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LinkRing  作者: やくも
48/130

Episode48:楽園への迷走


 夢を見ていた。

 果てしなく広がる、しかし無色な草原の中に、僕は立ち尽くしていた。

 草も大地も空もある。

 太陽の暖かさを肌で感じもするし、吹く風の涼しさも心地がいいくらいだ。

 ただ、そのどれもが色を失っている。

 空は青くない。

 草は緑ではない。

 太陽は輝いていない。

 大地は焦がれていない。

 全てが無色。

 まるで絵画の下書きのような場所。

 真っ白な紙の上、線画だけで彩られた世界のような……。


「……ここは?」

 ふいに僕は呟いた。

 独り言がやけに響いて、耳の奥まで透き通るように抜けていった。

 辺りを見回す。

 だが、どこもかしこも色のない世界が広がっているだけだ。

 本当なら僕が立つこの場所は、果てしなく広がる大草原の真っ只中だというのに。

「僕は、どうして……」

 記憶の糸を手繰り寄せる。

 どうして僕は、こんな場所にいるのだろう。

 思い返す最後の記憶は、得体の知れない激しい痛みが覚えていた。

「そうだ、確かあの後僕は、気を失って……」

 倒れこんで意識を失ってしまったんだ。

 そこまで思い返したところで、僕はもう一度自分とその周囲を見回してみた。

 だが、そこには何もない。

 いや、何もないというのは表現がおかしいだろうか。

 確かにここは草原のど真ん中なのに、色の無い世界を見ているせいで何もないように感じてしまうのだ。

 風は吹き、日差しも確かに降り注いでいるというのに、この場所は無色そのものだった。

 色の無い世界……もしかしたら、目の見えない人が見る世界というのは真っ暗な暗闇ではなく、こんな世界なのかもしれないと、僕はなぜかそう思ってしまった。

「ここは一体、どこなんだ? それに、氷室や飛鳥、それに真吾はどこに……」

 もちろん、僕の周囲に人影など一つもない。

 それどころか、空を飛ぶ鳥の姿も、大地を駆ける獣の姿も、草木に留まる虫の姿さえもない。

 本当に、一体この場所は何なのだろうか?

 僕は一体、どんなところに迷い込んでしまったというのだろう?


 そのとき、ふいに温かい風が吹いた。

 僕の体に触れるように優しく、スゥと溶けるような心地よい風。

 そしてその風に呼応するかのように、指の中の『Ring』が淡い光を放ち始めた。

 やがてその光の中から、唯一色を持ったシルフィアの姿が浮かび上がり、僕の目の前に現れた。

「御前を失礼します、我が主よ」

 と、シルフィアは丁寧に呟き、小さく頭を下げた。

「シルフィア? どうして君がここに……いや、それよりも、一体ここはどこなんだ? 君はここがどこだか知ってるのか?」

「はい、存じています。そして、主がここにいる理由は、私が主をこの場所に呼んだからです」

「……呼んだ? シルフィアが、僕を?」

「はい」

 澄んだ瞳と流れる髪で、シルフィアはそう答えた。

 風になびくその長い緑の髪は、さながらに風そのものをイメージさせるほど美しかった。

「……シルフィア、答えて。ここは……どこなんだ?」

 一拍の間が流れる。

 また、優しい風が一つ、僕とシルフィアの間を音もなくそっとすり抜けた。


 「――ここはかつて、楽園と呼ばれていた場所の記憶。ロストカラーガーデンと呼ばれていた、世界にあってなかった場所」


 詠うように、それでいてどこか懐かしむようにシルフィアは言った。

「主よ」

 その言葉に、僕は顔を上げる。

「私が貴方をこの場所へと導いたのは、貴方に語るべきことがあるからなのです」

「僕に……語るべきこと?」

「はい」

 答えて、シルフィアは頷いた。

「主は見事、私の封印を解放してくださった。これで我が風の『Ring』は、本来の力を取り戻すことができました。ですが……」

 一度目を閉じ、静かに開く。

「それだけでは、全てが終わったわけではないのです。封印の開放には、まだ最後にやらねばいけないことが残っている」

「やらなければ、いけないこと?」

 シルフィアは首を縦に振る。

 そしてまた一拍の間を置いて、言葉を続けた。


 「――主よ。今から貴方に、私の記憶に触れてもらいます。そして、私と私が生きていた世界を知ってください。そうすることによって初めて、『Ring』は精霊と契約者を一つに繋げるのです」


「記憶に……触れる? ちょっと待って、それってどういう……」

「……真実は、貴方の手と、そしてその目で見極めてください。これは契約に基づいた、最後の通過儀礼なのです」

 そう呟いたシルフィアの目は、どこか悲しそうな色をしていた。

「無事を祈ります。貴方ならきっと、全てを知ってなお立ち向かう強さを持っているはず……」

「……シルフィ……」

 僕の声はそこで途切れた。

 代わりに僕の目の前に、いつのまにか大きな扉が一つ、立ちはだかっていた。

「さぁ、扉の向こうへ。そこに、全ての答えがあります」

 そう言うシルフィアの声は聞こえても、姿はすでにどこにもなくなっていた。

「試練の扉よ。我が主を、楽園の記憶の果てへと誘いたまえ……」

 そんなシルフィアの声が聞こえて、僕の目の前の扉はゴトンと音を立てた。

 ギィと軋んだ音を立て、錆付いた扉が静かに開く。

 扉の中は黒い闇。

 無色の世界に不釣合いなほどの、常闇を思わせるほどの漆黒。

 思わず後ずさりさえしたくなるその光景を目にしてなお、どうしてか僕の体は自然とその中へと引き込まれていった。

 闇に溶ける体。

 キィンという耳鳴りが一瞬したと思うと、ふいに体が軽くなる。

 そして僕は、五感を失った。

 闇が僕を包む。

 そのまま、奈落の底へと続く螺旋階段を下るように、僕の意識は闇の深奥へと堕ちていった。




「風の封印は無事に開放できたみたいだね」

「ああ。抜かりはない」

 蓮華は答える。

 彼女の目の向く先には、明らかに自分よりも年下の、まだ幼さを残す少年が一人立っていた。

 日中だというのに、陽の光のカケラさえも届かないここ、取り壊されたビルの地下の一室。

 崩れ落ちたコンクリートの瓦礫の山の上に静かに佇んで、その少年は見た目の年齢そのままを思わせる笑みを見せた。

「うん。これで残りは後五つ。順調に事は進んでるよ」

「残りの場所については、引き続きかりんが調べている。見つかるのも時間の問題だろう」

「そう。そういえば、赤穂と真田はどう?」

「……相変わらずだ。まるで死んだように眠ったままの状態が続いている。あのままで大丈夫なのか?」

「心配は要らないよ。あれは一種の通過点なんだから。次に目が覚めたときが、本当の意味での覚醒に繋がることを、あの二人は今身を持って体験しているんだ」

「……にわかには信じ難いが、お前がそう言うのならそうなのだろうな」

「じきに君にも、乗り越えてもらう試練だ。怖いかい?」

「……それは、死が怖いかと、そういうことか?」

「…………」

 少年は答えない。

 その顔に変わらぬままの笑みをたたえて、ただ蓮華を見返していた。

「……死は怖くない。本当に怖いのは、志半ばで目的を達成できなかったときのことだ」

「君らしい考え方だと思うよ、蓮華」


「……聞きたいことがある」

「何だい?」

「私達は、正しいのか? それとも、間違っているのか?」

「正しくもなく、間違ってもいない。そもそも正義や悪といった概念は、個々の人間によって千差万別なものだよ。僕にとっての正義が、同時に君にとっての正義になるとは限らないし、もしかしたら悪になるかもしれない」

「そんなことは分かっている。私が聞きたいのは、最終的にこの戦いが終わったとき、私達が立つ地面は確かなものなのかということだ」

「……今はもう、不安定かい?」

「……どうだろうな。もしかしたらとっくに、雲の上を歩くような感覚にとらわれていたのかもしれないな」

「そこまで分かっているのなら、恐れることはない」

 立ち上がり、少年は言う。

「不安定な足場にいると自覚できるんだ。だったら何が起きても対処できるだろう」

「……もう一つだけ答えろ」

「……どうぞ」

 一呼吸置いて、蓮華は問う。


 「――この先に、描いた物語は用意されているのか?」


 真っ直ぐに少年の目を見つめ、言った。

 その眼差しを受けて、少年は変わらぬ笑みをたたえて答える。


 「――そう信じたからこそ、君はこうしてこの場所に立っているんだろう?」


 それだけ告げて、ただでさえ薄暗い地下の道をさらに奥へと進んでいった。

 一人残された蓮華は、静かに目を閉じた。

 静寂に包まれる。

 一筋だけ差し込んだ陽の光が、やけに眩しかった。



こうして後書きに触れるのもずいぶんと久しぶりになります。

こんにちは、このたび、及びいつも拝読ありがとうございます。

作者のやくもと申します。

自作LinkRingも早いもので連載開始から三ヶ月を迎えることになりました。

これもひとえに愛読してくださる皆様のおかげです。

この場を借りて改めて御礼申し上げます。

さて、今回の話を区切りとして、次回からは少し時代風景が代わって過去の話に移行する予定です。

あんまりダラダラと引っ張るつもりはなかったのですが、どうしても書いておきたい部分ということもあって書かせていただくことにしました。

言ってみればこの48話までが第一部分といった感じになるのだと思います。

ですので、次回からはようやく第二部分の開始ということになります。

時代風景が変わり、少し読みづらくなってしまうかもしれませんが、素人なりに工夫してがんばっていきますので、なにとぞよろしくお願いします。

それでは長くなりましたが、今後とも自作、LinkRingをどうぞよろしくお願いいたします。

感想や意見など、短文でも構いません。

必ずお返事させていただきますので、一言いただければ幸いです。

それでは、これにて失礼を。


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