第6話
≪正暦124万2245年10月30日 正界 ウラーミル≫
雫が標的の暗殺に成功した、との報は即座には信じられなかった。
当然だろう。メンシコフは注意深く、今までに何度も暗殺に失敗していたからだ。
それを新人があっさりと葬ったと言われて、誰が信じられるだろうか?
続報によってどうやら事実らしい、ということがわかって雫はようやく直属の上役、セヴェルイーン・バトゥールィンに呼び出された。
「さて、とりあえずはお疲れ様。よくやったな」
「ありがとうございます」
「経緯は聞いている。よく1日であそこまで調べ上げられたものだ。
ただ“殺せる”だけの駒など掃いて捨てるほどいる。そんな連中はどこまで行っても三流止まり。大して戦力にならん。器用貧乏になるのも考え物ではあるが、な。
さて、報酬の話だ。今回の手柄は君がほぼ総取り。したがって報酬も総取りだ。問題は無いな?」
「無論です」
「それで、だ。今後の事なのだが……君の場合、養成に金も時間もかかっている。だからすぐに契約解除というわけにはいかない。
ほかのところに持っていかれないためにも、しばらくは直接契約でやってもらいたい。その後は殺し屋を辞めてもよし、続けてもよし。問題は無いな?」
「ありません」
「そうか。ご苦労だった。下がってよいぞ」
「その前に、いくつかお聞きしたいことがあります」
雫はこの世界についてまだあまりよく知らなかった。
訓練で忙しく、聞く機会がなかったが、今ならば少しは時間がある。
とはいえ、長くは取れない。だから聞くのは、彼女にとって重要なことだけ。
「この世界で……頂点に立つことは、できますか?」
頂点に立つ。それは権力を握るということと同義だ。
雫はソリダリエタで強大な権力によって圧殺された。
では、同じ過ちを繰り返さないようにするにはどうすればいいか?
答えは、どの権力にも負けないような強大な権力を手に入れること。
雫の問いはバトゥールィンにとって予想の斜め上を行くものだった。暫しの絶句を経て、ようやく言葉を紡ぎだす。
「……驚いたな。まさかそんな質問が来るとは思わなかった。
頂点に立つ、か……
知ってのとおり、裏社会も表社会も権力争いは泥沼だ。一歩と言わず半歩でも抜け出すのは容易ではない」
「そうですか……」
「まあ、なんだかんだ言って強くなること、が肝心だな。
強大な武は敵を滅ぼす矛にも、自らを護る楯にもなる。
誰よりも強くなれ。飛び抜けた武は、話術なんて目じゃない。武はどんな技術よりも有用だ――――――使い方を誤らなければな」
「わかりました。失礼します」
部屋を出ていこうとする雫を見送り、考え事をしていたバトゥールィンはふと本棚から古い本を取り出す。
「……これの事を教えておくべきだろうか?」
それは彼が先日見つけたばかりの古書であった。
正界には“神”と呼ばれる存在がいる。
彼らはもとは普通の人間だった。だが、何かしらの方面で極めた者がある日突然“神”になる。
例えば、商売神。例えば、酒神。例えば、軍神……。
彼らは限りなく不死身に近い存在であり、多くはそれを喜んだが、しばらくすると恐ろしいことに気がついた。
それは、暇であるということ。
彼らは何かしらを極めた者たちではあったが。ほかの事を極めようとする向上心はもはや持ち合わせていなかった。
彼らは暇をつぶす方法を模索し続け……ある“遊び”にたどり着いた。
その“遊び”の“玩具”は……命。
動物から始まり、気に入らない者やどこかからさらってきた者の命を、面白半分に弄ぶ。
無論、そのような外道に落ちなかった神もいる。
それは“時空神”。彼は時空を操る異能を持ち、“時空神”となった。
彼は己の長すぎる人生と――――――ほかの神の堕落に絶望し、時空を曲げ、他の世界に旅立った。
バトゥールィンが手にしている本は、時空の神がどのようにして時空を操る異能を得たかを記した本であった。
彼はそれを読んだとき、身の毛がよだつのを感じた。
調べてみたところ、その本の以前の持ち主の中には己も異能を得ようとし――――――失敗し、命を落とした者が多数いることが分かった。
「これを見せたら……行くだろうな……」
雫はどこまでも真っ直ぐだ。目的のためなら手段も選ばない。
「だが……まあ、見せるべきだろうな。
こんな明日も知れぬ商売やっておきながらあんな大それたこと考え続けられるなど、只者じゃない。大物になるかもしれないからな……その時俺は生きているだろうか?」
だが、バトゥールィンの中には見せないという選択肢は無かった。その時がきたら見せようと決めていた。
「時空神、か……今頃どこで何をやっているのだろうか。
ま、俺たちには関係ないか」
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