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LinkRing  作者: やくも
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Episode78:雲隠れの真実達


 泣き疲れてしまったのだろうか、気が付けば唯は再び小さな寝息を立てていた。

 母さんの話によると、唯は夜遅くまで僕の看病をしてくれていたらしく、満足な睡眠も取れていないはずだ。

 なので、ここはそっとしておいて寝かせておくべきだろう。

 ずれ落ちた毛布をかけなおし、僕は静かに部屋をあとにした。

 足元はまだ少しふらつくが、大分マシになってきたとは思う。

 わずかだが食欲も出てきたので、何か胃の中に収めておこうかなと、僕はリビングへと向かった。

 階段を下りると、ソファでは母さんが週刊誌を読みふけっているところだった。

「あら?」

 と、やってきた僕に気付いたのか、読みかけの週刊誌を見開きのままソファに置き、母さんはおもむろに立ち上がった。

「もう大丈夫なの?」

「ん、まぁ少しは」

「何か食べれる? リンゴでも剥こうか?」

「じゃあ、お願いする」

 交代で僕がソファに腰を下ろし、母さんはキッチンへと向かう。

 テーブルの上のバスケットからリンゴを一つ摘み上げ、慣れた手つきで手早く皮を剥いていった。

「そういえば、唯ちゃんは?」

「まだ寝てる。起こしちゃ悪いから、そのままにしといた」

「そう。まぁ、夜中遅くまでがんばってくれたみたいだったものね」

「うん……」

 頷き、僕はわずかにうしろめたい気持ちになる。

 結局のところ、僕は唯に対して何も真実を話すことができていないのだから。

 だが仮に話したところでどうなるというのだろう?

 むしろ、話すことによって危険に巻き込んだり、余計な心配をかけることになってしまう。

 それはきっと、控えた方がいい。


 話せば唯は、突拍子のないこんなことでも信じてくれるかもしれない。

 だが反面、絶対に僕のしていることを止めようとするはずだ。

 それは、できない。

 唯が善意からそう言ってくれるであろうことはもちろん分かっている。

 身を案じてくれているのだということも分かる。

 しかしそれでも、もう今更後に引くことなんてできないんだ。

 今こうしている間だって、事態は刻一刻と何かしらの進展を遂げているに違いない。

 それが僕達にとっての進展であるかどうかは別として、結末はしだいに形となって僕達の周囲を覆い尽くそうとしているのは確かだ。

 だから僕も、いくら病み上がりの体とはいってもいつまでも呑気に休んでいる暇はない。

 正直、学校が休校な今は好都合だ。

 今にして思えば、あの旧校舎が凍結するという原因不明の怪事件も、僕達を動かしやすくするために誰かが意図的にそうさせたことという可能性もありえない話ではない。

 とにかくまずは、氷室や飛鳥と合流した方がいいかもしれない。

 一人でいくら想像を巡らせたところで、それには限界がある。

 外出なんて許してもらえそうにもないけど、病院に行くと言えば十分な理由にはなるだろう。

「母さん、やっぱり今日のうちに病院へ行ってくるよ」

「えぇ? あんた、本当に大丈夫なの? 途中でへばって倒れたりとかしない?」

「そこまでひどい状態じゃないよ。それに、ちょうど学校も休みだし、平日の早い時間なら空いてると思うし」

「まぁ、あんたがいいならそれでいいけど……くれぐれも気をつけてね? 何か最近になって、妙に物騒な空気が流れてるみたいな感じがするから」

「うん、分かってる」

 僕は素直に頷いておく。

 きっと、母さんは夢にも思わないだろう。

 その物騒事の中心に、僕が介入しているだなんて……。


 私服に着替え、普段より少しだけ厚着をして身支度を済ませる。

 近所に小さな内科の病院がないので、僕は駅前からバスに乗って市の中央病院へと向かうことになった。

 もちろんそれは、表向きの理由に過ぎない。

 が、怪しまれないためにも一応は診察を受け、領収書などを受け取っておかないと母さんは怪しむかもしれないので、結局は病院にも行く羽目になるのだが。

「じゃ、いってくるね」

「ええ、気をつけて」

「あ、それと、さ……」

「ん? 何、忘れ物?」

「いや、そうじゃないんだけど……」

 ふと僕は二階の部屋を見上げて、言葉を探す。

「……唯が起きたら、言っておいてくれないかな? ありがとう。それと……ごめんって」

「……いいけど、そんなの自分で言えばいいじゃない?」

「うん、まぁ……そうなんだけど」

「……ま、いいわ。伝えておいてあげる」

「……じゃあ、行ってくる」


 扉を押し開け、僕は外に出た。

 空はすっかり晴れている。

 天気でいえば間違いなく快晴だ。

 まだ地面のあちこちには、昨夜遅くまで降り続けた雨の名残の水溜りがいくつも残っていたが、そのほとんどがすでに乾きつつある。

 雨上がり独特のあの妙な匂いの空気もすっかりと消え去り、気持ちのいい天気だ。

 けれど。

 僕の耳の奥では、まだあの音が響いている。

 降り止まない冷たい雨のノイズ。

 壊れたテレビの雑音のように、ザーザーと鳴り続ける。

 思い出し、体が内側から震え上がった。

 爪先から頭の先まで、一気に寒気が駆け上がる。

 恐怖にも似た悪寒を覚えた僕は、いつの間にか重くなった足取りで一歩踏み出した。

 そして同時に思い返す。

 昨夜の出来事は、どこまでが夢でどこまでが現実なのだろう?

 いや、本能では分かっている。

 あれは全て、現実の世の中で起こったことなのだ、と。

 しかしだとすると、おかしいことがある。

 どうして僕の腹部に、刺された傷痕が残っていないのだろう?


 昨夜。

 僕は確かに、この場所でかりんと会って話をした。

 それは会話と呼ぶには崩れすぎたやりとりだったかもしれないけど、紛れもない事実だ。

 そしてその会話の最中、かりんは僕に選択を迫った。

 かりん達と共に歩むか、今までのように別々の道を歩むか。

 そしてこうも言った。

 前者を選ぶのなら、かりんは僕を殺さなくてはならない、と。

 その言葉が耳に届いた瞬間、何かが崩れた感覚を僕は覚えている。

 苦労して高く積み上げた積み木細工ほど、壊すのは容易いという。

 もっと時代を遡れば、それは人々が神に近づこうと築き上げたあの、バベルの塔のような。

 僕は困惑した。

 いや、自我を失いかけたといってもいい。

 それくらいに、かりんの選択肢はショックが大きいものだった。

 そしてその問いに僕が答えるよりも早く、かりんはもう忘れてと、そう言った。

 その直後だ。

 かりんがフラフラとした足取りで僕に近づき、その一瞬後に、あの感覚。

 鋭い刃物が肉を突き破り、奥へ奥へと侵入する、あの不気味な感触が僕に伝わってきた。

 そして僕は、そのまま意識を失った。

 最後の瞬間、雨の中でかりんは呟くように言っていた。

 サヨナラ、と。

 それが僕の見た、昨夜の最後の記憶だ。


 もう一度僕は自分の腹部に触れてみる。

 痛みはない。

 服を捲り上げ、肌を見る。

 傷痕はない。

 では一体、昨夜のあの感覚は、何だったと言うのだろうか……。

「…………かりん、君は、一体……」

 考えれば考えるほど坩堝にはまっていくような気がして、僕はそこで一度思考を中断した。

 氷室達に会おう。

 会って話そう。

 そうすれば、何か分かるかもしれない。

 そう考えを切り替え、ようやく二歩目を踏み出したその先の地面に。

 僕は、それを見た。

 水溜りではない……いや、普通の水溜りではない、まだ赤みを帯びた不思議な水溜りを。

 その赤さは、時間経過によって今はすでに黒ずんだ色をしている。

 水溜りというほど大きいものではなく、小さな斑点がいくつも点々としている様子だ。

 が、僕は一瞬でそれが何であるかを理解できた。

 そこは間違いなく、昨夜の僕とかりんの立ち位置であり。

 地面に染み付いたその赤さは、昨夜垣間見た銀のナイフにまとわりついたあの赤さと、全く同じものだったから。

「……かりんは、一体誰を……何を……」

 刺し、傷付けたというのだろう?

 木枯らしが一つ、悲しい音を立てて横を通り過ぎた。

 何があった?

 何が起こっている?

 何が、起きようとしている……?

 それらの答えが導き出されるのは、まだ早い。

 しかし、そう遠い未来ではないのではないだろうかと、僕はそんな予感を胸に抱いてしまっていた。




 今日もいつもと変わらぬ朝を迎えたはずなのに、どうも胸のどこかに引っかかりを覚える。

 いや、この感覚は今に始まったことじゃない。

 元を正せば、いつかやってくると分かっていたことだ。

 だから今、自分が置かれているこの状況も、周囲で起こっている異変も、全ては予定通りといってしまえばそれまでのこと。

 少なくとも、真吾はそう理解している。

 今目の前にあるこの現実は、気が遠くなるほどの過去にもうすでに定められ、決められていた結末に向けて動いているだけのものなのだと、理解している。

 しかし、理解と納得は全くの別物である。

 世界は数学のように、常に定められた解しか導き出されないような、そんな単純な構造でできているわけではない。

 あらかじめ定められた終末があったとして、そこへただひたすらに歩かされているだけの未来など、誰が好き好んで歩むというのだろうか。

 誰だってそんなことは嫌なはずだ。

 しかし、そんなことは本当にどうでもいいことなのだ。

 なぜなら、どう足掻いたところで、結局訪れる結末は予め定められたものになるのだから。

 それはただ一つの間違いもなく。

 一見、どこかで歯車が狂ったようにその目に映っていたとしても。

 それさえも全て、計算づくのことなのだ。


「その通りだとすると、もう終わりは見え始めてくる頃、か……」

 誰に呟くわけでもなく、真吾は小さく口にした。

 その目にある色は諦めなのか、それとも呆れなのか、はたまた絶望なのか。

「ま、今更騒いだところでどうしようもねーよな。もともと俺は、そういう運命の下に存在するためだけにここにいるんだからな」

 そうさ。

 今更、自分に存在価値を求めてどうする?

 最初から何もなかっただろう。

 最後にも何も残りはしないだろう。

 緋乃宮真吾という人間は、そういう存在なのだ。

 所詮それは、世界を構成する数多ある歯車の中のたった一つに過ぎない。

 なくなれば確かに不都合だが、そのときは新たな歯車を作ればいい。

 代わりはいくらでもあるのだから。

 そう。

 代わりはいくらでもある。

 壊れたと分かれば、すぐに取り替えれば言いだけの話。

 だから肝心なのは、壊れているのに壊れていないように見せかけること。

 一見正常に動作しながら、実はすでに壊れているというのが一番の狂いになるはずだから。

「まだ、時間はある。絶望的なほどに少ないが、それはきっと絶望じゃない」

 その胸の内に、何を思うのか。


 「――全部が全部、思い通りに行くと思ったら大間違いだ。残された時間で、それを教えてやるよ。なぁ……気紛れの支配者?」


 言葉は木枯らしに溶け、寒空のどこかへと運ばれた。



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