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LinkRing  作者: やくも
47/130

Episode47:痛みの中で


「……おいおい、こりゃ一体どーなってやがるんだ?」

 路上の上、僕達と向かい合って立つ真吾は開口一番にまずそう口にした。

「急に力の余波を感じなくなったと思ったら、その先からお前達が出てきやがる。ったく、朝っぱらからホントにワケがわかんねー……」

 言いながら、真吾は無造作に髪の毛を掻き毟っていた。

 やがて大きな溜め息を一つ吐き出すと、真吾は無言の僕達をよそに言葉を続けた。

「……説明しろ。どういうことだ、これは? 何が起きてやがる?」

 わずかに苛立ちを募らせ、そう言った。


 その後僕達は場所を移し、今はこうして住宅街の片隅にある小さな公園へとやってきていた。

 さすがに平日の朝方ともなると人の姿もなく、夕方の子供達の喧騒がまるで嘘のような静けさが広がっている。

 さして広くもない公園の、そのさらに片隅の場所で、僕達は人気もないのに声を潜めていた。

「……ようするに、その封印とやらを全部で八つ、開放する必要があるってことか?」

 僕達から事のあらましを簡潔に聞かされた真吾はそう聞き返す。

「よくは分からないけど、現状ではそれが僕達にできる唯一のことなのは間違いないよ」

「…………」

 僕の答えに、真吾は押し黙った。

 気のせいだろうか、その表情がどこか疑いを晴らせずにいるような、そんな感じに見えた。

「どうかしましたか? 何か腑に落ちない点でも?」

「……いや、そういうわけじゃ……」

 そこまで言いかけて、真吾はふいに顔色を変えた。

「待てよ……封印だと? だが、そんなことはまずあり得ないはずだ……」

 ブツブツと真吾は独り言を繰り返す。

 自問自答をいくつも繰り返し、最終的には変わらぬ半信半疑の表情を浮かべていた。

「何よ。急に黙っちゃって……」

 その態度が逆に不気味だったのか、口にした飛鳥はわずかに後ずさった。

「……その封印とやらは、全部でいくつだと言った?」

「え? ああ、全部で八つだと思うけど……それがどうかしたの?」

「本当に八つか? 絶対に間違いはないんだな?」

 詰め寄るように真吾は言う。

 そこまで強く出られてしまうと、僕も自信を持って言い切ることは少しためらわれた。


「まず間違いないと思いますよ」

 しかしそれをものともせずに、氷室はあっさりと言い切った。

「……なぜそう言い切れる?」

「簡単ですよ。今現在の時点で発覚しているだけでも、同じ数の能力者が存在しているからです。私達でまず四人。他に、私達それぞれを個々に襲撃した四人で合計八人。能力者の数だけ属性が存在するのなら、その数だけ封印もあると考えるのが妥当でしょう」

「……なるほどな。確かにそうだ。だが、そうなるとますます……」

 納得したのにまだ疑問を打ち消せないようで、真吾は何かを考えていた。

 その表情がどこか真剣なのに、その反面ひどく焦っているようにも見える。

「……事情は分かった。で、これで残りの封印とやらはあといくつになったんだ?」

「敵側が二ヶ所、今さっき大和が封印を開放してこれで三ヶ所の開放が終わっています。ですから、残りの封印の場所はあと五ヶ所になりますね」

「……封印の場所は分かっているのか?」

「大方ですが、見当はついています。確証が持てるのはあと一ヶ所ですが、残りの四ヶ所も大体の目星はつけられそうですね」

「……そうか」

 それだけ答えると、真吾は無言のままベンチに腰掛けた。

 いつもと違いすぎるその態度に、僕は妙な違和感を覚えてしまう。

 それは氷室と飛鳥も同じようで、気が付けば僕達は互いに顔を見合わせていた。


「……まぁ、それはさておきとして、どうしたものでしょうかね」

 話を切り替え、氷室が言う。

「とにもかくにも、これで残りの封印は残すところ五ヶ所。何だか急に慌しくなったようにも感じますが、そのことをボヤいている暇もあまりないでしょう」

「そりゃそうだけど、だったらどうするってのよ?」

「考えようによっては、これはチャンスです。今まで出遅れていた我々と、敵側が同じラインに立っている。しかも、どうやら封印の開放に限っては、向こうも無闇やたらに手を出せないと見えます。それがどんな理由からなのかは知りませんが、向こうに不利でもこちらに不利ではない限り、こちらの有利ということになります」

「つまり……どういうこと?」

「先手を打ちます。見たところ、敵側もある程度組織だった行動をしているようですが、封印開放に関しては我々と大差がありません。恐らくは我々同様、封印のある場所の見当はついているが、そこが何の封印であるかまでは分からない、といった状況でしょう。だとすれば、こちらから先に仕掛けて待ち受けることも可能なはずです」

「待ち受けるって……まさか、力ずくで止めるつもり?」

「場合によってはそれが最善になる場合もあるでしょう。覚えてますか? あの炎使いの力の変化を。封印開放とは名ばかりではなく、本当にすさまじいものです。あのときは正直、脅威でしたよ。殺されることに何の疑いもありませんでした。ま、結果としてこうして生き伸びているから問題はないのですけど」

「そりゃそうだけど……あのときは運がよかったとしか」

「そう。少なくとも、あのときはそうでした。ですが、今はこちらにも同じ条件が揃っている。現に大和はすでに封印を開放したことにより、内在する潜在能力を引き出せる状態にあるはずです。そしてそれは、私にも飛鳥にも同じ可能性が提示されているということですよ」

 と、そこまで言いかけて氷室は何かを思い出したように言葉を区切る。


「そういえば大和。体の方に何か変化は?」

「え? 体?」

 言われて、僕は体のあちこちを手探りで触れてみる。

 しかし、特に変化は見られない。

 外見に限らず、気分も何も悪いところは見当たらなかった。

「……別に、何ともないみたいだけど……」

「……妙ですね。あの子は確かに、苦痛がどうとか言っていましたが……」

 あの子というのは恐らく、かりんのことだろう。

 言われて僕もその言葉を思い返していた。

 そう、確かにかりんは言っていた。

 封印開放後の体には、苦痛が伴うのだと。

 しかし当の僕の体は、どこを見回したところで何の変化も……。

「……あ、れ……?」

 ドクンと、急に心臓が跳ね上がるような鼓動が聞こえた気がした。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

 鼓動は徐々に高くなり、僕だけが地震を体全体で感じ取っているかのようだった。

 鼓動が早まり、音がうるさいくらいに高鳴る。

 今にも弾けてしまいそうなその鼓動が、しだいに熱を持ち、痛みを覚えて僕の全身を駆け巡り始めた。


「っ、う、あああああっ……!」

 たまらずに僕は叫んだ。

 悲鳴というよりもそれは絶叫に近いもので、叫んでる僕自身が何を口にしているのか分からなくなるほどだった。

「大和、どうしました?」

「ちょ、ちょっと大和! しっかり!」

 氷室と飛鳥の声が遠くに聞こえる。

 僕の肩に触れる指先の感覚さえも、今では不快感にしか感じられない。

「う……っ、ああ、うあああああっ……!」

 血液が沸騰し、蒸発してしまいそうなほどの熱を覚える。

 体中を巡る全神経が研ぎ澄まされているようで、体内の組織を瞬時に理解してしまったようだ。

 血がたぎる。

 肉が踊る。

 感情が壊れる。

 痛覚はすでに遮断され、痛みではない熱さが感覚の全てを支配していた。

 その熱に耐え切れず、僕は自分の体を自分で圧迫していってしまう。

 ギシギシと骨が鳴り、このまま力を込めれば容易くこの体は折れてしまうだろう。

 なのに、力は止まらない。

 まるで暴走したエンジンのように、血液というガソリンを燃焼させて熱は走り続ける。

 ブレーキなんてどこにもなかった。

 止まるとすれば、自ら壁に突っ込んで大破するくらいしか手段は思い浮かばない。

「氷室、このままじゃ大和がっ!」

「分かっています! ですが、このままではどうしようも……!」

 焦りを隠せない二人の声をよそに、しかしその声は極めて冷静に言った。


「……雷撃を叩き込め」

 ポツリと囁くように、真吾は言った。

「……え?」

 しかし慌てている飛鳥には、その声がまるで通じていなかった。

 もう一度真吾は言う。

「大和にお前の雷撃を打ち込んで、気絶させろ。そうでもしないと、コイツは自分で自分をバラバラにするぞ」

「わ、分かった!」

 スゥと息を吸い込んで、飛鳥はそのてのひらから青白い雷を放ち、それを僕の首筋へとあてがった。

 バチンと火花が弾ける音がして、その音を境に僕の意識はプツリと途切れた。

 だんだんと意識が遠のいていくのが分かる。

 わずかに開いた視界の先に、氷室と飛鳥の顔が見えた気がした。

 そして、少し離れたところにある真吾の顔。

 その唇が、わずかに揺れて何かを呟いているようだった。

「……やはり、八つの封印はあの封印のことなのか? だとしたら、完全な予定外だ。こんなにも早く……」

 何を言っているのかは聞き取れない。

 それでも僕は、その言葉に耳を傾けた。

 やがて意識がなくなる寸前に、僕の耳に届いたその言葉は……。


 「――エデンズ・ゲートが開くってのか?」


 そんな、意味も分からないものだった。



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