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LinkRing  作者: やくも
95/130

Episode95:月明かりの下で


「さて、と……」

 辺り一面は暗がりに包まれている。

 黒という黒が密集した、闇だけが支配する空間。

 方角もまともに分からないこんな場所では、常人ならまず間違いなくものの数分で気が狂ってしまうことだろう。

「少し、急いだほうがいいかな。範疇の内とはいえ、思った以上に頭の回る人がいたからね」

 と、闇の中で闇が呟いた。

 その姿は闇に包まれて輪郭さえも捉えることはできないが、声の感じから察するにまだ少年のそれを思わせるものだった。

 そして事実として、声の主の外見もまた、どこにでもいるような少年のそれだった。

 だが、一つだけ他と違うことがある。

 それは少年の姿を成し、少年の声色を発してはいても、決して人間という枠では捉えきることができない異質な存在だからだ。

 もう少し分かりやすく言い換えるのならば、それはコンピューターの中に突如として発生したバグのようなもの。

 整然と並びたてられた図形の集合の中に、一つだけ混ざる歪な輪郭を見れば、誰しもがそこに違和感を抱くだろう。

 それの存在はまさにそれだ。

 そしてそれは、この深淵のような闇の中でもなお、同じ違和感を保ち続けている。

 それの周囲だけ、闇がざわめいていた。

 まるで、闇自身がそれに対して恐怖を抱いて震えているかのように。

 そんなことは意にも介さず、それはヒタヒタと聞こえない足音を鳴らしながら、一寸先さえも見えない闇の中を歩き出す。

 ズルリ、ズルリと、それが歩いた後の地面を何かを引きずる音がした。

 その何かは、今は姿を見せないままでいる。

 しかし、確かにそれはそこにいた。

 そこにいて、確かに息づいていた。

 凍りつくような吐息と、深い闇色に染まった双眸。

 呼吸も瞬きもしてはいないけれど、確かにそれはそこにいる。

 深淵の名を与えられた、生きた闇がそこにいた。


 ピタリと、それはその場で歩みを止める。

 相変わらず周囲は闇に囲まれていて、踏みしめる地面も、辺りの景色さえも何一つ明確なものはない。

 けれどそこには、あるものがあった。

 それは普通の景色の中に置いては、ただの岩の塊にしか人の目には映らないだろう。

 しかしそれは、ただの岩の塊ではない。

 封印が施された、石碑の一つだった。

「やれやれ。まさか僕自身の手で、この封印を解き明かすことになるとはね」

 どこか溜め息のようなものを一つ吐き出して、しれは呟く。

「とはいえ、そうも言ってられないか。彼があの調子じゃ、ここの開放には期待できそうにもないし、そうなった以上は僕が手を下すしかないか……」

 言って、静かに石碑の上に手を触れる。

 冷たい岩肌の感覚がてのひらを伝い、直後に微弱な電流のようなものがそれの体内に流れた。

 同調完了。

 何の変哲もなかった岩肌の一部がガラリと崩れ落ち、むき出しになった表面から赤い記号の羅列が顔を覗かせた。

 それらは一見文字のようにも見えるが、現存する世界の歴史に置いて、いつの時代のどの場所にも記録されていないものだ。

 暗闇の中で嫌でも目立つほどの真紅の記号は怪しく光り、同時に血を思わせる不気味さを見る者に与えるだろう。

 この記号をの羅列の意味を理解したとき、この場に契約は完了する。

 封印は開放され、対応すべき『Ring』へと本来の力が戻るという。

 だがしかし、その肝心要の対応すべき『Ring』という古代の遺産を、それは所持していなかった。

 なぜか?

 答えは簡単だ。

 それは、契約者ではないのだから。

 ではなぜ、契約者ではないそれが開放を行えるのか?

 答えは簡単ではないが、実に単純だった。

 同じだからだ。


 本来の契約者である存在と、今この場にいてこうして開放を行おうとしているそれは、全く同じ定義の上で存在している。

 ゆえに、AにできることはBにも可能で、その逆もまた然り。

 どちらがAでどちらがBだとか、そんなことはこの際どうでもいいことなのだ。

 重要なのは、Aに契約者としての資格があれば、自動的にBもそれを受け継ぐということ。

 そのあまりにも単純明快なメカニズムは、しかし応用の仕方によっては双方にとんでもない悪影響を及ぼすこともある。

 Aが望んでないことであろうとも、Bが望み無理矢理にでも実行に移せばそれでおしまいだ。

 ちょうど今、その瞬間だ。

 本来の契約者であるAは、開放を望まなかった。

 その気持ちは今後も変わることはないことを、Bは知っている。

 AとBが同じだから、知ることができる。

 ならば、開放を望むBは無理矢理にでも行動を起こしてしまえばいい。

 AとBは全くの同一存在なのだから、実行することは非常に容易い。

「さて、手早く済ませてしまおうかな。あらかじめ仕掛けた細工も、そう長い時間は持続できないしね。勘のいい彼らのことだから、すでにそこまでやってきているかもしれない」

 赤く光る記号に目を落とし、読めない文字の中にある真の意味を理解する。

 それは計算で成し得ることではない。

 本能の奥で理解する必要がある。

 人智を超越した、あるはずのない言葉。

 そこに刻まれた真実の意味。

 その目に焼きつけろ。

 記憶へと刻み込め。

 真実を理解しろ。

「…………よし。これで……」

 瞬間、世界に亀裂。

「……っ!」

 それはまるで、ガラス張りのドームが頂点から一気に崩れ落ちるような。

 しかし闇の中に響く音はなく、あくまでも静かに、静寂に包まれたままで崩壊していく。

 天上から闇が徐々に切り裂かれていく。

 覗いたのは闇色ではない、夜色の空。

 わずかに輝く星と、金色に光る下弦の月。

 闇のカーテンは今、音もなく切り裂かれ、落とされた。

 白日の下、というにはあまりにも深くなった夜の中、それの姿は石碑と共に浮かび上がった。

 それは振り返る。

 崩れ落ちるガラスの向こう側に、人影が見えた。

 四人分の、人影が。


 一つの影が動き出す。

 闇が消えて夜の中、月明かりだけでも十分なほどに足元を照らし出してくれる。

 動く影の顔はまだ見えない。

 斜めに射す光が、ちょうどよく首から上を影に覆っていた。

 そして数歩。

 月光の下に、その姿が露になる。

「こうなるだろうと思ったぜ。きっとな」

 浮かび上がった人影……真吾は静かにそう語る。

「……奇遇だね。僕も全く同じことを予想していたんだ」

 立ち尽くす闇、それは静かにそう返す。

「君がここに来たということは、どうあっても僕のジャマをするということで間違いないのかな?」

「いちいち聞かなきゃ分からねーのか? 聞く必要なんてないだろうが」

「……どうして分からないかな? 同じ定義の上で生まれた僕と君なのに、こんなにも考え方が違ってくるなんて。苛立ちや憤りを超えて、虚しさすら感じてくるよ」

「同じ親から生まれた双子が、全く同じ性格や趣味を共有すると思うか?」

「それは正論だろう。けれど、僕らの生みの親はこともあろうか神という絶対の存在だ。その意思によって生み出され……創られた僕達は、全てを統一されて生まれたと考えるべきだろう」

「だったらなんで、お前はその神の意思に反することをしでかしてるんだよ?」

「…………」

「神は世界の終わりがやってこないよう、複数の世界その全てを輪で繋げた。だが、お前のしている行為はその原理を打ち壊すことそのものだろうが。それで神の子を語るとは、よく言えたもんだよな?」

「……どう言われようと構わないさ。僕は僕だ。たとえ監視者としてのためだけに生まれた存在であっても、僕の意思は他の誰のものでもない、僕だけのものだ」

「その部分には同感だ。だから、なおのことお前を見逃しておくわけにはいかねぇ。無理矢理にでも止めるぜ」

「無駄だよ」

「知るかよ」


 会話が途切れ、わずかな沈黙が流れる。

 その会話を、僕達三人は少し離れたところで聞いていた。

 夜風が目の前を吹きぬける。

 寒さには慣れてきているのに、微弱な震えだけがいつまでも止まらない。

 間もなく、始まる。

 そう感じていた僕達は、張り詰めた空気を目の当たりにして動くことができなくなっていた。

 正反対の意見を持つ二人がいる。

 それぞれの意思はとても確固たるもので、互いにそうあることを心の底から望んでいる。

 いわばそれは、祈りであって願いであった。

 けれど二人は、祈ることも願うこともしようとはしなかった。

 祈るべき、あるいは願うべき存在である神が、どれほど頼りなく、万能ではない存在であるかを誰よりも知っていたからだ。

 それでも自分の意思を無理矢理に押し通そうとすれば、こうなることは火を見るより明らかだった。

 最初から分かっていたことだった。

 衝突は避けられないのだ、と。

 だから……戦う。


 風が一瞬だけ止んだ。

 それを合図にするかのように、地面の上で小さな火花が二つ弾ける。

 二人分の影が、地を蹴って休息に接近する。

 交錯まで一秒もかかりはしないだろう。

 ほんの一回だけ、まばたきを繰り返した次の瞬間。

 とてつもない質量の力と力がぶつかり合った衝撃が、辺り一面に突風を巻き起こした。

 下弦の月が薄く哂うその下で、譲れない戦いが舞うように始まった。



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