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LinkRing  作者: やくも
93/130

Episode93:闇、動く


 胸の中のどこかに不安を抱えながらも、今日という一日はまた何事もなかったように過ぎ去ろうとしていた。

 時刻はすでに夜の九時を回り、昼間や夕方でさえあまり賑やかにならない住宅街の一角は、すでに眠りについてしまったかのように静まり返っている。

 もちろん、実際に寝静まっているわけではない。

 窓の外を見れば、周囲の家々はまだ明かりに包まれており、喧騒こそ聞こえないものの、賑やかさを感じさせる。

 普段と変わらぬ夕食を済ませ、僕は部屋のベッドの上で寝転がっていた。

 思っていたよりも食欲も出てきて、体の調子もいくらかマシになっているように思う。

 とはいえ、まだまだ病み上がりの体には変わりないので、もうしばらくは大人しく休んでいる必要があるだろう。

 もっとも、大人しく休ませてくれるような状況がいつまで続くかも分からない今は、あまり悠長に構えている余裕もないのだが。

「……ふぅ」

 溜め息を吐き出し、ポケットの中から携帯を引っ張り出す。

 ほんの十数分前に、氷室から一通のメールが届いていた。

 通話じゃなかったのは、氷室なりの気遣いなのかもしれない。

 僕はもう一度そのメールのないように目を通す。

 というよりも、メールは夕飯の途中に届いたものだったので、まだ僕もその全文に目を通したわけではなかったのだ。

 食事中に携帯をいじったりしているのを母さんはあまりよく思っていないので、僕は食事の席ではそのままにしておいた。

 画面を操作し、受信フォルダのトレイを開く。

 新着メールが一通。

 開き、内容に目を通す。

 ピッ、という聞き慣れた電子音。

 直後に、僕は寝転がっていた体を跳ね起こした。

 ただごとではないとは思っていたが、昼過ぎのあの地震がこんな形で関与していたなんて……。

 メールの内容は簡潔なものだった。

 が、決して楽観できるものでもなかった。


 ――五つ目の封印が開放された。


 その冒頭部分だけで、僕の目を釘付けにするには十分だった。

 だがそれだけではない。

 その後にしばらく今後の動き方や、真吾との連絡などについての提案や憶測が述べられ、もっとも目を引かれたのはその最後の部分だ。

 これも予測にしか過ぎませんが……という出だしで、その言葉は書かれていた。


 ――九人目の能力者が存在している可能性があります。


 画面を操作していた指が凍りついたように止まる。

「九人目って……そんな……?」

 思わず僕はそう口にしていた。

 そんなことがあるはずがない。

 そう思いながらも、僕は続きを読んだ。

 すると、それを後押しするような言葉がそこには書かれていた。

 今日の夕方、氷室が何者かと接触し、間接的ではあるが危害を加えられたこと。

 危害といっても、身体的なケガなどは何もなく、ただ意識を失わされたとのことだった。

 それはそれで十分脅威な気もするが、今はそのことを気にかけているときではない。

 さらに氷室はこう書いている。

 その何者かは、少なくとも人間ではない。

 かといって、能力者として覚醒した自分達と同じ境遇というわけでもない。

 一言で表現するのならば、それはバケモノという言葉でしか例えることができないものだと。


「……人間じゃ、ない?」

 人間じゃないというのも恐らく氷室の憶測なのかもしれないが、逆に言えば氷室が相手の正体を見誤っているとは考えにくい。

 となると、やはりその何者かは、一般常識の観点から見たところの人間という枠では捉えきれない存在ということになるのだろう。

 そしてその何者かこそが、以前真吾の言っていた自分の分身なのではないかと、氷室は仮説を立てている。

 僕もその話を覚えているが、まだその全てに納得をしたわけではなかった。

 もしもこの内容が真実ならば、その何者かは真吾と同じ存在の定義を持つということになる。

 記憶超越者。

 神が世界を生み、その世界を監視させるために送り込んだ自らの分身。

 それらは数多ある全ての世界に送られ、一つの世界に一つの監視者が割り当てられるという。

 だが、今僕達がいるこの世界だけが例外であって、何らかの理由によって監視者が二人送り込まれる形になってしまった。

 その一人が真吾であり、もう一人の所在は今まで不明とされていた。

 だが、もしもそのもう一人に当たる存在が、今日氷室が遭遇したその何者かだとしたら、これほど奇縁なものはない。

 この広い世界の、数ある国の中の一つのそのまた一つ、決して大きくもない月代という市の中に、二人の監視者がひしめいている。

 これが偶然で片付けられるはずがない。

 もしかしたら、この『Ring』に関わる全ての始まりが、その偶然に起因しているのかもしれない。

 そう考えると、今まで不明瞭だったままの問題にもいくつかの仮説を組み立てることができるようになるからだ。

 と、それについてはひとまず置いておくことにする。

 僕の知らないところでも何かしらの動きがあったようではあるが、とりあえずは氷室も無事だということに胸を撫で下ろす。

 そしてこれで、残る封印はあと三つということになるわけだ。

 だが、ここでやはり疑問が浮かぶ。

 仮に氷室の仮説が正しいとして話を進めると、人間ではないにしてもその何者かは間違いなく僕達と同じ何らかの能力者としての能力を保持していることになる。

 となると、必然的にあるものが浮かび上がってくる。

 そう、対応すべき封印だ。

 今のところ存在が明らかになっているのは八ヶ所。

 そのうちすでに五ヶ所は、対応すべき能力者の手によって開放されている。

 残る三人は、氷室、真吾、そしてかりんのはずだ。


 しかしここに新しい九人目が介在してくると、当然それに対応すべき封印もなくてはならないことになる。

 恐らくこのことには氷室もすでに気付いているのだろうけど、メールの内容にはそのことに触れている記述は一つもなかった。

 それが今はまだ触れるべきではないという意味のものなのか、それともまだ気付いていないだけなのか、僕には判断しかねる。

 結局のところ、氷室も同じなのかもしれない。

 何だかんだと推測を並べ立てたところで。パズルは完成するまでどんな形に組みあがるか分からないものだから。

 たった八つのピースなのに、こんなにも組み上げるのは難しい。

 だがそれも、もうすぐ完成する。

 出来上がったその形がどんな形なのか。

 誰にでも優しく、丸みを帯びたものなのか。

 歪に広がり、刃を剥き出しにしたものなのか。

 今の時点では予想もつかない。

 だから、現状維持しか案がない。

 八つの封印、その全てを開放すれば、おのずと形は見えてくるはず。

 分かっている。

 分かっているんだ、それは。

 だけど……。

 本当に、それは……。


 ――間違ってない道の上を歩いているということなのだろうか?


 思い返してみれば、どこかおかしい。

 もともとこれは最初、戦争になるはずの戦いだった。

 誰しもが望まずに能力者として覚醒し、その上で戦争に巻き込まれるという理不尽なルールの上に立たされた。

 が、戦争ということは即ち、勝者が出れば敗者も出るということだ。

 古今東西、戦争に置いての敗者とは例外なく死者に他ならない。

 勝ち残れば望みを叶える権利を得て、一度でも負ければ死に往くだけ。

 それが戦争。

 歴史の中で、人類が幾度となく繰り返してきた反発と衝突の集大成。

 だが、誰しもが戦いを望むわけではない。

 氷室と飛鳥がそれだった。

 どういう理由で選ばれたのかを今更詮索しようとは思わない。

 ただ二人は、静かにこの戦争を終わらせるために戦っていた。

 始まる前に終わらせれば、誰も傷付かずにすむのだから。

 戦いを戦争に昇華させず、内乱程度に抑えること。

 その考え方に僕も同意だった。

 それでも今までに少なからずの被害は出ているけれど、無関係な人は誰一人として巻き込んではいないはずだ。

 まだこれは戦いから戦争へと昇華されていない。

 となれば、このまま静かに幕を下ろすことも可能なはずだ。

 そのために僕達は動いているのだから。

 そして問題点はここだ。


 ――もしも本当に、戦争が起こらなかったらどうなる?


 少し話を戻そう。

 僕達がいるこの世界は、神によって創られた数多ある世界の一つにしか過ぎないものである。

 まずはこれを認めることから始まるのだが、とりあえず仮にこれを認めることにしよう。

 そして全ての世界、そこに生きる全ての人間を含めた生物の未来及び結末は、すでに決定付けられている。

 僕達はあらかじめ用意されたレールの上をただ歩くだけの、操り人形なのだ。

 それこそが神が絶対である力の啓示であり、僕達が言うところの逆らえない運命というものだ。

 だとすると。

 この『Ring』を巡る戦いが戦争へと昇華しないことさえも、神が定めた予定のうちのものか?

 それとも、ここにきて運命の歯車は狂い始めているのか?

 真吾は言っていた。

 自分が死ねば、もう一人の分身も消える。

 それが唯一、神に逆らえるささやかな抵抗なのだと。

 つまり、真吾が自ら死ぬことを選ばず、能力者の一人として戦争に参加することが、神の描いた未来予想図のはずだ。

 総じて言えば、この世界を創った神とやらは、その時点では戦争を起こさせるつもりだったのだ。

 いや、起こるように全てを仕向けていたはずだ。

 しかし、その戦争のキーとも言える能力者に真吾が選ばれたこと。

 その真吾本人が運命に抗っていること。

 氷室や飛鳥や僕のように、戦争を回避するために戦うものがいること。

 これらは全て、本当に神の描いた未来にあった図式なのだろうか?

 ……もしも。

 もしも今の状況が、何か……たった一つでも、定められていた未来と違う形を保つことができたのなら、それは……。


 ――運命は、変えることができるかもしれない。


 いや、実際すでに変わりつつあるのではないかと僕は思う。

 現に監視者であるはずの真吾が、僕達にこんなことを話している時点で、何かが変わり始めているはずなのだ。

 変われる。

 変えられる。

 変えていくんだ。

 他の誰でもない、僕達が変えていく。

 誰にも気付かれないままでいい。

 功績や名を残したいわけじゃない。

 僕達はただ、例え他の誰かに結末を決められた道であっても、自分の意思で歩き続けていきたいだけなのだから。

 平穏は望まない。

 日常を返してほしいだけ。

 そのためなら僕達は、きっと。


 ――もう少しくらい、戦っていけるはず。


 ……しかし。

 そんな僕の想いはよそに、今日が終わりを告げる頃にそれは始まった。

 時計が告げる二十四時。

 闇は静かに、蠢き始めた。



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