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LinkRing  作者: やくも
83/130

Episode83:繋ぎ止められた世界達


「で」

 開口一番、飛鳥はそう呟いた。

「……何があったのか、分かりやすく説明してもらえる?」

 半ば頭を抱えながら、飛鳥は言った。

 一方その隣で、僕も何がなんだか分からないままに呆然と立ち尽くしているのである。

 目の前には息を切らしながらへたりこむ氷室と真吾の姿。

 なぜか二人とも汗だくで、服はそこら中が土汚れにまみれ、あちこちをすりむいたような傷まで付いている。

「……っ、ったく、アンタ、ちょっとは、加減ってものを、考えやがれ……」

「……っ、殺せとかどうとか、言ってた割には、支離滅裂も、いいところですよ、その発言は……」

 当の二人はこちらの質問などまるで意にも介さずに、途切れ途切れの言葉でそう繰り返している。

 なんだかこの様子だと、まるで仲の悪い兄弟が大喧嘩を終えた後のような光景だ。

「ちょっと氷室、聞いてる?」

「え? ああ、はい。聞こえてますよ。ですが、もう少し待ってください。酸素の供給が追いつきませんから……」

「真吾、何してるの?」

「……いや、何と言われても……正直、答え方に困るな……」

 どうやら本当に体力をスッカラカンになるくらいに消耗しているようなので、しばしの間僕と飛鳥は二人の呼吸が整うのを待つことしかできなかった。

 そして五分ほどの時間が過ぎ、ようやく二人の呼吸が落ち着いてきたところで、僕と飛鳥は再度同じ問いを繰り返した。

「……そのことですが……」

 答える前に、氷室は横目で隣の真吾の顔を覗った。

 視線を受け、真吾はわずかに表情を強張らせ、しかし何も言い返すことはなかった。

「……実はですね」

 としかし、氷室がそう言いかけたところで真吾は口を挟む。

「待った」

 残った僕達三人の視線が真吾に集まる。

 そして真吾は一瞬だけためらいがちな様子を見せ、しかしそれも一瞬で消し、溜め息を吐き出すような重い口調で言った。

「……俺から話そう。こうなった以上、どうやらアンタもただで引き下がりそうもないからな」

 真吾は氷室を見返し、そう言った。

「場所を変えようぜ。ここも十分人目につかないが、一応は立ち入り禁止区域だ。面倒に巻き込まれると厄介だからな」

 真吾の提案により、僕達は一度この場を離れることになる。

 一路、再び氷室の事務所へと移動する。


 時刻は間もなく正午を示そうとしている。

 そろそろ小腹も空いてきて、何か軽い昼食でも食べながら話をするという選択肢もあったが、どうもそういう空気の流れではない。

 決して広くもない事務所の一室、ソファには僕と真吾と飛鳥の三人が座り、氷室だけがデスクに寄りかかっている。

「さて、と。どこから話せばいいかな……」

 そう言って、真吾は口火を切る。

 気のせいか、空気が重苦しく感じられる。

 少なくともこの場の雰囲気からして、これから話される内容はいい意味での話ではないだろうということは予想できた。

「まず私が聞きたいのは、あんた達が揃ってあんな場所で何してたのかってこと」

 向かいに座る飛鳥が言う。

 もちろん、それは僕も気になっていたことだった。

 そもそも、氷室と真吾というこの取り合わせというか組み合わせがまず信じ難い。

 言ってみれば二人は犬猿の仲のような感じだったし、はいそうですかと相容れるような性格でもないはずだ。

「それに関しては、私から説明しますよ」

 と、以外にも割って入ったのは氷室だった。

 見ようによっては、これは助け舟のようにも見えなくはない。

「構わないでしょう?」

「……ああ」

 念のため確認を取って、氷室は眼鏡を押し上げる。

 そして次の瞬間、あっさりと、しかしとんでもないことを言ってのけた。


 「――彼に頼まれたんですよ。自分を殺してほしい、とね」


「な……」

「な、何考えてんのあんた……?」

 僕と飛鳥は同時に絶句しかけた。

 言葉の意味が全く理解できなかったからだ。

 殺してほしい?

 真吾が、そう頼んだ?

 氷室に?

 どうして?

 疑問ばかりが浮かび上がる。

 正面を向いても、そこにある真吾の表情は何一つ色を変えていない。

 無言であることが、そのことをそのまま肯定していた。

「真吾、どうして……」

 僕の問いに、真吾はわずかに視線を外す。

「……っていうか、氷室。あんたもあんたよ。まさか、そんな馬鹿げた提案を受け入れたわけ……」

「はい、受け入れました」

「…………!」

 再び飛鳥は絶句した。

 同時に、混乱の中でわずかに怒りのようなものが見え始めてくる。


「あんた、何考えて……!」

「やめろ。メガネの兄さんは悪くねぇんだ。そうせざるをえないように、俺がちょっとそそのかしたんだよ」

 氷室に対して怒鳴りかけた飛鳥を、しかし引きとめたのは真吾の言葉だった。

「……そそのかした?」

「ああ。俺を殺さないのなら、俺が大和とお前を殺す。そう持ちかけた」

「な……」

「……っ」

 三度絶句。

 何でこう、次から次へととんでもない言葉ばかりが飛び出してくるのだろうか。

「だから兄さんは、俺を殺さざるを得なかった。お前達を守る意味も含めてな」

「……氷室」

「……その通りですよ。残念ですが、彼の言葉は真実でした。私が選択を間違えれば、本当に二人に危害を加えたでしょうね」

「…………」

「……でも、どうして……どうしてそんなことを」

 僕は素直に思ったことを口に出す。

 真吾と氷室の対話を見る限り、信じられないことだが全て事実なのだろう。

 真吾が自分を殺してほしいと迫り、できないのならば代わりに僕と飛鳥を殺すと言ったことも、全て事実なのだろう。

 過ぎたことを追いかけても仕方がない。

 問題は、なぜ真吾がそんな強硬手段のようなものに打って出る必要があったのか、だ。

「それに関しては、私も聞きたいところですね。つまるところ、そこなのでしょう? そうせざるを得なかった理由を、あなたはまだ言葉にしてはいない。違いますか?」

「……そうだな。あんたの言うとおりだ」

 小さく溜め息を吐き出し、どこか諦めたような素振りを見せながら真吾は顔を上げた。

「……話してもらいますよ。もとい、その意思があるからこそわざわざ場所を移したのでしょうけどね」

「……ああ。俺はどうやら、本当に隠し事をするのがヘタなタイプらしいからな」

 嘲笑のように小さく笑って、真吾は一度目を閉じる。

 そしてゆっくりと目を開け、僕を、飛鳥を、そして氷室を見て、その重い口を開いた。


 「――むかしむかしあるところに、神様がいました……」


 まるで昔話のような決まり文句から、それは始まる。

 時間の流れを忘れさせる言葉。

 それは、途方もない始まりの物語への入り口。

 信じる信じないは人それぞれだ。

 ただ、一つだけ言えることがある。

 真吾は決してふざけ半分で、こんな言葉を口にしているわけではない。

 その表情を見れば、そんなことは一目瞭然だった。

 目の前にいるはずの真吾の存在感が、途端に希薄になった気がする。

 ここにいるのにここにいない。

 まるで、ほんのわずかにだけすれた空間に溶け込んでしまっているかのように。

「……おいおい、ツッコミはなしか? いいのかよ、このまま俺に昔話をさせちまっても」

「……茶化さないでよ。そんなの、あんたの目を見れば嫌でも分かるわよ」

「……うん」

「……続けてください。興味がありますね、その昔話」

「……やれやれ。それじゃ、続けるか」

 乾いた笑いを吐き出して、真吾はぼんやりと部屋の天井を仰ぎ見る。

 白か灰色か、よく分からないそれを眺めながら、ポツリポツリと、まるで振り出した雨のように途切れ途切れの言葉を繋げていく。




 むかしむかし、あるところに、神様がいました。

 神様は何もないその場所に、生命に満ち溢れた青く澄んだ一つの星を創りました。

 青い星は、主に海と陸の二つに分けられました。

 次に神様は、海と陸のそれぞれに、新たにいくつかの命を生み出しました。

 陸には木を、草を、動物を。

 海には魚を、貝を、海草を。

 生まれた星は瞬く間に無数の命で溢れ返り、平穏無事なまま永い永い時が流れました。

 あるとき神様は、その星に優れた知能を持つ生命を創りました。

 それがヒト……即ち、人間の祖先でもある存在です。

 人間と動物は時の流れの中で互いに交わり、繁殖することを知り、後の世に数多の子孫を残すことになります。

 そうしてまた気が遠くなるほどの永い時が流れた頃。

 神様はふと、あることに気付きました。

 命あるものはいつか必ず滅びの時を迎える。

 生と死は常に隣り合わせであり、それは万物に共通する始まりと終わりである。

 そう思ったとき、神様はとても悲しく思ったそうです。

 自ら生み出したいくつもの命達は、すでに終わりの時を迎えて等しく無に還っていました。

 しかしその反面、そうして消えた命は、後の世界により多くの命を残してくれました。

 そう。

 悲しいけど、それが命というものの巡り方。

 生まれて最初にその命に付きまとうもの。

 それが、死。

 それはまさに逃れようのない運命。

 法則と言い換えてもいいでしょう。

 命の始まりから終わりまでは、まるで一環する輪のようなもの。

 生まれたときはただの点。

 生きる過程でその点は線となり、緩やかに円を描き始める。

 やがて、その線が始発点へと戻ってくるとき。

 そこは同時に、その命の終点にもなる。

 それが、一つの命の終わる時。

 そしてそれが、この世界で唯一、覆ることのない、優しくて、悲しい法則。

 そう。

 この世界、では……。


 またあるとき、神様は思いました。

 もう一つの世界を創ってみよう、と……。

 終わりのない世界を創ってみよう。

 しかし、終わりのない世界はそれだけで牢獄のようでした。

 これでは悲しみは繰り返すだけです。

 そしてまたあるとき、神様は思いました。

 いくつもの世界を創り、一つの世界で終わりを迎えるたびに、別の世界で新しく生まれ変わればいいのだ、と。

 そのためには、沢山の世界が必要でした。

 十でも百でも足りません。

 千でも万でも足りません。

 しかしいくら多くの世界を創っても、それらが全て離れ離れになってしまってはやはり意味がありません。

 神様は考えます。

 そして、至ります。

 全ての世界を繋ぐことに。

 命の始まりから終わりは一環の輪のよう。

 ならば、世界一つ一つも輪にしてしまおう。

 そうしてできた無数の輪を、全て繋ぎ合わせていこう。

 輪と輪を繋ごう。

 鎖のように、繋いでいこう。

 全ての世界がどこかで繋がるように。

 全ての輪がどこかで繋がるように。

 輪(RING)を、繋ぐ(LINK)。

 これで世界は終わらない。

 どこまでも続く。

 時代も、場所も。

 何もかもが変わっても、また次の始まりが待っていてくれる。

 それが、神様の考えた幸せの論理。

 思うにそれは、単なる気紛れだったのかもしれません。

 しかし、それでも……。

 あなたが今いるこの世界も、きっとどこかで別の世界に繋がっている。

 難しいことは何もない。

 一言で言えば、たったこれだけのことなのだから。


 ――世界は、一つじゃない……。



後書きというほどのものではないのですが、この場を借りて一つ皆様にお礼を。

今月に入った頃に、本作LinkRingの読者数(アクセス数)が合計で一万人を突破することができました。

連載当初からもう半年も経つわけで、自分でも結構驚いているところです。

何はともあれ、このような長期連載及びアクセス数を記録できたことも、ひとえに読者の皆さんのおかげです。

この場を借りて改めて御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

物語そのものはまだ続きますが、無事に完結できる日を目指してがんばっていきますので、どうか長い目で見守ってやってくれると幸いです。

それでは長くなりましたが、この辺で失礼させていただきます。


 やくも



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