第5話
「はあ、はあ……さすがにここまでは追って来れまい」
メンシコフは予定通り、地下通路への脱出に成功していた。
この通路の存在を知る者は彼を除いてすでに死んだ。誰も知らないこの通路を通れば安全に逃げられると踏んでいた。
さらに彼は念には念を入れ、この地下通路の出口を複数用意してあった。……正確には使えるように整備しておいた、と言った方が正しいが。
「さて、どうしたものか……奴らの仕業である事は間違いないだろう。少々性急だが、報復に出るとするか」
彼は頭の中ですでにこの後の予定を組み立て始めていた。
「……何者だ!!」
突如、闇の中から人の気配が生まれ、慌てて彼は怒鳴った。
が、遅かった。
「がっ……はっ、なぜ……?」
喉を切り裂かれ、絶命した彼は襲撃者の姿すらも視界に収めることはできなかった。
「任務完了です」
メンシコフを斃した雫は地下通路を出て、地上で待機していた仲間と合流した。
「本当か?」
「本当ですよ、ほら」
驚いた仲間も血の付いたナイフを見せられ、押し黙る。
「行きましょうか」
雫は半年前、マフィア“バージェス”に拾われ、刺客として育てられた。
正界のマフィアは、危険な任務に投入するためや、任務中に見捨てても構わない刺客として落人を採用することが多い。バージェスも多分に漏れず、その手の刺客を育てていた。
拾われた者たちは大半は1か月程度の訓練を経て最前線につかされる。無論、長生きはしない。半数以上は最初の任務で死ぬ。
運よく生き残った者はわずかな報酬を受け取ってやめることもできる。しかし、他に職は無いので、野垂れ死にするか……戻ってくることになる。
そして2度目、3度目と任務をこなしていくうち、ほぼ全員が死亡する。
元々天稟があったあった雫は、格闘技その他を一通り経験しており、1か月を過ぎたころには使い捨てではない、プロの刺客にも引けを取らない実力を身に付けた。
その実力は惜しいと、特例で訓練期間が5か月延長され、プロとして通用するための様々な技術を仕込まれた。
社交術、変装術を始めとし、房中術から近接戦闘、中距離戦闘術まで。その気になれば学者や医者にも化けられる。戦闘技術では特にナイフを用いた近接戦闘に秀でていたため、初任務は敵対者の暗殺となった。
「アークレック、なぜ奴があそこを通るとわかったんだ?」
アークレックとは雫のコードネームである。
雫が網を張っていたのは地下水路の中。それももはや存在も忘れ去られているような代物だった。
「安全な抜け穴の条件、と言う物があります。ご存知ですか?」
「安全な抜け穴の……条件?」
「一つ、存在を知る者がきわめて限られていること。
一つ、出口が信頼できる場所にあること」
「まあ、当然だな」
「目標は極度に猜疑心が強いということでした……誰かに頼み込んで出口を用意させてもらうなど以ての外。となるならば考えられることは……出口がどこにあるか、誰も想像できないような通路になればいいということ。
この都市の地下には大昔に作られたという地下水路があるという話をちょっと前に小耳にはさみまして。それで調べてみたら大当たり。ほんのわずかでしたが、抜け穴に使えるような工夫を発見しました」
「ふむ。だが、断定には弱いぞ?」
「この作戦に投入される兵力は私だけではありません。山を掛けてみるというのも手でしたし……実は昨日、丸一日かけて下見してみたんですよね。地図とか用意して。そうすると彼のいる建物のあたりに出入り口を見つけました。付近の地形等を調べて脱出経路を予想してみると、かなり絞り込めました。今回網を張ったのは一番高いと踏んだ通路でしたが、まさかあそこまでうまくいくとは思いませんでした」
「なんと……昨日一日いなかったのはそのためだったのか」
「当然でしょう。全く接点のないようなところにこそ、大事なことが隠されているということです」
「そんなものかね」
「そんなものです」
ご意見、感想等お待ちしてます。
Special Thanks:crazy(twitter)
マフィアの名前考えてくれました。