……?」



 聴こえて感じたその胸に、走る痛み。

 斬られた。そう理解する前に、



「あ、あああああああ!?」


「ぎゃあああああああぁ!!?」



 尋常ではない痛覚と同時に送られてくる情報が脳に混乱をもたらす。


 冷たい。寒い。

 寒いのに、熱い(・・)


 ただひたすらに泣き喚く彼らには理解できない現状の一部始終を、荒んだ目の少女は余すことなく見ていた。



「えっげつないことするね。白神さん」



 評された女が手にするのは、鍔のない短刀。それは異国で匕首(あいくち)と称されるものだが、刀身から握りまで全てが氷で出来ていた。

 透き通る刃の一品を異国の白装束の女が振るえば、それはまさしく幻想絵のごとき美しさ。

 しかしそれで大きく胸を撫で斬りにされた男たちは、裂傷を上から凍りづけにされて悶え苦しんでいる。



「……出血が酷いと、死んじゃうかと思ったから。凍結させたんだけど」


「裂傷に凍傷が重なったらスゴい痛いよ。多分」



 あまり想像したくない部類の痛みに、男たちはおそれおののく。


 いや、なによりも恐いのは。彼女らがそんな会話を真顔で繰り広げていることだろう。


 やばいのに喧嘩を売った。


 そう彼らが理解したのは、既に全滅の三十秒前だった。












 ガラクタ横丁のチンピラ。計十二人。

 そのほぼ全員が重軽傷を負った。

 日影街の抗争としてはかなり小規模なほうであり、日常の範疇ではある。


 とはいえ、当人たちにとってどうであるかは、また別問題だ。



「てっ、てめぇら……よくもやってくれやがったな……!」


「どういうつもりだ畜生!」


「この縄外しやがれ!」



 比較的軽傷の三人が両手足を拘束されたまま元気にわめく。

 荒んだ目の少女が奪ったナイフをもてあそびながら、うざったそうに言った。



刃物(ヤッパ)片手に襲っておいて、よくまぁそんな要求ができるね。これだから三下は」


「黙れクソチビ!」


「三下言うな!」


「結構傷つくんだからなその呼び方!」



 もはや失うもののない捨て鉢か、もしくは直接の脅威を被っていない少女を軽く見てか、三人の語気は強い。



「反論のフレーズに捻りがない。三十点」


「ハァッ!? わっけわかんねぇンだよ!」


「馬鹿にしてんのかぁあんっ!?」


「いえ、コケにしてます。プギャー|(笑)《かっこわらいかっことじ》ー」


「っがぁぁぁぁぁああムカつくぅぅぅ!!」



 意味不明な擬音とともに指を差して笑われる。

 異国のスラングなのだろうか。意味は全く理解できないが、感情の乗らない目で棒読みのように言われると理不尽なまでに腹立たしい。完全に馬鹿にされている。

 そんな彼女の後ろからぬっと顔を出す男二人。



「……集め、終わった」


「銀貨が三十五枚に、銅貨が百枚ちょっと、ってとこか? たいした値打ちにゃならなそうだが……。ほいっ」



 収穫でパンパンになった巾着袋をぶらつかせながら、少女の頭に一着の衣をひっかける。



「わぶっ……なにこれ?」


「コート。なるべく綺麗そうなのみつくろっといた」



 黒い厚手の布でつくられたフード付きの外套。成人男性に合わせてつくられたそれは、小柄な少女が袖を通すとすっぽりと姿を覆い隠してしまう。



「……うん。着心地は悪くないかな。……って、あれ?」


「ぶっ! ぶははははッ! なんだその刺繍!?」



 着込んだコートの背中側。広く大きなその一面に刻まれているのは、翼を広げ舞い上がらんとする一羽の鳥。

 赤の糸で羽の一枚一枚を細かに表現し、爛々と目を光らせている猛禽が黒の生地に舞う。仲間内でもひときわかぶいた男の一着だった。無理して買った上質の上着に自力で縫い付けたらしい。



「なにそれ!? 登り竜的なアレ? 不良が上着に刺繍するのって全世界共通なの?! 古すぎだろ!」



 ツボにはまったのか、腹を抱えて爆笑する男。他の二人も、わずかに笑いをこらえているような様子がうかがえる。

 しかし装着している当人はというと、くるりとその場で回ってみたり、襟を正してみたり、うむうむと頷いてみたり。



「うん。いい」


「……いい、のか?」


「……いい、のかしら……?」


「ははッ! ふはははははははははっ!」



 満足げな少女と爆笑する男。首をかしげて戸惑いを隠せない二人。簀巻きにされて転がった男共には、もはや理解の許容範囲から外れかけていた。



「なんなんだよ、テメェらはよぉ……」


「はーははははは……はー、はー……笑った笑った。おもしれー。あーそうそう、アンタらに聞きたいことがあるんだわ」



 ひとしきり笑い尽くして、男は見下ろしてくる。



「この界隈で一番賢しい、顔の広い人間を探してる。心当たりはないか?」


「あァ?」


「なんだそりゃ」

 

「ハッ、ヒトに物を訊ねるなら態度ってもんがあるんじゃねえのか?」


「へぇ、なにが望みだよ?」


「そうだな、そっちの姉ちゃんと一発ヤらせてくれりゃぺばぁッ!!」



 白装束の女が手にした“モノ”で男の台詞ごと顔面を打ち抜く。男はほぼ水平軌道で通りの向こうまで飛んでいった。

 女は振り抜いた氷の刺鉄球棒(モーニングスター)で地面を打ち鳴らし、絶対零度に冷えた蔑みの目でもって男たちを無言で見下ろす。

 隣の少女が補足して言った。



「欲しけりゃ一発()ってやるって」


「いらないいらないいらないです!」


「マジッスンマセンっした! チョーシこいてました!!」



 残った二人は千切れんばかりに首を振る。相手にしている面子のなかでこの女が一番ヤバイとようやく悟った。見た目は手折れそうなほどに儚げな美人だというのに。


 しかし命乞いに向こうの要求に答えようとするがーーーー



「お、おい。お前なんか知らんのか?」


「いやそんな急に言われても……」



 男たちには心当たりも、それを探すようなツテすらもない。無い無い尽くしのロクデナシであった。



 いよいよ進退窮まった、とそんなところであった。






「あーーーー……ちょいと、いいかね? 兄さんがた」



 ひょいと投げられた声がある。

 おずおずとした台詞の主へ振り向けば、そこは通りの曲がり角。痩せた狗を彷彿とさせる、くたびれた灰色の服に身を包んだ老け顔の男がいた。



「は、“灰狗”!?」


「なんでテメェがここにーー」


「……どちらさまで?」


「俺の名はヘッジ。そこのロクデナシが言うように“灰狗”なんぞと呼び名のついた、しがない使いっ走りの犬ッコロだよ」



 舎弟をひとり従えて男、“灰狗”は飄々と名乗りをあげる。



「使いっ走りねぇ。……つまり、アンタにゃ“飼い主”がいると」


「察しがよくて助かるぜ。おまけに、随分と腕も立つようだ」



 その眼は薄く細められ、お人好しな笑顔にしかみえない。


 しかし、この界隈の住人ならば知っている。



「どうだい。ウチの主人に会っちゃあみないか? そこらのチンピラ官吏よりよっぽどキレるし、この街でなら顔も広い。なかなか頼りになるぜ?」



 言葉を投げるその裏側で、潜む“灰狗”は、油断なく相手の内側を嗅ぎ回っていることを。


 異邦人の四人組は互いに顔を見合わせる。

 軽薄な男は陰気な男へ。

 陰気な男は白装束の女へ。

 白装束の女は荒んだ目の少女へ。

 荒んだ目の少女は、“灰狗”の相貌へ。



「……………………」



「……?」



 少女は、観る。


 荒んだ両目が、“灰狗”を捉える。

 捉えて、内側(ナカ)を、覗き込む。


 それは先ほど、男たちを三下と断じたときと同じ眼だった。


 その眼は澄んではいないが、適度に濁り、鋭くはないが、虚ろでもない。


 暗く昏く、黒黒と。


 ざわざわざわり、深々と。


 何処か、奥底へーーーー吸い込まれるーーーーようなーーーー…………





「行こう」



 ぽん、とその一言で引き戻される。

 その場の全員が、白昼夢から覚めたような感覚に襲われた。


 同時に、得体の知れない寒気がはしる。


 ーーーー今のは、“何”だ? 思考が一瞬……、止まったような……。



「この人は、悪くなさそうだ。よろしくお願いします、ヘッジさん?」



 なにをしたわけでもない。

 ただ其処で、こちらを見ていただけの少女。


 それが、なによりも、何故か、おそろしい。



「…………あ、ああ。着いてきな」



 冷や汗一滴、たらりと落とし、“灰狗”はきびすを返した。

 その後を追う舎弟を、さらに四人がついていく。



 その姿がすっかり見えなくなって、ようやく男らは全身の力を抜いた。




「ーーーーぶはぁっ! なんだありゃあ!?」


「……いや、今日はホンッット肝が冷えた……」



 極限の緊張感からの反動で、意味もなく笑みが浮かぶ。空笑いだが、そうでもしなければ平常を保てそうにない。



「しかしよぉ、あの様子だと、あいつら……」


「ああ。傘下に入るんだろうよ。ったく忌々しいね。組合ってのは」


「報復とかーーーーできねえよな。そうなると」


「ったりめえだろ! まぁせいぜい? 情報余所に売って金に代えるぐらいが関の山じゃね?」


「だよな糞っ! あンのイヌ野郎っ、イイトコ持ってきやがって! 壁の角に小指ぶつけて死ねっ!」



 男二人、ぎゃあぎゃあとひとしきり愚痴って、ようやく気が落ち着いてきた。


 とりあえず、やらかしたことに反して軽傷で済んだのは男たちにとって行幸である。他の連中がほぼ再起不能に近い状態であることを考えると、これからの身の振り方も重要になってくるが、何もない身の上である。別のチンピラの集団に鞍替えするのが関の山か。


 いやそんなことより、さしあたっての問題はーーーー




「……つーか俺らこのまま放置?」


「言うな。悲しくなる」



 簀巻きにされて助けもなく、暫し路の端で晒し者となるロクデナシたちであった。





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