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LinkRing  作者: やくも
46/130

Episode46:その背中が近く遠く


 だだっ広いだけの空き地の中、ポツンと一つの岩だけが佇んでいる。

 それが封印の石碑であることは、僕の目にも明らかだった。

 しかし今、僕達はその石碑を目の前にしてまだ触れることにさえ至っていない。

 なぜなら……。

「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」

 その間に立ちはだかるように、蓮華とかりんの二人が立ち塞がっていたからだ。

「……かりん」

「……」

 ふいに呼んだその名前に、しかしかりんは答えなかった。

 初めて会ったときと同じ、黒いゴスロリの衣装に実を包み、やはりその腕の中には抱きかかえられたクロウサの姿があった。

 しかしそのクロウサも、あの軽快な声を弾ませることはない。

 僕達と蓮華たちとの間には、ただ静寂だけが広がっていた。

「……待ちくたびれた、とは?」

 その静寂を破ったのは、氷室の一言だった。

「どういう意味ですか? あなた達は、我々を迎え撃つためにそこに立っているのではないのですか?」

「どうもこうもない。そのままの意味だ。私達の役目は、お前達が無事に封印を開放するその様子を見届けること。妨害することではない」

「開放させる……?」

 訝しげに氷室は繰り返す。

 それはつまり、僕達に封印を開放させる必要があるということだろうか?

「詮索している余裕があるのか? それとも、どうしても妨害してほしいのか? ならばこちらもそれなりの対応を取るまでだが……」

 言って、蓮華はその手に握る白い布に包まれた長刀を構える。

 場の空気がわずかに重苦しくなり、一触即発にも思える緊迫感が張り詰めた。

「……いくつか聞きたいことがあります」

「……何だ?」

「これはあなた自身の意思ですか? それとも、あなた達全員の意思の統合ですか?」

「……それを知ってどうする?」

「質問しているのはこちらです。どうなんですか?」

「答える義理はない」

 淡々と飛び交う言葉は、目には見えない火花を散らしているようだった。

 もしもここで戦いになれば、僕達はずいぶんと不利な状況になってしまう。

 人数では勝っていても、氷室も飛鳥もまだ病み上がりの病人のようなものだ。

 恐らく、平常時の五割の力も発揮することはできないだろう。

 それに加えて、僕にもできることなら戦いたくない気持ちがある。

 その原因は……。

 僕は視線を移す。

 目が合うと、かりんは逸らさずに真っ直ぐに僕のことを見返してきた。


 「――……私も。ヤマトとは。戦いたく。なくなった。不思議。こんなことは。今までには。思わなかったこと」


 そう言ってくれたかりんの言葉が甦る。

 僕だってその気持ちは同じだ。

 だけど、それでも……やはり僕達は、相容れることなどできないのだろうか?

 敵同士として対立することしか、僕達に道はないのだろうか?

 ……分かっている。

 戦わずに終わらせる戦争など存在しないことは、もう痛いくらいに理解している。

 だけど、それでも……。

 本当はかりんだって、こんな戦いは望んでいないはずだ。

 なぁ、そうだろう?

 声には出さず、視線だけで語りかける。

 しかし、かりんの色のない瞳はそれを容易く受け流していた。


「……蓮華。やめて」

 ポツリと囁くように、かりんは言った。

「…………」

 その言葉に、蓮華は無言で構えた剣を元に戻す。

 それを見届けて、かりんが数歩ほど前に歩み出る。

「……大和。できるなら。あなたとは。こんな形で。会いたくはなかった」

「かりん……」

「……けれど。安心して。今の私達に。あなた達に対して。危害を加える。つもりはない」

 そしてかりんは一度だけ短く目を閉じ、そして開いて言葉を続けた。

「……ここは。風の封印。大和。あなたの力。さぁ。開放を」

 言うと、かりんはその体を脇にどけて正面の道を開けた。

 それに倣って、蓮華もその体を半歩ほど引く。

「…………」

 正直、僕は状況がまるで飲み込めていなかった。

 確かに僕は封印を解放しなくてはならない。

 それは僕自身のためでもあり、シルフィアのためでもあり、この戦争を終わらせるためでもある。

 だから今の僕に、迷う余裕なんてそれこそあるはずがないのに……。

 どうしてか、僕の足は前の進むことを恐れていた。


「……行きましょう、大和」

 それを後押ししたのは、氷室の言葉だった。

「……氷室?」

「どの道、私達は封印を解放することでしか先に進めないんです。どういう風の吹き回しか知りませんが、妨害がないのならばそれに越したことはない。少なくとも、封印の開放は全てにおいての通過儀礼に過ぎません」

「それは……そうだけど」

 氷室の言っていることは正しい。

 疑う余地なんて、それこそこれっぽっちもありはしないはずだ。

 ……なのに、どうしてだろうか。

 この胸の内の妙な引っかかりは、収まることを知らない。

 何か……何か見落としているような気が……。

「……行こう、大和」

 と、隣にいる飛鳥が呟いた。

「考えるだけ今はムダだよ。それよりも、今できることをやろう。違う?」

「……飛鳥」

 ……そうだ。

 二人の言うとおりじゃないか。

 何もしないでいるよりは、できることから始めなくちゃ、終わらせられるものも終わりっこないんだ。

「……分かった。やるよ」

 意を決し、僕は進む。

 そして岩の形をしたその石碑に触れ、表面に刻まれた記号の羅列を覗き込む。


 「――我、大気を舞う風の力を纏いし者なり。時に癒し包み、時に吹き荒ぶその力を求めし者よ。我が前にて力を示せ。流れるまま自由に舞う風を、其の手で掴んで見せよ。さすれば我は目覚め、汝が力となろう……」


 石碑に刻まれた一文を読み上げ、僕は一度深呼吸する。

 ゆっくりと目を閉じ、そして開く。

 全身で微かに流れる風を感じ、それらがしだいに小さな渦を巻いていく様子をイメージする。

 最初はゆっくり、徐々に勢いを増し激しくなっていく。

 その流れる風の渦を、自分の両手の中に押さえ込むように……。

 やがて風は生まれ、僕の体がわずかに宙に浮いた。

 地面から爪先を浮き上がらせる程度の、微々たるものだ。

 しかし、生まれた風はじゃじゃ馬のように動き回っている。

 まるではしゃいでいる子供のようだ。

 そして次の瞬間、僕の指の中の『Ring』が淡い緑色の光を放ち始めた。

 同時に、僕の頭の中にあの赤い記号の羅列が走り書きのように広がった。

 何の規則性もないそれを、しかし僕は一瞬の内で理解することができて……。


 「――ようやく、全ての力がここに集いました」


 そう呟く、シルフィアの声が僕の頭の中に響いた気がした。

「……っ」

 ストンと、僕の足は再び地面を踏みしめた。

 今までの出来事が幻であったのではないかと疑いたくなるほどに、僕の中の時間の流れは緩やかだった。

「……終わったようだな」

 そう呟く蓮華の声に、僕は意識を呼び戻される。

 改めて目の前の石碑を見てみると、それはすでにただの灰色の石の塊に成り下がっていた。

 表面に刻まれたその一文も、今はただの傷痕にしか見えない。

「風の開放、確かに見届けた。用はもう済んだのだろう。ならば、早々に立ち去るがいい」

 言われるがままに、僕は歩いた道を戻って氷室と飛鳥の元へ戻る。

「……あなた達は、まだこの場所に用がおありで?」

 氷室が問う。

「お前達が去るのを見届けしだい、我々も立ち去る。何だ? この期に及んで疑問を捨てきれないか?」

「…………」

「疑り深い男だな。冷静といえば聞こえはいいだろうが、時には妥協するのも必要なのではないか?」

「……いいでしょう。今はその言葉、信用に足るということにしておきましょう」

「……フン」

「戻りましょう、二人とも」

 僕と飛鳥は無言で頷いた。


 ちょっとしたいざこざこそあったものの、とりあえず僕達は全員無事でこの場を離れることができそうだ。

 と、その去り行く僕達の背中をかりんの言葉が引き止めた。

「……大和」

 僕は振り返り、かりんを見る。

「何? かりん」

「……」

 かりんはすぐには答えなかった。

 わずかに間を置いて、その言葉を口にする。

「……封印開放の後には。その力を宿した体に。苦痛が伴う。けれど。それは一時のもの。それを乗り越えて初めて。真なる力はその者のものとなる」

「……苦痛?」

 コクンと、かりんは頷いた。

「……あなたが。死なないことを。祈っている。そして。できるなら。次に会うときは……」

 そのあとに続く言葉は、なかなか出てこなかった。

「……さぁ、さっさと行け」

 結局僕達は蓮華の言葉に追いやられるように、背を向けてその場をあとにした。

 そんな僕達……いや、僕の背中をかりんがずっと見つめていたことを、僕は知らなかった。

「……」

「……どうした? かりん」

 蓮華が聞く。

 しかしかりんは俯くだけで、答える言葉を持ち合わせていなかった。

「……かりん」

 腕の中で、クロウサがポツリと呟いた。

「……大丈夫。何でもない」

「……そうか。ならいいのだが……」

「…………」

 クロウサは言いかけた言葉を何とか飲み込んだ。

 そしてその真っ赤な目で、去り行く背中をぼんやりと眺めていた。

「……やっぱり、重ねて見ているんだね、かりん……」

 それはクロウサの独り言。

 ウサギの鳴き声は、誰の耳にも届かずに静かに消えていく。


 「――ヤマト、君はそっくりだ。何から何まで……ハルヒコそっくりなんだよ……」


 その独り言を聞いたのは、誰もいない。

 風さえも、聞いてはいなかった。



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