閑話1
<新暦2579年6月29日 独立国家共同体 ヤーパン共和国 千代田>
「国民の皆さん。この国は今、未曽有の国難にあります。
初代大統領大井康正、第2代大統領安部浩正と続けて不幸があり、裏では派閥争い、権力争いが行われているのもまた事実です。
当然のことながら、この国は停滞している暇などありません」
ヤーパン共和国では、第3代大統領藤堂潮の就任式が行われていた。
ソリダリエタ連邦の崩壊からから5年。ソリダリエタを構成していた国家の政情はどの国も不安定だった。ヤーパン共和国もその例にもれず、初代大統領、第2代大統領は就任後それぞれ2年、3年で暗殺された。
替って第3代大統領に選出されたのは、各派閥の融和に尽力した藤堂潮。弱冠22歳にして大統領に選出された彼に求められたのは、派閥間の政争を調停する役回り。
そしてそれは同時に、彼自身の権力基盤が存在しないに等しいということも意味していた。
「皆さんの記憶にはまだ、ソリダリエタ時代の記憶が残っているでしょう。
中には、忌まわしい記憶として封印したいという方もいるでしょう。
そう――――――例えば、家族、友人を失ったという記憶を。
私も皆さんと同じです。私はかつて士官学校生でしたが、幼馴染にして初恋の友人を失いました」
潮の記憶に甦るのは、5年前に死んだ幼馴染の少女。
彼女の死を知った時、深く絶望した。
そして憎んだ。個人を簡単に抹殺する不条理で強大な権力を。
「その時私は誓ったのです。決して同じ悲劇を繰り返しはせぬと。
彼女のように、理不尽に殺される者が再び現れることが無いように、と。
私は混乱の時代を終わらせ、新たな時代を創り上げるよう、微力を尽くします。
ですから皆さん、――――――私に力を、貸してください」
「お疲れ様でした、大統領」
「ありがとう」
「お疲れのところ申し訳ありませんが……伯爵がいらっしゃっています」
「伯爵が!!いまどちらに?」
「応接室でお待ちです」
「了解。すぐ行く」
「お久しぶりですね、藤堂さん。この度は大統領就任おめでとうございます」
「!?これはこれは、こちらこそお久しぶりです。伯爵」
伯爵、と呼ばれた客はは一見30代に見える男だった。潮も秘書も革命初期に何度も会っている。
「積もる話もあるので……外で待っていてもらえないかな?」
潮の秘書と客の従者を下がらせ、二人きりになった室内で密談を始めた。
「先ほどの演説を聞いていましたよ。
まあ、控えめに押えましたね。あなたらしくもない」
「それはそうでしょう。知ってのとおり僕の権力基盤は脆いですから。
下手な真似をすると……どこからでも弾が飛んできます」
「その程度でやられるとしてもあなたらしくない。
……どうするおつもりですか?」
「決まっているでしょう。……足を引っ張る連中には退場いただきます」
「ほう」
潮の目が真剣であることを確認し、伯爵はにやりと笑った。
「それならば――――――私と契約しませんか?」
「契約、ですか?」
「左様。
君の目的は、旧ソリダリエタ連邦の行った人権抑圧の愚を繰り返さぬこと。そして、口先だけではなく、真に人間が自由に、人間らしく生きることが出来る世の中を創ること。
その目的を見失わないという条件付きで――――――私は君の守護者になりましょう。
契約が成立すれば、誰も君を阻むことはできません。どんな暗殺計画も失敗します」
潮は驚いた。
伯爵は自分と契約すれば、自分を阻む者はいなくなる、と言った。それはつまり――――――独裁者になる危険を孕んでいるということだ。
「……では、もし僕が契約を破ったら?」
「すべてが終わります。君の地位、名声、栄光、すべてが地に落ちます」
「つまり、僕が独裁者になりかけたら、守護は失われる、と」
「そういうことです。
以前、同じ契約を交わした人がいました。結局堕落してしまいましたがね。3か月で権力の座から追われました」
潮はごくりと唾を飲み込む。
ありえない、とは思わない。
伯爵は不思議な人物で、突然現れたり消えたりすることがあったからだ。
「構いません」
潮の答えは早かった。
「いいのですか?」
「もちろん。この国には停滞が許されないのです。
……足を引っ張る連中には退場してもらわないと困るのです」
「よろしい」
伯爵は満面の笑みを浮かべた。
「ところで、伯爵って……」
廊下では、潮の秘書と伯爵の従者が待機していた。
「なんでしょうか?」
「伯爵は、何歳なのですか?」
秘書が伯爵を見たのは5年以上前だが、その時より若返って見えたのである。
「さあ?存じません」
「あの方は3000歳と言っていますが、私が初めてお会いした時には2000歳と言っておられました。
私はたった200年しかお仕えしていませんから、800年分は嘘をつかれたのかどうか、私にはわかりません」
ご意見、感想等お待ちしてます。
伯爵の正体……わかった方もいると思います。