仕事をしませんか?
案内されたのは執務室と呼ばれる部屋、ミリアさんの直属の主の部屋らしい。
主の名前を聞いたら、本人が直接伝えたいのでと言われて、教えてもらえなかった。
自分が居た世界じゃない事だけは分かっていても、それ以外の状況が全く分からないのは想像以上に怖いと思いながら、執務室に入ると、美形三人が居た。
漫画や小説の中にしかいなさそうな容姿の人達。目の保養ってこういう事なのかなと思うのはきっと堅実逃避がしたいだけじゃないと思いたい。
重厚な作りの机に壁一面に広がる書棚、テレビや本でしか見たことが無い空間が目の前にあった。
部屋の主で在ろう人物は、机に座ったまま、柔和な笑みを浮かべながら蛍達を迎えた。
「ようこそお越しくださいました、状況が分からず不安だと思いますが、まずはお座り下さい」
驚きと若干の現実逃避をしながら立っていると、机に腰かけていた栗色の髪色の男性立ち上がり、蛍にソファーに促し、自分もまた向かい側に腰かけた。
「いきなりの事で申し訳ない……もうお気づきだと思いますが、ここは貴女がいた世界とは異なる世界です。そして今居るのは風が守護する国の王宮内です。申し遅れましたが私はクルス・リベルタと申します。クレアソン国の宰相を担っております。右におりますのが、近衛兵のルークス・ヒンメル、左に居ますのが宮廷魔術師をになっています、サフィロです」
「丁重な挨拶をしていただきありがとうございます。私は白澤・・いえ、蛍・白澤と申します」
本当に異世界に来てるんだ。小説や漫画の中の様な出来事が目の前で起きている事に帰れるのか、まずはそんな事ばかりが頭をしている。
それに、私に用があって召喚したっぽいけど、あんまりいい予感しないな…
「状況が呑み込めないと思いますが、私達は貴女に仕事を依頼したいのです。もちろんお給金の用意もしてありますので、仕事が終わりましたらご自身の世界にご帰還できます。この世界と蛍殿がいた世界では時間の流れも違いますので、行方不明扱いにもなりません。如何でしょうか?」
なんだろ、出来すぎた話に嫌な予感しかしないけど。でも無職の私には心惹かれる話…でも
「時給は貴女の世界の金額で時給一時間3000円です。そしていろいろ手当もお付けします」
(うううう、時給3000円ってどんな仕事よ。でも今の私には夢のような時給…)
つい頷きそうになりながら考え込む蛍と、そんな姿を眺めながら畳み掛けるように話す宰相の様子を、両脇に控えている二人はつい遠い目をしていた事に蛍は気づかなかった。
「……お返事はお仕事の内容をお聞きしてからにします」
何とか誘惑に打ち勝ち、そう言うと宰相の悔しそうな顔にちょっと申し訳ないなと思いながら心の中で苦笑した。
「お受けできないのでしたら、申し訳ありませんが……お話はできません」
続く言葉に蛍はすっと立ち上がり深々と頭を下げた。
「では、お断りしますので、元の世界に帰してください」
「申し訳ありません! お話ししますので、どうか帰らないでください」
さっきまでのシリアスな表情が消え。蒼白になりながらクルスは悲痛な叫びをあげた。
その様子に、蛍は再度ソファーに腰かけた。
「それで? わざわざ異世界から私を呼んでまでさせたい仕事とは、なんでしょうか?」
蛍の雰囲気に飲まれてしまったのか、先ほどまでとは打って変わってクルスは覇気がなくなっていた。
「仕事の内容は、我が国の王子であるリーリオ殿下の正妃様になって頂きたいのです。勿論本当の正妃では無く、仮初めの正妃様になって欲しいのです」
いきなりの事に頭が追い付かないので、そのまま詳しく聞くと。この国の王子も年頃になり、お嫁さんを探すことにはなったまでは良かった。問題はそこで大勢の貴族が私の娘こそはと推薦が多数上がり、半ば強引に後宮の宮に候補として上がってきた。
ならばと、その令嬢の中から王子様自身に未来の伴侶を選んで貰うつもりが、余りにもお嫁さん候補の方々のアプローチが凄まじすぎて、軽い恐怖症になりかけ、現在では後宮にすら寄り付かない有り様らしい。
「そんなに凄い行動を? 女の子にとっては王子様のお嫁さんって憧れだと思いますが」
そんな私の言葉に三人は顔を真っ青にしながら首を横に振った。
「あの方々は令嬢の皮をかぶった肉食獣です。蛍殿は知らないでしょうが……あれでは私でも女性恐怖症になりそ…いえなります」
断言するクルスに詳しい内容を聞いて…さすがの私でも恐怖を感じると同意せざる得なかった…肉食系女子より怖い…