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LinkRing  作者: やくも
96/130

Episode96:一筋の光


 こうなることは当然の結果であると、分かりきっていたことだった。

 二つはそれぞれが、同じ神の手によって創られた、寸分の狂いも生じることのない同一の存在。

 その世界を監視する、そのためだけに創られた、しかし人間という枠をはるかに超越した力を持ち、それでもなお人間として生きて、その中で世界を監視する。

 決して望んで生まれた命ではない。

 言ってみれば、不足な部分を補うための応急処置に似たような。

「あああああぁぁぁっ!」

「っ、どうして、気付くことができないっ!」

 何度目になるかも分からない振り上げた拳は、やはり虚しく夜の空気を切り裂くだけで終わる。

「君だって分かっているはずだ! いいように創られただけの世界に、誰もが望む幸せな結末なんてありっこない!」

 決して手は出さずにいたそれも、言葉という武器で迎え撃つ。

「神とて万能じゃない。事実として、僕と君が同時に存在していることが何よりの証拠じゃないか! 失敗作なんだよ、君も僕も。そして、この世界も、この世界と繋がる他の全ての世界も!」

「だから壊すのか? 他の部分には見向きもしないで、たった一つの間違いを見つけただけで全部壊そうってのかよ!」

「っ、組み上げ方を間違ったパズルを正しく組み直すには、一度全てをバラバラにしなくてはいけないだろう! そんなことも分からないのか!」

「だからって、お前にその間違えだらけのパズルを崩す権利はどこにもねーだろうがっ!」

 殴りつけた拳が、確かな手ごたえを感じた。

「ぐ……っ」

 直撃はしていない。

 しっかりと腕でガードされている。

 ダメージらしいものはほとんど与えていないだろうし、有利不利が傾くほどの効果を持つものでもない。

 それなのに、その拳は不思議と重みを帯びていた。

 石を握り締めているわけでもない。

 能力によって強化されているわけでもない。

 正真正銘、開けばカラッポの手のひらが顔を覗かせるだけの拳。

 けれどそこには、目には見えない重さがずっしりと乗っかっていた。

 それは石のように硬くはないだろう。

 だが、目には見えないそれは何よりもかけがえのないものになったのだろう。


 思えばそれは、わずかに十六年という時間の流れ。

 緋乃宮真吾という、吹雪の夜に置き去られた赤ん坊の体に、別の意思が宿った日。

 その日から真吾は、人間になった。

 監視すべき世界の中で、周囲と同じように普通に育ち、普通に生きてきた。

 過去にどんな世界で生を受け、その世界で何を見て、何を知り、誰と出会い、どこを歩いたか。

 その全てを覚えている。

 忘れることなんてできない。

 監視者の役目は、記憶を継承することだから。

 たとえどれだけ生と死を繰り返しても、記憶だけは繋がっている。

 忘れたくても忘れられない、忘れることさえ許されない、そんな記憶。

 今までずっと背負ってきた。

 それが当たり前なのだと、無理矢理に理解させた。

 逃げ口上で構わなかった。

 もとよりこの迷路には、出口など用意されていなかったのだから。

 延々と繰り返す。

 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も……。

 そしてある日、気が付くと。

 そんな日常を、悪くないと思える自分がそこにいた。

 やがて、そんな想いは少しずつだが変化していく。

 変わらない日常。

 ありふれた風景。

 聞き飽きた台詞。

 そんな些細ものに、こんなにも安らぎを感じられることに。

 機械のように生きることに、慣れたつもりだった。

 でも、そうじゃない。

 本当はそうじゃない。

 いつも願ってたことなんだ。

 心の奥、深い深い奥底で、声を殺して願ってた。

 普通の幸せを感じたい。

 ただ、それだけを願ってた。

 笑い話さ。

 願っていたものは、いつもすぐ傍にあったんだから。


「……お前が何を考えているのかなんて、知りたくもねーよ。けどな、もしもその結果を求める過程の中で、俺の大切なものに少しでも危害が及ぶようなら、俺は全力でお前を止めてやる」

「……それがどれだけ、愚かな行為か分かっているのか?」

「そんなものは関係ない。俺はただ、今のままの居心地が好きなだけだ」

「…………」

 二人の間を縫うように、冷たい風が悲しく吹きぬけた。

 鏡なのに、映し出された二つの姿はこんなにも正反対だ。

 相容れることは、もうない。


 「――俺はもう、誰のレールの上も走らない。この足で、自由に歩く」


「戯言を……」

 そして二人は向かい合う。

 互いに譲れないものがある。

 だから、衝突は避けられない。

 ただ、それだけのこと。


「けれど実際、君はどうするつもりなのかな?」

「……何?」

 つとめて冷静な声で、それは語る。

「君が僕を止める、それはまぁいいとしよう。だが、どうやって止めるつもりだい? 手っ取り早く、僕を殺すかい?」

「…………」

「できないさ、できないだろうね。力の強弱関係で可能不可能というのではなく、君と僕の位置づけがすでに、それを不可能にしているんだから」

 その言葉は確かに正論だった。

 だから真吾も、返す言葉を持たなかった。

 神の化身である自分には、自分で自分を殺すことができない。

 それはつまり、全く同じ存在定義を持つものも、殺すことができないということだ。

「僕達は自殺はおろか、互いに殺しあうこともできやしない。どちらか一方だけが消滅することなんて、それこそ不可能だ。どちらかが消えるときは、残るどちらかも同時に消える。そしてそれを自由に操れるのは恐らく、僕達を創った神のみに可能なことなんだ」

「……そうとも限らないさ。確かに俺達は互いに死ぬことは楽じゃないが、それはあくまでも俺達がぶつかり合った場合のことだろ? 他のやつらなら、やろうと思えばいくらでも俺達を殺すことができるさ」

「……いや、それでも君にはその選択を選ぶことはできないよ」

「何だと?」

「奇しくも、君が自分で口にした言葉だろう? 君は、今の居心地が大切なんだ。だから、自らそれを手放す選択なんて、君には絶対にできっこない」

「……っ」

「君は生きたいと願っている。できることなら自分に課せられた運命を全て投げ捨てて、普通に生きて行きたいと願っている。あの陽だまりのような温もりの中で、当たり前のように泣いて笑って、家族や兄弟よりも深い絆を築き上げた人達と、この先も変わらずに、当たり前の日々を過ごしたいとね」

「……くだらねぇ」

「本当にそう思っているのかな? だとしたら、今の君はどうして僕の前に立つ? 言葉でいくら壁を作ったところで、所詮は薄い氷の膜に過ぎないんだ。指先で触れるだけで、いとも容易く壊すことができるよ」

「っ、うるせぇ……」

「逃げるな」

「っ!」


「現実から目を背けるな。現実を望んだのは他ならぬ君自身だ。ならば、今も目の前の現実を見ろ。叶えたい願いがあるのなら、この戦争の最後の一人に勝ち残れ。望みを叶えるのはいつだって勝者の権利だ。敗者には望む権利すら与えられない。負ければそこで全てが終わるんだ。どうしてそんな簡単なことに気付かない? いや、気付いてないフリをいつまで続けるつもりだ?」

「……黙れ、黙れっ……」

「隠せるわけがない。だって、僕と君は同じなのだから。どれだけ表面上を取り繕ったところで、心の中で君はいつも叫んでる。出口のない迷路に迷い込んで、暗闇の中で一人啼いている。救われないと、助けなど来ないと分かっているのに……」

「…………っ」

「僕のしようとしていることが、ある意味では全てにおいて正しいことであると、君はもうとっくに理解しているはずだ。繰り返すが、組み上げ方を間違えたパズルを正しく配置し直すには、一度全てを元に戻さなくてはならないんだ。いい加減に、認めたらどうだい? どれだけ否定を繰り返しても、真実は常に正しい位置にあるものなんだから……」

 その言葉を、否定できない。

 どんな言葉で迎え撃っても、真実は決してその形を変えたりはしない。

 何一つ変わりはしない。

 この先の未来永劫、何も。

「……君にはできないだろう。だから、僕が手を下す。協力しろとは言わない。ただ、見ていてくれればいい。余計な手出しもしないでほしい。きっとこれしか、何もかもを覆す方法は残されていないから……」

「くっ……」


 握った拳から少しずつ力が抜けていく。

 言い返せない。

 耳の奥にまで響くその言葉の一つ一つが、間違えようのない真実の的を射抜いていた。

 そうさ。

 本当は分かっていたんだ。

 この世界の仕組みそのものをひっくり返すには、一度何もかもを消滅させなくてはいけないなんてことは。

 とっくの昔に、気付いていたことだったんだ。

 この世界で生まれるより以前に、分かっていた。

 その前の世界でも、そのさらに前の世界でも、しかし抗おうとは思わなかった。

 無駄だと分かっていたから。

 抵抗したところで、結局運命は変えられない。

 変わるものはきっと運命ですらない。

 では、抗うことを覚えたのはいつからだったろうか?

 思うに、それはきっと……。


 屈することで開ける道もあるだろうか?

 その問いに対する答えが、真吾の中ではまだ出ていない。

 それでも握った拳からは、もう力がすっかり抜けていた。

 言葉だけでは何も変えられない。

 結果はいつだって、行動したあとについてくるものなのだから。

 抗うことを忘れてしまおうか。

 そんな言葉が頭を横切りかけた、その瞬間。


 ――二人の間を裂くようにして、闇夜の中心を紫電の雷光が駆け抜けた。


 電影を思わせる粒子が雪のように舞い、青白い閃光の欠片が糸を引いている。

 雷の矢が通り過ぎた地面の上は一直線に抉り取られ、小さな堀のように二人を分かつ。

 真吾は振り返る。

 そこに、ずっと立ち尽くしたままだったはずの三人分の人影があった。

 その中の一人の少女が、矢を放ち終えた構えでこちらを見ていた。

 言いたいことが山ほどあるような、不満と怒りを満載にした表情で。



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