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LinkRing  作者: やくも
76/130

Episode76:違い


 周囲の木々がザァと揺れ、カラスの群れが鳴きながら何処へと飛び立った。

 そんな景色を、飛鳥は食い入るように見上げている。

「どうしました?」

 と、一足先を歩く氷室が立ち止まった飛鳥に気付き、振り返って聞く。

「あ、ううん、別に……何でもない」

 そうは答えるが、どこか上の空といったような表情をしている。

 もっとも、飛鳥はそのことに自分では気付いていないだろうが。

「……大和のことが心配ですか?」

「……え?」

「さっきから、どこかボーっとしていますよ。考え事でもしていたんじゃないかと思いましてね」

「あ、うん。まぁ、そんなとこ、かな……」

 いつもとは違い、飛鳥はどこか曖昧な返事を返す。

 が、氷室もそのことに関しては必要以上に深い追求を求めることはない。

 世話焼きとお節介の境界線を、氷室はわきまえているつもりだ。

「それよりさ、本当によかったの?」

「何がです?」

 再び足を動かしながら、二人は話す。

「封印開放のこと。やっぱり、大和が回復するまで待ってた方がよかったんじゃない?」

 ガサガサと、二人の足元では地に落ちた木の葉が擦れ合う音がこだまする。

 二人は今、残された五ヶ所の封印のあるうちの、まず間違いなくここだと言いきれるその一ヶ所へとやってきていた。

 しかし、封印の施されている場所は分かっても、そこが何の封印であるかまでは現地を赴いてみないことには分からない。

 もしかしたら今こうして向かっている場所は、敵側の能力者に関する封印なのかもしれない。

「……確かに、今の私達では戦力的には見劣りはするでしょう」

 木の葉の積もった山道を進みながら、氷室は言う。

「とはいえ、このまま黙って傍観しているのが最適な判断とは思いません。均衡を破るには、先手を打つことでそれが奇襲になることもあります」

「それはそうだけどさ……」


 飛鳥の不安はもっともだ。

 今のところ、全部で八ヶ所ある封印の三ヶ所までが開放されている。

 そのうちの二つは敵側の戦力を強化することになった、炎と氷の封印。

 一方こちら側は、唯一風邪の封印を開放できた大和のみが戦力を強化できている。

 が、その大和もつい先日の疲労のせいで、まだとてもじゃないが満足な状態ではない。

 万が一戦うことになることを考えると、確かに大和の戦力があるかないかでは大きな差が生じるだろう。

 しかし、今の大和では本来の力の三割程度も発揮できない。

 肉体的な疲労はもちろんとして、この『Ring』がもたらす影響力は、常識の枠をとうに超えているものだ。

 それこそ、病み上がりの体で無理矢理力を使おうものならば、どんなしっぺ返しが起こるか予想もつかないのだ。

 氷室はその反動を、最悪の場合能力者本人の絶命に繋がる可能性も捨て切れないと考えている。

 もともと人智を遥かに超えた力なのだから、その程度のことはリスクとしては十分に起こりうる話だ。

「機を覗うことも重要ですが、傍観しすぎて肝心なことを見落としてしまっては意味がありません。ま、口で言うのは簡単なんですがね」

「……要するに、実行に移すのは難しいてことね」

「まさしく。ま、とにもかくにもここまできたんです。手ぶらで帰るのもあれでしょう?」

「まぁ、ね。はぁ……何もなければいいんだけど……」

「変な期待は持たないことですよ。予感とは、面倒なことほど的中するようにできているんですからね」

「……すごい説得力だわ」


 そして二人は山道を進んでいく。

 緩やかな傾斜が続くが、少なくとも現時点で視界の先に変わったものは何も見えない。

 時刻は間もなく、午前八時を迎えようとしているまだ早朝のこと。

 ただでさえ人気のない山道なのに、これではまるで遭難しているような感覚を覚えてしまう。

 ほとんど無言であるき続けるだけの二人がふいに立ち止まらざるをえなくなったのは、それから数分後のことだ。

 道が開け、わずかに広い空間に躍り出る。

 そして今までのように、その場所にはポツンと佇む大岩のようなものがあった。

 石碑と呼ぶにはずいぶんとみすぼらしく、墓石と呼ぶにはあまりにも大きい。

 ただの岩の塊と表現するのが一番適切であり、事実それは遠目ではただの岩だった。

 だが。

 その岩の前に、これまた立ちはだかるかのように、一人の少年が立っていた。

 それを見れば、この岩こそが碑文を刻んだ石碑であると理解することに、時間はかからない。

「……最悪。予感って、役立たずね……」

「……同感、ですね」

 緊迫した空気が流れ始めた。

 秋の日の早朝ということを差し引いても、空気は驚くほどに冷却されている。

 まるで冷凍庫の中に入っているかのようだ。

「来たか」

 一言、彼は呟いた。

 外見だけで見れば、年齢は恐らく飛鳥や大和と同じくらい。

 どこにでもいる学生のような風貌だ。

 ただ、その瞳の色だけがやけに冷たく、凍てついた薄氷のような青白さを浮かべている。

 真藤日景は、自らが吹雪の中心に立つかのごとく、澄んだ冷気をまとってそこにいた。


「……あなたは?」

 まず氷室が口を開き、聞いた。

「……答えなくては分からないほど、アンタは馬鹿じゃないだろう」

 目の色を変えず、低い声で日景は答える。

 たったそれだけで会話は終了し、空気は再び凍てついた緊迫の中に戻される。

「警戒する必要はない。蓮華達がそうだったように、俺も解放を見届けるためにこの場所にいるだけだ。この場所で、今現在お前達と交戦する理由はない」

 そう言うと、日景は体を横に動かし、阻んでいた進路を開いた。

「さぁ、開放するがいい」

 氷室達の警戒心を解くためか、日景はさらに数歩ほど横へ移動する。

 その手にも武器の類は握られておらず、何よりも今の日景からはまるで殺気や闘争心のようなものが感じられなかった。

 開放を見届けるだけという言葉は、先日の蓮華と同様で本当のことなのだろう。

「……どうやら、そうするしかないようですかね」

「ってことは、ここは私か氷室のどっちかってこと?」

 言いかけて、飛鳥はふいに自分の周囲の異変に気付いた。

「あれ……?」

「どうしました?」

「いや、何か……体のあちこちが軽く痺れるような、ピリピリした空気が……」

「……ということは、ここはどうやら飛鳥の出番のようですね」

「私の出番? ってことは、ここが……」

「そう、雷の封印だ」

 と、最後に日景が言葉をかぶせる。


 飛鳥は一歩前に出て、目の前の岩を見上げる。

 なんてことはない、それは探せば見つかるようなただの岩だ。

 だが、そこには確かに刻まれている。

 文字でも言語でもない、不明瞭な記号の羅列が、永い永い時を待ち続けて。

 このときを、待っていたのかもしれない。

「…………」

 さらに数歩歩み寄り、飛鳥はそっとその岩肌に手で触れた。

 瞬間、バチッと電気が弾ける。

 指先に軽い痺れを感じながら、飛鳥は岩肌にてのひらを押し当てる。

 そして、にわかに岩が淡く光り始めた。

 まるで岩の内部が空洞で、その中からものすごい量の光が溢れ出そうとしているかのよう。

 その湧き上がる光が、岩肌に刻まれたそれらの羅列を浮かび上げる。

 血のように深い赤で刻まれた、その羅列を。


 「――……我、紫電の瞬きを抱いてここに眠る者なり。我が雷の力を求め者あれば、其の資格をここで示せ。さすれば我は、天地を駆ける龍が如く、汝の内にて秘めたる力を示さん……」


 読み終えて、飛鳥は気付く。

 岩肌に触れた手が、まるで磁石のように引き合い、すごい吸引力を発生させていることに。

 それは、目には見えない巨大な磁場の結界だった。

 その中では方向感覚が狂い、人体の感覚器も以上をきたし始める。

 その中心に位置する飛鳥は、すでに感覚が壊れ始めている。

 目に見える世界はうねるように歪曲し、上も下もわからなくなりつつある。

 だが同時に、その手を伝って何かが体の中に流れ込んでくるのが分かった。

 いわば、飛鳥と石碑は電源装置のようなものだ。

 正確に配線を繋げば力はよどみなく流れるが、配線を間違えれば力は狂った流れを起こす。

 そしておかしくなりかけた意識の中で、飛鳥は本能的に理解する。

 イメージを形作る。

 体内の血管が岩肌の中から流れる力と連結し、よどみなく全身を巡るような。

 線と線を繋いで、全てを受け入れるように。

 正しく流れるように。

「……っ!」

 全てが繋がった。

 行き所を失いかけた力は流れを覚え、体内を循環する酸素や血液の流れに混ざり、全てを緩やかに運ぶ。

 それと同時に、光る岩肌がしだいにその光を弱めていった。

 ほどなくして光は静かに集束し、音もなく消える。

「……飛鳥、大丈夫ですか?」

「……うん、何とか……」

 言いながら、しかし体はゆらりと傾ぐ。

「っと」

 もたれかかる飛鳥の体を、氷室が支える。

 光が完全に消え去り、何もかもが元に戻った。

 目の前の石碑は、今度こそ本当にただの岩の塊へと成り下がった。


「雷の開放、確かに見届けた。あとはどこへでも好きに行くがいい。どの道、いずれまた別の封印の場所で会うことになるのだからな」

 それだけを告げると、日景はさきほど氷室達がやってきたのとは別の方向へと歩き去っていく。

「待ってください」

 その背中を、氷室は呼び止めた。

 振り返らずに、日景は足だけを止めた。

「あなたも、何かを望んで能力者であることを受け入れたのですか?」

「……それを聞いてどうする?」

 言いながら振り返り、さらに日景は続ける。

「逆に聞こう。なぜアンタは、こうあることを選んだんだ?」

「…………」

 氷室は答えなかった。

 答えられなかった、という方が正しいのかもしれない。

「そうだろう? 同じさ、アンタとな。ただ、俺達とアンタ達は同じだけど、決定的に違う。ただ、それだけのことだ……」

 そしてまた背を向ける。

「では質問を変えます。あなた達を統率し、率いているのは誰なんですか? その人物の目的は?」

「答える義理はない」

 日景は歩き出す。

 同じだと言い放った氷室達に背を向けて、結局最初から最後まで相容れることはないのだと、そう態度で示して。

「……そんなことより、そいつの心配でもしたらどうだ?」

 最後にその言葉を聞いて、氷室は支えている飛鳥に視線を戻す。

「…………う」

 顔色が悪く、苦痛にまみれた表情の飛鳥がそこにいた。

 それは、必ず起こる通過儀礼。

 開放に伴う苦痛は、すでに始まっていた。

 そうこうしている間に、日景の背中はどんどん遠ざかっていく。

 まだ聞きたいことはあるが、飛鳥をこのままにしておくわけにはいかない。

「く……!」

 氷室は飛鳥を抱きかかえると、早足で元来た道を引き返した。

 今はそんなことよりも、一刻も早く飛鳥を安静にさせる必要がある。


 とにもかくにも、これで全体の半分の開放が終わった。

 残る封印は、あと四つ。

 そして全ての封印を開放した後に、何かが起こる。

 具体的なことは、まだ何一つ分かってはいない。

 全ては深い闇の中。

 しかし、闇の中で輝く欠片があったこともまた事実。

 真実の輪郭は、ゆっくりと現れ始めている。

 今はまだ、誰もその輪郭に触れることすらできない。

 そう……。

 ただ、一人を除いては…………。




 「――……あと、四つ…………」


 そう呟いて、闇の中、彼は静かに微笑んだ。



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