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LinkRing  作者: やくも
97/130

Episode97:解放


 雷鳴の残響が消える。

 代わりに近づいてくるのは、三人分の足音。

 夜の地面を踏みしめて、やってきた。

「らしくないんじゃないの?」

 開口一番、唖然とした表情の真吾に飛鳥は告げた。

「え……」

 その言葉に、真吾は一瞬だけ緊張を忘れる。

「ずいぶんと悩んでるみたいだけどさ、本当はもうとっくに、自分の中で答えは見つかってるんじゃないの?」

「そうでなくては、この場に立つことはできなかったでしょうに。全く、私達とは比べ物にならないほどの時を過ごしている割には、ここ一番の決断力には欠けるみたいですね」

 畳み掛けるように氷室が言葉を続ける。

「いちいち相手の言葉に惑わされて、見てるこっちが危なっかしくて仕方ないわよ。揺らぐ程度の覚悟なんていらない。そんなもの、全部捨ててくるべきじゃない?」

「お前ら……」


「無理にきれいな輪郭をなぞろうとしなくてもいいと思うよ、真吾」

「……大和」

「真吾がした決断は、真吾自身が何度も悩んで、迷って、否定を繰り返した末に辿り着いたものでしょ? だったら、それは他の誰にも否定できやしないよ。誰がなんと言おうと、自分で決めたっていうそれだけのことが、たった一つの真実になると思うから」

「……ああ、そうだな。お前らの言う通りだ」

 静かに目を閉じ、真吾は呟く。

「……ちゃんとそう決めたはずだったんだけどな。どれだけ否定されても、自分の意思だけは最後の最後まで突き通してやるってよ。けど、いざこうして自分の分身と向き合ってみて思ったんだ。アイツだって、俺と同じように自分の意思を突き通しているから、こうしてこの場所に立っているんだなってさ。他人じゃないだけに、よく分かるんだ。もしも俺とアイツの立場が真逆だとしたら、やっぱり俺も同じようにしていたと思う」

「……僕達はさ、真吾達みたいに、特別な理由の上で生きているわけじゃない。何かの使命を受けて、それに従って生きているわけでもない。だから、全部を全部理解してあげることはできないと思う。けれど、たった一つだけ、同じことがある」

「少なくとも私達は、今いるこの世界を身勝手一つで変えられることをよしとは思っていません。これがもし、何の抵抗も許されない星の下の運命だとしたら、諦めることもあったかもしれません。ですが、そうではない」

「今の私達には、抗うための力がある。それは決して望んで得たものではないけど、得た以上はいつかきっと使う場面がやってくるからだと思うの。そしてきっと、今がその時。まだ間に合う。何も終わってなんかいない。終わらせてなんかやらないんだから」

 そして、全員の視線が動く。

 その先で、闇を引き連れたそれは静かに佇んでいた。

「話し合いは終わったのかな?」

 と、それはまるで待ちくたびれたと言わんばかりに口を開いた。

「悪いけど、こちらにもあまり時間的余裕があるわけじゃないのでね。手っ取り早く聞こう」

 スゥと夜の空気を一口吸い込んで、闇は問うた。


 「――君達は僕の敵か? 否か?」


 答えは言葉では返ることはなかった。

 その問いを聞いて一瞬の後、風が荒び、雷が瞬き、水が弾け、炎が吼えた。

 地を蹴って夜の中を走る、四人分の人影。

 示し合わせたわけでもなく、しかし四人は同時に叫んだ。

 夜の大気が、自らの冷たさに今頃気付いて身震いするかのように、わずかに揺れる。


 「「「「――お前を止める!」」」」


「交渉決裂、だね」

 それさえも見透かしたように、闇は口元だけで薄く哂った。


「当たれぇっ!」

 跳躍し、飛鳥は空中から何本もの矢を放つ。

 放たれた矢は最初は一本。

 が、加速する中で矢は二つに、そして三つに分かれて別々の方向からそれを射抜くべく襲い掛かる。

 時間差で三本の矢がわずかにタイミングをずらしながら地面に突き刺さる。

 しかし、そこに地面を抉る以外の手応えは感じられない。

 土煙が舞う中、それは無傷のまま横合いへと身を逸らせていた。

 そして置き去りにされたままの廃墟の壁を蹴ってさらに空中へと跳躍し、目には見えない何かをその手中に構え、飛鳥へと向かって突進していく。

「っ!」

 飛鳥は迎撃のための矢を生み出し、急いで構えるが、落下中の体では動作が思うようにいかない。

 その間にもそれは距離を縮めて迫る。

 手の中に握られたそれは、まるで闇を凝縮させた塊のような不気味な球体。

 少なくとも、触れればただで済むとは思えない。

「爆ぜろ」

 ゾクリと、背筋が凍るような声色でそれは呟き、手のひらの中のそれを押し付けるように伸ばして……。

 瞬間、両者の間に第三者が割り込んだ。

 いや、それは第三者という言葉では表現できても、人間ではない。

 竜巻のように渦を巻いた風の壁が、両者を裂くようにして巻き起こった。

「大和!」

 地上を見下ろし、目下にいるその姿を確認して飛鳥は叫ぶ。

「飛鳥、今のうちに!」

「ありがとっ!」

「……風か」

 どこか忌々しそうに、それは地上の大和に視線を向けた。

 直接的な攻撃にはなっていないが、妨害としては申し分ない成果を発揮できたといえる。


 その隙に飛鳥は地上へと着地し、その際の衝撃を最小限に留めて受け流す。

 素早く弓矢を構え、今度は逆に空中で無防備になったその背中目掛けて、威力を重視した一撃を見舞う。

「行けっ!」

 先ほどの矢よりも高速で放たれた矢は、遠くの空から見れば流星にすら見えたかもしれない。

 音速と光速、その狭間の速度で向かう矢を、無防備な空中で回避できるはずがない。

 だが。

「消えろ」

 迎い来るその矢に自らの手を突き出し、そう一言。

 そしてその言葉の通り、その手に触れたその瞬間には雷の矢が跡形もなく消え去っていた。

「な……」

 矢を放った飛鳥の表情が驚愕のものに変わる。

 全くの予想外ではないとはいえ、まさか消滅させられるとは……。

「これなら……」

 間髪入れず、地上の大和が追撃を試みる。

 今し方生み出した竜巻に更に力を加え、風を刃と化してその矛先を向ける。

「どうだっ!」

 目には捉えきれない無数の刃が、風切る音だけを響かせて宙を舞う。

 カマイタチと言い換えれば少しは分かるだろうか。

 襲い来る方向は一方からではなく、それを取り囲むかのように全方位から迫った。

 しかしそれでも、それはまるで動じる様子も見せず、低い声でこう呟くのだ。

「消えろ」

 そしてその通りになる。

 あれだけ勢いよく吹き荒んでいた風が、まるで過ぎた台風のあとのようにピタリと止んでしまう。

「そんな……」

 一度ならず二度目までも。

 これはもはや偶然やまぐれで片付けられる出来事ではない。


「無駄なことを……」

 それは呟く。

 全てをその冷え切った目で見下ろして、哀れむように、蔑むように。

「還れ。闇の彼方に」

 呟き、その両手に黒い球体が浮かぶ。

 夜よりも黒く深く、どこまでも暗く遠く。

 静かに鼓動を繰り返す闇が今、確かに牙をむいた。

 標的となったのは大和だった。

 空中に浮いたままのそれは狙い定めるように目下を見下ろし、そしてその両手に生んだ闇の塊を一つに合わせ、降下を始める。

「くっ……」

 回避はできるだろうか?

 いや、それはかなり難しい。

 この距離でどの方向に逃げたところで、容易く追撃されてしまう。

 ギリギリまでひきつけて回避すればそれも可能かもしれないが、万が一に掠ることも許されない一撃だ。

 できないことを試すには分が悪すぎる。

「大和っ!」

「避けろっ!」

 飛鳥と真吾が相次いで叫んだ。

 が、それがどれだけ難しいことか、もちろん叫んだ二人も嫌というほどに理解していた。

 そんなやり取りが一瞬に思えるように、直後にそれの手の中の球体が大和の体を消失させた。

 胸元を中心に全身が抉り取られ……いや、吸い取られたかのように消え去り、一滴の血も流さずにその場から消滅した。

「……!」

 かのように思えた。


 直後に、それは真横からやってきた新たな攻撃に反応し、地を蹴って距離を取った。

 そこには、生み出した三又の槍を突き出した氷室が立っていた。

 そしてその背中には、五体満足の姿で大和が膝をついていた。

「ありがとう、氷室……」

「いえ、間に合ってよかった。かなりきわどかったですけどね」

 そんな会話のやり取りを遠目で見て、それは今起きたことを瞬時に理解する。

「……なるほど。水蒸気の幻影とは、やられたね」

 確かに消滅させたはずのそれは、氷室によって生み出された身代わり羊だった。

 砂漠で見える幻の景色、蜃気楼と似たようなものだ。

「それにしても……」

 確実に仕留めたと思った一撃だったからこそ、氷室は舌打ちをせざるをえない。

 やはり自分だけ、まだ封印解放に至らずに真の力を得られていないことが、ここでは足枷となっているのかもしれない。

「……正直、厳しいですねこれは」

 人数では四対一と有利なはずが、現実は劣勢を余儀なくされている。

 相手はこちらの力をあっさりと無効化できる上に、文字通り必殺とも呼べる力をその身に宿している。

 十が四つ集まっても百には遠く及ばないのと同じで、レベルそのものにまだ差がありすぎるのだ。

「さて。そんな小細工もどこまで続くのかな?」

 言って、再びその両手に黒い球体を生み出す。

 音もなく鼓動を繰り返すそれは、まさしく闇の慟哭。

 触れるだけで全てを消滅させるそれには、どんな力も対抗する勢力には当てはまらない。

 が、それでも打破することが不可能というわけではない。


「そういうセリフは、小細工全部防ぎきってから言うんだな」

「っ!」

 いつの間に距離を詰めたのか、真吾が仕掛けていた。

 炎をまとった無数の短剣を壁にして、それとは別の短剣を握って切りつける。

 短剣を握った手が切りつけるたびに、飛び散った火花が夜の背景に蛍のように浮かんで消える。

 休むことなく両手で繰り出される攻撃に、それが身にまとっている暗黒色の外套が徐々に切り裂かれていった。

「はぁっ!」

 闇夜ごと一閃する斬撃。

 そしてその一撃が、ついに確かな手ごたえを捉えた。

「ぐ……」

 浅手ではあるが、確かに短剣はそれの肩口を切り裂いた。

 いくら神の化身であるとはいえ、この世界で存在するために与えられたその体はあくまで人間と同じものだ。

 鋼のような強度を誇るわけでもなければ、痛みを感じないわけでもない。

「っ……」

 肩口を抑え、それの表情がわずかに苦痛に走る。

 切り裂いた肩口からはわずかだが出血が見られ、抑える手もしだいに血の色に濡れていく。

「いくらお前でも、手負いで俺達四人相手じゃ分が悪いだろ」

「……確かに。だが、こちらの不利がそのままそちらの有利に変わると思ったら大間違いだ」

「何だと?」

 そう言って、それは傷口にあてがった手をそっと放した。

 てのひらはすっかり血の色にまみれ、その赤さは夜の闇の中でも映えるほどだった。


「遊びはここまでにしよう」

 そう告げた口は、今はもう哂ってはいない。

 本能的な危険を感じ、真吾はわずかにあとずさる。

 何かが起ころうとしている。

 今、この瞬間、目の前で。

「お前、何を……」

「正直、予定外だったよ。しかし、考えてみれば当たり前のことだったのかもしれないね。予定とはつまり未定。狂うことまで含めて、予

定と呼ぶのだろう」

 闇の密度が一段と濃くなった。

 体中がざわつく。

 確かな恐怖が、目の前にある。


 「――解放」


 闇は言った。

 己の内にある、真の闇を解き放った。



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