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LinkRing  作者: やくも
89/130

Episode89:黄昏を往く闇


 携帯電話を閉じ、それをテーブルの上に置いて飛鳥はソファに身を沈めた。

 電話の相手は氷室だった。

 言われなくても何となく気がついていたことだけど、やはりさっきの地震は自然に起こったものではないらしい。

「これで残りがあと三つか……」

 呟き、ぼんやりと天井を眺める。

 ここにきて飛鳥は、今更ながらに思うことがあった。

 八つの封印全てが開放されたら、一体どんなことが起こるのだろうか?

 最初から頭の中に疑問としてはあったのだが、いつの間にか疑惑が薄れていってしまっていた。

 今にして思うと、そのことがやたら気になって仕方がない。

 真吾も言っていたように、結果というものは原因があるからあらわれるものだ。

 ということは、八つの封印全てを開放するということ、まずこのことが何らかの原因に当たる部分のはずなのだ。

 当然、原因があれば結果が出てくるはずである。

 この場合、その結果というものが全く見えてこないわけだが……。


「……何でもないはずがないよね」

 そう、何でもないはずなどあるわけがない。

 これだけ大掛かりな封印という形で、しかもそれをこの大きくもない街に八つも施してあるのだ。

 これで何もないわけがない。

 天変地異が起こるのか、はたまた神様は魔王が降臨でもするのだろうか。

 何にしてもまともな未来が予想できるはずもない。

 しかし、だ。

 そういう不安の色が濃く見える未来に向かって、自分達はこともあろうか進んでいるのだ。

 もしかしたら本当にこの世界そのものが消えてなくなるくらいの大惨事が待ち受けているのかもしれないというのに。

 端から見ればそれは愚行以外のなにものでもなく、言ってみれば自ら谷底へ続く道を走っているようなもの。

 それはなぜか?

 一言で言えば、分からないからだ。

 仮にそういう不安の色を映す残酷な未来があるとしても、逆にそこには理想的な別の未来があるかもしれない。

 つまり、可能性の問題だ。

 おそらくああなるだろう、しかしこうなるかもしれないという、自分の中で起こる終わりのない水掛け論が、迷いながらも自分達を先へ先へと歩かせているのだ。

 誰だって悪い未来よりはいい未来を求めたいに決まっている。

 確率からして、例えいい未来の可能性がどれだけ低かったとしても、それがゼロでない限りは追い求めてしまうのだ。

 それこそ、奇跡が起こることさえも信じて。

 反面、奇跡なんて起こるわけがないだろうと、罵っている自分をその瞬間だけ都合よく切り捨てて。

 頼り、すがってしまう。

 冷静に考えれば、もしかしたら別の道も見えていたかもしれないのに……。


 そうだ。

 冷静に考えれば考えるほど、それこそ現状はおかしいことこの上ない。

 しかしそれを話し始めると、この身につけた『Ring』やその影響で授かった力さえも全て否定することから始まってしまうので、それはできない。

 これが偶然だとは思う。

 いや、そう思っていた。

 少なくとも飛鳥は、自分がこうして能力者の一人として選ばれたことに運命的なものは何一つとして感じていなかった。

 マンガやゲームの世界では、何かしらの因果めいた理由付けもあるのかもしれない。

 だが、ここは現実だ。

 そんなものに心当たりはないし覚えもない。

 ないからこそ、逆に運命的なのだと誰かは言うかもしれない。

 それでも飛鳥はそんなものなど信じない。

 正直、こんな力はただの重荷だとさえ思っている。

 それはきっと、大和や氷室だって例外ではないはずだ。

 だから、この力を手放すことに変な執着はない。

 なくなるならなくなるで、さっさとなくなってもらって構わない。

 元に戻るだけなのだから。

 そう、そのはずだった。

 どこからか聞こえてきた、そんな根も葉もないような噂が耳に入るまでは。


 ――封印開放の戦争の勝者には、望みを叶える権利が与えられる。


 これもファンタジーならではのお決まりの設定の一つと言える。

 願いが叶う?

 ばかばかしい。

 と、簡単に吐き捨てられるはずなのだ。

 少なくとも、代わらぬ現実の中に浸っていた限りは。

 しかし、今はどうだろうか。

 どんな偶然か知らないが、飛鳥はこうして能力者として選ばれ、大きな力を手に入れている。

 そうである以上、例えその噂がどれだけばかげたものであっても、バカらしいと簡単に吐き捨てることなどできなかった。

「…………」

 視線を移す。

 小さな棚の上に置かれた写真立てに目が移る。

 もうずいぶんとホコリをかぶって、中の写真も色褪せてしまったけれど。

 そこには写真でしか知らない母親の若い頃の笑顔が、しっかりと残っている。

「……お母さん」

 死んだ者は二度と甦ることはない。

 それは人間に限らず、命ある全ての生き物に共通する大自然の法則の一つだ。

 分かっている。

 分かっている、そんなことは。

 ……だけど。

 もしも……もしも本当に、どんな願いも叶うのだとしたら、それは……。


 ――不可能を可能にする事だって、できるんじゃないだろうか?


 例えばそれは、人類が月を歩くことなど不可能だと言われていたことが実現したように。

 例えばそれは、原因不明な難病に対するワクチンが偶発的に開発されたり。

 例えば、それは……。


 ――もうこの世にいない、死んでしまった何よりも大切な人を甦らせることだったり……。


「……だめだよ。できるわけないじゃん、そんなの……」

 心の中で言いかけた言葉を、飛鳥は無理矢理呑み込んだ。

 チクリと、胸の奥を針で刺されたような痛みが走る。

 でもとか、それでもとか、だけどとか。

 そんな諦めの悪い言葉だけが、いくつもこみ上げてくる。

「……痛いな、もう……」

 ソファに体を横たわらせる。

 少し眠ろう。

 一度に色んなことを考えすぎたみたいだ。

 大丈夫。

 目が覚めれば、きっと嫌なことは忘れてる。

 そう、信じて……。




 間もなく日が暮れる。

 長いようで短い一日も、また一つ終わりに向けてたそがれていく。

 昼が終わり、夜を出迎えるこの時間帯が、氷室はどこか好きになれなかった。

 黄昏時。

 その時間帯は、何か起こるべくして起こることが一番都合のいい時間帯だからだ。

 常に誰かの目に留まりながらも、しかし密やかに事を運ぶことができる魔の時間。

 光でもなければ闇でもない。

 白でもなければ黒でもない。

 灰色の影に染まりながら、しかし確実に蠢いている何かがある。

 感覚的にそう捉えている氷室にとって、夜眠ることに恐怖を覚えることはなくとも、今はこうして景色を眺めているだけで鳥肌が立ちそうなほどの寒気を感じていた。

 事務所の窓ガラス越しに見る目下の街並みには、まばらな数の人々が忙しくない程度の足並みで右往左往している。

 誰かは買い物に向かう途中だったり、別の誰かは塾に向かうところだったり。

 一見してそれは何も変わらないただの人波に過ぎないものだった。

 それこそ、毎日見比べたとしても大きな変化はないほどの、ありふれた風景の一つ。


「……っ!」

 だが、そこに。

 例えようのない違和感を、氷室は感じた。

 それを見た瞬間、正真正銘に背筋が凍りつく感覚を覚えた。

 温度のない空気に背中を舐め回されるような、不快感を通り越した怖気を覚える。

「……っ、何が……?」

 気が付けば氷室は両膝を折り、床に跪くようにしゃがみこんでいた。

 寒気がこみ上げ、指先の震えが止まらない。

 嫌な汗が前進から噴出してくるようで、ひどく気持ちが悪い。

「ぐっ……」

 しかし氷室は笑う膝で強引に立ち上がり、壁を支えにしてもう一度窓の外へと目を向けた。

 乗り物酔いを起こしたときのように世界がぐるぐると回り、平衡感覚が麻痺しているかのようだった。

 半ば這うように、氷室は窓にへばりつく。

 街並みは先ほどと何も変わらず、ただただゆったりと時間を浪費しているだけだった。

 だが、その中のわずか一部に。

「……っ、あれは……!」

 何かこう、言葉で表現できる限界を超えたような、そんなもの……いや、それをものと形容することさえ怪しいものが、確かに……。

「……何だ、あれは……っ?」

 いた。

 そこを、歩いていた。

 それは一見して、誰の目から見ても少年の姿に映るだろう。

 だが、見るものが見ればすぐに分かるはずだ。


 ――それは、人間ではなく、ヒトの形をした別の何かであるということが……。


「…………」

 氷室はその人の形をした何かを目で追いかける。

 歩みは早くも遅くもなく、それは雑踏の中に溶け込むようにしてゆっくりと視界から遠ざかっていく。

 瞬間、本能が叫んだ。

 あれをこのまま放っておいてはいけない。

 あれはおかしい。

 あれは、あってはならないものだ。

 危険だと告げる本能と、追うべきだという本能が激突する。

 結局押し切ったのは、追いかけろという本能だった。

 震えはいつの間にかなくなっていた。

 氷室は急いで事務所を後にし、街並みの中へ躍り出る。

 どこかへと続く道。

 その道のはるか向こうに、それを視認した。

 それはやはり、人ではない。

 人の形をしてはいるが、絶対に人ではない。

 こんな曖昧な表現はしたくないが、これぐらいしか適切な表現がないので仕方なしに使わせてもらうことにする。


 ――あれは、バケモノだ。


 その一点だけ、気温がなかった。

 その一点だけ、空気がなかった。

 その人の形をした人ではない何かは、自分以外にもう一つのものを連れ歩いていた。

 それは、闇だった。

 ズルズルとひきずるような音。

 実際にそんな音は聞こえないが、見ているだけでその音が耳の奥にこだまする。

 闇を引きずる人ならざるもの。

 どこへ行く?

 無、と。

 そう答えられても、納得せざるをえないかもしれない……。



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