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LinkRing  作者: やくも
36/130

Episode36:合わない辻褄


 扉をノックし、押し開けるとそこにはすでに氷室と飛鳥の姿が揃っていた。

「やほ」

 飛鳥が片手を挙げ、軽く挨拶をした。

「あ、遅れてごめん」

 予定時刻には間に合っていたが、どうやら僕がラストだったようなので一言謝っておく。

「いえ、構いませんよ。ちょうどいい時間ですしね」

 デスクワークをしていた氷室も腰を挙げ、僕達はいつものように向かい合うソファに座ることになる。

「さて。では早速ですが、二人に報告があります。言うまでもありませんが、昨夜の続きになります」

 そう言うと、氷室はその手に持っていた一枚の紙をテーブルの上に広げた。

 それはガイドブックなどの付録についてくるような、一メートル四方程度の大きさの地図だった。

 そしてその地図の中心は、僕達の暮らすこの深山町を含む、月代市一体のものだった。

 さらに氷室は赤いマジックペンを片手に、まず最初に地図のほぼ中央のその場所に丸をつけた。

「ここ。この場所がちょうど、月代の市の中心にあたる場所になります」

 氷室が書いた赤い丸。

 地図の上ではそこには何も記されてはいないが、そこにはこの街の人間なら誰もが知っているであろう一つの大木が聳え立っている。

 それは永久の木と呼ばれ、呼び名の通りもうずいぶんと長い年月を経てなお、倒れることなく佇む木だという。

「そしてここに、昨夜の大和の言葉をヒントに加えて八ヶ所の地点を割り出します。まずは東西南北にそれぞれ一ヶ所ずつ……」

 言うと、氷室は長い定規を取り出して、南北と東西を分かつ二つの線を、中央の赤い丸を通過させて交差させた。

「さらに、ここから追加で四方向……」

 続いて、今度は南東と北西を結ぶ線、南西と北東を結ぶ線を書き足していく。

 見る見るうちに地図の上には合計四本の直線が書き出され、それらは等しく内角を四十五度ずつに分けた風車のような図だった。

「これで八ヶ所。さて、問題はこのあとなのですが……」

 定規を脇にどけ、氷室はわずかに身を乗り出した。

「この線の延長上にあり、なおかつ過去に何らかのいわくがあった場所。私が昼間に調べた限りでは、残念ながらその場所は三ヶ所ほどしか見つけることができませんでした。その三つとは……」

 再び赤いマジックペンで、氷室はまず一つ目の場所に赤い丸を書く。


「ここです。中心から見て真東。今で言えば、ちょうど住宅街のさらに向こう側の辺りですね」

 地図の上に記された赤い丸は、確かに僕が住む住宅街を通り越したその先にあった。

 しかし、その辺りは今は都市開発が中断され、ほとんどが空き地のような状態になっていると聞く。

「現在は何もない場所ですが、都市開発以前の段階ではそこは小規模な集団墓地だったようです。過去の文献に記録が残っていました」

「墓地、かぁ。確かに、幽霊とかそんな噂なら一つや二つはありそうな場所だけど……」

「でも、そんな話聞いたことないけど……」

「まぁ、こればっかりは出向いて見なければ分かりかねます。噂なんて、そもそも出所さえもが不明瞭なのですからね」

 氷室の言うとおりだ。

 ありもしない話に頼るよりは、足を伸ばす方が早いに決まっている。

 まさしく、百聞より一見というやつだろう。

「そうだね。一見の価値ありってやつよね」

 ……いや、それはちょっと違うと思う。

 しかし飛鳥のその発言に、僕はあえて何も言わないでおく。

「では、二つ目です。二つ目はここ。南西に当たる場所です」

 そしてまた一つ、地図の上に赤い丸が書かれる。

 としかし、僕は思わず目を丸くしてしまった。

「え?」

 そう思ったのは飛鳥も同じなのか、僕達は揃って身を乗り出していた。

「ちょっと氷室、ここって……」

 飛鳥がそう言いたくなるのも無理はない。

 むしろ僕だって、我が目を疑ってしまったくらいだ。

「……ここ、駅前だよね……?」

 僕は恐る恐る確認するように、氷室に聞いた。

 そして氷室は、どこか面倒くさそうに眼鏡を押し上げ、小さな溜め息を吐き出しながら首を縦に振った。

「……ええ。どう見ても街そのものの機能が集中している場所です。全く、ずいぶんと厄介な封印もあったものです」

 だがそれを言うのなら、厄介だからこそ封印と呼べる代物なのかもしれない。

 と、そんな屁理屈をごねている場合じゃなかった。

 僕は再び地図の上に視線を落とした。

 赤い丸は、深山駅を中心とするアーケード一帯のどこかを示していた。


 しかしそうなると、疑問が浮かぶ。

 一体駅前付近のその場所は、どういった意味合いのいわくつきの場所なのだろうか?

「それに関しては、やや季節が関係するかもしれませんね」

「季節?」

 僕は二つ返事で聞き返した。

 それは一体どういう意味なのだろうか?

「二人とも、駅前のターミナルに続く長い歩道、その植え込みに街路樹として植えられている木が、何だか知っていますか?」

「街路樹って、あれは確か……」

 僕は思い出す。

 普通なら銀杏並木が真っ先に思い浮かぶところだが、それは却下される。

 なぜならこの秋の真ん中の季節にもかかわらず、道端の街路樹は赤や黄色の葉を色づかせてはいないからだ。

 そう、この深山町は少し変わっていた。

 街のシンボルのマークにもあるように、この街の名物でもある、ある木が植えられているのだ。

「……そっか、そういうことか」

 思い出して、僕は気付いた。

 確かにこれはいわくつき……いや、もはやその中の定番のメニューと言っても過言ではないかもしれない。

「……桜の木か。だからいわくつきってことだね?」

「ご名答。よくある話ですよ。桜の木の下には、死体が眠っている」

「うわ、なんかベタ……」

 そうは言うが、確かに理屈としては通っているかもしれない。

 まぁ、そうだとしても多くの人はそんなことを考えなどもしないだろう。

 毎日のように通勤通学で歩く道の下に死体が埋まっているなど、考えただけでその一日のテンションは急降下してしまいそうになる。

「ベタでも何でも、昔は実際に信じられていた話のようですからね。そうした理由は分かりかねますが」

「……それにしたって、まさか駅前周辺とはなぁ……」

「全くです。こんな場所じゃ、休日平日を問わずにまず人目につかずに調査をするなど不可能に等しい」

「ここは後回しにするしかないのかな。多分、私達じゃなくてもこれは厳しいんじゃない?」

「そう願いますね。そもそも、我々がであった他の能力者たちがこの八つの封印のことを知っているのか、知っているとすればどこまでの情報を入手しているのか、それとも全く知らないままなのか。これが気になるところですけどね」

 やれやれと、氷室はもう一つ溜め息を吐き出した。


「さて。それでは三ヶ所目。それは北西の方向にある、この場所です」

 また一つ、地図の上に赤い丸が書き足される。

 しかしそうして書き足された三つ目の地点に、僕達はまたもや言葉を失うことになる。

「……氷室、ここって」

「ウソ、だってここは……」

 揃ってそう呟く僕と飛鳥を尻目に、氷室は一度深く座り直した。

 返事はない。

 言うまでもないことだと、その表情が無言で語っていた。

 再び地図に視線を落とす。

 書かれた三つ目の赤い丸。

 その場所とは……。


 ――数日前に全焼してしまった、あの森林公園のある場所だった。


「……偶然、じゃないよね」

 飛鳥が呟く。

 ホント、偶然だとしたらこれはあまりにもできすぎではないだろうか。

 僕は内心でそう呟いた。

「全くもって同感です」

 氷室が続け、立ち上がる。

「やめましょう。もう、偶然とかそういう言葉を使うのは。私達の目の前には、これから先全て必然の可能性しか提示されないのですからね……」

 窓際に立ち、差し込む夕陽を浴びながら氷室は言った。


 そうして僕達は氷室の手に入れた情報を聞き入れ、今日はそれでお開きの雰囲気が流れ出した頃だった。

 しかし氷室は、全く逆の発想を持ち出した。


 「――私は今から、森林公園の跡地に向かいます。少し気になることがあるのでね」


「え、でも……」

「待ってよ氷室。だったら、私達も一緒に行く」

「ダメです。安全よりも危険の度合いが高すぎます。それに、多人数では目立ってしまう」

「危険だったら、なおさらアンタを一人では行かせられない」

「そうだよ氷室。僕だって、何かの役には立てる」

「……二人の気持ちはありがたく受け取っておきます。ですが、これは私のミスが招いたことでもあるのです。ですから、後始末は私に任せてほしいんです」

「ミスって、何のこと?」

「……今はまだ確証が持てないので、はっきりとは言えません」

「ダメ。言わなきゃ、言って納得しなかったらアンタを行かせないから」

 立ち塞がるように、飛鳥は腰を上げる。

「…………」

「…………」

 睨み合うには程遠い図柄ではあるが、二人は押し黙っていた。

 数十秒ほどの沈黙が流れ、やがて溜め息と共に氷室はやれやれと呟く。

「……子供は大人の言うことを素直に聞くものですけねぇ……」

「お生憎様。聞き分けのいい良い子を演じる余裕なんて、私にはないからね。そんなの、アンタだって分かってるでしょ?」

「……そうでしたね。素直で聞き分けのいい飛鳥なんて、こっちから願い下げです」

「む、それはそれで何かムカツク言い方だけど……まぁいいわ。今のは聞かなかったことにしておいてあげる」

「……やれやれ。仕方ないですね」

 曖昧な笑みを浮かべながら、氷室は腕組みする。


「それで? アンタの言うミスっていうのは何のこと?」

「昨日も話したとおりです。私はあの炎使いを取り逃がした。これは私の失態です」

「……それだけ?」

「ええ、それだけですよ」

「でも氷室、それだったら僕も飛鳥も同じじゃないの? まぁ、僕の場合はあれだけど……」

「いえ、そういう意味合いのものではなくてですね……」

 わずかに氷室は言葉を探し始める。

 観念して口を開いたようには見えても、まだまだ煙に巻く気は満々だったようだ。

「……参りましたね。どう言えばいいのやら」

「正直に話しちゃえばいいでしょ。隠し事なんて、アンタが一番嫌いそうなくせして」

「……痛いところを突きますねぇ……」

 苦笑いし、氷室は静かに一度目を閉じた。

「……まぁ、確かに隠し事はない方がいいのかもしれません」

 眼鏡を押し上げ、氷室は目を開ける。

「私の言うミスというのは、もっと別のことです。タイミングで言えば、あの森林公園が炎上した、その日のことでしょうか」

「前置きはいいから。早く本題を話して」

「……この先は移動しながら話しましょう。時間が惜しいです。二人とも、どうせ来るなと言ってもついてくるでしょうからね。大和はともかくとして、飛鳥は絶対についてきそうですし」

「……分かってるなら、最初から話せばいいのよ」

「……まぁ、とりあえず車へ。向かいながら話しますよ」

 氷室は引き出しの中から車のキーを取り出すと、無造作にそれをポケットの中に突っ込んだ。

 出入り口への通路を塞ぐように仁王立ちしていた飛鳥がまず外に出て、それに続いて氷室が部屋を出る。


「やれやれ。妙なところで強情なんですよね、あの子は……」

「飛鳥なりに、氷室のことを心配してるんだよ」

「心配されるほどヤワではないんですがねぇ……」

「それは違うよ、氷室。理由はどうであれ、自分の身を案じてくれる人がいるっていうことは、それだけで幸せなことだと思う。いなくなってしまえば、もう誰かを心配することだってできなくなってしまうんだから……」

「……大和」

「……あ、ごめん。これ、受け売りなんだ。別に氷室に説教するつもりとか、そんなんじゃなくって……」

「……いえ、あなたの言うとおりだ。私も少し軽率でした。もう一度、あなたや飛鳥を信じることを胸の内に留めておきます」

 そう言うと、氷室はどこか機嫌よさそうに僕の横を通り抜けていった。

「さぁ、急ぎましょう。待たせるとうるさい仲間が、車の前で待ちぼうけてるはずですから」

「あ、うん」

 事務所の扉を施錠し、僕と氷室は揃って階段を下りる。

 そして案の定、後部座席のドアの前で腕組みしていた飛鳥に遅いと怒鳴られるのだった。



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