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010 妖怪談話 ー前編ー

 あっというまの夜間飛行。夜の森の向こう側へ飛んだ鞍馬は小高い丘の上に着地した。危うげなく降り立つ鞍馬と沙雪に対して、友里は手放されると同時にその場へへたりこむ。時間にして十分も飛んでいなかっただろうが、完全に腰が抜けていた。遠くにともる王城の灯りを惚けた顔でただ眺める。



「気分はどうよ、山本の?」


「……あー……スッキリした、かな」



 するりと翼を引っ込めて人間の姿に戻った鞍馬が悪童染みた笑みを浮かべる。友里は息をととのえて立ち上がるが、どうにも上手く力が入らない。



「っと……あ、あれ……?」



 ここ数日の疲労が一気にでてきたのだろうか。ぼんやりと頭が霞みがかり、ふたたび倒れそうになる友里を沙雪が支えた。沙雪の胸元に身体を預けるかたちなるが、周囲の目を気にする余裕がいまの友里にはなかった。



(冷たい……けど、気持ちいい……)



 前に触れたときは驚きで感じとるひまもなかったが、こうしてみると“氷のように”というほどの冷たさでもない。人肌よりも低いのは確かだが、むしろ余計な熱をほどよく吸収してくれているような。それでいて女性の身体の柔らかさがあるためかウォーターベッドのような心地よさがある。



(雪女に抱かれて死ぬ男って世界一幸せなのかもしれんねー……)



 どうでもいい思考が垂れ流しになるのは疲労が蓄積しているせいだろうか。



「おーい、大丈夫か沙雪。いろいろと」


「……だ、だい、じょ……ぶ」



 頭上で交わされる二人の会話も、いまいち頭に入らない。なんだか微妙に沙雪の体温がぬるくなった気はするが。

 そんな三人の足下で一匹が鳴いた。



『フーーーーッ!』



 警戒心全開のサバトラの声。ばっと素早く鞍馬が振り向くが、その相手を確認してすぐに緊張を解いた。



「鋼夜! おつかれさん。いい仕事だったぜ」


「……ん」



 林の奥から現れたのは一人の男子学生。両眼を覆い隠すように伸びた前髪が特徴的な、陰気な印象の青年である。

 青年は歩みよりながら、いまだ毛を逆立てつづけるサバトラを見やる。



『…………』


「…………」



 静かにかがんで、その頭に触れようとする。が、



『ニ゛ャッ!』



 しぱーん! と弾かれた右手が所在なく空をつかむ。全力の猫パンチで拒絶された。サバトラは友里の足下に逃げ込み、喉を鳴らして威嚇する。



「…………」


「……とりあえず傷心するのは後回しにしてくれ。ほら沙雪も。ひとまず拠点に戻るぞ」



 先導する鞍馬にうながされ、沙雪に手を引かれるままに友里は森のなかに入っていった。



     ※



 ぱちぱちと音がする。燃える枯れ木が跳ねて騒ぐ。闇の広がる夜の森を煌々と照らす、揺らめく炎。

 その周囲に突き刺さった枝で、ぷすぷすと小さな音を立てる“それ”。

 すん、と鳴らした鼻に流れ込む、焼けた油の匂い。ぎゅるぅ、と腹が鳴る。



「お腹すいた……」


「もーちょい待て。すぐ焼けっから」



 焚き火で炙られる串焼きの川魚。焼け具合を確認する鞍馬の横で友里は身を横たえている。



「焼けたら起こしてやっから寝ててもいいんだぞ?」


「……いや、起きてる」



 それは空腹ゆえではなく、気が異様にたかぶっているせいだ。横になって多少頭は晴れてきたが、身体は疲労しているのに眠気がこない。



「やっぱり、寒い……?」


「いや、むしろ気持ちいーよ。柔らかい氷枕みたいで」



 寝転ぶ頭部の下に敷かれた、沙雪の両脚を評する。


 そう、友里はいま、クール系美人の女子高生に膝枕で看護を受けるという男子垂涎の状態なのであった。


 沙雪のファンに見られたら投石程度では済まないだろうなぁ、と思いつつもあまりに心地いいので身を預けたまま動く気にならない。

 傍らで丸くなるサバトラのモコモコも相まって、これぞ至福である。



「白神さんこそ脚、痺れない?」


「ううん。むしろ、この状態のほうが回復するから」


「やっぱ予想通りか……。助けた甲斐があるってもんだ」


「……?」



 鞍馬と沙雪のあいだで交わされる会話に疑問が浮かぶが、友里が問いかける前にのっそりと影が帰ってきた。



「……ただいま」



 気配もなく、気がつけばそこにいる男は、下北山(しもきたやま)鋼夜(こうや)

 両眼が隠れるほどに伸ばされた前髪が特徴的な、二年生。

 抑揚の少ない声といい、自ら周囲に埋没しようとしているかのような印象の青年であるが、友里はこの男の顔と名前は記憶していた。

 クラスメートであったことも一因にあるだろうが、それでも他の同級生の記憶があきらかにあやふやなのを鑑みると、友里なりに直感めいたものがあったのかもしれない。


 彼もまた、普通の人間ではないのだろうから。



「おかえり。なにか異常あったか?」


「……ん。ない」



 鋼夜は集めてきたのであろう枯れ枝と青リンゴのような果実を鞍馬に差し出す。

 鞍馬は焚き火に枝を突っ込みながら果実をひとつ沙雪に投げ渡す。



「人が食って大丈夫かはわからんが、俺らは問題なかったし平気だろ。味も悪くねえぞ」



 受け取った沙雪は片手に氷塊を生成、さっとナイフへと形を変えて皮をむきはじめる。鋼夜も腰を下ろしたところで鞍馬が口を開いた。



「そんじゃまぁ、面子も揃ったし改めて……どっから話したもんか」


「とりあえず、アンタらが“何”なのかはっきりさせてくんないかな」



 予想はついてるけどさ、との友里の一言に苦笑して「じゃ、それからで」と鞍馬は頭を掻く。



「俺は、いや俺たちは、いわゆる地球で“妖怪”って呼ばれてる存在だ。見た通り、俺は烏天狗。沙雪は雪女。で、鋼夜はーー」


「鬼でしょ。いま、ツノ無いけど」



 友里が当たりをつけて言った。ぴくり、と鋼夜が身動ぎする。



「よくわかったな」


「こまかい分類はわからないけどね。召喚されたとき、城壁殴り壊してたし。あのときはツノあったし」



 怪力無双で頭にツノの生えた人型の妖怪となれば、とりあえず鬼系だろう。とはいえ、ひとくちに“鬼”といっても色々いるから細かいところまでは友里にもわからない。



「それで? なんでそんな妖怪が現代日本で高校生やってたのさ」


「んー、まぁなんでかっていうと……。要は“生き残るため”だわな」


「生き残る?」


「山本はけっこう俺たち……妖怪に理解があるみたいだけど、基本的な“生態”に関しては知ってるか?」


「…………生態、というか。人間をおどかして生きてる、みたいな?」



 そもそも妖怪に“生態”ってあるんだろうか。試験も病気もなんにもない、ぐらいの、そういった命の有無という縛りにすらとらわれない自由気ままな存在ーーーーというイメージが友里のなかでは強い。

 行動原理からして“小豆とぎ”と“雪女”ではまったく違うし。



「そういえなくもないんだが、もっと根本的なところでいうと、妖怪ってのは、人間の“畏れ”を糧に生きている連中のことをいうのさ」


「“おそれ”?」


「そう、“畏れ”。けど、これは別に恐怖だとか、畏れ敬う心がけだとか、別にそういったものに限った話じゃあない。突き詰めていえば、人間が向けてくるありとあらゆる“感情”のことだ」



 妖怪にも様々なものがいる。

 ヒトを拐い、喰らい、害をなすもの。

 反対に、富や幸福を授けるもの。

 それ以外にも日常のちょっとした出来事から派生した、害にも益にもならないような不可思議なものもいる。


 それは確かに単純な恐怖心とは無縁な存在だろう。



「そうやって集めた“感情”のエネルギーは妖怪が存在するための、謂わば生命力みたいなものであると同時に、数々の異能の発揮するための力でもある。たとえばーーーーこういうのとか」



 鞍馬がパチンと指を弾く。


 するとひゅるりと風が吹き、積んであった枯れ枝が一本、宙に浮き上がる。



「こういうのとか」



 さらに指を弾く。


 ひゅん、と風切る音が立つ。ぱらりと枝が細切れに裁断される。



「こういうのとか!」



 右手の指を口に添え、大きく息を吹く。


 ぼぁっ! と炎が吹き出され、枯れ枝が燃え上がり、焚き火の中へと落ちていく。



「おー……」



 友里は眼を丸にしてその光景に見いる。異世界に来て初めて目にする不思議らしい不思議が、思いきり地元な日本妖怪の術だというのが若干腑に落ちないでもないが。



「発揮できる異能は種族によって違う。沙雪は雪女だから、いま俺が俺がやったみたいな火術はつかえないし。鋼夜みたいな鬼は怪力ってかたちになることが多いな。で、ここからが重要なんだが……エネルギーとして利用できる“畏れ”にも種類があるってことだ。具体的には自分と、自分と同じ種族に向けられた“畏れ”しか利用できない」



 パキン、と今度は手で枝を折りながら鞍馬はつづける。



「たとえば俺は“天狗”だが、もともとは“山にある脅威の具現”っていわれてる」


「ああ……修験道とか、山伏のイメージも合わさって今の状態におちついたんだっけ?」



 一番最初の、天狗というネーミングの源流は“流れ星”。それを“天駆ける狗”としてとらえ、山中に落ちて災いを引き起こすものとされた。

 そこに山岳信仰があわさって、そこで修行を積む者のイメージが重なり、人の身体と山伏姿の妖怪が生まれたのだ。



「さらっと博識だな。まぁ、そういうものなんだが……現代では山そのものを畏れることはあっても、それで俺たち天狗を“畏れる”ってことはあんまりなくてな。正直、山にこもってるだけじゃあほとんど“畏れ”が集まらなくて、やっていけねえんだよ」



 それはーーーーまぁ、そうだろう。


 たとえばひと昔前なら人がひとり行方不明になれば、やれ神隠しだ、やれ天狗に拐われたんだ、などと真偽はともかく思われただろう。

 しかし、現代では家出や事故、もしくは人為的な事件に巻き込まれた、と思われるのが関の山だ。天狗やその他の妖怪が感情に絡む余地はない。


 そもそも妖怪が実在しているということ自体、友里だって考えたことはなかった。いるいない、信じる信じないを論じること自体がナンセンスなカテゴリーであった、といえる。

 妖怪というのは現代の人間にとって、敢えていうなら、いてもいいし、いなくてもいい。所詮はそんな程度の存在だろう。


 異世界召喚という、ある種の人知を超えた出来事に巻き込まれているからこそ、友里も彼らを受け入れられているのだ。



「“畏れ”が無くなれば妖怪は存在できねぇ。ヒトから畏怖も好奇も集められなくなった妖怪に、存在している意味なんざないからな」



 語る鞍馬の横顔は、笑ってはいても寂しげだ。



「まぁ、時代の流れってやつだからな。ヒトの在り方が変わっていくのはどうしようもねえ。けどーーーーそれなら俺たち妖怪もまた、ここらで在り方を変える必要がある、とまぁ考えたわけだ」


「妖怪の、在り方?」


「早い話が、“畏れ”の集め方を変えることにしたのさ」



 これまでは、ヒトの営みの影から“畏れ”を集めてきた。こっそりと裏から異能を行使し、人の恐怖や好奇心を煽り、自分たちにむけられる感情を少しずつコントロールしてきた。

 しかし現代人の抱く彼ら妖怪に対するわずかな感情では、もはや到底間に合わない。



「ならいっそ、人間社会に混じって生活することで直接畏れを集めよう、ってことになったんだ」



 人間社会にとけこむ都合上、天狗という種族としての“畏れ”は集められない。が、各個人にむけられる“畏れ”を吸収することで、存在に必要なエネルギーを工面できる。



「もちろん、そうして集めた“畏れ”じゃあほとんど異能は使えない。もともと妖怪として集めていた分と合わせても、ぎりぎり消滅をまぬがれる程度の力が集まるだけだ。妖怪としてはほぼ死んだも同然だが、それぐらい今は妖怪も切羽詰まってるのさ」


「それでなんで高校生?」


「一番多感で、感情が強い年代だしな。百人単位の集団が毎日顔をつき合わせてるから“畏れ”も集めやすい。あとは単純に、人間社会に入るための前練習みたいなもんか」



 社会人、となると色々な制約も多くなる。今まで妖怪としてやってきた連中が、いきなり人間と同じようにやっていくのも難しい。



「学生となりゃあ多少とんがってても引っ込んでても、ちいっと変わったらヤツってだけで済むからな」


「……ちがいない」



 少し、図星を突かれるような言い回しに、友里もわずかに相好を崩した。



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