第8話
「……不味いわね、これは」
雫は決められた撤収ルートを外れ、建物の中央玄関付近にいた。捕えられていた人々の逃走ルートの確認を兼ねてだ。
視界の中に4人。外にも何人かはいるだろう。しかも、全員が武装している。
ここを通ろうとしたら、間違いなく全滅するだろう……。
迷っている時間は無い。背後からは人の気配もする。
味方ではない。敵でもない。ならば何者かは明らかだ。
「やるしかない、か……」
「ふぁーあ、眠いな」
「言うな、余計眠くなる」
中央玄関での警備員は、暇を持て余していた。
警備と言っても形式的なものだ。襲撃してくる連中などほとんどおらず、いるとしても諜報網に引っかかるからだ。彼らの気が緩んでいるのも仕方のないことだった。
「ぐわっ!?」
「なんだ、どうした?……うわっ」
まずは2人。
雫は持参したナイフではなく、敢えて敵から奪った剣で斬ることを選択した。ほかの敵に気付かれたり、返り血を浴びることになるが、“脱走者によって倒された”設定にするためには仕方のないことだった。防御創なし、喉を掻っ切られた死体が発見されたら確実に手慣れの仕業だとわかるからだ。
「ふざけた真似しやがって……何者だ!!」
「……」
二人掛りの攻撃をいなしながら敵情を探る。
視界の外に2人、屋外に2人。と、目の前の2人を合わせて6人。
「……死ね」
「ぐあっ!?」
目の前の二人を斬り、外へ駈け出そうとした時、
――――――一足早く、影が傍を駆けぬけた。
雫に名を聞いた、あの少女だった。
「やめろ、死ぬぞ!!」
「死ね!!」
雫が止める前に、少女は新手の敵と交錯し、
――――――一撃で斬り捨てた。
「速いな」
鮮やかな一撃。拙さもあるが、一般人のレベルをはるかに超越していた。
「何だと……?」
「隙あり」
もう一人も驚いている間に倒した少女は再び雫と向き合う。
「驚いたよ。君、やるじゃないか」
「それほどでも。あなたには負けると思いますが、ね。アークレックさん」
「頼みがある。君がここの連中を斬ったということにしてもらいたい。私はいなかったということで。それが1つ。
それから、ここに火をかけてほしい。それが2つ目だ」
「両方とも承知しました」
「外の見張りは仲間が倒したはずだ。気を付けていきなさい」
「そうだ……名前を聞いていなかったね。
何という?」
「高千穂……
島津高千穂です」
「高千穂、か。
覚えておこう。いつかどこかで会うかもしれないからね」
「その時は敵でないことを祈ってます」
「私もだ」
運命の歯車はいつも、誰も知らないところで噛み合う。
結城雫、島津高千穂。二人の才人が出会い、
――――――運命の歯車は、静かに回り始める。
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ところで、冥界には銃はありません。
その理由は後程明らかになっていきます。
次回投稿、24日19時予定