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LinkRing  作者: やくも
43/130

Episode43:侵入


 翌日、登校する少し前にその知らせは僕の耳にも飛び込んできた。

 普段どおりに身支度を終え、そろそろ出かけようというまさにそのときのことだ。

「大和、今日は学校臨時休校ですってよ」

 という母さんの声で、僕はその事実を知ることになった。

「臨時休校? どうして?」

「さぁ……。詳しくは分からないけど、連絡網でさっき連絡があったのよ。何だか、旧校舎がどうのこうのって……」

「旧校舎……?」

 一体何があったというのだろうか?

 当日の朝になって連絡網が使われ、なおかつ休校になるくらいなのだからただ事ではないのだろう。

「まぁ、そのうち何があったか連絡が来るとは思うけれどね。とりあえず、何があるか分からないから今日は家の中で大人しくいているようにですって」

「……そう」

 小さく僕は頷いて、仕方なく制服に着替えたままの服装で自分の部屋に戻ることにした。

 鞄を机の上に置き、床に座り込んでベッドに背を預ける。

 まだ起きてから間もないので、もう一度寝ようと思えばいくらで眠れるような感じだった。

 しかし、何かこう胸の中でモヤモヤしたものがくすぶっているような感覚がある。

 それが何であるか分からないのに、そのことばかりを考えてしまう。

 旧校舎で一体、何があったというのだろうか?

 火事でも起きたのだろうかとも思ったが、それだったら僕の家からでも火の手が上がっているのは見えるはずだ。

 今日は天気も曇りでどこかぐずついているようで、空に青さはなく、一面が灰色に染まっていた。

 いつ一雨降ってもおかしくない天候。

 それに伴って気温も下がり、こうして部屋の中にいるのに肌寒さを覚えるくらいだ。

「……もしかしたら」

 と、僕の脳裏にある仮説が浮かび上がる。

 しかし同時に、それはないだろうという否定の声も響く。

 そこからはもう水掛け論で、結局自分の思ったことの真偽は確かめようのないものになってしまう。

 確かめる方法があるとすれば、それは一つだけだ。

 実際に学校まで行き、様子を見てくるしかない。

 しかし先ほど母さんにも言われたとおり、学校側は連絡網を通じて生徒の外出を控えるように警告している。

 仮にうまく外出できたとしても、学校近辺には何らかの形で警戒網のようなものが作られ、野次馬根性丸出しでやってくる生徒達は真っ先に押し返されてしまうことだろう。

 どうしたものだろうか……。


 などと僕が悩んでいると、窓の向こうからコンコンとノックの音が聞こえた。

 僕は立ち上がり、開け放したカーテンの向こう側を見る。

 するとそこには思ったとおり、唯の姿があった。

 僕が窓を開けると、それに合わせて唯も窓を開けた。

「おはよ、大和」

「うん。おはよう」

 唯も制服の姿でそこに立っていた。

 恐らく、僕と同じように出かける直前になって連絡を受けたのだろう。

「学校、休みになっちゃったみたいだね」

「みたいだね。何があったのかは知らないけど」

「普通なら両手を挙げて喜ぶところなのかもしれないけど、何か今日はちょっと不気味。天気のせいかもしれないけど……」

 と、唯は曇天の空を見上げて呟いた。

 確かに、見ているだけで憂鬱な気分になりそうな空模様だ。

「……何があったんだろ。ちょっと、ただ事じゃないよね、これ」

「……分からないよ。でも、確かにちょっと普通じゃない。ニュースとかでも騒がれてないみたいだし……」

 僕達は二人して、学校のある方向の空を見上げていた。

 わずかに見えるのは問題の旧校舎ではなく、新校舎の屋上だ。

 遠目で見た限り、これといっておかしなところは何もないように見えるのだが……。

 と、そんなときだった。

 着信を知らせるメロディが鳴り、唯の携帯が音を上げた。

「電話?」

「あ、そうみたい……って、美野里からだ。どうしたんだろ?」

 そして唯は着信ボタンを押す。

「あ、もしもし? うん、おはよー。うん、聞いた聞いた。休校になったって話でしょ?」

 どうやら会話の内容も今日の臨時休校に関するもののようだ。

 この分だと、僕のほうにも悟や健史から電話の一つくらいかかってくるかもしれない。


「……え? ウソ、何それ……ホントなの?」

 ふいに唯の声のトーンが落ちた。

 その言葉からして、何か信じられないようなことを聞いてしまったような、そんな……。

「……うん。いやでも、ちょっと正直、信じられないっていうか……」

「……どうかしたの?」

 たまらず僕は通話中の唯に話しかける。

「あ、うん。美野里がね、何かすごいものを見たって言うんだけど……」

「すごいもの?」

「あ、ごめん。今大和も一緒なんだ」

 一度唯は言葉を区切り、電話の向こうの美野里に状況を説明する。

「ちょっと、美野里と話せるかな?」

「ちょっと待って。うん、今大和に替わるね」

 僕は唯の手から携帯を受け取り、耳に当てる。

「もしもし、美野里? 僕だけど」

「あ、うん」

「美野里、何を見たの? っていうか、どうしたの? 今家にいるんじゃないの?」

「あのね、私今日、委員会の当番の日で、いつもより早く家を出たの。それで、学校に着いたときに……見ちゃったの」

「見たって……何を?」

「それは……」

 そこで美野里は一度言葉を区切った。

 ためらうような少しの間が流れて、ようやく美野里は再び口を開いた。

「信じてもらえないかもしれないけど、絶対見間違いなんかじゃない。私、本当に見たんだよ。旧校舎が……」

「……旧校舎が?」

 スゥと息を吸い込む音。

 直後に、美野里はその口からとんでもない言葉を吐き出した。


 「――旧校舎全体が、氷漬けになってたの……」


「……っ!」

 その言葉を聞いた僕に、電流のような何かが流れた。

 不安がまたしても的中してしまった。

 氷というその一言が、容易く僕の連想を続けさせる。


 「――ああ、ちなみにな。俺の相手は氷使いだったぜ」


 あの時の真吾の言葉。

 それはつまり、今に繋がっている。

「……美野里、それ、間違いない?」

「間違いないよ。本当にすごかったんだから。そのあとすぐに先生達に帰るように言われて、さっき家に戻ったばかりなの」

「…………」

 沈黙し、僕は考えた。

 おかしい……腑に落ちない。

 どうして、こんなことを……。

「もしもし? 大和、どうかした?」

「……ごめん、何でもないよ。唯に戻すね」

 僕はそれだけ告げて、唯に電話を戻した。

 どうやらのんびりと部屋の中で転がっていることはできないようだ。

 唯がまだ美野里と電話している間に、僕は窓を閉めてカーテンを閉めた。

 急いで氷室と飛鳥に連絡をしなくてはいかず、しかしその様子を結いに見られたり聞かれたりするわけにはいかないからだ。

 薄暗くなった部屋の中で、僕は携帯を操作して発信する。

 数回のコール音のあと、電話の向こうに氷室が出る。

 僕は事のあらましを簡単に説明し、どうするべきかを訊ねた。

 昨日の今日で、恐らく氷室も飛鳥もまだ傷は完全には癒えていないだろう。

 しかしだからといって、この異常事態を放置しておくわけにはいかない。

 そして、電話越しの氷室が出した結論は……。

「三十分後、この前の夜と同じ場所で」

 こうして、僕達の一日は不穏な始まりを告げるのだった。




 どうにかこうにか理由をこじつけて家を出ることに成功した僕は、約束の時間の二分ほど前に集合場所へとやってきた。

 そして待つこときっかり二分後。

 車でやってきた氷室と、後部座席の飛鳥と共に、僕達三人は月見沢高校へと向かった。

 だが、真正面から行ったところで門前払いを食らうことは目に見えている。

 そこで、僕達はうんと遠回りをし、高校の裏手にある小さな山の一角までやってきていた。

 ここから先は山道を進みながら、こっそりと旧校舎の裏手に進入するしかない。

 もっとも、この通路も塞がれている可能性はゼロではないのだが。

「さて。封鎖されてなければいんですけどね……」

 氷室は呟き、落ち葉の絨毯の上をガサガサと掻き分けながら進んでいく。

 僕と飛鳥もその背中に無言で続いた。

 いくつもの枯れ木が行く手を阻むように並んでいる。

 ほとんどの木々はすでに全ての葉を落とし、どこか寒そうに幹を晒していた。

「二人とも、傷の具合は大丈夫?」

 僕は歩きながら聞く。

「まだ満足に回復はしていませんが、そうも言ってられないでしょう。もしもこれが私達の知らないだけで封印の一つだとしたら、のんびりと休んでいるわけにもいきませんしね」

「そうそう。ただでさえこっちは出遅れてるんだもの。これ以上遅れを取るわけにはいかないでしょ」

「それは、そうだけど……」

 そんなことよりも、僕は二人の体の方が心配だった。

 傷の治りきってない体で無理をして、万が一取り返しのつかないことにでもなったりしたら……。

「安心してください、大和」

 と、そんな僕の心中を察したのか、氷室は言う。

「仮に戦闘になったとしても、今回は逃げ切ることに全力を注ぎます。さすがに今の状態では、満足な戦闘は荷が重いですからね」

「氷室……」

「それに、今回は戦闘になる可能性は極めて低いでしょう」

「……どうして、そう言い切れるの?」

「簡単です。恐らくですが、もう封印そのものはとっくに開放されているでしょうから」

「……は?」

 と、そんな声を上げたのは飛鳥だった。


「ちょっと氷室、だったら私達が今更その場所に出向く意味ってあるの?」

「正確に言えば、出向かされてる……誘われているんですよ、我々は。そうでなければ、こんなに大きな手がかりを残していくわけがないでしょう」

 考えてみればそれは当然だった。

 僕達少なくとも、自分達が能力者であることを公にされたくない、してはいけないと考えて行動している。

 しかしそれに反して、今まで出会った他の能力者達は、そんなことなどお構いなしのようだった。

 むしろその途方もない常識外れの力を世間にアピールしているようにも見える。

 それは一体どうしてなのだろうか?

 こんなことが公になれば、世間は騒がずにはいられないだろう。

 そうなれば能力者である僕達のこともいつかは存在が発覚し、ヘタをすれば僕達という存在そのものが世界から危険視されてしまうことになる。

 いや、それだけならまだいい。

 もしかしたら、それを機に人体実験などの恰好のサンプルとして扱われる可能性だって否定できない。

 そんなリスクを負ってまで、他の能力者達は何をしようとしているのだろうか?

 そこに意味はあるのか?

 あるいは、そうすることによって何か得るものでもあるというのだろうか?

 だとしたら、それは何だ?

 歩く道の上で、僕はずっとそんなことを考えていた。

 グシャグシャと木の葉を踏み砕く音だけが、いつまでの耳の奥にこだまする。

「さぁ、着きましたよ」

 氷室の声に、僕は意識を戻される。

 すぐ目の前にはフェンスが立ち並び、それは校舎全体を囲っているものと同じものだった。

 それは壁というにはあまりにもお粗末なもので、乗り越えようと思えば容易く乗り越えられるもの。


 しかしまず、それよりも何よりも……。

「何、これ……」

「これはまぁ、ずいぶんとシャレたオブジェになったものですね……」

 飛鳥と氷室は口々にそう言う。

 今、僕達の目の前には、文字通りに氷漬けにされた旧校舎の一部が、その姿を覗かせていた。

 それは本当に、見る人が見れば芸術と呼べるような代物なのかもしれない。

 だが、今の僕にそんなことを感じる余裕などはなかった。

 感じるものはただ一つ。

 凍てつくほどに冷え切った、極寒の空気だけだった。

 白い霧が浮かんでは消える。

 まるで旧校舎そのものが蜃気楼であるかのように。

 薄氷でデコレーションされたそれは、もはや僕の知る旧校舎の姿ではない。

 それはまるで、氷の回廊と呼ぶに相応しい姿だった。

「さて、では行きますか」

 言うと、氷室はフェンスに手をかけた。

「虎穴に入らずんば虎子を得ずってやつね」

 続いて飛鳥がフェンスに近寄る。

「虎の子なんて、この際欲しくもないけどね」

 そして僕も、フェンスに足をかけた。

 鬼が出るか、蛇が出るか。

 こればっかりは、中に行かなければ分からないことだった。



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