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LinkRing  作者: やくも
80/130

Episode80:水と炎、再び


 事務所の明かりは消えていた。

 留守かと思ったが、考えてみれば真昼から明かりをつける必要もないだろうと僕は思い、二階へと続く階段を上り始めた。

 コンコンと扉をノックする。

 そのまましばらく中からの応答を待っていたが、返事は返ってこなかった。

 失礼だと分かっていたが、試しにドアノブを握って扉を引いてみる。

 が、鍵がかかっているようで扉は少しも開かない。

 どうやら氷室は留守らしい。

「どこに行ったんだろう……」

 呟き、同時に僕は思った。

 もしかしたら、すでに次の封印の開放に向かっているのではないだろうか?

 それは十分にありうる可能性だった。

 だとしたら、飛鳥も一緒だろうか?

 それ以上考えるよりも先に、僕は携帯を取り出して氷室の番号へと発信する。

 電話の向こうでコール音が連続する。

 しかし、ふと僕は違和感を覚える。

 そのコール音が、電話の向こうからとさらにもう一つ。

 そう、ここ、氷室の事務所の中から同じ音が聞こえてきたのだ。

「え?」

 どういうことだ?

 氷室は携帯を置き忘れてどこかへ出かけてしまったのだろうか?

 そうだ、氷室の車は……?

 僕輪急いで階段を駆け下り、氷室の車が駐車してある場所を覗きに行った。

「あれ?」

 しかし、予想とは外れて車はそこにしっかりと残されていた。

 つまり、氷室は出かけたにしてもそこまで遠出しているわけではないと考えられる。

 だがそれにしたって、携帯を置き忘れていくなんてどこか氷室らしくないような気がする。

 何かあればすぐ連絡をするようにと、そう口をすっぱくして教えてくれたのは他ならぬ氷室だ。


 途端に嫌な空気が背中にまとわり付く。

 また、何かが起きそうな、そんな予感がする。

 こういう予感は嫌というほどに的中することを、僕はもう身を持って教えられている。

 だが、だからといって何ができる?

 もしかしたら氷室は本当に、近所のコンビニかどこかで買い物でもしているのかもしれない。

 だとしたら何も心配することはないのだが、一概にそうだと言いきることもできない。

 不安の目は限りなく摘み取っておくに越したことはない。

 そうしたいのは山々なのだが……。

「飛鳥なら、何か知ってるかも」

 僕は携帯を一度切り、改めて今度は飛鳥の番号へと発信する。

 だが。

「……ダメだ、繋がらない」

 電話の向こうから聞こえてきたのは、電波の届かないところにいるか電源が入っていませんというお決まりのメッセージだけだった。

 これでもう、二人に対する連絡手段は途絶えたことになる。

「二人とも、一体どうしたんだろ……」

 不安が色濃く僕の胸の内を支配していく。

 気のせいか、それに合わせて空模様までくだり気味になっているように感じる。

 何もないことを祈りたい。

 しかしそれがどれだけ難しいことなのか、やはり僕は嫌というほどに理解させられていた。

 何もないことなんてない。

 何かが起きている以上、それは何かの始まりに繋がるからだ。

 この状況下で、新たに起こりうる何か。

 そんなもの、考えるまでもない。

「氷室、飛鳥……」

 呟き、空を見上げる。

 空はまだ青い。

 しかしそれは、今はまだ青いという、ただそれだけのこと。

 僕には分かっていた。

 もう間もなく、この空模様は一面の暗黙模様に変わっていくということが……。




 大和が氷室の事務所を訪ねるほんの数分前に話は遡る。


 扉をノックする音に、氷室は応待すべく扉を開けた。

 するとそこにいたのは、思いがけない人物だった。

「おや、珍しいお客ですね」

「悪かったな、突然の訪問者でよ」

 目の前にいる人物は、真吾だった。

「それで、どうしたんですか?」

「一応、この前の提案の返事をしておこうと思ってな。これから少しいいか?」

「それは構いませんが……イエスかノーで答えるだけなのですから、時間などかからないでしょう?」

「……その他にも、いくつか話しておくことがあるんだよ。手間は取らせないが、なるべく人目につきたくない」

「……そうですか。ま、いいでしょう。それで、どこで話します?」

「……道なりに説明する。まずは俺についてきてくれ」

 言うだけ言って、真吾は一足先に歩道へと戻っていった。

 わずかばかりの疑問を抱えながらも、氷室はとりあえずそのあとを追うことにした。

 事務所の鍵を締め、真吾の背中を追いかける。


 そうして歩くことおよそ二十分。

 真吾と氷室の二人は、相変わらず立ち入り禁止区域に指定されたままの森林公園跡地までやってきていた。

「どこまで行くんです?」

 数歩後ろを歩く氷室が聞く。

「……まぁ、このあたりならいいか」

 答えて、前を歩いていた真吾が歩みを止めた。

「何を考えているのか知りませんが、内緒話一つするのにこんなとこまでやってくる必要性は感じられませんよ?」

「そう言うなよ。こっちにだって事情ってもんがるんだ」

 軽く返しながら、真吾は氷室を振り返る。

「じゃ、まずは結論から言わせてもらう。アンタの提案、乗ってやるよ。共同戦線だ」

 驚くほどあっさりと、真吾は言い放った。

「そうですか、それはどうも……と、言いたいところですが」

 氷室は一度ずれかけた眼鏡を押し上げ、続ける。

「それだけじゃないのでしょう? わざわざこんなところまでやってきた理由というのは」

「…………」

 その聞き返しに、真吾は黙り込んだ。

 ということはつまり、まだ何かあるということだ。

 共同戦線の提案は受け入れる。

 だからその代わりに……のような、何か条件付けのようなものが。

「……まぁ、アンタ相手に騙しあいをしても分が悪いからな。それに俺自身、嘘をつくのがヘタなみたいなんでな。そのせいでガキの頃から色々と苦労してるんだ」

「それはお気の毒ですね。ですが、話を逸らすのもこれくらいにしましょう。前置きはいいですから、本題を。何かあるのでしょう? その、交換条件のようなものが」

「察しが早くて助かる。何、難しいことじゃないさ」

 スゥと小さく息を吸い込んで、真吾は一度目を閉じる。

 閉じた目を直後に開け、そして言った。

 あまりにもあっさりと、しかし聞き流すことができないその一言を。


 「――俺を殺してほしい」


 その言葉に、ある程度の想像を働かせていた氷室さえも硬直した。

 確かにその一言は、前置きの通り何一つ難しいことではなかった。

 だが、反面にあまりにも信じられない、聞き捨てならない重い一言だった。

「……何を、言って……」

 ふざけているだろうかと、思わず氷室も聞き返す。

 だが、続く言葉を遮って真吾は続ける。

「冗談でも何でもねぇんだ。こっちは真剣に頼んでるんだよ。そっちの提案を受け入れる代わりに、俺を殺せ」

 顔色一つ変えず、再び真吾は言い切った。

「……意味が分かりませんよ」

 腕組みし、氷室は聞き返す。

「共同戦線を結んだ相手を殺すことが交換条件? そんな滅茶苦茶なことがあっていいはずがないでしょう? 根底の部分から矛盾しているじゃないですか」

「問題でもあるか?」

 さらりと真吾は言い返す。

 やはり、顔色には何の変化も見られない。

「……っ、確かに、一つの交換条件としてその要望は間違いとは言いませんよ。ですが、その提案は受け入れられません」

「なぜ?」

「なぜって、当然でしょう? 私にはあなたを殺す理由なんてこれっぽっちも……」

「だったら……」

 低い声で真吾は言う。

 わずかに声色が変わり、それに伴って表情にも変化が起きたようにも見える。


 「――アンタが俺を殺さない限り、俺が大和とあの女を殺す。そう言ったらどうする?」


「な……」

「分かってるんだぜ? 大和とアイツは、今封印開放の直後でまともに力を使うことができないってことくらいな。そんな状態のやつらなら、例え二対一でも俺が負けるとは思わないがな」

「正気ですか? 自分が何を言っているのか、分かって……」

「分かってるさ」

 静かに低く、真吾は告げる。

「俺の言葉は狂気を孕んでいるかもしれないが、俺そのものは至って冷静だ。言うなれば、俺は真剣に狂ってるんだよ」

「……っ!」

 確かに、こうして面と向かって話す真吾の様子はふざけているものには見えない。

 ふざけているようならば、あんな重い口調で話せるはずがない。

 これは演技ではない。

 正真正銘、心の底からの声なのだ。

「で、どうする? アンタは俺を殺してくれるのか?」

「……お断りですよ、そんなことは」

「だとしても、俺があいつらに手を出すとしたら、アンタはそれでも黙って見ていられるのか?」

「……っ」

「……まぁ、アンタにはできないだろうさ。だからこそ、俺はアンタに俺を殺すように頼んでるんだ。大和でもあの女でも、きっと俺を殺せないだろうからな」

「……なぜですか? どうしてそこまでして、死に急ぐ必要があるというのです?」

「もっともな疑問だが、それに答えてやる義理はないな。誰にだって共有したくない秘密の一つくらいあるだろ?」

「…………」

「……ま、納得できないならそれでいいさ。だが、俺は有言実行するぜ? アンタが俺を殺さないというのなら、不本意ではあるが俺があいつらを殺すまでだ」

「……本気、みたいですね」

「俺はいつだって本気さ」


「……やれやれ、どうしてこうなるんでしょうかね」

 溜め息を吐き出し、氷室は頭を切り替える。

 理由はどうあれ、二人に危害を及ぼすわけにはいかない。

 ならばこちらとしても不本意ではあるが、迎え撃つことしか手段はない。

 その手に力を集中させる。

 空気中の水分が凝縮され、水の粒となり、粒子はやがて一本の槍へとその姿を変える。

「……悪いな。もう、時間がねぇんだよ」

 聞こえないようにそう呟いて、真吾もまたその手に力を集中させる。

 炎が両手を包み、飛び散る火の粉の一つ一つが刃となって宙に浮かぶ。

「……一つ、訂正しておきましょう」

「……何だ?」

「こちらから持ちかけておいてなんですが、共同戦線の話、なかったことにさせてもらいますよ」

「……ああ。こっちとしても、その方がやりやすい」

 そして一瞬の静寂。

 直後に、大地が弾けた。

 望まぬ戦いがこうしてまた一つ、音もなく交差を始めた。



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